テープ。BBDディレイ。12ビットのサンプラー。レコード。パッシブピックアップ。ギタースピーカー。
これらはよく、同じ一語でまとめられる。暖かい、と。
だが、この六つが高域を失う理由は、それぞれ違う。あるものは資源と引き換えに帯域を手放している。あるものは手放したように見えて、実は再生側で戻している。あるものは単調に落ちているのではなく、共振の山が動いている。あるものは、最初から落とすつもりで設計されている。
同じ結果に見える現象を、同じ原因で説明してはいけない。これは音の趣味の問題ではなく、何を模倣し、何を復刻し、何をパラメーターとして残すかという設計判断の問題になる。
そして、もう一つ奇妙なことが起きている。制約が技術的に解消されたあとも、その制約が生んだ特性だけが商品として残り続けている。エイリアシングを保存すると明記する復刻機がある。ローファイをエフェクトとして内蔵するサンプラーがある。フラット応答のスピーカーに、わざわざギタースピーカーの応答を戻した製品がある。
劣化が、いつのまにか保存の対象になっている。
その反転がどこで起きたのかを、機構ごとに分けて追う。
「暖かい」は、四つの別々の機構をまとめた言葉である
先に整理を置く。高域が少ない音は、少なくとも四つの異なる作られ方をしている。
資源交換型。帯域が、時間・容量・コストと交換されている。テープ速度、BBDのクロック、サンプラーのビット深度とサンプリングレートがこれにあたる。
補償型。記録側で意図的に特性を曲げ、再生側で戻す。レコードのRIAA等化がこれにあたる。ここでは高域は捨てられていない。
共振形成型。回路の定数が共振を作り、その山と落ち方で音色が決まる。パッシブピックアップとケーブルの関係がこれにあたる。単調に落ちているのではない。
楽器形成型。帯域制限と非線形の分割振動そのものが、楽器の発音機構として設計されている。ギタースピーカーがこれにあたる。
この四つを混ぜると、説明が全部おかしくなる。順に見ていく。
資源と交換された帯域――テープとBBD
テープでまず効くのは、速度である。
NABが1965年に定めた規格は、リール式テープの標準速度を毎秒7.5インチとし、15インチと3.75インチを補助的な速度として置いている。速度が速いほど、同じ時間の音により長いテープを使う。帯域と、テープの消費量が交換関係にある。
規格そのものは周波数特性の目標値を定めていない。だが実測の傾向は一貫している。ある比較測定では、7.5インチ毎秒で概ね60Hzから20kHzが±2dBに収まり、15インチ毎秒では40Hzから22kHzへ広がる。低速側では話が逆になり、3.75インチ毎秒は音が暗くなり低域が持ち上がる方向へ傾く。
つまりテープの「暖かさ」は、テープという素材の性格である以上に、どれだけテープを使うかという経済的な選択の結果である。速度を落とすのは、長く録るためか、費用を下げるためだった。
BBDでは、この交換がもっと露骨に回路の形として現れる。
BBDは1969年、フィリップス研究所のF. SangsterとK. Teerによって開発された、離散時間で動くアナログ遅延素子である。電荷をバケツリレーのように段から段へ渡していく。遅延時間は、段数とクロック周波数で決まる。段数が多いほど、そしてクロックが遅いほど、長く遅らせられる。
ここに問題がある。クロックが遅いということは、標本化の周波数が低いということでもある。入力に高い周波数が入ると折り返しが起きる。だから、BBDを正しく動かすためには、入力の手前に急峻なローパスフィルタを置くしかない。実際の設計では3kHzから5kHzあたりで落とし、傾きは1オクターブあたり30dBから36dBに達する。出力側にも、クロック成分そのものを取り除く同じ形のフィルタが要る。
したがって、アナログコーラスやアナログディレイの暗さは、電荷転送機構が生む味ではない。回路を破綻させずに動かすために必須の副産物である。長い遅延を欲しがるほどクロックを落とすことになり、その分だけフィルタを下げなければならない。遅延時間と帯域が、はっきり交換されている。
ディレイ音がリピートのたびに暗くなっていく、あの挙動も同じ場所から来る。フィードバックのたびに同じフィルタを通り、同じ圧縮伸張の処理を通る。減衰ではなく、通過回数の蓄積である。
サンプラーでも構図は変わらない。E-mu SP-1200は1987年に登場した機材で、12ビットリニア、サンプリング周波数26.04kHzという仕様を持つ。当時、メモリは高価だった。分解能と時間は、そのまま金額と交換されていた。
補償として設計された曲線――RIAAは高域を捨てていない
レコードの音を「高域が丸い」と説明するとき、しばしばRIAA等化が理由に挙げられる。これは筋が違う。
RIAA等化は1954年にアメリカレコード協会が定めた規格である。それ以前は各社が独自のカーブを使っており、ターンオーバーとロールオフの組み合わせは100種類以上が併存していた。同じ盤を別のプレイヤーにかけると別の音になる状態が普通だった。
RIAAカーブは三つの時定数で定義される。3180マイクロ秒、318マイクロ秒、75マイクロ秒。周波数に直すと、概ね50Hz、500Hz、2.1kHzである。
重要なのは、これが記録と再生の一対で成り立っている点である。カッティング時には低域を下げ、高域を持ち上げる。再生時には、まったく同じ量だけ低域を持ち上げ、高域を下げる。二つを通ると特性は元へ戻る。
なぜこんなことをするのか。低域をそのまま刻むと溝の振幅が大きくなりすぎ、隣の溝へ食い込む。記録時間が犠牲になる。一方で高域は、盤面のノイズに埋もれる。だから記録時に高域を持ち上げてノイズより大きくしておき、再生時に高域を下げる。信号と一緒にノイズも下がるので、S/N比が改善する。
つまりRIAAは、高域を削る仕組みではない。溝という物理的制約を補償するための、往復で相殺される設計である。レコードの音が丸く聞こえるとしたら、その原因はカッティング時の判断、盤の状態、カートリッジと針、再生系の特性であって、規格そのものではない。
資源交換型と補償型を混ぜると、ここを取り違える。「昔の記録方式は高域が出ない」という一括りは、少なくともレコードについては成り立たない。
共振として形成される帯域――ピックアップとケーブル
パッシブピックアップを、単純なローパスフィルタとして説明する解説は多い。ケーブルの容量が高域を削る、と。
半分は当たっているが、この説明では最も重要な部分が消える。
パッシブピックアップはコイルである。コイルにはインダクタンスがあり、巻線間とケーブルには容量がある。抵抗もある。したがってこの回路は、単調に落ちるフィルタではなく、共振点を持つ回路になる。共振周波数はインダクタンスと容量で決まり、抵抗はその鋭さだけを変える。
ここへケーブルの容量が加わると、二つのことが同時に起こる。共振周波数が下がり、そして共振点の近くにわずかな山ができる。ある測定例では、ケーブルを繋がない状態で-3dB点が約4.77kHzだったものが、ケーブルを加えると約4.38kHzへ下がり、同時に2.75kHz付近で約1dB持ち上がっている。
高域が減るだけではない。山が動いている。ギターの音色で人が「明るい」「太い」と呼び分けている差の多くは、この山の位置と高さの差である。
単純なRC回路として計算すると、話はもっと極端になる。250kΩのボリュームと600pF程度のケーブル容量を素朴に当てはめれば、-3dB点は1kHz付近まで落ちてくる。だが実機のピックアップはこの計算どおりには振る舞わない。インダクタンスによる共振が、落ちきる手前で持ち上げるからである。
パッシブピックアップを単純なLPFとして扱うと、この不一致を説明できなくなる。そして、アクティブ回路やバッファを通したときに何が変わったのかも説明できなくなる。あれは高域が増えたのではなく、ケーブルの容量から共振が切り離された結果として、山の位置が動かなくなったという話である。
楽器として設計された帯域――ギタースピーカー
四つ目は、そもそも制約ではない。
ギタースピーカーの周波数範囲は、たとえばCelestion G12M Greenbackの公表値で75Hzから5000Hzである。上は5kHzで急激に落ちる。この機種は、中域のアタックを広く持たせ、高域を抑えることで、コードに前へ出る性格を与え、リードでは耳障りな成分を出さないよう声色付けされている、とメーカー自身が説明している。
さらに踏み込んだ説明もある。Celestionは、フルレンジ用のスピーカーとギタースピーカーの違いを、意図の違いとして書いている。ギタースピーカーは、薄いコーンとそれに合う素材を組み合わせることで、あえて分割振動へ入るように設計されている。目的は、音楽的に響く歪みを作ることである。
ここで起きているのは記録の劣化ではない。発音である。ギターアンプの音は、スピーカーの手前で完成して、それをスピーカーが正確に運んでいるのではない。スピーカーのコーンが崩れる領域まで含めて、音が作られている。
帯域の数字でも差は大きい。モデラーやプロファイラー向けに作られたフルレンジ機は、60Hzから20kHzといった範囲を持つ。ギタースピーカーはその四分の一の帯域しか受け持たない。だが後者は、失っているのではなく、担当していないだけである。
同じ「高域が5kHzで落ちる」という測定結果が、テープでは交換の結果であり、ギタースピーカーでは設計の目的である。測定値だけを並べると、この差は消える。
反転はどこで起きたのか
ここからが本題になる。
四つの機構はいずれも、技術の進歩で解消できるものだった。テープはデジタルへ置き換わった。BBDはDSPへ置き換わった。12ビットは24ビットになり、メモリは安くなった。
にもかかわらず、制約由来の特性は消えなかった。むしろ、名指しで保存されるようになった。
SP-1200の復刻機は、そのわかりやすい例である。設計者本人の会社が作ったこの機材は、12ビットリニアと26.04kHzという同じデータ形式を維持していると明記している。それだけではない。オリジナルのピッチシフト処理と、そこで生じる可聴のエイリアシング、そしてイメージングのアーティファクトまで、同一に保存していると書いている。
これは重要な言い回しである。かつては仕様の限界として存在していた誤差が、いま仕様として書かれている。設計者本人が、自分の機材をヒップホップの祖父だと述べているのも、その反転を裏づけている。作品が先にできて、作品が耳の基準を作った。
サンプラーの側でも同じことが起きている。ローランドのSP-404は、ローファイヒップホップと呼ばれるジャンルの音を形作った機材として知られる。その系譜のMKIIは、ビニールシミュレーター、ローファイ、カセットシミュレーターといった処理を内蔵している。かつて機材の側面だったものが、選べる項目になっている。
BBDも同様に扱われている。BBD回路をモデリングした製品では、フィルタリングだけでなく、コンパンディングやノイズリダクションまで含めて再現したと説明される。ここで再現の対象になっているのは、音を良くするために付けた部分ではない。回路を成立させるために仕方なく付けた部分である。
ギタースピーカーの側では、逆向きの製品が出た。フルレンジのスピーカーは細部と忠実さを出せる一方、本物のギタースピーカーを鳴らしたときの物理的な手応えや触感的なフィードバックを欠く、とメーカー自身が書いている。そこで、フルレンジでありながらギタースピーカーの応答を持つ機種が作られた。
保存されているものが、四つの機構ごとに違うことに注意したい。SP-1200では標本化と量子化の誤差。BBDでは必須フィルタと圧縮伸張の副作用。ギタースピーカーでは分割振動という発音機構そのもの。同じ「アナログの質感」という言葉で売られていても、中身は別物である。
何が保存されているのか、を取り違えないために
この反転を、劣化の礼賛として読むのは正確ではない。
保存されているのは、劣化そのものではない。その装置を通って作られた作品が、聴き手の規範を先に作ってしまった、という事実の方である。SP-1200の音を良いと感じるのは、12ビットが16ビットより優れているからではない。12ビットで作られた音楽を、先に聴いているからである。
だからこそ、機構を分けておく必要がある。
ビット深度とサンプリング周波数は別の物理量である。前者は振幅の刻み、後者は時間の刻みで、生じる誤差の質が違う。テープの速度とフォーマットも別である。RIAAと再生系の損失も別である。ピックアップの共振と単純なローパスも別である。これらを「昔の音」で束ねると、何を復刻すればその音になるのかが決まらなくなる。
情報を保存することと、音楽を生む装置であることは、同じではない。テープもBBDもサンプラーも、情報を失う代わりに固有の伝達特性を持った。その特性で作られた作品が積み上がったとき、特性の方が目的へ変わった。
一方で、ギタースピーカーは最初から後者だった。だからこそ、ギタースピーカーの復刻は、他の三つとは別の議論になる。部品を同じにするのか、新品時の状態を再現するのか、価値を認められた経年後の状態を再現するのか、測定された動的挙動を再現するのか。何を同一とみなすかを決めなければ、復刻という言葉は中身を持たない。
記録する側から見ると、この区別はどこに効くか
実機を記録する立場でも、この四分割はそのまま効いてくる。
キャビネットとマイクの応答は、線形時不変系として扱えばインパルス応答へ落ちる。アンプの歪みは入力レベルで挙動が変わるので、同じ扱いはできない。この二つを分けずに「アンプの音を保存した」と言うと、何が保存され、何が保存されていないのかが説明できなくなる。
同じことが、いま挙げた四つにも当てはまる。共振形成型は定数が決まれば線形の枠内で扱える。楽器形成型は、コーンが崩れる領域まで含むので線形では終わらない。資源交換型は、量子化やクロックという離散化の話であって、周波数特性へ翻訳した瞬間に別物になる。
保存の話は、常に「何を同一とみなしたか」の話である。暖かい、という一語は、そこを覆い隠す。
まとめ
高域が落ちた音は、一種類ではない。
テープとBBDとサンプラーでは、帯域が時間・容量・費用と交換されていた。レコードのRIAAでは、記録側で曲げた特性を再生側で戻していて、そもそも捨てていない。パッシブピックアップでは、共振の山が動いていて、単調に落ちてはいない。ギタースピーカーでは、帯域制限も分割振動も、発音のための設計だった。
そして、これらの制約はいずれも技術的には解消されたのに、特性だけが残った。エイリアシングは保存対象になり、必須フィルタは再現対象になり、カセットの質感はエフェクトの一項目になった。制約が消えたあとに残ったのは、その制約で作られた作品が先に作った規範である。
自分がいま「良い」と感じている質感が、どの機構から来ているのか。資源と交換されたものなのか、補償の残りなのか、共振の山なのか、楽器の発音そのものなのか。分けて考えると、同じ質感を別の方法で作れるかどうかが見えてくる。逆に、分けずに追いかけると、いつまでも似た機材を買い足し続けることになる。
制約は、それ自体が良かったから残ったのではない。良い音楽が先にそこを通ったから、残った。
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