Chuuni Sound Lab

← カテゴリ

設計思想

回路・EQ・帰還など、アンプがなぜその音になるのかを読む記事。(48)

Bartoliniは、ベースの中にフェンダーアンプのトーンを入れた

ベースのアクティブ・プリアンプは、ふつう真ん中が素通しで、つまみを回した分だけ足し引きする。ところがBartoliniが「最初のオンボード・プリアンプ」と呼ぶTCTは、3つのつまみが互いに影響し合い、全部を絞ると出力が消える。初期のフェンダーアンプのトーンと同じ効き方をするよう作られているからである。4チャンネルと6チャンネルのピックアップから始まり、ピックアップの中に入れたプリアンプをやめ、NAMMのブースの隣にいた小さなベース工房と専用の回路を作り、需要があっても大きくならなかった。ピックアップとプリアンプを一組で設計した会社の来歴を追う。

主流になれなかったギターは、部品になって残った

Steinbergerのヘッドレス、Parker Fly、Flaxwoodの木質繊維コンポジット。どれも「市場の中心を動かせなかった挑戦」として語られる。だが、その後を追うと別の姿が見える。1986年、Steinbergerのハードウェアはライセンス料と引き換えに、木のボディを持つHohnerのギターへ載っていた。本家も1992年から木のボディのSpiritを作り、いまSteinbergerの名前で作られているのはそれだけである。木を捨てたはずのFlaxwoodは、Fender規格のネックを売っている。一方、Parkerの接着式ステンレスフレットは薄い指板と一体で、ほかのギターへ移れなかった。渡ったのは本体から外せるものだけで、渡るたびに理由が取り替えられていた。

ドラマーが書いた曲は、ドラムのために書かれていない

Univers Zeroの1981年作『Ceux du dehors』の冒頭曲「Dense」は、ドラマーのDaniel Denisが書いた12分の曲である。Denisは、曲をドラムから書いたことはほとんどなく、いつも他の楽器から書き始めると述べている。録音でも、ドラムは他の楽器を録り終えてから最後に重ねてきたという。木管や弦の音を覆わないよう、ドラムはオーケストラの打楽器のように使う。複雑な拍子は数えずに、基本の4/4と同じように感じて演奏する。ドラマーが率いるバンドで、緊張を組み立てていたのはドラム以外の楽器の側だった。

Godinは、シンセが音を読みやすいようにギターの木を選んだ

ギター・シンセの読み取り部は、ふつう後から取り付ける。Godinはそれを楽器の中へ作り込んだ。ナイロン弦では磁気式のピックアップが使えないため、Multiacは6本のサドルそのものをピックアップにした。指板とネックの接合も、シンセが音程を追いやすい側が選ばれたという。その判断の手前には、窓枠の工場から始まり、他社向けの部品で倒れかけ、200ドルのギターを良くすることに賭けた製造の来歴がある。

機械のように繰り返すバンドは、回数を数えていない

Baltimoreの4人組Horse Lordsは、純正律のためにフレットを打ち直したギターとベースで、異なる周期の反復を重ねる。ポリリズムはゆっくり弾いた和音だと彼らは言い、旋律は数式の再帰アルゴリズムから作る。批評は機械のようだと書く。だが、何度も繰り返すその反復の回数を、バンドは数えたことがない。全員が感じて分かっているだけで、代役のドラマーが入ったときに初めて形式化が必要になった。機械に聴こえる精度は、時計ではなく、何百回もの演奏で共有された感覚から来ている。

PFMは、英語版の歌詞を訳さなかった

1973年、イタリアのPFMは英語盤『Photos of Ghosts』を出した。前年のアルバム『Per un amico』の全曲を含むが、英語の歌詞の大半は訳ではなく、King Crimsonの作詞家Peter Sinfieldが新しく書いたものだった。同じ演奏に、別の歌が載った。のちのベーシストは、自分たちの書き方とはまったく違うが美しい、と振り返る。2017年の二言語盤でも、PFMは英語とイタリア語で別の歌詞を書いた。直訳すると言葉のリズムが変わり、曲が表すはずの感情から離れるからだという。PFMにとって、歌詞は音の一部だった。

Zappaの1曲は、15都市の演奏をつないで作られた

Frank Zappaは1982年、スタジオで良いソロを弾けたことは一度もないと思う、と書いた。ソロはライヴの録音から選び、短くするだけで弾き足さない。1982年のアルバムに入った「Drowning Witch」は、土台の演奏そのものが15都市の公演をつないだもので、通しで正しく弾けた公演は一つも無かったという。別の夜の演奏をつなげられたのは、バンドが毎晩同じテンポで弾き、毎日同じ基準に調律していたからである。ギターにはパラメトリックEQが内蔵され、会場ごとにフィードバックの起きる帯域を持ち上げていた。Zappaのギターシステムは、ギターとアンプの外まで続いている。

ノコギリ波の無いゲーム音源チップで、ノコギリ波を弾く

YM2149には、ノコギリ波を出す発生器が無い。それでもYM2149を積んだMIDI音源には、ノコギリ波のvoiceがある。1980年代のプログラマーが使った、エンベロープを可聴域で回すという裏技を、ファームウェアが選択肢の一つに変えたからである。古いゲーム機の音源チップを楽器にするとき、チップの外側では何が決められているのか。Game Boy、NES、SID、Mega Driveのチップを積んだ楽器を並べ、足されたもの、そのまま見せられた制約、閉じられたチャンネル、吸収された個体差、選べる音色に変わった欠陥を読む。

Rocktronは、スイッチャーにまでノイズリダクションを入れた

RocktronはHUSHというノイズリダクションから始まった会社である。1984年にはコンプ、プリアンプ、エンハンサー、エフェクト、コントローラーのすべてにノイズリダクションを内蔵し、Bob Bradshawと共同開発したスイッチャーにも左右独立のHUSHを入れた。歪み回路の中に消音の制御を組み込んだGAP、加工前の信号で判断して加工後を消す特許、デジタルのHUSH。やがて自社のデジタル・プリアンプは、自らを「ほぼノイズが無い」と書く。2000年に弦の会社GHSへ売られた後も、同じ発明者名の消音の特許は足元のペダルへ続いた。静けさを、ラックのあらゆる箱に入れて売った会社の歴史を追う。

アンプの音切れは、わざと作られていた

フットスイッチを踏んだ瞬間に音が途切れる。マルチエフェクターやモデラーの不満として定番の話である。だが1999年に出願されたギターアンプのリレー消音回路の特許は、前のモードの残響が次の音に重ならないよう、2〜3秒ミュートする使い方まで挙げていた。いっぽう現在のLine 6 Helixは、プリセットをまたいで残響を鳴らし続けるために、2基あるDSPの片方を差し出す。二台のアンプを切り替えていた時代から、一台に押し込めた時代、そして演算資源の中に二台目を持ち直す時代へ。何を「きれいな切り替え」と呼ぶかが、無音から連続へ変わった経緯を読む。

Magmaは、Carl Orffを聴かずに『MDK』を書いた

Magmaの『Mëkanïk Dëstruktïẁ Kömmandöh』は、Carl Orffの『Carmina Burana』からの影響としてよく語られる。だが本人のChristian Vanderは、作曲時点でOrffを聴いたことが無かったと証言している。似ていると最初に指摘したのは、当時のピアニストFaton Cahenだった。Vanderが公言する主な影響はジョン・コルトレーンのジャズで、全員近いほぼ新編成、ブラス主体の短縮シングルから7楽章の全曲版への発展、架空言語コバイア語まで、一次資料で追えるところまでを追う。

ピックアップの静けさは、回路でも、磁石でも、材料でも作れる

アクティブ・ピックアップは、内蔵のプリアンプで増幅するから静かだ、とよく説明される。だがEMG自身が、単純なプリアンプを足すだけではピックアップの拾ったハムも一緒に増幅される、と書いている。静けさはプリアンプの有無では決まらない。従来のピックアップは、数千回巻いた1本の銅線に、出力も共振もノイズも背負わせていた。EMGは電子回路と伝送の区間を、Lace Sensorは磁界の形を、Alumitoneは導体そのものを、Fishman Fluenceは拾う工程と音を作る工程の分け方を、それぞれ作り直した。4つの答えを並べ、静けさと引き換えに何を手放したのかまで読む。

銃声にも、音程が要る

笑える音楽は型を壊す、と言われる。だがSpike Jonesの息子は、父の音楽についてこう言っている。C#の音を銃声に置き換えるなら、それはC#の銃声でなければひどく聞こえる。Haydnは『驚愕』の一撃を、聴衆を起こすためではなく、弟子との興行競争に勝つために書いたと答えている。そして一度しか鳴らさなかった。真面目な楽団を作ったSpike Jonesには客が来ず、真面目な前半と狂騒の後半を1枚に収めたレコードが残った。音楽の冗談が何に寄りかかって鳴っているのかを、二人の作曲家で読む。

一緒に演奏せずに作ったアルバムを、9人で同時に演奏する

Ministryの1989年作『The Mind Is a Terrible Thing to Taste』では、メンバーは曲を一緒に書かず、各自で即興した。スタジオに2人が同時にいた曲は「So What」だけだったとBill Rieflinは言う。前作の代表曲「Stigmata」のリフは、弾いたギターではなくサンプルだった。ところが同じ年の12月、Al Jourgensenは2人のドラマーでツアーのリハーサルをしていた。舞台には9人が並んだ。スタジオで人間の演奏を機械の部品に変えたバンドが、その部品を大人数の身体で鳴らし直したとき、何が起きていたのかを、制作証言と1990年のライヴ盤から追う。

Whammyとカラオケの機械は、同じ会社が作っていた。

Whammyのペダルには DigiTech と書いてある。だが設計と製造を担っていたのは、カナダ・ビクトリアのIVL Technologiesという会社である。1983年、元心理学者がフルートの音程を実時間で見たいと考えたことから始まり、ピッチ検出の特許を取り、Pitchrider、Whammy、Vocalist、そして日本のカラオケ機器へと技術を流し込んだ。IVLが売っていたのは音ではない。機械が人の出した音程を実時間で理解する能力である。その一点に絞ったことが、手法の選び方も、名前が表に出ないことも、自社ブランドが3年で終わったことも、同じ理由で説明する。

Mauro Paganiの1978年は、なぜAreaのようでAreaではないのか。1曲ごとに編成を組み替えるという設計

1978年に出たMauro Paganiの1枚目には、固定された編成がない。PFMの3人が並ぶ曲、Areaの4人が並ぶ曲、2人だけの曲が、同じ1枚の中に別々に置かれている。当時のPFMとAreaは公に対立していた。原盤のライナーノートに由来する曲別クレジットを1曲ずつ追うと、この盤が前のバンドの延長でも新しいバンドの始まりでもなく、曲ごとに人を選び直すという設計で作られていることが見えてくる。

Ex-proは、ケーブルの会社として始まったのではない。近藤誠が現場から持ち帰った、信号を壊さないという原則

楽器店でEx-proの名前が置かれているのは、たいていケーブルの棚である。だがEx-proの創業者・近藤誠は、ケーブル屋ではなかった。Guyatone(東京サウンド)でアーティスト・エンドースメントを担当し、ロックの現場に通い詰めていた社員である。1986年に独立し、翌年に世に出したのはケーブルではなくワイアレスだった。ケーブル、ブースター、アッテネーター、電源へと領域を広げながら、一貫して問うたのは「信号をどこまで壊さずに扱えるか」だった。そして2013年、近藤が出た東京サウンドは営業を停止し、近藤自身もすでに故人である。

パワーアンプは、ただ音を大きくする装置だったのか。音量・音色・再生・相互作用という四つの役割

パワーアンプの歴史は、真空管からソリッドステートへ、ラックからモデラーへという機材分類でしばしば語られる。だがこの記事が追うのは、パワーアンプに何が求められてきたかという要求そのものの変化である。Slave Ampが外部化したのは音量であり、ラック期のMesaはパワーアンプを音色形成装置に変えた。Rocktron Velocity 300は、真空管とスピーカーの相互作用を1990年代前半にはすでに製品の中心機能にしていた。モデラー登場後、物理パワーアンプには透明な再生装置であることが求められ、そして今、Fryette LX IIやSeymour Duncan PowerStageは、演奏者とスピーカーの関係そのものを設計する装置として作られている。

Elektronの歪みは、なぜギターの足元に残らなかったのか。同じ年に出た二つの箱の話

2016年、Elektronは八つのアナログ歪み回路を持つ製品を二つ発売した。片方は卓上のAnalog Heat、片方は足元のAnalog Drive。回路の考え方は近いのに、いま新品で買えるのは卓上のほうだけである。音質でも部品でもなく、プリセットをどう呼び出すかという一点に、シンセの文法とギターの文法の違いが出ていた。優れた設計が別の文化へ渡るとき、何が翻訳されず残るのかを、Elektronの製品史からたどる。

Depthは、低音を足すノブではなかった。スピーカーをどれだけ制動するかの調整である

多くのハイゲインアンプに、DepthやResonanceというノブが付いている。低音を足すつまみだと思われがちだが、設計側の説明は違う。Fryetteの取扱説明書もPeaveyの取扱説明書も、そしてPeaveyの特許も、これを「ダンピングファクターを変える回路」として説明している。トーンコントロールではなく、帰還の設計である。

Gamechanger Audioは、音ではなく演奏を発明したのか。現象・制御・操作の三層で九年分を並べ直す

雷、モーター、光。Gamechanger Audioは「珍しい物理現象を持ち込む会社」として紹介されることが多い。だがその括り方では、製品どうしの差が消える。現象そのものと、それを音楽の時間へ乗せる制御と、演奏者の身体が触れる操作面。この三つに分けて九年分を並べ直すと、最も過激な現象を持つ製品が最も保守的な操作をしていて、地味に見える製品のほうが新しい動作を要求していたことが見えてくる。

「真空管は一年で交換」は、どこから来たのか。症状の判定が、暦の規則へ変わるまで

「真空管は一年で交換」という言い方は広く流通している。だが出所を辿ると、誰もそれを一般則としては言っていない。1983年の解説記事は症状で判定していた。年一回という数字を書いたのはメーカーの取扱説明書で、そこには管種・使用頻度・目的という三つの条件が付いていた。流通の過程で落ちたのは条件のほうだった。工学側に一律の寿命定格が存在しないことと合わせて、保守の言説がどう形成されたかを追う。

「実験的な機材」は、どこまで演奏者を守っているのか。入口・失敗・回復という三つの尺度で四社を並べ直す

Chase Bliss、Bananana Effects、Gamechanger Audio、SOMA。この四社はまとめて「実験的」と呼ばれる。だがその一語は、まったく違う四つの設計を潰している。最初の一音までに何を要求されるか(入口)、操作を誤ると何が起きるか(失敗)、さっきの音へ戻れるか(回復)。この三つで並べ直すと、安全網は音の穏やかさではなく、演奏者と現象のあいだに何枚の層を挟んだかで決まっていたことが見えてくる。

「既存の歪みを模倣しない」と書いた会社は、なぜ名機の再現で主流になったのか。Source Audioの20年

Source Audioの技術資料には、既存の歪みを複製・モデリング・エミュレートするつもりはなかった、とはっきり書かれている。ところがこの会社が主流の選択肢になったのは、名機のディレイを写した機種と、スプリング・リヴァーブの再現からだった。20年の年表を、製品の並びではなく「疑った場所」と「主流化のとき何を変えたのか」で読み直すと、変えられたのは処理の中身ではなく、ペダルボードの文法のほうだったことが見えてくる。

完成し過ぎたシステムに、後継機は必要か。アンプを主役に残したまま統合したG-Systemの話

TC ElectronicのG-Systemは2005年に登場し、評価も高かったが、同じ名前の後継機は出ないまま終わっている。この製品を古いマルチとしてではなく、手持ちのアンプを主役に残したまま周辺だけを統合した設計として読み直す。4系統のペダル・ループと5本目のプリアンプ・インサート、アンプのチャンネル切替、分離できる処理部。完成度を機能数ではなく「何を主役として残したか」と「判断をどこへ集約したか」で測ると、後継不在の理由も技術停滞では説明できなくなる。Nova System、Fractal FX8、BOSS MS-3、Line 6 HX Effectsを同じ軸に並べる。

Fishmanは、出口ではなく入口を疑い続けた。Aura・Fluence・TriplePlayという三度の再設計

Fishmanの製品を並べると、一本の技術が進化した形には見えない。アコースティックの音響像を後から足すAura、コイルを巻くのをやめたFluence、音を一切出さずMIDIだけを送るTriplePlay。用途も原理も違う。だがこの三つは、同じ場所を疑っている。出口の音をどう良くするかではなく、入口で何を取り出すか、である。コンタクト・トランスデューサーから始まった会社が、弦の振動の取得を三度書き直した歴史として読む。

制約が創造性を生んだ会社は、なぜ高機能化すると魅力を失うのか。足すことで薄まるという逆説

愛された定番に、良かれと機能を足し、値段を上げると、その定番を支えた層が離れていく。2015年Gibsonの自動チューナー騒動から、Teenage EngineeringのOP-1へ。制約と手頃さで愛されたOP-1が、Fieldで機能+約2.5倍の価格へ振れ、既存のファンを置き去りにした。愛された製品を、どう更新するか――価格と顧客層から読み直す。

アナログマルチという、何度も挑戦された理想。単体か一体型か、の間にある連続体

マルチエフェクターは昔から人気で、主役はアナログからデジタルへ移ってきた。デジタルマルチは音質面の留保に甘んじてきたが、アナログマルチはMaxonのTube Screamer内蔵など品質の問題が少なく、自分のエフェクトを足すループやオン/オフ記録も備える。デジタルの強み(同時数・接続順の可変)は実利用では空振りも多い。アナログマルチの真価は電源と可搬性で、Fly Rigがアナログの側から巻き返した。だがモデラー小型化の時代に、結局はまたニッチへ――という現在地を読む。

Peaveyは「安い代用品」ではなく、製造そのものを設計した。垂直統合という思想

Peaveyは長く『安い代用品』のブランドとして語られてきた。だが公式社史をたどると、その独自性は個別の名機ではなく、木工・板金・基板・スピーカー・PAまでを自社で抱えた垂直統合と、価格・耐久性・供給を同時に解く実用工学にある。名機列伝ではなく、製造を設計思想として読み直す。

スプリングリバーブは、なぜ今も作られ続けるのか。同じバネに与えられた四つの回答

スプリングリバーブの歴史は、音質が少しずつ良くなっていく一本道ではない。PA、ギターアンプ、スタジオ、実験的な演奏という別々の現場が、同じ機械式残響に別々の課題を与えてきた歴史である。Hawk HR-15、Peavey Valverb、Radial TankDriver 500、Gamechanger Audio LIGHT Pedal。この四台を優劣ではなく「何を良くしようとしたのか」で並べ直す。

極端なメタルは、なぜ楽器の標準を作るのか。7弦・8弦・ゲート・モデリングが市場へ広がった道筋

デスメタルやdjentは、珍しい機材を消費するニッチに見える。だが、その極端な要求は既存技術の用途を変え、有効性を可視化する実験場として働いてきた。7弦、8弦、ノイズゲート、ブースト、モデリングとIR。極端なメタルが楽器市場の標準機能を生んだ過程を、名機列伝ではなく一つの信号設計として読み直す。

クローンは、劣化コピーなのか。Marshall系の模倣が受け継いできたもの

ギターアンプの歴史は、模倣の歴史でもある。MarshallはFender Bassmanを写すところから始まり、その回路は無数のブティックメーカーへ受け継がれた。モディファイ、クローン、リイシュー、そしてデジタルの再現。似せるという行為には何段階もの水準があり、それぞれ別のことをやっている。何を写し、何を変えるのか。模倣という行為を、設計の側から評価し直す。

音を「呼び出す」ことが前提になったとき、何が変わったのか。プリセットという思想

ノブを回して音を作る。この当たり前だった手順は、80年代に一度否定されている。設定を記憶し、番号で呼び出す。プリセットという仕組みが導入されたとき、音作りは「探す作業」から「選ぶ作業」へ変わった。ADA MP-1から現代のモデラーまで、記憶できる機材が演奏と練習に何をもたらしたのか。そして、呼び出せることの代償として何が起きたのかを整理する。

低いチューニングは、アンプに何を要求したのか。7弦とドロップが変えた設計条件

ギターの音域が下がったとき、アンプの側では何が起きていたのか。低い音は振幅が大きく、歪み回路にとって最も扱いにくい入力である。7弦や多弦、ドロップチューニングが一般化した90年代以降、アンプ設計とペダルの役割は静かに書き換えられた。タイトさという言葉の中身、低域を先に削る理由、スケール長と弦の張力まで。音域の拡張がもたらした設計要求を、順を追って整理する。

存在しなかったアンプを、作れるか。AIは名機の模倣で終わるのか

デジタルモデリングの40年は、ほぼ全部が模倣に費やされてきた。Plexi、Twin、Rectifier。実在した名機を、どれだけ正確に写せるか。それは正しい努力だったが、同時に想像力の上限を決めてもいた。物理的に作れなかったアンプ、真空管では成立しない振る舞い、演奏に応じて構造が変わる装置。存在しなかったアンプを設計することは可能なのか。模倣が終わったあとに何が残るのかを考える。

Mesa MarkとFortinは、逆方向へ進化した。歪みの後で整えるか、前で整えるか

Mesa/BoogieのMarkシリーズは、5バンドのグラフィックEQを歪みの後ろに置いた。現代メタルの標準であるFortin Grindのようなブースターは、歪みの前でローを削る。同じ「EQで音を作る」という行為が、歪みを挟んで前と後ろに分かれている。この位置の違いが何を意味するのか。60年代から現代まで、トーン回路の置き場所という一本の軸でギターアンプの設計史を読み直す。

「EL34は中域が太い」は本当か。真空管に、音をどこまで帰せるか

「EL34は中域が前に出る」「6L6は締まってヘッドルームが広い」。よく語られる真空管の傾向は、どこまでデータで、どこから通説なのか。球単体で測れる差と、回路やスピーカーとの交絡を切り分けると、『真空管の音』を型番にどこまで帰せるのかが見えてくる。CSLが型番でなく鳴っていた状態を記録する理由と、まっすぐつながる話。

アンプは、楽器からインターフェースになったのか。操作され、呼び出される存在へ

かつてアンプは、弾いて鳴らす楽器だった。いまは、設定を呼び出し、MIDIで操作し、他の機材とつなぐインターフェースに近い。モータライズドノブ、プリセット、チャンネル記憶、そしてモデラー——アンプが『操作され、記憶され、呼び出される』存在へと変わっていった過程を、一回性と再現性のせめぎ合いとして CSL の視点で読む。

ギターアンプの見た目は、なぜ数十年変わらないのか

家電も車も数十年で姿を変えたのに、ギターアンプは黒い箱にノブが並ぶ姿をほとんど変えていない。中身は真空管からデジタルまで進んだのに、外見だけが止まっている。これは技術の遅れではなく、見た目が『本物の音の記号』として固定され、楽器という文化に縛られた工業製品だからだ。工業デザインの側から、この不動を CSL の視点で読み解く。

ネガティブフィードバックは、アンプの性格をどう決めているのか

真空管アンプの奥には、ネガティブフィードバックという地味な仕掛けがある。数値の上では『安定させる』ための回路だが、実際には荒さ・締まり・コンプ感・弾き心地という、そのアンプの性格そのものを決めている。パネルの Presence がじつは NFB の操作であること、Fender・Vox・Marshall・ハイゲイン機がこの量にどんな態度を取ってきたかまで、CSLの視点で掘り下げる。

メタルの「タイト」とは、時間の何を指しているのか

メタルの音を語るとき、『タイト』という言葉がよく使われる。だが、タイトとは音色ではなく、時間の話だ。音の立ち上がり、減衰、返ってくる速さ。タイトという感覚が、時間構造の何を指しているのかを掘り下げる。

歪みは、足すものだった。いつから設計するものになったのか

歪みは、長いあいだ『足すもの』だった。クリーンなアンプに、音量やペダルで後から加える副産物。だがある時期から、歪みは最初から回路として『設計するもの』になり、やがて設計する場所そのものがアンプの外へと動いていく。Mesa・Soldano・Rectifier から現代メタルの入力信号設計まで、その転換が何をもたらしたのかを CSL の視点で追う。

5881仕様のMarshallをどう見るか

MarshallといえばEL34という前提を一度外し、90年代Marshallに存在する5881仕様を、JCM900 SL-Xと6100LMを通じて考える。硬さ・締まり・レンジ感と、EL34的な中域との違いを整理する。