ギターアンプの歴史は、たいてい出力の数字で語られる。
15W。50W。100W。会場が大きくなり、ドラムが強くなり、アンプがそれに追いつく。よく知られた筋書きだ。
だがこの筋書きには、抜けている登場人物がいる。
出力段でどれだけ電力を作っても、それを空気に変える部品が受け止められなければ、その電力は音にならない。焦げるか、歪むか、壊れるかのどれかになる。
100Wのヘッドは、100Wを受け止められる終端があってはじめて100Wのヘッドとして成立する。
この記事で追うのは、その終端の側で何が起きたかである。アンプの出力競争と並走して、スピーカーの側でも競争が起きていた。壊れないこと。そして、早く歪まないこと。
そしてその競争は、結果として「歪みを誰が作るのか」という担当区分を書き換えていった。
「W」という数字は、二か所に書いてある
まず、用語を整理しておく。
アンプのスペック表に書かれる「100W」は、出力である。出力段が送り出せる電力の目安だ。
スピーカーのスペック表に書かれる「75W」「100W」は、出力ではない。許容入力である。壊れずに受け入れられる電力の目安だ。
意味が正反対に近い。片方は出す側の能力、もう片方は耐える側の限界を指している。
ここが混同されやすい。同じ「W」という単位で書かれているせいで、両方が同じ種類の性能に見えてしまう。
そして、システムとして音量を上げるには、両方を同時に上げる必要がある。
出力だけ上げれば終端が壊れる。許容入力だけ上げれば、押す力が足りずに音が小さいままになる。
大音量化とは、この二つを噛み合わせながら引き上げていく作業だった。
スピーカーは、どこから壊れるのか
では、許容入力の上限は何で決まっているのか。
スピーカーが受けた電力の大半は、音にならない。熱になる。
その熱が集まる場所が、ボイスコイルである。磁石の隙間に吊られた、細い線を巻いた円筒。ここに信号電流が流れ、磁界との反発でコーンが前後に動く。
電流が流れれば、線は発熱する。巻線を固めている接着や絶縁材、コイルを巻いてある筒(ボビン)が、その温度に耐えられなければ終わる。
焼けて断線するか、変形して磁気ギャップの壁に擦る。どちらも「壊れた」である。
もう一つの壊れ方は、熱ではなく動きの側にある。
低い音ほどコーンは大きく前後する。振幅が大きくなれば、コーンを支えているサラウンドやダンパーが引っ張られ、ボイスコイルはギャップから飛び出しかける。行き過ぎれば、戻るときに引っかかる。
つまり、許容入力を上げるという仕事は、実際には次の三つを同時に片づける仕事だった。
熱に耐える巻線と支持材料。
大きな振幅に耐える支持系。
そして、その二つを重くしても音が鈍らない設計。
三つ目が効いてくる。丈夫にすることは、たいてい重くすることだからだ。重くなれば動きは鈍る。丈夫で、なおかつ動く。この矛盾の処理が、そのままスピーカー側の設計史になっている。
1967年、ガラス繊維という回答
ここで一社を挙げる。
英国のFane。アンプメーカーの名前ほど広くは知られていないが、この時代の英国製アンプの終端を、かなりの範囲で担っていた会社である。
Faneの社史は、1967年にArthur Falkusによるガラス繊維のボイスコイルが導入されたことを記録している。許容入力を倍増させ、100W・100dBを超えるスピーカーを初めて製造した、という記述だ。
ボイスコイルを「ガラス繊維で作る」というのは、巻線そのものをガラスにするという意味ではない。線を巻きつける筒と、それを固める側の材料の話である。
紙やプラスチック系の筒は、加工しやすく軽いが、熱に弱い。ある温度を超えると変形し、寸法が狂う。磁気ギャップは狭い。わずかに膨らむだけで擦る。
ガラス繊維系の材料は、そこで有利になる。高い温度でも形を保つ。つまり、同じ大きさのコイルにより多くの電力を通せる。
これは音色の工夫ではない。耐熱の工夫である。
だが結果として、音の設計に効く。壊れる前に許される電力が倍になれば、それまで「無理」だった音量が「可能」に変わる。
もう一つ、この記述で見落とせないのが100dBという数字のほうだ。
能率。同じ電力を入れたときに、どれだけ大きな音圧になるかを示す値である。
許容入力が耐える側の限界だとすれば、能率は変換の効率にあたる。能率が高ければ、同じアンプでも大きく鳴る。逆に言えば、目標の音量に届くために必要な電力が減る。
耐えられる量を増やすことと、必要な量を減らすこと。大音量化は、この両側から攻められていた。
Faneはこの技術で、Hiwatt、Orange、Laney、Sound Cityといった英国のアンプメーカーへスピーカーを供給していったと記録されている。
ここで一つ、慎重に扱うべき点がある。
「100W・100dBを初めて製造した」というのは、Fane自身の記録である。企業の自社史には、業界内での先行性を主張する動機が常にある。競合他社の資料と突き合わせて検証されるまでは、業界初という主張そのものを事実として扱うべきではない。
ここで確かなのは、順位ではなく方向である。1960年代後半に、ボイスコイルの支持材料を変えることで許容入力を引き上げる、という解き方が実際に採られ、それが英国の大出力アンプ群と結びついていた。この事実は、誰が最初かとは独立して意味を持つ。
4発で割るという、もう一つの回答
材料を変える以外にも、上限を上げる方法はあった。
数で割ることだ。
100Wのヘッドに対して、25Wのスピーカーを四本並べる。ひとつあたりに届く電力は四分の一になる。合計では100Wを受けられる。
1960年代の4×12キャビネットは、まさにこの構成として成立している。当時の代表的な12インチ・ユニットは25W級で、四本で100W。数字がきれいに噛み合う。
この解法には副産物があった。
同じ音を出す発音体が四つ縦横に並ぶと、指向性が変わる。前方向へ音が集まる。単純に「大きく」なるだけでなく、遠くまで届くようになる。
さらに、箱が大きくなり、背が高くなる。演奏者の耳の高さに近い位置にスピーカーが来る。舞台の上での見え方も変わる。
四発というのは、音響上の必然というより、まず耐入力を分散させるための算術だった。そこに指向性と見た目がついてきた。
そしてここが重要なのだが、この方式では一本あたりの性格は変わっていない。25Wのユニットは、25Wのユニットのまま鳴っている。押し込めばコーンは分割振動を起こし、ボイスコイルは熱で圧縮を始める。いわゆるスピーカー由来の歪みは、そのまま残る。
材料で上限を上げる道と、本数で上限を分散する道。二つは並行していた。そして、前者を選ぶかどうかで、音の性格が分かれることになる。
1980年代、Greenbackの「高出力版」という言い方
時代を一段進める。
Celestionは、G12T-75というユニットについて、1980年代にG12M Greenbackの高出力版として作られたものであり、許容入力は75W、メタルで長く使われてきたと自社で説明している。
この「高出力版」という言い方に、設計の意図が凝縮されている。
高出力版と呼ぶからには、参照元がある。25W級のGreenbackだ。そこにある音の輪郭を維持したまま、耐えられる電力を三倍に引き上げる。そういう課題設定になっている。
なぜそんな課題が出てくるのか。
1980年代のアンプは、出力そのものより先に、歪みの段数が増えていた。プリアンプで多段に歪ませ、その信号を大きな音量で出す。押し込まれる電力が増えるだけでなく、波形の性質も変わる。
歪んだ信号は、平均電力が高い。同じピーク電圧でも、クリーンな信号より熱を多く生む。ボイスコイルにとっては、より過酷な入力である。
さらに、それを何時間も続ける使われ方がある。ツアー。長時間のリハーサル。連日の稼働。
こうなると、25W級のユニットで四本に割る方式は、余裕の面で苦しくなる。
だから、一本あたりの耐入力を上げた。
そして75Wを四本積めば、キャビネットとしては300W級になる。同じ4×12の外形のまま、受けられる電力の桁が変わる。
外形は変わっていないのに、中身の前提が変わっている。これは、外側から見ただけでは分からない種類の変化である。
G12K-100と、低いほうへ伸びる要求
さらにその先がある。
Celestionは、許容入力100WのG12K-100について、強い低域と、低いチューニングでの使用を訴求している。
ここで要求の質が一段変わっている。
75Wの世代は、主に「大きな音量に耐える」ための引き上げだった。100Wの世代では、そこに低い音に耐えるという条件が明示的に加わる。
先に書いたとおり、低い音はコーンを大きく動かす。ドロップ・チューニングや多弦楽器で基音が下がれば、振幅は増える。熱の問題に、機械的な行程の問題が重なる。
このあたりは、極端なジャンルの要求が量産品の標準を書き換えていく典型例でもある。過激なメタルの現場で必要とされた条件が、カタログ上の製品仕様として一般化する。特定の演奏者のためではなく、市場の一区画のために設計が動く。
ただし、注意しておくことがある。
「強い低域」というのは、この文脈では測定された周波数特性の話とは限らない。低い音を入れても破綻しない、という耐性の話と、低域が量的に多く出る、という音色の話は別である。メーカーの訴求文では、この二つがしばしば同じ言葉で語られる。
読む側は分けたほうがいい。壊れないことと、そう聴こえることは、同じではない。
歪みの担当が、上流へ移動した
ここまでの流れを、音の側から言い直す。
低出力のユニットは、押し込まれると自分で歪む。コーンが分割振動を起こし、ボイスコイルの発熱で出力が圧縮される。この崩れ方が、そのまま「その音」の一部になっていた。
つまりスピーカーは、変換器であると同時に、最終段の歪み器でもあった。
許容入力を上げるというのは、その役割を降ろすということである。
75Wのユニットに、25W級と同じ崩れ方を期待することはできない。同じ音量を出しても、そこまで押し込まれていないからだ。アンプが送った信号を、比較的そのまま空気に変える。
すると、歪みを作る仕事は上流へ移る。プリアンプ。出力段。あるいはペダル。
大音量化は、歪みの量を増やしただけではない。歪みが生まれる場所を、信号経路の上流へ移動させた。
この移動には、実務上の利点がある。
歪みの位置が上流にあるほど、その後で音量を変えても歪み方は変わらない。小さい音でも大きい音でも、同じ質感が出せる。録音では特に扱いやすい。
失われたものもある。音量を上げていくと音の質感そのものが変わっていく、という連続性だ。低出力のスピーカーで押し込んだときの、あの「限界へ向かって崩れていく」挙動は、高耐入力のユニットからは出てこない。
どちらが良いという話ではない。どこで歪ませるかを選んだ結果として、どちらかが手に入る、という話である。
現在のカタログに低出力型と高出力型が併存しているのは、この選択が今も生きているからだ。過去の遺物として残っているのではなく、担当区分の違いとして残っている。
この読み方の限界
論を強くしすぎないために、限界を明示しておく。
まず、各社の技術に直接の継承関係は置けない。Faneのボイスコイル材料と、Celestionの高出力ユニットの間に、設計上の影響関係を示す資料をここでは持っていない。同じ課題に対して、それぞれが回答したという以上のことは言えない。
次に、許容入力の数値は、そのまま比較できるとは限らない。この種の定格は、試験に使う信号の種類、加える時間、判定の基準によって変わる。年代の違う仕様書を並べて、数字の大小だけで優劣を言うことはできない。
三つめ。OEM供給の事実は、音の共有を意味しない。同じメーカーのユニットが複数のアンプブランドへ渡っていたとしても、箱、板厚、背面構造、アンプ側の回路で結果は変わる。供給関係の記録から音色の系譜を引くのは、飛躍になる。
四つめ。ここで扱ったのは、メーカー自身による製品史と現行カタログである。カタログは現行仕様を示すもので、歴代の細かな改訂までは追えない。G12K系の許容入力がどの時点でどう変わったかといった変更史は、ここでは未確定のまま残しておく。
最後に、特定の作品や録音との因果は書かない。あるユニットがあるジャンルで長く使われた、という記述は使用実態の記録であって、そのユニットがその音を作った証明ではない。
仕様表の数字を、どう読むか
こう整理すると、スペック表の見え方が少し変わる。
許容入力の数字は、音色の数字ではない。それは耐久の数字である。
だが、耐久の数字が変われば、設計者が使える範囲が変わる。どこまで押し込めるか。どこで歪ませるか。どの帯域をどれだけ入れられるか。
耐えられる限界の変化は、音色の選択肢の変化として現れる。直接ではなく、一段挟んで効いてくる。
だから、あるキャビネットやスピーカーの音を考えるとき、「何Wか」を音の柔らかさや硬さに直結させるのは早い。そうではなく、こう置き換えたほうがいい。
このユニットは、歪みを担当しているのか。していないのか。
そして、そのアンプはどちらを前提に設計されているのか。
この二つが噛み合っているかどうかで、鳴らしたときの手応えは変わる。ヘッドとキャビの組み合わせで印象が大きく動く理由の一部は、ここにある。
CSLが機材史を追うときに見ているもの
CSLがこうした機材の系譜を追うのは、古い製品を懐かしむためではない。
音が決まる要因は、たいてい複数の段に分散している。ある段で解決された課題が、別の段の設計を変える。その連鎖を追わないと、「なぜこの音になっているのか」の説明が、いつまでも機種名の言い換えで止まってしまう。
スピーカーの許容入力という、一見すると音色と無関係な数字が、歪みの発生位置という音色そのものの問題に接続している。この記事で見たのは、そういう接続の一例である。
まとめ
ギターアンプの大音量化は、出力段だけの競争ではなかった。
送り出された電力を受け止める終端の側でも、同じだけの競争が起きていた。壊れないこと。そして、早く歪まないこと。
1967年、Faneはガラス繊維のボイスコイルによって許容入力を倍増させ、100W・100dBを超えるユニットを製造したと記録している。英国の大出力アンプ各社への供給が、そこに続いた。「初」という主張は自社史であり、競合との照合が必要な部分として残る。
1980年代、CelestionはG12M Greenbackの高出力版としてG12T-75を作った。25W級の輪郭を保ったまま、耐えられる電力を三倍にする課題設定である。さらにG12K-100では、低いチューニングという新しい条件が加わった。
そして、この引き上げには副産物があった。歪みを作る担当が、スピーカーからアンプへ移った。
低出力型を選ぶか、高出力型を選ぶか。それは音量の選択ではない。どこで音を崩すかの選択である。
スペック表の「W」を耐久の数字として読み、そのうえで「このユニットは歪みを担当しているのか」と問い直すと、手元の組み合わせが何を狙った構成なのかが見えやすくなる。数字は音を語らないが、数字が変わった理由は音を語る。
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