Chuuni Sound Lab

実機を録る / 設計を読む

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ギターアンプの設計思想を記録し、弾ける形にする

実機ギターアンプを収録し、Kemperプロファイルとして販売しています。同時に、アンプの設計思想・歴史・音作りを記事として記録しています。

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141 本
収録・信号 ゲートリバーブは、何が製品になったのか。運ばれたのは仕組みではなく、減衰の形だけだった

1979年のTownhouseで生まれたゲートリバーブは、やがてAMS RMX16のプログラム8「NonLin 2」として誰でも選べるものになった。ところがAMS自身のマニュアルは、ゲートにもPhil Collinsにも触れず、減衰の形だけでそのプログラムを定義している。同じ現場からSSLは原因側の装置を取り出し、Townhouseの部屋は売られるかわりに目的地になった。1つの音が製品へ移るとき、何が運ばれ、何が運ばれなかったのかを追う。

設計思想 Mauro Paganiの1978年は、なぜAreaのようでAreaではないのか。1曲ごとに編成を組み替えるという設計

1978年に出たMauro Paganiの1枚目には、固定された編成がない。PFMの3人が並ぶ曲、Areaの4人が並ぶ曲、2人だけの曲が、同じ1枚の中に別々に置かれている。当時のPFMとAreaは公に対立していた。原盤のライナーノートに由来する曲別クレジットを1曲ずつ追うと、この盤が前のバンドの延長でも新しいバンドの始まりでもなく、曲ごとに人を選び直すという設計で作られていることが見えてくる。

収録・信号 大音量のクリーンは、アンプだけで作られたのか。JBL D120Fという、歪まないことを設計した終端

1947年のJBL D130はギター用として作られていない。高能率で壊れにくいスピーカーだった。それを見つけたのは奏者のほうで、Fenderは1959年に工場オプションとして追認した。12インチのD120Fに入っている11ポンドの磁石と4インチのボイスコイルを、同じ12インチのCelestion G12M Greenbackと並べると、クリーンの余裕がどこで設計されていたのかが見える。

歴史・時代 Marshallが望まなかった球は、なぜ90年代の音になったのか。EL34の供給難と、5881を積んだ現行機たち

1990年代のMarshallには5881を積んだ機種がある。公式ハンドブックは5881を選んだ球として説明し、創業者本人は不本意な措置だったと語る。同じ会社の文書が球について三通りの態度を取った時期に、演奏家の側では何が起きていたのかを、Deftones、Rush、Oasisの構成から追う。

設計思想 Ex-proは、ケーブルの会社として始まったのではない。近藤誠が現場から持ち帰った、信号を壊さないという原則

楽器店でEx-proの名前が置かれているのは、たいていケーブルの棚である。だがEx-proの創業者・近藤誠は、ケーブル屋ではなかった。Guyatone(東京サウンド)でアーティスト・エンドースメントを担当し、ロックの現場に通い詰めていた社員である。1986年に独立し、翌年に世に出したのはケーブルではなくワイアレスだった。ケーブル、ブースター、アッテネーター、電源へと領域を広げながら、一貫して問うたのは「信号をどこまで壊さずに扱えるか」だった。そして2013年、近藤が出た東京サウンドは営業を停止し、近藤自身もすでに故人である。

設計思想 パワーアンプは、ただ音を大きくする装置だったのか。音量・音色・再生・相互作用という四つの役割

パワーアンプの歴史は、真空管からソリッドステートへ、ラックからモデラーへという機材分類でしばしば語られる。だがこの記事が追うのは、パワーアンプに何が求められてきたかという要求そのものの変化である。Slave Ampが外部化したのは音量であり、ラック期のMesaはパワーアンプを音色形成装置に変えた。Rocktron Velocity 300は、真空管とスピーカーの相互作用を1990年代前半にはすでに製品の中心機能にしていた。モデラー登場後、物理パワーアンプには透明な再生装置であることが求められ、そして今、Fryette LX IIやSeymour Duncan PowerStageは、演奏者とスピーカーの関係そのものを設計する装置として作られている。

収録・信号 密閉箱を大きくする以外の低域。Randall RD412が選んだ、前面搭載とポートという答え

ハイゲイン・低チューニング向けの4×12は、箱を大きくした密閉型で低域を確保するのが定番の答えとされてきた。Randall RD412-V30は、その定番とは違う場所を触っている。スピーカーを背面ではなく前面に搭載し、密閉ではなく三つのフロントポートを開けた。大きさではなく、搭載面とポートという別の変数で低域に答えた一台である。

歴史・時代 「チャンネル数」は、回路の数ではない。3チャンネルの中身は、メーカーで違う

スペック表の先頭にはたいてい「3チャンネル」と書いてある。だがこの数は、何を数えた数なのか。メーカー自身のマニュアルを並べると、同じ語が少なくとも5通りに使われている。差し込み口の数。足で切り替わる音の数。ゲインを共有したまま分けたEQの数。設定を覚えている枠の数。物理的に別々のプリアンプの数。しかも一社が、自社の同じアンプの数え方を後から変えている。チャンネル数は回路の数え上げではなく、メーカーがどこに線を引いたかの宣言である。

収録・信号 技術は、増やしたまま隠せる。Queensrÿche『Empire』が1990年に分けた工程

1990年の『Empire』は、バンドが大きな部屋で大きく鳴っているように聴こえる。だが制作の側では、技術は減っていない。デジタル録音機とSSLへ投げ込まれ、キーボード・プログラミングが独立した職能としてクレジットに立ち、録音と整音の担当は工程ごとに分かれている。いっぽう作曲側では要素が削られていた。増やす側と減らす側が同時に動いたとき、聴き手には何が届くのか。当事者の言葉から読む。

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