1972年、イタリアのPremiata Forneria Marconi(PFM)は2枚目のアルバム『Per un amico』を出した。
翌1973年、同じバンドが英語のアルバム『Photos of Ghosts』を出す。イタリアのロックバンドのアルバムとして、初めてアメリカのチャートに入った作品とされる。
このアルバムには、『Per un amico』の5曲がすべて入っている。
ふつうに考えれば、イタリア語の歌を英語に訳して歌い直した盤である。だが、そうではなかった。英語の歌詞の大半は、訳ではなく、新しく書かれたものだった。
同じ演奏に、別の歌が載った
『Photos of Ghosts』の7曲を、元の曲と並べるとこうなる。
「River of Life」のもとは「Appena un po'」。表題曲「Photos of Ghosts」のもとは「Per un amico」。「Promenade the Puzzle」のもとは「Geranio」。いずれも『Per un amico』の曲である。
「Mr. 9 'til 5」のもとは「Generale」で、もともと歌の無い曲だった。英語盤で歌が付いた。
「Il Banchetto」だけは、イタリア語のまま残った。『Per un amico』の録音をミックスし直したものである。
ほかに、1枚目のアルバム『Storia di un minuto』の「È festa」が「Celebration」として入り、新しいインストゥルメンタル「Old Rain」が加わった。
7曲のうち5曲には、イタリア語の歌詞の訳ではない、新しい英語の歌詞が付いている。
まず、元の「Per un amico」。
そして、英語盤の「Photos of Ghosts」。
題名からして違う。「Per un amico」は「友のために」という意味である。英語盤の題は「幽霊の写真」になった。
書いたのは、King Crimsonの作詞家だった
英語の歌詞を書いたのは、Peter Sinfieldである。
King Crimsonの初期に歌詞を書き、コンサートでは照明と音響も受け持った人物である。同じ1973年には、Emerson, Lake & Palmer(ELP)のアルバムにも歌詞を提供している。
PFMを英語圏へ連れ出したのは、ELPのGreg Lakeだった。イタリアをツアーしていたときにPFMを見つけ、ELPが作ったばかりのレーベル、Manticoreと契約させた。
『Photos of Ghosts』のプロデューサーもSinfieldである。録音とミックスをやり直し、歌詞を書いた。
イタリアのバンドが英語圏で売り出されるとき、英語の歌を任されたのは、訳者ではなく作詞家だった。
「まったく違うが、美しい」
バンドの側は、この歌詞をどう受け止めたのか。
英語盤の翌年、1974年に加入し、のちにバンドを率いるベーシストのPatrick Djivasは、2021年の取材でこの点にはっきり答えている。PFMがSinfieldの仕事を気に入っていなかった、という話には強く反論し、自分たちはとても満足していたと言う。
特に褒めているのが「Celebration」である。自分たちの書き方とはまったく違うが、美しい、と語っている。
「まったく違う」と「美しい」が、同じ文の中で並んでいる。
訳であれば、元とどれだけ同じかで評価される。Djivasの言い方は、そうではない。違うことを前提にして、それでも良いと言っている。別の歌として聴いている。
なお、PFMは1970年代の終わりまでに、イタリア語の歌詞へ戻っている。
訳すと、リズムが変わる
この方針は、1970年代で終わらなかった。
2017年、PFMは『Emotional Tattoos』を、イタリア語版と英語版の2枚で作った。音楽は同じで、片方はイタリア語、片方は英語、とドラマーで歌手のFranz Di Cioccioは説明している。2つは同時に作られた。
ただし、この2枚でも歌詞は対応していない。
イタリア人と、アメリカ人やイギリス人に、まったく同じことをどうやって言えるのか、とDjivasは問い返している。
Di Cioccioは、具体的な例を挙げた。英語版のある曲は、サビの「Morning Freedom」という言葉が先にできていた。これをそのままイタリア語に直すと、言葉の長さも区切りも変わる。行のリズムがまったく違うものになり、感じもまったく変わってしまう。その曲が表すはずの感情を映さなくなる、という。
そこでイタリア語版では、「sogni liberi」という別の言葉をサビに置き、そこから別の歌詞を組み立てた。
2017年の英語の歌詞を書いたのは、1975年からPFMと組んでいるアメリカの作詞家Marva Jan Marrowである。彼女もSinfieldと同じく、イタリア語を訳さず、新しい歌詞を書いた。Djivasは、彼女の歌詞は自分たちの歌詞のようには聞こえない、と言っている。そのうえで、ものの見方が同じなのだと付け加えている。
歌詞も、音の一部だった
ここから先は読みになる。
訳すとリズムが変わる、というDi Cioccioの説明は、歌詞を「意味を運ぶもの」ではなく「旋律に載る音の並び」として扱っている。
イタリア語と英語では、同じ意味を言うのに必要な音節の数も、強く発音する位置も違う。旋律と演奏はそのままにしておきたい。そのとき、意味を保とうとすれば音がずれる。音を保とうとすれば、意味のほうを変えるしかない。
PFMは、音のほうを守ったと考えられる。
1973年の『Photos of Ghosts』も、2017年の『Emotional Tattoos』も、同じ演奏の上に、言語ごとに別の歌を載せた。それぞれの言語で旋律に合う言葉を、別の作詞家が選んだ。
だから英語盤は、イタリア語盤の翻訳版ではない。同じ演奏を共有する、もう一枚のアルバムである。
まとめ
1973年、PFMは英語盤『Photos of Ghosts』を出した。前年の『Per un amico』の全曲を含むが、歌詞の大半は訳ではなかった。
書いたのはKing Crimsonの作詞家Peter Sinfieldで、同じ演奏に別の歌を載せた。のちのベーシストPatrick Djivasは、自分たちの書き方とはまったく違うが美しい、と振り返る。
2017年の二言語盤でも、PFMは歌詞を訳さなかった。直訳すると行のリズムが変わり、曲が表すはずの感情から離れる、とFranz Di Cioccioは言う。
PFMにとって、歌詞は意味を運ぶだけのものではなかった。旋律に載る音の一部だった。だから言語が変われば、歌ごと書き直した。
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