Chuuni Sound Lab

#Fender

2 本

大音量のクリーンは、アンプだけで作られたのか。JBL D120Fという、歪まないことを設計した終端

1947年のJBL D130はギター用として作られていない。高能率で壊れにくいスピーカーだった。それを見つけたのは奏者のほうで、Fenderは1959年に工場オプションとして追認した。12インチのD120Fに入っている11ポンドの磁石と4インチのボイスコイルを、同じ12インチのCelestion G12M Greenbackと並べると、クリーンの余裕がどこで設計されていたのかが見える。

Fenderが高ゲイン時代へ出した答えは、回路ではなく人事だった。改造していた本人を雇い入れた四年間

1980年、Fenderは高ゲイン化する市場への応答として、自社のアンプを改造していたPaul Riveraを雇った。だがこの四年間は、会社が一方的に腕を買った話ではない。彼がFenderから持ち帰ったのは回路ではなく、マーケティング、製造、流通だった。同じく改造から出発したSoldanoとBognerが独立後に自力で覚えることになる領域を、彼だけが他人の会社の中で先に通っている。工場を通ることは、この市場への入場条件ではない。だが、通った者の持ち物にはなった。

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