残響をデジタルで作れるようになって、もう長い。
畳み込みでホールを丸ごと持ち歩けるし、アルゴリズムで物理的にあり得ない空間も作れる。それでも、金属のバネを揺らして音を返す装置は、いまだに設計され、製造され、売られている。
これは、懐古趣味だけでは説明しにくい。
スプリングリバーブは「昔の方式」として一括りにされやすい。だが、実際に並べてみると、同じ機械式残響に対して、まったく別の課題を解こうとした設計が混ざっている。
ここでは四台を取り上げる。Hawk Technical Works HR-15、Peavey Valverb、Radial TankDriver 500、Gamechanger Audio LIGHT Pedal。年代も、想定された現場も、置かれる場所も違う。
なぜ、この四台なのか。
種明かしをすると、この四台は、CSLの手元にある実機である。だから、同じ条件で並べて考えられる。網羅でも、ベストを選んだわけでもない。
ただ、手元にあるだけでは選書にならない。並べる意味は、別のところにある。同じバネという媒体に対して、想定した現場も、設計の狙いも、はっきり違う——その四つだからだ。
据え置きの独立機。アンプ由来の一体ユニットをラックへ移したもの。駆動系だけを売り切ったモジュール。読み出し方そのものを変えたペダル。方式の優劣ではなく「何を解こうとしたか」の幅を見るのに、ちょうど都合がよい。
以下は、四台を聴き比べた結果ではない。それぞれの設計が何を目指したのかを、資料から読み直す作業である。
バネは、良い残響を作るために選ばれたのではない
出発点を間違えると、以後の系譜がすべて「音質向上の歴史」に見えてしまう。
Laurens Hammondが1939年7月に出願し、1941年に成立した特許「Electrical musical instrument」は、コイルばねを連ねて信号を遅らせる装置を記述している。特許の中では、信号がバネを伝わる速度をおよそ毎秒40フィートとしている。空気中の音速のおよそ25分の1である。
つまり、バネは残響のために発明された素材ではない。
「遅らせる」ための、都合の良い媒体だったのである。電気信号をそのまま遅延させる手段が乏しかった時代に、機械振動へ変換して長い経路を通し、また電気に戻す。この迂回が、結果として残響に聴こえた。
同じ特許には、バネの一部を油に浸して低域の減衰を調整する記述や、バネの途中に小さな質量を入れて高い成分だけを反射させる記述もある。狙っていたのは「複数の反射を作ること」であって、「良い音のホール」ではない。
ここが重要である。スプリングリバーブの音は、副産物として生まれた。
だからこの装置は、最初から完成品ではなかった。バネという媒体があり、その周りで「何を解決するか」は、現場ごとに後から決められていった。
「良い音か」ではなく「何を良くしようとしたか」
方式の比較は、音質のランキングになりやすい。
だが同じ時期に、より滑らかな残響はすでに存在した。1957年のEMT 140は、大きな金属板を吊って振動させる方式で、スタジオの残響室に代わる手段として広く使われた。厚さ0.5ミリ程度の鋼板を1メートル×2メートル規模で吊るし、重量は数百キロに達する。
音質だけで選ぶなら、板が勝つ場面は多かった。
にもかかわらずバネが残ったのは、板が持ち運べなかったからである。バネは小さく、安く、機械的に頑丈で、アンプの底に放り込める。制約が違えば、正解も違う。
だから四台を見るときも、問いは「どれが最も良い音か」ではない。「その設計は、どの現場の、どの不便を解こうとしたのか」である。
以下、年代順ではなく、想定された現場の違いで並べる。
HR-15――楽器のための残響ではなかった
Hawk Technical Worksは、1970年代の日本で、テープエコーやスプリングリバーブを作っていたメーカーである。海外の中古市場では今も名前が残っている。
HR-15は、その系列の「Echo Unit」と呼ばれる小型機である。
注目すべきは、入力の思想である。この系列の機器は、マイク入力とライン入力を分けて持つ。つまり、ギターの前段に置くための箱として設計されていない。声や、卓から来る信号に残響を足すための独立機である。
現代の使われ方は、これとかなり違う。
入力を突っ込んで歪ませると面白い、という理由で、シンセやギターの音源側から使われることが多い。歪みの質が目当てになっている。
ここには注意が要る。今の使われ方から遡って「元々そういう機材だった」と説明するのは、順序が逆である。当時の位置づけは、あくまで声やライン信号に残響を足す独立型の装置だった。
そのうえで、この機材が示していることは大きい。
ギターアンプの中に組み込まれるより前に、バネは「アンプの外側」にいた。据え置きの箱として、複数の入力を受け、残響だけを供給する。ギター用エフェクターという枠組みは、スプリングリバーブにとって唯一の居場所ではなかった。
なお、Hawk系の機器がどこまで業務用PAを想定し、どこから家庭の録音用途を想定していたかは、当時の広告や取扱説明書で確定できていない。現時点では「マイク入力を持つ独立型のエコーユニット」までを事実として扱い、想定市場の細部は断定しない。
Valverb――Fenderがまとめた組み合わせを、ラックへ移す
Fenderは、リバーブを単体の箱として売ったことがある。1961年のReverb Unitがそれで、Dwell、Mixer、Toneという三つのつまみを持ち、真空管でバネを駆動していた。
そして60年代のFenderアンプは、リバーブとトレモロを同じパネルに並べた。
この二つが同じ機械に同居しているのは、必然ではない。残響と振幅変調は、原理としてまったく別のものである。だが、当時のアンプに載った組み合わせが、後に「あの時代の音」として一つの単位になった。
Peavey Valverbは、その単位をラックの1Uへ移した機材である。
公式の取扱説明書によれば、フロントパネルはInput、Drive、Tremolo Speed、Tremolo Intensity、Bass、Mid、Treble、Reverb Mix、Master Volumeという構成になる。リアにはリモートスイッチ端子、リアパネル入力、1V RMSのアウトプットがある。フットスイッチでトレモロとリバーブを個別に無効化できる。
面白いのは、トーンコントロールの位置づけである。
マニュアルは、Bass / Mid / Trebleについて、これはパッシブのトーン回路で、リバーブ信号だけを調整すると明記している。ドライ音には効かない。
これは、プリアンプの音作りではない。残響の質感だけを整える回路である。
Driveの扱いも同じ方向を向いている。マニュアルは、Driveをできるだけ高く設定し、Master Volumeをできるだけ低く設定するよう指示する。Driveの隣のLEDはクリップの表示で、信号でちらつく程度が正常だとしている。
つまりこの機材は、真空管段をしっかり通した状態を標準とし、出口で音量を戻す設計である。
さらに、リアパネル入力は「ラックマウントのプリアンプのエフェクトループへ挿すため」と明記されている。ギターとアンプの間に置いてもいいし、ミキサーのエフェクトループに入れてもいい。ミキサーのループで使う場合はMixを完全にウェットにせよ、という指示まである。
ここに、この機材の立ち位置が出ている。
Fenderがアンプの中で一体化させたリバーブとトレモロを、アンプから切り離し、ラックシステムの一部品として扱えるようにする。狙いは新しい音の発明ではない。既にある音楽的な単位を、別の運用形態へ持ち込むことだった。
TankDriver 500――完成した音ではなく、駆動系を売る
Radial TankDriver 500は、さらに極端な割り切りをしている。
この機材には、バネが入っていない。
500シリーズのモジュールで、やることは一つである。バランスのラインレベル信号を受け、スプリングタンクを駆動できる信号にして送り出し、タンクから戻ってきた信号を回収して、またラインへ戻す。
公式マニュアルの表現でいえば、プリアンプやレコーダー、卓から来たバランス信号を、ギターアンプのリバーブタンクへ通すための装置である。
つまり、リバーブタンクに対するリアンプ装置に近い。
パネルはBlend、Drive、Shimmer、Boom、Omni Select、そしてSendとRecvの1/4インチジャックで構成される。Shimmerはウェット側の高域、Boomはウェット側の低域を上げ下げする。Blendはドライとウェットの比率を決める。
仕様表を見ると、この機材が何を難所と考えていたかがわかる。
回路はClass-Aでトランス結合。入力インピーダンスは600Ω、出力インピーダンスは1kHzで75Ω。そしてタンクへの送り出しゲインは、Normalで4kHzにおいて+10dB、Boostedで4kHzにおいて+20dBと書かれている。
ゲインの規定が1kHzではなく4kHzで示されている点は、読んでおく価値がある。
タンクを駆動するというのは、フラットなライン送りとは別の仕事である、と読める。バネを揺らすために必要なエネルギーは帯域によって同じではなく、駆動側はそれを前提に設計される。だからスペックも、その前提の位置で示される。
Driveスイッチの説明も直接的である。感度の低いタンクで良い信号を得るために、送りを持ち上げる。タンクは規格が一つではない、という現実がそのまま機能になっている。
Radial自身、多くのスプリングリバーブはAccutronics製かその模倣であると説明している。長く事実上の標準供給元があり、その周囲に仕様の揺れが広がっている。そういう状況を前提にした設計だといえる。
この機材が売っているのは音ではない。
タンクという不安定な部品を、スタジオの信号系へ安全に接続するための「入口と出口」である。どのタンクを使うかは、使う側が決める。音の責任を、あえて全部は引き受けていない。
同じタンクでも、駆動と回収で音は変わる
ここまでの三台を並べると、一つの論点が浮かぶ。
スプリングリバーブの音を、タンクの型番だけで語ることはできない。
信号がバネに入るまでに、どんな駆動回路を通ったか。バネから戻った微小な信号を、どんな増幅で持ち上げたか。どこでドライと混ぜたか。その各段が、聴こえる残響を作っている。
TankDriverのブロック図は、その流れをそのまま図示している。差動アンプ、リバーブ送出アンプ、タンクへの送りと戻り、リバーブ受けアンプ、ShimmerとBoomの2バンドEQ、ブレンド回路、ラインドライバー。
Valverbも構造としては同じ順序を通る。ただし、そこに真空管段が入り、トーンはウェット側だけに効く。
だから「同じバネなのに音が違う」という現象は、神秘ではない。駆動電流、インピーダンスの整合、回収側のゲインとノイズ、混合位置。どれも設計者が選んでいる。
逆にいえば、聴感の差を検出方式だけに帰属させるのは早い。
タンクの型、駆動回路、回収回路、混合比、入出力レベル。この変数を分けないまま比較すると、何を比べたのかがわからなくなる。
LIGHT Pedalだけが、別の問いを立てている
ここまでの三台は、既にあるスプリングリバーブを、別の現場へ適応させる設計だった。
置き場所が変わり、入力が変わり、駆動が変わる。だが、バネから音を取り出す方法そのものは変わっていない。入口で電磁トランスデューサーが振動を起こし、出口で別のトランスデューサーが振動を電気に戻す。
Gamechanger Audio LIGHT Pedalは、ここを触っている。
公式の説明によれば、この機材はバネの長さ方向の複数箇所に、赤外線の光学センサーを配置している。光電式のピックアップとして、バネ表面のごく小さな動きを検出する。
そして、従来の電磁トランスデューサーを捨てたわけではない。光学センサーは、それに加えて置かれている。
メーカーが挙げている理由は具体的である。従来方式では、振動がバネを伝わって出口へ届くまでにエネルギーが失われ、出てくる信号は主にバネ自身の共振で構成されてしまう。入力側の倍音成分の多くが失われる。光学検出は、その途中経過を複数点で拾う。
これは、音を良くするための改良と説明することもできる。
だが、搭載されている機能を見ると、話はそこで終わらない。
公式の説明では、効果は二系統に分かれている。センサー側を操作するOptical FX――センサーの校正を変えるoptics、変調をかけるsweep、センサーの切り替えで断続を作るtrem。そして機構側に働きかけるMechanical FX――ローファイなディレイ的反復を作るreflect、タンクを自励発振させるfeedback、特定周波数を励起して倍音を出すharmonic。
Driveノブは、タンクへ送り込むウェット信号の量を決める。Gateはエンベロープで残響を切る。Toneはウェット側にだけ効く。
読み替えると、こうなる。
バネは、もはや通過するだけの残響経路ではない。励起の仕方を選び、発振させ、複数の点から読み出し、読み出し方自体を変調する対象になっている。
光で読むことは、装置の分類を変えた
三台とLIGHT Pedalの差は、音質の差ではない。
役割の差である。
HR-15、Valverb、TankDriverは、いずれも「残響を足す装置」である。原音があり、それに空間の情報を加える。加え方の質と、加える場所の運用が設計課題になる。
LIGHT Pedalは、バネの運動そのものを表現の資源として扱う。自励発振させれば、それはもう残響ではない。バネが鳴っている音である。
残響装置と機械式楽器の境目に、この機材は立っている。
ただし、二つ留保がいる。
一つ。光学的・非接触的な振動検出は、音響の世界で目新しい概念ではない。この機材が「初」であるかどうかは、先行技術との関係を確認しない限り断定できない。メーカーはアナログ光学式スプリングリバーブとして世界初と述べているが、ここでは製造側の主張として扱う。
二つ。光学センサーが従来方式の上位互換だとも言えない。電磁トランスデューサーを併用しているという事実が、そのまま答えになっている。バネ自身の共振で構成される、あの独特の詰まった感触は、失われては困る性格でもある。両方を持っているのは、置き換えではなく追加だからである。
四つは、進歩の順番ではない
並べ直す。
HR-15は、楽器の外側で、声やライン信号に残響を供給する独立機だった。 Valverbは、アンプの中で一体化していたリバーブとトレモロを、ラックの運用へ移した。 TankDriver 500は、音の完成を放棄し、タンクを駆動する入口と出口だけをスタジオ品質で提供した。 LIGHT Pedalは、バネからの読み出し方を増やし、機構そのものを演奏対象へ近づけた。
この四つを、古い順に並べて進歩の階段にすることはできない。
解いている問題が違うからである。TankDriverはValverbの改良版ではないし、LIGHT PedalはHR-15の完成形ではない。それぞれが、別の現場の別の不便に答えている。
そして、四台でスプリングリバーブの全史を代表させることもできない。あくまで、比較可能な位置にある四つの局所的な回答である。
まとめ
スプリングリバーブが生き延びたのは、音が最良だったからではない。
小さく、安く、丈夫で、どこにでも入る。その制約の中で、現場ごとに違う課題が持ち込まれ、そのたびに別の回答が作られた。バネという媒体が、用途を決めきらないまま残ったからである。
だから、この方式には「完成形」がない。
デジタルで滑らかな残響がいくらでも作れる時代に、まだ新しいスプリングリバーブが設計されている理由は、たぶんそこにある。あれは古い残響の一種ではなく、まだ使い切られていない機械である。
手元の機材を「どの時代の方式か」で分類するのをやめてみると、見え方が変わる。その装置は、誰の、どんな不便に答えて生まれたのか。そこまで遡ると、音の癖が仕様に見えてくる。
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