90年代、ギターアンプには「一台で多くの音色を出したい」という強い欲求があった。
Mesa/BoogieのTriAxisと、Marshallの6100は、その欲求に対する別々の回答である。狙いはほとんど同じだ。クリーンからリードまで、多くの声を、真空管のまま、一台に持たせる。
だが、出てきた形は正反対だった。TriAxisはラック、6100はヘッドである。
ここで言いたいのは、「ラックは省スペース」「ヘッドは持ち運びやすい」という見た目の話ではない。形の違いは、もっと深いところ──パワー段をどう扱うか、音色をどこで作るか──にまで及んでいる。
三つの軸で、正面から並べてみたい。
軸①:パワー段は「選べる」か「固定」か
いちばん大きい違いは、ここにある。
ラックのTriAxisは、前段(プリアンプ)だけの装置である。 音を最後に押し出すパワーアンプは、別に用意する。395 Simul-Classを組むのか、2:Ninetyを組むのかで、出てくる音はかなり変わる。つまり、ラックでは後段が空いていて、自分で選んで埋める。音は、箱の中だけでは完成しない。
ヘッドの6100は、前段から出力段までが一体になっている。 パワー段はこのヘッドの一部であり、差し替えられない。各チャンネルは、この出力段で鳴ることを前提に作られている。音は、箱の中で完成している。
これは梱包の差ではない。「音の最終的な押し出しを、誰が決めるか」の差だ。ラックは使い手に委ね、ヘッドは設計者が決めて閉じている。
軸②:音色は「前段で」作るか「丸ごと一台で」作るか
次の違いは、多くの音色をどう作っているか、である。
TriAxisは、前段のモードとして音色を持つ。 歴代Markの回路を抽象化し、プリ段の段階でいくつもの声を用意して、プリセットで呼び出す。声の作り分けは、主に前段で起きる。後段は、その共通の出口になる。
6100は、三つのチャンネルがそれぞれ独立してパワー段を駆動する設計を持つ。 クリーン、クランチ、リードが、前段を共有して薄く枝分かれするのではなく、可能な限り別々の回路として組まれ、出力段まで届く。ひとつひとつの声が、ほとんど「一台のアンプ」に近い。
言い換えれば、TriAxisは前段の声の辞書を、共通の後段で鳴らす。6100はほぼ完結したアンプを、一台に何台分も詰める。同じ「多くの音色」でも、声の作られ方が逆を向いている。
軸③:プレイヤーとの距離は「組んで呼び出す」か「その場で回す」か
最後は、使う側との関係である。
ラックは、音を組んで、呼び出す関係を作る。 あらかじめ設定を作り、番号で記憶し、足元のコントローラーで呼ぶ。エフェクトや他の機材と一緒に、ひとつのシステムへ組み上げる。再現性と統合性に強い。音作りは、機材を設計する感覚に近い。
ヘッドは、音をその場で回す関係を作る。 目の前のパネルに手が届き、つまみを回せばすぐ変わる。踏めばチャンネルが切り替わる。運んで、つないで、すぐ鳴る。即応性と一体感に強い。音作りは、楽器を弾く感覚に近い。
軸①②で見た設計の違いが、そのまま使い心地の違いになっている。後段を選び、前段で声を組むラックは「設計して呼び出す」道具に、後段を固定し声を一台に詰めたヘッドは「回してすぐ鳴らす」道具になる。
どちらが優れているわけではない
三つの軸のどこを取っても、上下はつかない。
ラックは、後段まで自分で選び、作り込んだ音を正確に呼び出したい人に向く。ヘッドは、中身が固定されている代わりに、運んですぐ鳴らし、手元で直接いじりたい人に向く。
90年代に両方が並んで存在したのは、求められるものが一つではなかったからだ。スタジオの再現性も、ステージの即応性も、どちらも要る。優劣ではなく、前提の違いである。
CSLで、二つの形を記録する意味
ここまでの違いは、そのまま「音の違い」として出る。
後段を選べるラックの音と、後段が固定されたヘッドの音。前段で作った声と、一台分の回路がまるごと鳴る声。これらは、スペック表を見比べても伝わらない。鳴らして、並べて、はじめて差がわかる。
CSLは、その二つの形を、形のまま記録している。ラックならどの後段と組ませたか、ヘッドならどのチャンネルか。条件ごと残しておけば、「ラックの音」と「ヘッドの音」を、同じ土俵で聴き比べられる。
同じ多機能でも、ラックとヘッドは別の音になる。その差を、音として残すことに意味がある。
まとめ
TriAxisと6100は、「一台で多くの音色」という同じ狙いを、正反対の形で実現した。
ラックは後段を空けて選ばせ、前段で声を組む。ヘッドは後段を固定し、ほぼ一台分の回路を何チャンネルも詰める。その結果、音作りの感覚も、出てくる音も変わる。
ラックか、ヘッドか。それは省スペースの話ではなく、音をどこで、誰が完成させるかの話だった。CSLは、その二つの形を、音として並べて残していく。
関連記事
- 現在のアンプは、すでにここにあった。Marshall 6100という30周年の到達点
- 前段の辞書と、後段の物理。TriAxisと395 Simul-Classという組み合わせ
- アンプを分解した時代。ラック・システムが現在のギター機材へ残したもの
- 多機能ヘッドは、なぜ必要になったのか。Laney VH-100Rという90年代の回答