Soldanoはアメリカのメーカーである。
SLO-100は1987年に登場し、ハイゲイン真空管アンプの基準を書き換えた。ロサンゼルスの工房で、少数が手で組まれる。そういうブランドとして知られている。
だがSL-60は、日本で作られた。
しかも一年で終わっている。
設計はMichael Soldano本人。製造は日本の工場。企画を持ちかけたのは、当時の日本の輸入代理店。この三者の組み合わせが、なぜ生まれ、なぜ続かなかったのか。
本人が語る、始まりと終わり
Michael Soldanoは、この機種についてメールでこう答えている。
これが自分にとって初めての低価格機の試みだった、だから自分が設計し、当時の日本の代理店が日本で作ることを勧めてきた、と述べている。そして続く一文に、この記事の主題がある。
音は本当に良かった、しかし製造していた会社が一貫した品質で作れなかったので、プロジェクトを打ち切った、と。
原文はこうである。
「It was my first attempt at a lower priced amp, so I designed it and my Japanese distributor at the time convinced me to have it built in Japan. They really sounded great, but the company manufacturing them just couldn't build them with any consistency, so I pulled the plug on the project.」
読み方に注意がいる。終わった理由は、設計でも音でもない。
彼は「音は本当に良かった」と言っている。そのうえで「一貫して作れなかった」と言う。個体差である。良い個体は良かったが、同じものが続かなかった。
ブランドとしては、そこが致命的になる。SLO-100で作った「Soldanoなら、この水準が出る」という信頼は、個体差に耐えられない。
誰が作ったのかは、確定していない
どこの工場で作られたのかは、分かっていない。
Michael Soldano自身は「Japanese distributor」「the company manufacturing them」としか言っていない。社名を挙げていない。
掲示板には特定の社名を挙げた投稿がいくつかあるが、いずれも投稿者の言葉であって一次資料ではない。この記事では採らない。否定するために社名を書くことも、結局その名前を広めることになる。
工場名を確定させるには、当時の代理店側の資料か、本人が社名を挙げた発言が要る。
同じ理由で、製造開始年も「1990年頃」までしか言えない。シリアルから正確な日付は割り出せない、というのが調べた人たちの結論である。
総生産は150〜200台
本人は台数についても答えている。正確には覚えていないが、150から200台くらいだと思う、と。
一年間だけ作られ、その後Hot Rod 50に置き換えられた。SL-60はHot Rod 50の前身である、というのも本人の言葉である。
つまり設計は捨てられていない。日本での製造が終わっただけで、回路はアメリカへ戻り、Hot Rod 50として1991年から作られた。
もうひとつ、終わり方に逸話がある。Soldanoは日本の工場に残った部品を全部アメリカへ送らせ、それを使って自分の工房で50台ほど組んだという。これが唯一のアメリカ製SL-60になる。ただしこの話は掲示板の投稿者が本人に確認したと述べているもので、本人の直接の発言としては確認できていない。
回路は、SLO-100のオーバードライブ・チャンネルそのもの
では中身は何だったのか。
ここも本人が明快に答えている。SL-60の回路は本質的に、100WのSuper Lead Overdriveのオーバードライブ・チャンネルである、と。
「The circuitry of the SL-60 is essentially the Overdrive channel of our 100w Super Lead Overdrive.」
SLO-100は、NormalとOverdriveという独立した2つのプリアンプを持つ。マニュアルにはこう書かれている。4本の12AX7/7025で駆動され、エフェクトループを付けると5本になる、と。
SL-60は、そのうちOverdrive側だけを残した。
真空管は12AX7が4本、出力管は6L6が2本で60W。SLO-100は6L6GCが4本で100Wだから、出力段は半分である。整流はどちらもソリッドステート。
構成を並べると、削った場所がはっきりする。
- チャンネルを2つから1つへ。Normalチャンネルを丸ごと落とした
- 出力管を4本から2本へ。100Wから60Wへ
- プリ管は4本のまま。歪みを作る側は減らしていない
削られたのはクリーン側と出力であって、歪みの作り方ではない。前回の記事で「HIとLOは実質2台のアンプ」「クリーンが作れない」と書いたが、その理由がここにある。このアンプはもともと、SLO-100のクリーン側を持っていない。
Series I と Series II の差は、分からなかった
一点、調べても出てこなかったことがある。
Series I と Series II の回路的な違いである。掲示板では「Series II」という言い方が普通に使われているのに、両者の差を回路図の水準で記した資料が見つからない。ノブの色や印字といった外観の話は出てくるが、中身の差は分からなかった。
CSLが収録した個体はSeries IIである。だからこの記事では、Series IIとして区別できる特徴を主張しない。
廉価機を作るとき、何を削るか
SL-60は、Soldanoにとって初めての低価格機だった。
低価格機を作るとき、削り方には方向がいくつもある。部品の等級を落とす。回路を簡略化する。組み立てを簡素にする。生産地を移す。
SL-60が選んだのは、回路の簡略化ではなく、範囲の限定と生産地の移動だった。
歪みを作る部分はSLO-100のまま持ってきている。プリ管の本数も減っていない。減ったのはチャンネル数と出力段、そして製造の場所である。
だから音は良かった。本人がそう言っている。設計としては成立していた。
失敗したのは、同じものを繰り返し作るという部分だった。
音の設計と、量産の設計は別のものである
ここに、この一台の意味があると思う。
アンプの評価はふつう、回路と音で語られる。どんな球を使い、どこで歪ませ、どんなEQを持つか。SL-60はその点では成功していた。SLO-100の中核をそのまま持っている。
だが製品は、それだけでは続かない。同じ音を、同じように、何百台も作れるかどうかが別に要る。
Soldanoが打ち切ったのは、音の失敗ではなく、その後者の失敗だった。そして設計そのものは生き残り、アメリカへ戻ってHot Rod 50になった。
回路は移せる。生産の再現性は移せない。
150台か200台か、本人も覚えていない台数だけが日本で作られ、一年で終わった。その短さが、この一台をSoldanoの歴史の脇道に置いている。
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