「復刻」という言葉は、便利すぎる。
同じ会社が、同じ工場で、少しだけ部材を変えて作り直したものも復刻と呼ばれる。会社が消えたあとに、別の国の別の企業が名前を借りて作ったものも復刻と呼ばれる。
言葉の上では、どちらも同じ一語で片づく。
だが、確かめられることの中身はまったく違う。
ここで扱うのは、後者の極端な例である。Jensen。1960年代末に楽器用スピーカーの生産を止め、およそ30年後にイタリアで作り直された名前だ。
工場は残っていない。工程を知る人も、部材を納めていた業者も、そのまま残ってはいない。
それでも現行のJensenは、P10R、C12N、P12Qといった1950〜60年代と同じ型番を並べ、オリジナルと同じ仕様で作られていると説明している。
この主張を、頭から信じることも、頭から疑うこともしたくない。分けて数えたい。
継がれ得るものは何種類あって、そのうちどれが実際に継がれ、どれが継がれていないのか。
Jensenは、選ばれた部品ではなかった
まず、当時のJensenがどういう存在だったかを確認しておく。
Peter Laurits Jensenは1886年にデンマークのファルスターで生まれ、1909年に渡米した。Edwin Pridhamとの共同作業で、1915年に「Magnavox」と名付けられたスピーカーを世に出す。1919年にはウッドロウ・ウィルソン大統領のサンディエゴ演説を拡声した。
1927年、シカゴでJensen Radio Manufacturing Companyを設立する。
そこからの十数年は、スピーカーそのものの発明史とほぼ重なる。1930年に永久磁石型のダイナミックスピーカーとコンプレッションドライバー型ホーンツイーター、1936年にバスレフ型エンクロージャー、1942年に商用の同軸2ウェイ。少なくともブランド公式の社史はそう記録している。
1929年には、米国の独立系ラジオメーカー向けスピーカーの6割を作っていたという。
つまりJensenは、楽器メーカーが選んだ部品ではない。楽器用アンプが生まれる前から、スピーカーという産業そのものを占めていた側である。
1940年代半ば、Leo Fenderが初期のギターアンプを作るときにJensenを選んだのは、選択というより既定路線に近い。1940年代から1960年代の大半にかけて、Fender、Ampeg、Gibsonをはじめとする主要メーカーはJensenの楽器用スピーカーを使っていた。
裏を返せば、当時のJensenには「Jensenらしさ」を売る動機がなかった。名前で選ばれる部品ではなかったからである。
これは、スピーカーが交換して選ぶ対象になっていく後年の産業構造とは、前提がまるで違う。
会社は、静かに二つに分かれた
Peter Jensen自身は1961年10月に亡くなっている。
会社のほうは、その前後からシカゴのThe Muter Companyの傘下にあった。同じくMuter傘下だったRolaとは設計上の共通点があり、シカゴの工場が閉じたあとはRolaの拠点が製造を引き受けたとされる。このあたりは一次資料が薄く、二次資料と当時のカタログからの再構成である。
楽器用スピーカーの生産は、1960年代末に止まった。ブランド公式はそう書いている。
ただし、英語版Wikipediaは生産停止を1970年代初頭としている。終わった年すら一つに定まっていない。
Fender側から見ると、この時期にJensenは静かに消えていく。ブラックフェイス期にはJensen、CTS、Oxfordなどが混在し、シルバーフェイス期にはEminence、Oxford、Utah、Rolaが多くなり、Jensenは外れていった。年式ごとの搭載スピーカーは個体差が大きく、この経緯は主に修理・鑑定の実務側の資料に依っている。
そして、名前だけが残った。
ここからが分かれ道である。Jensenという商標は、一本の系譜として残ったわけではない。
民生・車載側のJensenは、1996年にRecotonが買収し、Recotonの破綻後にAudiovox(現在のVOXX系)へ渡り、2015年にはDual Electronics(Namsung America)へ移っている。今日の量販店でJensenの名前を見るとしたら、多くはこちらの流れである。
同じ1996年に、楽器用スピーカーとしてのJensenを引き受けた会社が、イタリアにあった。
同じ名前が、まったく別の産業で、別々に生き続けている。「Jensenというブランドが復活した」という言い方は、この時点ですでに雑になる。
復刻を始めたのは、アコーディオンの土地のPAメーカーだった
引き受けたのはSICAである。
Società Italiana Costruttori Altoparlanti。1979年5月、Raimondo Sbarbatiが設立した。イタリア中部マルケ州、アンコーナ県トレカステッリに拠点を置く。
この地域は、Castelfidardo、Recanati、Osimoを中心に、アコーディオンから電子楽器までを抱えた「音楽の産業地区」として知られる。SICA自身が、その土地の出自を会社の説明の中心に置いている。
事業の中身は、PA、音響補強、シネマ、Hi-Fi、楽器向けのスピーカー製造である。1984年にフランクフルトのProlight+Soundへ初出展し、1987年からコンプレッションドライバーを手がけ、1993年には半自動組立ラインを導入している。
つまり、ヴィンテージ楽器の復刻を専門にする工房ではない。現役の量産スピーカーメーカーであり、他社ブランドの製品を作る側の会社である。
SICAは、Jensenブランドの「使用と開発」のライセンスを得たと説明している。
この二語は重い。使用だけならば復刻専業でも成り立つが、開発が入っている時点で、契約は最初から新製品を含んでいる。
現行Jensenの流通は、米国とカナダについてはCE Distributionが独占輸入元となり、小売はAmplified Partsが担う。米国生まれのブランドが、イタリアで作られ、米国の部品商社経由で米国のアンプに戻っていく。
継がれたのは、図面ではなく探索だった
では、1996年から何が行われたのか。
SICA側の記述は具体的である。オリジナルのモデルを丹念に探し出し、その特性を分析し、当時の供給業者を追跡し、シームド・コーンとフェルト加工のコーンを作るための設備を探した。
三年かかっている。
そして1999年のSummer NAMMで、限られたパートナー向けにP10Rが示された。最初の復刻機である。2000年にVintage Ceramicシリーズが続く。
ここで注意したいのは、この記述が何を裏返しに語っているかである。
図面と部材表がひと揃い残っていたなら、探し出す作業も、供給業者を追跡する作業も要らない。
現物を集めて測るところから始めたということは、仕様書が正本として機能しなかったということである。
つまり継承の実体は、資料の継承ではない。現物からの再構成である。
方法としては、Celestionが1980年代のVintage 30で採ったやり方に近い場所へ着地している。部品を同じにするのではなく、動き方を合わせにいく道だ。
ただし、そこへ至った理由は正反対である。Celestionは会社が続いていて、コストと耐入力の都合で部材を戻せなかった。Jensenは会社が続いておらず、そもそも戻る先が残っていなかった。
同じ結論に、別の理由で着く。復刻という言葉の下では、この差が見えなくなる。
型番は、そのまま残った
継がれたものとして、いちばん確実なのは名前の体系である。
Jensenの型番は読める規則になっている。アルニコ磁石ならP、セラミック磁石ならC。続く数字が口径。最後の一文字が耐入力を表す。
アルニコではR=25W、Q=40W、N=50W。セラミックではR=25W、Q=35W、N=50W、K=100W。だからP12Qは、アルニコの12インチで40W、C12Nはセラミックの12インチで50Wになる。
この体系は現行品でも生きている。
もう一つ、もっと分かりやすい痕跡がある。EIAコードだ。
Jensenのスピーカーは、フレームの縁に6桁の数字が刻まれている。最初の3桁が220で、これがメーカーとしてのJensenを指す。次が製造年、最後の2桁が製造週である。
公式サイトはこのコードの読み方を説明するとき、「220」「07」「46」つまり2007年第46週の例を挙げている。
ヴィンテージ個体の年式判定のために置かれたページが、現行品にも同じ番号体系が続いていることを示している。米国のEIA登録に由来する識別子が、イタリアの生産ラインで打たれている。
古い個体のほうは、年が1桁しか刻まれていないことがある。その場合は1947年か1957年か1967年かを、搭載されていたアンプから推定するしかない。
継承の証拠として提示できるものが、いちばん機械的な部分――符号――に集中しているのは、示唆的だと思う。
「同じ仕様」は、どちら向きに厳密なのか
ここで、「オリジナルと同じ仕様で作られている」という説明を、もう少し詰めてみたい。
現行のP10Rについては、公開されている数値がかなり細かい。25W定格・楽器用50W、4/8/16Ω、アルニコ磁石200g、磁束密度0.96T、紙コーン、Kaptonボビンに銅線のボイスコイル、フェルトのダストキャップ。共振周波数は8Ωで97Hz、実効振動質量15.2g、Qts 1.62、能率94.2〜95.1dB。
Thiele-Smallパラメーターがひと通り出ている。
対して、1959年のP10Rにこの水準の数値は存在しない。
正確に言えば、当時のJensenが社内で何を管理していたかは分からない。だが少なくとも、演奏者や修理業者が参照できる形では残っていない。
すると、比較の構図が奇妙なことになる。
現行品の側は、パラメーターの束として定義されている。オリジナルの側は、現存する個体の集合としてしか定義できない。しかもその個体群は、製造週ごとに、コーンの供給元ごとに、経年ごとにばらついている。
「同じ仕様」と言うとき、片側にしか仕様がない。
だから、原型と再生産品を突き合わせた独立の測定比較は、いまのところ見当たらない。メーカーの主張も、演奏者の証言も、どちらも「聴いた印象」の側にある。
これは現行Jensenを疑うべきだという話ではない。復刻の忠実さは、原理的に片側だけ精密な比較になる、という構造の指摘である。
Fender向けのP10Rが示した、もう一つの原型
そして、原型が一つでないことを示す製品が、同じカタログの中にある。
P10R-FENである。
これはJensenがFenderと共同で設計したP10Rの派生で、'57 Bandmasterの復刻機と20th Anniversary Vibro Kingのために作られた。
狙いが明確に書かれている。箱から出した時点で、より弾き込まれた、使い込まれた音になるP10Rを作ること。
標準のP10Rと数値を比べると、違いが見える。共振周波数は97Hzから87.3Hzへ下がり、実効振動質量は15.2gから18gへ増え、ダストキャップはフェルトから非処理の布へ変わる。販売資料では、標準品より能率が低く、明るさが抑えられていると説明される。
新品の状態を再現した製品と、経年した状態を再現した製品が、同じ型番の下に並んでいることになる。
ここで問いが一段深くなる。
1957年のアンプを復刻するとき、目標にすべきは1957年に工場から出てきたスピーカーの音なのか。それとも、いま我々が「これがあの音だ」と知っている、50年鳴らされたスピーカーの音なのか。
前者は歴史的復元だが、聴き手の記憶とは一致しない。後者は聴き手の記憶とは一致するが、その状態はどの年にも属していない。
Fender向けP10Rは、後者を選んだ製品である。そして、そちらを選ぶ判断があり得るという事実こそが、復刻の基準が音の目標として設定されるものだということを示している。
「Vintage Neo」という、成立しないはずの名前
もう一つ、現行カタログには言葉として矛盾した列がある。
Vintage Neoシリーズだ。ネオジム磁石を使った「ヴィンテージ」である。
1960年代のJensenにネオジムのモデルは存在しない。存在し得ない。だからこの列は、定義上どうやっても再生産ではない。
メーカーの説明は正直である。オリジナルのJensenを綿密に評価したうえで、ネオジムの対応機種が同じ音と手応えを届けるようにした、と書いている。重量はセラミック相当機の半分程度になる。
つまりJensen自身が、継ぐべきものを磁石の材質ではなく音と反応の側に置くと宣言している。
これは、部品を同じにするか挙動を同じにするか、という二択に対する明快な回答である。そして先ほど見たとおり、それはこのブランドが1996年の時点ですでに強いられていた選択でもある。
「Vintage」という語は、ここでは年代を指していない。目標とする音の系統を指すラベルになっている。
ラベルとしては正確だが、年代の話だと読むと間違える。
復刻と新設計は、同じ看板の下にある
ライセンスに「開発」が含まれていたことは、カタログの形にそのまま表れている。
2008年、Jensenは現代的な音楽向けのJet Seriesを投入した。アルニコ、セラミック、ネオジムの各磁石を持ち、ネオジムのモデルはアルニコ機と同じくボイスコイルを内側に置く構成を採る。2017年にはTornado Stealthシリーズが加わった。
これらは復刻ではない。新設計である。
現在のJensenは、少なくとも三つの層を同じ看板の下に並べていることになる。
現物から再構成した復刻。経年後の音を目標にした派生。年代とは無関係な新設計。
どれも「Jensen」であることは、ライセンスの範囲として正しい。だが、どれか一つを指して「Jensenの音」と言うのは無理がある。
型番だけでは、音の記録にならない
ここまでを踏まえると、実務上の困りごとが一つ出てくる。
たとえば、あるアンプの音を記録する。搭載されていたスピーカーはC12Nだった、と書く。
この一行は、ほとんど情報を持っていない。
1960年代シカゴ製のC12Nなのか、2000年代トレカステッリ製のC12Nなのか、それとも同じ型番の別派生なのか。前二者は、部材も工程も供給網も違う。同じ型番を共有しているだけである。
音を残す作業で名前に頼ると、こういう穴が開く。
だから記録の側では、型番ではなく、実際にそこで鳴っていた個体を特定できる情報――製造国、製造年、派生の区別、どのキャビネットに入っていたか――を残しておくほうが後で役に立つ。名前は継承され得るが、条件は継承されないからである。
CSLがアンプを収録するときに条件を確定させるのも、同じ理由による。名前が同じであることは、音が同じであることの保証にならない。
まとめ
Jensenの復刻で継がれたものを、分けて数えてみる。
名前と権利は継がれた。ライセンスという形で、しかも使用だけでなく開発を含む形で。
型番の体系とEIAコードは継がれた。P/C、口径、耐入力を示す一文字。フレームに刻まれた220。
資料は継がれていない。だから現物を集め、特性を測り、供給業者と設備を探すところから始めることになった。三年かかった。
工場、工程、人、部材の供給網は継がれていない。イタリアのPAスピーカーメーカーが、自社の量産技術で作っている。
そして音の目標は、継がれたというより、設定されたものである。新品の状態を目標にすることも、弾き込まれた状態を目標にすることも、ネオジムで同じ手応えを狙うこともできる。実際にその三つとも作られている。
復刻が本物かどうかは、工場が続いているかどうかでは決まらない。何を継ぐと決めたのかが公開されていて、そこに矛盾がないかどうかで決まる。
その意味で、現行Jensenの説明は率直なほうだと思う。ネオジムのヴィンテージという矛盾した名前を掲げながら、狙いが音と手応えであることを隠していない。
「復刻」という言葉を見たら、四つに分けて数えるといい。名前、資料、型番、音。どれが継がれ、どれが作り直されたのか。
だいたいの場合、継がれているのは最初の二つで、いちばん気にしているのは最後の一つである。
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