ギターアンプの設計史を、一本の軸だけで読み直してみる。
トーンを整える回路が、歪みの前にあるか、後ろにあるか。
この一点で、多くのことが説明できる。名機と呼ばれるアンプの性格も、なぜ同じ設定なのに別物になるのかも、現代のメタルがなぜペダルボードの手前にあれほど手をかけるのかも。
そして、この軸の両端に立っている例が二つある。
Mesa/Boogie の Markシリーズと、Mike Fortin の設計である。
トーンスタックは、もともと歪みの前にあった
話を50年代に戻す。
Fender の Bassman や Twin に載っているトーン回路――いわゆるトーンスタック――は、プリアンプの初段のあと、次の増幅段の前に置かれている。Marshall がその回路をほぼそのまま引き継いだので、この配置がロックのアンプの標準になった。
当時、これは深く考えられた設計判断ではなかった。そもそもアンプは歪ませて使う道具として作られていない。トーンは単に音色を整える機能であって、歪みとの位置関係を議論する土台がなかった。
だが、プレイヤーがアンプを限界まで上げて歪ませ始めた瞬間、この配置に大きな意味が生まれる。
トーンが歪みの前にあるということは、EQ が音色を変えるだけでなく、歪み方そのものを変えるということだ。
低域を上げれば、その低域が次の段を強く押して、そこで潰れる。高域を上げれば、高い成分が先に歪む。ノブをどう回しても、単なる音色調整では終わらない。
Marshall で Bass を上げると音がぼやけて潰れるのに、キャビの外で同じ量の低域を足しても同じにならないのは、これが理由である。
古いアンプが「ノブの相互作用が強い」と言われるのも同じところから来ている。前段のEQは、後ろの全部に影響する。
Mesa/Boogie が持ち込んだ、後ろのEQ
ここに新しい発想を入れたのが、Randall Smith の Mesa/Boogie だった。
Markシリーズには、5バンドのグラフィックEQが載っている。そしてその位置が重要で、歪みを作り終えた後ろに置かれている。
具体的な位置はモデルで少し違う。Mark V ではエフェクトループの手前、それ以前の Mark シリーズの多くではループの後ろ、つまりパワーアンプの入口により近い場所にある。だが共通しているのは、プリアンプで歪みを作り切った後だという点だ。
Mesa 自身の説明も、この意図をはっきり書いている。プリアンプ側のトーンコントロールは信号経路の早い位置にあるため、動かしすぎるとモードによっては破綻する。対してグラフィックEQは信号経路の最後にあるので、最終的な音を形作れる、と。
これが何を意味するか。
前段のEQは、歪み方を変える。後段のEQは、歪んだ結果を変える。
後ろに置けば、歪みの質感には触らずに、周波数バランスだけを動かせる。あの有名な「V字」――中域を落として低域と高域を持ち上げる設定――が成立するのも、後段だからだ。もし同じ形を歪みの前でやったら、中域が減った信号が歪むことになり、そもそも歪みの密度そのものが変わってしまう。
Markシリーズが「作り込める」と言われ、同時に「Mesaの音がする」と言われるのは、この二層構造による。歪みはプリアンプで固定的に作り、その出口で自由に整形する。
歪みの性格を保存したまま、音色だけを動かす。 これがMark側の思想である。
後段EQは、各社が別々の形で持った
後ろで整えるという発想は、Mesa の専売ではない。各社が別々の形で持ち込んでいる。
Peavey は多くの機種にグラフィックEQを載せた。Laney や ENGL は、パラメトリック寄りのEQやアクティブEQをアンプの後段に置いた。90年代の多機能ヘッドの多くは、チャンネルごとのトーンとは別に、全体を整えるEQを持っている。
ラック機材の時代には、この層がアンプの外へ出る。Furman のパラメトリックEQ、BBE の Sonic Maximizer、各種のグラフィックEQ。エフェクトループに挿さっているそれらは、全部「歪みの後ろのEQ」である。
面白いのは、この時期の音作りの語彙が「削る」ではなく「整える」「持ち上げる」に寄っていることだ。歪みはすでに完成品として扱われ、あとは出し方の問題、という前提がある。
そしてこの前提には、限界がある。
歪みの結果として発生してしまった濁りは、後段でどう触っても濁りのまま残る。低域が飽和して中域まで滲んでいるとき、後段で低域を削っても、滲んだ中域は消えない。
70年代から90年代にかけて後段EQが充実し続けたのは、逆に言えば、この限界に何度もぶつかっていたということでもある。
現代メタルは、歪みの前で削る
では、現代のメタルはどうか。
ハイゲインアンプの前段にオーバードライブを挟むのは、いまや常識に近い。Ibanez Tube Screamer をゲインゼロ・レベル全開で置く定番の使い方は、90年代から続いている。
そしてこの流儀を、設計としてより明確な形にしたのが Mike Fortin だった。
Fortin はもともと、ヴィンテージ Marshall のモディファイで名を上げた人物である。いわゆる「モディファイド・マーシャル」の系譜を突き詰め、ゲインを極端な領域まで上げながら、それまでなかった明瞭さを持ち込んだ。
その思想が単体機材として結晶したのが、Grind と呼ばれるブーストである。
Grind の機能は、はっきりしている。クリッピングを伴わない、歪みの前に置くためのEQ兼ブースト。ある周波数から下をハイパスで落とし、そこから上を持ち上げる。すでに歪んでいるアンプの前に置くと、低域が締まり、中域に攻撃性が出る。
つまり、歪ませる前の信号から、暴れる成分をあらかじめ抜いている。
低域は、歪み回路にとって最も厄介な入力である。振幅が大きく、エネルギーが大きい。そのまま高ゲイン段へ入れると、低域が回路を飽和させ、その飽和が全帯域に混変調を撒く。結果、コードが濁り、刻みがもたつく。
だから先に削る。削ってから歪ませれば、残った帯域だけが綺麗に歪む。
Meshuggah とのコラボレーションで作られた製品群の説明にも、同じ考え方が出てくる。多弦ギターの低い弦を、極端なゲイン下でも明瞭に保つこと。ゲインを足すことではなく、ゲインに何を入れるかを管理することが主題になっている。
前段の系譜は、ブースターの歴史でもある
Fortin が突然この発想を発明したわけではない。前段で整えるという流儀には、長い前史がある。
70年代末の Ibanez Tube Screamer は、本来オーバードライブとして作られた。だが80年代以降のメタルの現場では、ゲインを絞りレベルを上げた「歪ませないブースター」として使われるようになる。この使い方で起きているのは歪みの追加ではなく、中域が持ち上がり低域が少し落ちた信号をアンプへ送ることである。
Maxon の同系機、Boss の SD-1、ProCo RAT を同様の使い方で前に置く流儀も、同じ場所に効いている。
つまり、プレイヤーの側は経験的に「前で整えると締まる」ことをずっと知っていた。ただ、それを目的として設計された製品はしばらく存在しなかった。オーバードライブを、本来の用途と違う設定で流用していただけである。
そこを正面から製品化したのが、Fortin の Grind や、同種の思想を持つ現代のブースター群だった。歪ませないことを前提に、どの帯域から下を落とすかを設計する。用途が先にあって、回路がそれに合わせて作られている。
流用から、専用設計へ。これは、ある使い方が定着したあとに設計が追いつく、という機材史ではよく見る順序でもある。
同じEQなのに、意味が正反対になる
ここで二つを並べてみると、対比がはっきりする。
Markシリーズ。歪みを作ってから、後ろで整える。狙いは、歪みの質を保存したまま音色を自由にすること。
Fortin流。整えてから、歪ませる。狙いは、歪みそのものの質を、入力段階でコントロールすること。
同じ「EQを使う」という行為が、歪みを挟んで前と後ろに分かれた瞬間、まったく別の作業になっている。
もう少し踏み込むと、両者は扱っている変数が違う。
後段EQが動かしているのは、出力の周波数バランスである。すでに決まった歪みを、聴こえ方の側で調整している。
前段EQが動かしているのは、歪みの発生条件そのものだ。何を歪ませるかを決めている。
だから、後段EQでいくら低域を削っても「低域が歪んで濁った音」は綺麗にならない。濁りはすでに作られてしまっているので、あとから削れるのは濁りを含んだ帯域だけである。逆に、前段で削れば濁り自体が発生しない。
「アンプのEQで解決できない問題がある」という感覚は、ここに根がある。
一方で、前段だけで全部やろうとするのも無理がある。前段で削りすぎれば、そもそも痩せた音が歪むことになり、後から足しても戻らない。
どちらが新しいという話ではない
年代を追うと、面白い順序になっている。
50〜60年代。トーンは歪みの前。ただし意図的ではない。
70年代。Mesa が歪みを積極的に設計し始め、グラフィックEQを後段へ置く。歪みと音色を分離するという発想が生まれる。
80〜90年代。多チャンネル化とラック化が進み、EQはますますアンプの後ろ、あるいはループの中へ広がっていく。この時期に Furman や BBE のような外部処理が入り込むのも同じ流れである。
90年代後半以降。ブースターを前に置く流儀が定着し、制御の重心が入力側へ戻り始める。
2000年代以降。多弦・低チューニングの一般化で、前段の管理が決定的になる。Fortin のような設計者が、歪みの前を専門領域として設計する。
つまり、制御の場所が後ろへ行ってから、また前へ戻ってきている。
ただし、戻ってきた「前」は、50年代の「前」とは意味が違う。かつては、たまたま前にあった。いまは、前でなければ効かないことが分かっていて、意図的に前へ置いている。
同じ位置でも、理由があるかどうかで別物である。
自分の音が濁るとき、どちらを疑うか
実用の話に落とすと、この軸はかなり使える。
歪みの質感は好きなのに、抜けや帯域バランスが気に入らない。これは後ろの問題である。アンプのEQ、ループ内のEQ、キャビやマイクの選択で動く。
そもそも歪み方が気に入らない。コードが濁る、刻みがもたつく、低音弦だけ音程が曖昧になる。これは前の問題である。後段でどれだけEQを触っても、たぶん解決しない。ギターの出力、ピックアップ、ブースターの有無、その手前でどれだけローを削っているかを疑うことになる。
そしてこの区別は、機材の値段とはほぼ無関係だ。高いアンプに替えても、入力条件が同じなら同じ濁り方をする。
音作りで行き詰まったとき、ノブを回す前に一度考えてみる価値がある。
いま自分が直したいものは、歪みの結果なのか、歪みの材料なのか。
答えによって、触る場所が変わる。