ギターアンプの話をするとき、話題はたいていヘッドの側にある。
回路。真空管。チャンネル。ゲイン構成。
そのあとにキャビネットが来て、最後にスピーカーが来る。順序としては、だいたいこうなっている。
だが実際に空気を動かしているのはスピーカーである。それ以外の全部は、スピーカーへ渡す電気を作っているにすぎない。
にもかかわらず、スピーカーは長いあいだ、話題の対象ですらなかった。
アンプの中に入っている。裏を開ければ見える。しかし何が入っているのかを知っている演奏者は少なかったし、知ったところで選べるものでもなかった。
いま、状況は違う。交換用スピーカーには名前がついている。名前には性格がついている。オンラインの選定表で、破綻の早さや低域の形からモデルを絞り込める。
この変化は、技術の変化ではない。産業構造の変化である。
一日三本の、18インチから
一社を軸に見ていく。Eminenceである。
創業は1966年。ケンタッキー州の、社名と同じ名前の小さな町からだった。
創業者Bob Gaultは、Magnavoxと、ケンタッキー州パデューカのCTS(Chicago Telephone Supply)でエンジニアとして働いていた人物である。CTSはこの時代、楽器用スピーカーの主要な供給元の一つだった。
つまりGaultは、最初から「スピーカーを設計する側」の人間として独立している。
そして最初の仕事は、Ampeg向けの18インチを一日三本作ることだった。Ampegの創業者Everett Hullからの約束が、事業の全部だったと社史は説明している。
一日三本である。
会社の起点が、特定の顧客の特定の型番だったという点は覚えておく価値がある。この会社は「良いスピーカーを世に問う」ところから始まっていない。「あるメーカーが必要としている部品を作る」ところから始まっている。
1972年には従業員が三十人になり、町の中心部にあった最初の工場から現在地へ移る。この頃には、Fender、Ampeg、そして新興のPeaveyといった相手へ、それぞれの仕様に合わせたスピーカーを供給する立場になっていた。
以後の数十年で、供給先は楽器メーカーだけでなく、PA、ツアー用機材、車載オーディオ、映画館、公共放送、緊急告知の分野へ広がる。現在は米国最大のスピーカードライバー製造社とされ、2023年秋にはGault家がイタリアのB&C Speakers社へ会社を売却している。
拡大の物語としては、よくある形に見える。
面白いのは、この会社が三十年以上にわたって、演奏者から見えない場所にいたことのほうである。
OEMの不可視性
OEM供給とは、他社の名前で売られる製品を作ることである。
作った側の名前は、原則として表に出ない。出てはいけない場合すらある。
ギターアンプの世界では、この不可視性が独特な形をとった。
アンプメーカーは、自社の箱に入るスピーカーへ自社の呼び名を付ける。実際に作っているのが誰かは、コーンの裏の刻印か、フレームの型番を知っている人だけが分かる。
Mesa/BoogieのBlack Shadowは、その典型として語られてきた。この呼び名は特定の一機種を指すものではなく、時期と用途によって中身が違う。10インチのE50や12インチのMS-12はEminence製とされ、別の時期にはCelestion製やElectro-Voice製のものが同じ呼び名で流通した。
Fenderの「Special Design」も似た性格を持っている。これは音響上の分類ではなく、Fenderの仕様で作られた製品であることを示す表記に近い。
ここで重要なのは、どちらのメーカーも嘘をついていないことである。
そのスピーカーは、確かにそのメーカーの仕様で作られている。感度も、周波数特性も、耐入力も、発注側が決めた条件を満たすように設計されている。設計要件を出したのは発注側で、それを実現したのが製造側である。責任は共有されている。
しかし演奏者の側から見ると、情報は一段隠れる。
「このアンプのスピーカーは何か」という問いに、型番で答えられない。答えられたとしても、その型番で買えるものが市場にない。
そして、この状態が長く続いたことには理由がある。
アンプメーカーにとって、スピーカーは音の一部ではなく、完成品の仕様の一部だった。 ユーザーが交換することは想定されていたが、推奨されていたわけではない。交換すればメーカーが決めた音のバランスは崩れる。崩れた結果について、メーカーは責任を負えない。
垂直統合を選んだメーカーは、この構造をさらに徹底した。自社でスピーカーまで作れば、ヘッドと箱と発音体を一体の設計として管理できる。代わりに、ユーザーが選ぶ余地はさらに減る。
だから交換用スピーカー市場は、長いあいだ「壊れたものを直す」市場だった。同じものを、同じ型番で、同じ場所に戻す。
音色を選ぶ市場ではなかった。
2000年に何が変わったのか
Eminenceが自社ブランドの製品を流通させ始めるのは2000年である。創業から三十四年が経っていた。
この時点で、この会社は一日一万本以上のスピーカーを作り、二百人近くを雇う規模になっていた。技術も設備も、とっくにあった。
足りなかったのは、技術ではない。
演奏者へ直接語りかけるための語彙である。
OEM供給者は、発注書の言葉で仕事をする。感度は何dB、耐入力は何W、共振周波数は何Hz、インピーダンスは何Ω。相手はエンジニアだから、それで通じる。
しかし演奏者に「Fs 75Hz、Qts 1.5」と言っても、買う理由にはならない。
自社ブランドを始めるということは、この翻訳をやることだった。
Legendシリーズがまずあり、その後を追う形でPatriotとRedcoatが出る。2014年の製品リニューアル告知の時点で、Legendは「十年以上前から」の定番として言及されている。
この二系列の名付け方が、この会社の方針をよく表している。
Patriotは米国の旗、Redcoatは英国の赤い軍服である。命名も、バックプレートのラベルも、そのまま国旗をモチーフにしている。
American toneとBritish tone。
これは音響的な分類ではない。文化的な分類である。
しかし演奏者は、この二語を既に知っていた。Fender系の開いた高域と、Marshall系の押し出す中域。どちらが好きかを、聴いてきた音楽で答えられる。仕様表を読まなくても、入口に立てる。
個別のモデル名も同じ発想で付けられている。Cannabis Rex、Man O War、Swamp Thang、Texas Heat、The Governor、The Wizard、Red Fang。数字も型番もない。
ここには誠実さと危うさが同居している。
誠実な面は、これらの名前が「何かの再現」を騙っていないことである。有名機種の型番に似せた名前ではない。独立した性格として提示されている。
危うい面は、名前が性能を説明しないことである。Swamp Thangがどういう音かは、名前からは分からない。
だから、もう一つの仕組みが要る。
tone guideという発明
Eminenceが公開しているGuitar Speaker Tone Guideは、交換用スピーカーを次のような軸で分類している。
低域の量。低域の形。中域の量。中域の形。高域の量。音量/出力。全体の色付け。破綻の仕方(Break-up Modes)。耐入力。対象楽器。音楽ジャンル。
たとえば、ある12インチはこう記述される。低域はaggressiveかつchunky、中域はmoderateかつwarm、高域はaggressive、音量はlouder、破綻はmedium、用途はリード/リズム、想定ジャンルはブリティッシュ・ロックとブルース、カントリー、ジャズ。
この表が何をしているかを、正確に見ておきたい。
第一に、演奏者が普段使っている言葉で製品を並べている。 「太い」「暴れる」「早く歪む」といった感覚語を、そのまま分類軸に採用している。
第二に、「破綻の仕方」を独立した軸に立てている。 これはスピーカー選びの本質に近い。ギタースピーカーは、歪まないことを前提とした再生装置ではない。どのくらいの入力で、どういうふうに崩れ始めるか。それが音の性格を決める。周波数特性のグラフだけでは、この情報は読み取れない。
第三に、ジャンルを軸に入れている。 これは工学的にはほとんど意味をなさない。しかし購買の入口としては、おそらく最も強い。
そして、これは客観的な測定ではない。
メーカー自身の選定語彙である。他社製品を同じ軸で並べているわけではないし、aggressiveやwarmの境界線がどこにあるかを定義しているわけでもない。数値で追試できるものではない。
だから、この表を測定データと混同してはいけない。
ただし、混同してはいけないことと、無価値であることは別である。
比較可能な語彙が一つも無い状態から、社内基準であっても一貫した語彙がある状態へ移ると、演奏者は初めて「比べる」ことができるようになる。同じ会社の中で、AよりBのほうが早く破綻する。それが分かるだけで、選択は成立する。
部品表を音色表へ翻訳したこと。 これがこの会社の、技術的ではないほうの発明だった。
部品交換が、作品選択になるとき
自社ブランド化が進むと、次の段階が来る。
演奏者の名前が付いた製品である。
Eminenceの署名シリーズには、SlipknotのMick Thomsonの名を冠したDV-77や、プロデューサーKristian Kohleと作られたKarnivore、ペダルスチール奏者Travis Toyのための設計などが並ぶ。
ここまで来ると、スピーカーは完全に「選ぶもの」になっている。
アンプの中の消耗品ではない。ギターやペダルと同じ、音を決める選択肢の一つとして扱われている。
この変化がもたらしたものを、二方向で見ておきたい。
得たものは明らかである。演奏者は、アンプを買い替えずに音を変えられるようになった。ヘッドの性格を残したまま、発音体だけを差し替える。安価とは言わないが、アンプ一台よりは手が届く。中古のアンプを自分の音へ寄せる手段としても機能する。
失われたものもある。
アンプメーカーが設計した「そのアンプの音」という単位が、崩れた。
ヘッド、キャビネット、スピーカーを一体で設計してきたメーカーにとって、これは前提の変更である。ユーザーが最終段を差し替えられるなら、メーカーが保証できるのはヘッドまでになる。
もう一つ。中古市場と記録の側から見ると、話が面倒になった。
同じ型番のアンプでも、中身のスピーカーが元のままとは限らない。写真では判別できないことが多い。「このアンプの音」と言われたものが、実際には別の会社の発音体を通った音である場合がある。
これは誰かの落ち度ではない。選べるようになったことの、必然的な裏面である。
自由度が上がると、条件の記述が長くなる。
反論として、押さえておくこと
ここまでを「Eminenceが交換用スピーカー市場を作った」という話に丸めるのは、正確ではない。
いくつか留保が要る。
一つ。交換用スピーカー市場そのものは、この会社の自社ブランド化より前から存在した。Celestionは英国のアンプメーカーへの供給者でありながら、早い時期から自社名で製品を出していた。Jensenも同様である。Eminenceがやったのは市場の発明ではなく、供給側の立場からその市場へ回り込むという転換である。
二つ。Celestionもまた、OEMと自社ブランドの二重生活を続けてきた。同じ設計が、アンプメーカー専用の型番と、自社カタログの名前の両方で流通する状況は今もある。「匿名の供給者」と「音色を売る会社」は、対立する二つの姿ではなく、同じ会社が同時に持てる二つの顔である。
三つ。Eminenceが自社ブランド化に踏み切った正確な動機は、公開資料からは確定できない。OEM売上と自社ブランド売上の構成比も分からない。PatriotとRedcoatの初出年も、社史の中では明示されていない。ここでは、2000年に自社ブランドの流通が始まったという事実と、その後の製品群の性格から読める方向だけを扱っている。
四つ。tone guideの語彙が普及したことと、その語彙が正しいことは別の問題である。むしろ、メーカーの選定語彙が業界標準の語彙になっていくことには、独自の危うさがある。分類の軸を決める者が、比較の枠組みを決めてしまう。
語彙が変わると、聴き方が変わる
この話は、スピーカーの話であると同時に、言葉の話でもある。
かつて、アンプの音は一体の商品として売られていた。分解して比べる語彙が、演奏者の側に無かった。
いまは、分解する語彙がある。低域の形。破綻の早さ。American寄りかBritish寄りか。
語彙が増えると、聴き方が変わる。「このアンプの音が好きだ」から、「このアンプの、この部分が好きだ」へ移る。移った先で、部品を差し替えるという発想が初めて自然になる。
ただ、その語彙を用意したのが売り手だったという点は、意識しておいてよい。
破綻が早いことは、良いことでも悪いことでもない。warmという語は、測定された何かを指していない。ジャンルの欄に自分の音楽が書かれていないスピーカーが、自分の曲に合わないわけでもない。
売り手が用意した語彙は、選ぶための地図としては優秀である。地図が無い状態よりはるかによい。
しかし地図は、道の一覧であって、行き先の推薦ではない。
自分がどこへ行きたいのかは、結局のところ、鳴らして聴いて決めるしかない。
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