アンプには、クリーンや歪みを切り替えるチャンネルがある。プリアンプの設定を、足元のスイッチで呼び出す。これは、もう当たり前の機能だ。
その切り替えの範囲を、キャビネットの選択にまで広げたアンプがある。Mesa/BoogieのRoad Kingだ。
チャンネルごとに、鳴らすスピーカーを切り替える——その機能を持つヘッドと、それに合わせて中を二つに仕切ったキャビネット(Road King 4×12)が、セットで用意された。
先に、期待値を整えておく。中を二つに仕切り、左右で背面構造とスピーカーを変える——それ自体は、たしかにキャビネット側の設計だ。ただ、そこだけ取り出せば、そこまで珍しいわけでもない。ステレオ配線した4×12の片側だけをVintage 30にする、といった構成と大きくは変わらない、と見る人もいるだろう。
この一台の勘所は、箱そのものよりも、アンプがその二系統を、チャンネルの切り替えに組み込んだ点にある。切り替えを担っているのは、あくまでアンプの側だ。
その組み合わせは、標準にはならなかった。だからこそ、記録しておきたい分岐である。
一つの4×12の中に、二つの箱を作る
普通の4×12は、一つの構造を持つ。開放型なら開放型、密閉型なら密閉型。四発のスピーカーは、同じ箱の中で鳴る。
Road King 4×12は、そこを割った。
Mesaのマニュアル(2002年)と公式資料によれば、この箱はRectifier 4×12 Straightを基礎にしつつ、中央に垂直の隔壁を入れて、左右を分離している。
左は、開放型(Open Back)。右は、密閉型(Closed Back)。一つの筐体の中に、背面構造の違う二つのキャビネットが並んでいる。
左と右で、スピーカーも違う
分けたのは、箱の構造だけではない。
左の開放側には、Celestion C90を2発。右の密閉側には、Vintage 30を2発。搭載スピーカーそのものが、左右で違う。
そして、各側は独立しても、同時にも使える。
C90とV30、開放と密閉。性格の異なる「音の終わり方」が、一つの箱に二系統、用意されている。
Mesaは、この構成について、Rectifier Straightより低域がやや締まり、中域と高域の輝きが増す、と説明している。
そもそも、開放型と密閉型は、音の出方が違う。開放型は背面から空気が抜け、低域がやや緩く、音が広がりやすい。密閉型は背面を閉じて、低域が締まり、指向性と押し出しが増す。どちらが良いという話ではない。曲や音色によって、欲しい「終わり方」が違う、というだけだ。
だから普段は、どちらかを選んで固定する。開放型のキャビを買うか、密閉型のキャビを買うか。Road Kingは、その選択を、固定しなかった。
ここで一つ、線を引いておく。左右では、開放/密閉と、C90/V30が同時に変わる。だから、聴こえる差のうち、どこまでが背面構造の効果で、どこからがスピーカーの違いなのかは、この構成だけでは切り分けられない。それぞれの単独の寄与を、ここで断定はしない。
アンプの各チャンネルから、A/B/A+Bを呼び出す
面白いのは、この二系統を、アンプ側から制御することだ。
Road Kingのアンプは、チャンネルごとに、鳴らすスピーカーをSpeaker A、B、A+Bのいずれかに割り当てられる。
つまり、クリーンのチャンネルでは開放側だけ、ハイゲインのチャンネルでは密閉側だけ、あるいは両方——という設定を、音色の切り替えの中に組み込める。
チャンネルを踏み替えると、プリアンプの設定だけでなく、音がどの箱のどのスピーカーから出るかまで、一緒に変わる。
こうして、キャビネットは、出力段の末端に固定された箱ではなくなる。アンプから見れば、チャンネルごとに呼び出す音色の一部になる——選んでいるのは、あくまでアンプの側だが。
複数のアンプではなく、複数の「音の終端」を統合する
この発想は、以前ここで書いた「多チャンネル化」の話と地続きだ。
かつて演奏家は、クリーンと歪みを別々のアンプで作り、切り替えていた。90年代の多チャンネル真空管アンプは、その二台運用を、一台の中へ統合した。複数の完成音を、一つのヘッドから呼び出せるようにしたのだ。
Road Kingは、その統合を、キャビネットの側まで延長した。
統合したのは、複数のアンプではない。複数の「音の終端」——スピーカーと箱の鳴り方——である。プリアンプの音色だけでなく、その音がどう空気に変わるかまでを、チャンネルにひも付けた。
音を作る場所は、プリアンプで終わらない。出力段でも終わらない。最後の箱とスピーカーまでが、設計と切り替えの対象になる。このヘッドとキャビの組み合わせは、それを実機で示している。
考えてみれば、切り替えの発想は、これまでずっと信号の上流に偏っていた。ゲイン、EQ、チャンネル、エフェクト——手を入れる場所は、たいていアンプの中か、その手前だった。キャビネットは、最後に一度選んで、あとは固定する。音作りの中で、いちばん動かされない部分だった。
Road Kingは、その一番動かない部分を、動かした。上流だけでなく、信号のいちばん最後まで、切り替えの対象を広げている。キャビネットを「所与の環境」ではなく「設計変数」として扱った、と言ってもいい。
なぜ、標準にならなかったのか
これだけ理にかなった設計が、なぜ広く普及しなかったのか。
推測はできる。この箱は、Marine Grade Baltic Birch製で、重量は109ポンド——約49kg。普通の4×12より重い。左右で別のスピーカーと配線を持ち、構造も複雑になる。価格も、配線も、運搬も、通常の4×12より負担が大きい。
そして、そこまでの切り替えを必要とする演奏者が、どれだけいたか。
ただし、ここは慎重に言う。販売資料や設計者の証言なしに、これを「失敗作」と断定はしない。重量、価格、配線、需要——挙げられる要因はあるが、なぜ定着しなかったのかを確定する根拠は、まだ手元にない。標準にならなかった、という事実までを記録しておく。
IR時代から見ると、早すぎた設計
いま振り返ると、この発想は、後の時代のある機能とよく似ている。
現代のデジタル環境では、キャビネットはIR——インパルス応答——として扱われ、プリセットごとに差し替えられる。クリーンには明るいキャビのIR、ハイゲインには締まったキャビのIR、と音色に紐付けて呼び出す。Road Kingが物理的な箱と隔壁でやろうとしたことに、機能としては近い。
ただし、Road Kingからデジタルのキャビ切り替えへ、直接の系譜が続いた、と主張するわけではない。似ているのは結果であって、継承の証拠があるわけではない。
共通しているのは、切り替えている対象だ。キャビネットは、入ってきた音をどう空気に変えるかという、いわば応答の部分を担う。Road Kingはその応答を、開放と密閉という二つの物理の箱として持ち、隔壁とスイッチで選べるようにした。IRは、同じ応答を測って数値にし、プリセットで選べるようにした。
手段は、物理とデータでまったく違う。だが「音の終端の応答を、固定された一つではなく、選べるものにする」という発想では、二つは重なっている。Road Kingは、それを箱と木とスイッチで、先に一度、形にしていた。
それでも、この一台が示しているものは大きい。キャビネットは、固定された終端ではなく、切り替えの対象になり得る——その考え方を、物理の箱で先に形にしていた。
標準の4×12が今も現役である以上、この分岐は「選ばれなかった道」だ。だが、選ばれなかった道を記録しておくと、いま標準になっているものが、なぜその形なのかが、少しだけ見えやすくなる。