Chuuni Sound Lab

#楽器

4 本

主流になれなかったギターは、部品になって残った

Steinbergerのヘッドレス、Parker Fly、Flaxwoodの木質繊維コンポジット。どれも「市場の中心を動かせなかった挑戦」として語られる。だが、その後を追うと別の姿が見える。1986年、Steinbergerのハードウェアはライセンス料と引き換えに、木のボディを持つHohnerのギターへ載っていた。本家も1992年から木のボディのSpiritを作り、いまSteinbergerの名前で作られているのはそれだけである。木を捨てたはずのFlaxwoodは、Fender規格のネックを売っている。一方、Parkerの接着式ステンレスフレットは薄い指板と一体で、ほかのギターへ移れなかった。渡ったのは本体から外せるものだけで、渡るたびに理由が取り替えられていた。

なぜ弦を減らすのか。減っているのは弦ではなく、選択肢である

楽器の歴史は、たいてい機能を足す方向で語られる。多弦化、音域の拡張、切り替えの追加。その反対側に、外す人たちがいる。Keith Richardsは5本、Max Cavaleraは4本、Mark Sandmanは2本。そしてLou Reedは6本残したまま、すべてを同じ音へ寄せた。理由はそれぞれ違い、思想が先だったとも限らない。四つの記録を並べると、共通していたのは弦の本数ではなかった。

プレイヤーに利益を与えるギターは、なぜ主流になれないのか。工業デザインで読むエレキギター史

エレキギターの工業デザイン史を、Rickenbackerの鋳造ボディからLeo Fenderの量産革命、Ovationの複合材、グラファイト・ネック、Steinbergerのヘッドレス、Parker Flyまで時系列で追う。合理的な設計は一度だけ勝ち、そして『像』へ凍結した——プレイヤーに利益を与える工業デザインが、なぜ市場の中心を動かせなくなったのか。技術史ではなく工業デザイン史として読み解く。

ギターアンプの見た目は、なぜ数十年変わらないのか

家電も車も数十年で姿を変えたのに、ギターアンプは黒い箱にノブが並ぶ姿をほとんど変えていない。中身は真空管からデジタルまで進んだのに、外見だけが止まっている。これは技術の遅れではなく、見た目が『本物の音の記号』として固定され、楽器という文化に縛られた工業製品だからだ。工業デザインの側から、この不動を CSL の視点で読み解く。

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