Chuuni Sound Lab

← 記事一覧へ  ·  プロファイル

KemperとNAMは、何が違うのか。IRだけが、どちらにも載る理由

2026-09-08

KemperとNAMは、同じ「アンプを保存する道具」に見える。だが実際に比べると、やっていることは驚くほど近く、違うのは別の場所にある。どちらもアンプの非線形応答を推定し、どちらも「スピーカーを含めて録るか、外して録るか」という同じ二択を持つ。分かれるのは、その形式がどこに住んでいるか。そしてIRだけが、なぜ両方に載るのか。線形という一語が、その理由になっている。

アンプの音を保存する道具が、いま二つ並んでいる。

一つはKemper。もう一つはNAM。どちらも実機を「取り込む」と言われ、どちらも取り込んだものを弾ける形で配れる。競合しているように見える。

だが並べて中身を見ていくと、やっていることは驚くほど近い。違いは、思っていたところには無かった。

そしてもう一つ。この二つの下に、両方に載る部品がある。IRである。なぜIRだけがそうなれるのか。理由は一語で説明がつく。

NAMとは何か

Kemperは説明の要らない機材だと思うので、NAMのほうから始める。

NAM(Neural Amp Modeler)は、機材ではない。ソフトウェアであり、公開された仕組みである。公式サイトは、ギターアンプとペダルのモデルを深層学習で作るオープンソースのプロジェクト、と自己紹介している。作者はSteven Atkinsonで、ライセンスはMIT。無償で使える。

作り方は、拍子抜けするほど単純である。

  1. 決まった音声ファイルをダウンロードする。トーンやノイズや実際の演奏が入った、標準の試験信号である
  2. それを実機へ流し、出てきた音を録る。長さを入力と揃える
  3. 入力と出力のペアを学習させる
  4. .nam というファイルが出てくる。これをプラグインへ読ませると弾ける

つまりNAMがやっているのは、「この信号を入れたら、この音が出た」という対応関係を、ニューラルネットに覚えさせることである。回路を解析しているのではない。入口と出口だけを見て、そのあいだの関係を近似している。

3の学習には計算力が要るが、自前の高性能な機械は要らない。公式が案内しているのはGoogle Colabという仕組みで、ブラウザから使えるGoogleの計算環境を借りる形になる。音声ファイルを二つ上げてボタンを押すと、公式ドキュメントの説明では10分ほどで終わる。

そして誰でも作れて、誰でも配れる。実機とリアンプ環境さえあれば、特別な機械は要らない。

Kemperのプロファイリングは、何をしているのか

Kemperの側も、抽象的には同じことをしている。

実機へ試験信号を送り、返ってきた音を聴いて、入出力の関係を推定する。回路図を読んでいるわけではない。入口と出口から、あいだを組み立て直している

違うのは、その手続きが機械の中に閉じていることである。信号を送るのも、解析するのも、結果を保持するのも、Kemperという一台がやる。ユーザーは手順に沿って操作するだけで、途中に介入しない。

そしてKemperは2015年のOS 3.0で、保存の形を三つに分けた。公式の説明では、Studio PROFILEが真空管アンプ・キャビネット・マイクという古典的なリグ全体を写し取るもの。Direct Amp PROFILEが、真空管アンプの音をパワーアンプごと、キャビネットから分離して保存するもの。そしてMerged PROFILEが、そのDirect Amp PROFILEに、Studio PROFILE側のキャビネット部分を後から統合したものである。

二つは、同じ形をしている

ここまでで、すでに見えてくることがある。

どちらも、アンプの非線形応答を推定している

アンプの歪みは非線形である。入力を二倍にしても出力は二倍にならない。弱く弾けば歪まず、強く弾けば潰れる。入力の大きさによって、出力の形そのものが変わる。だから一度の測定では記述できない。実際に信号を通し、その振る舞いを学ばせるしかない。KemperもNAMも、そこは同じである。

そしてもう一つ、同じ二択を持っている

スピーカーを収録に含めるかどうか、である。

  • 含めない:アンプの出力をロードボックスで受け、電気信号のまま取り出す。キャビとマイクは外れる
  • 含める:実キャビを鳴らし、マイクで録る。全部が一体で入る

Kemperではこれがダイレクトプロファイルとスタジオプロファイルという名前で分かれている。NAMには名前が付いていないが、同じ二択がそのまま存在する。ギターの生信号(DI)をリアクティブロード経由で流して録れば前者になり、実キャビをマイクで録れば後者になる。

この二択はKemperとNAMで共通である。NAMがKemperと別のカテゴリなのではなく、同じ分岐を、別の技術で持っている。

含めなければ、キャビは後から自由に組める。ただしそのとき接続していた負荷は条件として焼き込まれる。Kemper公式は、ダイレクト方式がスピーカーの複雑なインピーダンス挙動と、パワー管とキャビネットのあいだの相互作用を含む、と明記している。スピーカーの発音は入っていないが、負荷としての性質は入っている。だから「アンプ単体」ではなく、その日その負荷につないだアンプが保存されている。

含めれば一体で完結するが、後から分けにくい。

ここまで、違いらしい違いが出てこない。

違うのは、形式がどこに住んでいるか

分かれ目は、音の作り方ではなかった。

Kemperのプロファイルは、Kemperの上でしか動かない。ファイル形式は公開されていない。作るのも鳴らすのも、あの機械(とその周辺ソフト)を通る。

NAMは、形式そのものが公開されている.nam の中身は仕様書として読める。どんなフィールドがあり、何が入っているかが分かる。だから他社が自分の製品へ組み込める

実際に組み込まれている。NAM公式サイトが挙げている名前を拾うだけでも、Tone3000、Darkglass(ANAGRAM)、Two Notes(Genome)、Hotone、Valeton、ML Sound Lab、Melda Production、Poly Effects……二十社を超える。サイトは、NAMが次世代のデジタル・オーディオ・エフェクトを動かしている、と書いている。

片方は製品で、片方は共通言語になった。これが最大の違いである。

優劣の話ではない。閉じているから品質と体験を一貫させられる、という設計もある。開いているから広がる、という設計もある。選んでいる戦略が違う

もう一つの違いは、条件を書き残せるか

形式が公開されていることの副作用が、もう一つある。

.nam のメタデータには、input_level_dbuoutput_level_dbu という項目が定義されている。デジタル上の最大値に対応するアナログ側の信号強度を、dBuという単位で記録する欄である。測り方は、1kHzのサイン波をデジタルで表せる上限の大きさで出し、出力端子に実際に出ている電圧をテスターで測って換算する、というものである。

任意項目なので、書かなくてもモデルは動く。ただしその場合、元の機材とのゲインの対応は保証されない、と公式ドキュメントは明記している。

これが効くのは、非線形だからである。入力レベルで音が変わる以上、「どのくらいの強さで駆動していたか」が分からなければ、同じ音には戻らない。dBuの欄は、その一点を数値で残す。

作者名や機材名といった記述的なメタデータなら、Kemper側にもある。リグ名、作者、アンプやキャビの機種、タグ。非対称なのはその先で、収録時の電圧という再現条件を書く欄が、Kemperの公開資料には見当たらない。無いと断定できる資料も見ていないので、公開仕様としては確認できない、と書いておく。

IRは、なぜどちらにも載るのか

そして、この二つの下に共有されている層がある。

キャビネットとマイクは、線形時不変系として扱える。入力を二倍にすれば出力も二倍になり、時間が経っても振る舞いが変わらない。

この性質を持つ系には、決定的な特徴がある。インパルス応答を一度測れば、その系のすべてが分かる。あらゆる入力に対する出力が、その一つの測定から計算できる。追加の情報は要らない。

だからIRは、短いファイル一つで系全体を表せる。そして誰が測っても、同じ系なら同じものになる。メーカーも、方式も、機械も関係ない。線形という性質だけが効いている。

アンプの歪みには、これができない。非線形だからである。入力の大きさごとに振る舞いが違うので、一度の測定では足りない。だからKemperは自社の方式を持ち、NAMは自分のネットワークを持つことになった。二つが別々の形式に分かれたのは、対象が非線形だったからである。

線形の層だけが、共通の通貨になれた

だからKemperのダイレクトプロファイルは任意のキャビIRと組めるし、NAMのDI録りモデルにも同じIRが載る。同じ一本のファイルが、両方の下で機能する。これは互換性を頑張って確保した結果ではない。線形であることの、自動的な帰結である。

まとめ

KemperとNAMは、競合する二つの技術に見えて、やっていることはほぼ同じだった。どちらもアンプの非線形応答を入出力から推定し、どちらも「スピーカーを含めるか外すか」という同じ二択を持つ。

違うのは形式がどこに住んでいるかである。Kemperのプロファイルはあの機械の上で動き、NAMは公開された仕様として二十社以上の製品へ入り込んだ。片方は製品として、片方は共通言語として設計されている。

そしてIRだけが、どちらにも載る。キャビとマイクが線形だからで、線形の系はインパルス応答一つで書き切れて、誰が測っても同じものになる。非線形のアンプが二つの陣営に分かれたのに対し、線形の層は分かれる理由を持たなかった。

保存の形式を選ぶことは、何を固定し、何を後で差し替えられるようにしておくかを選ぶことである。そして差し替えが効く場所は、いまのところ線形の層に限られている。

なお、この記事は同じ実機での聴き比べをしていない。書いたのは、各社が公開している仕様の上で何が同じで何が違うか、である。音がどちらに近いかは、実際に録って並べてみないと言えない。


関連記事


noteで読む・スキやコメント ↗