Chuuni Sound Lab

#PFM

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PFMは、英語版の歌詞を訳さなかった

1973年、イタリアのPFMは英語盤『Photos of Ghosts』を出した。前年のアルバム『Per un amico』の全曲を含むが、英語の歌詞の大半は訳ではなく、King Crimsonの作詞家Peter Sinfieldが新しく書いたものだった。同じ演奏に、別の歌が載った。のちのベーシストは、自分たちの書き方とはまったく違うが美しい、と振り返る。2017年の二言語盤でも、PFMは英語とイタリア語で別の歌詞を書いた。直訳すると言葉のリズムが変わり、曲が表すはずの感情から離れるからだという。PFMにとって、歌詞は音の一部だった。

Mauro Paganiの1978年は、なぜAreaのようでAreaではないのか。1曲ごとに編成を組み替えるという設計

1978年に出たMauro Paganiの1枚目には、固定された編成がない。PFMの3人が並ぶ曲、Areaの4人が並ぶ曲、2人だけの曲が、同じ1枚の中に別々に置かれている。当時のPFMとAreaは公に対立していた。原盤のライナーノートに由来する曲別クレジットを1曲ずつ追うと、この盤が前のバンドの延長でも新しいバンドの始まりでもなく、曲ごとに人を選び直すという設計で作られていることが見えてくる。

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