ギタリストは、道具に保守的だ。長く信頼してきた形が、いちばん強い。だから、メーカーが良かれと思って手を加えると、しばしば手痛いしっぺ返しを食らう。
2015年のGibsonが、その典型だった。ラインナップの大半に、自動チューナー(G Force)を標準搭載し、約29%の値上げに踏み切った。弦を張れば自動で合う、便利なはずの機能だ。だが、伝統的なLes PaulやSGを愛してきた層は、これを歓迎しなかった。強い反発が起き、多くのユーザーは通常のペグへ載せ替え、Gibsonも翌年以降、この路線を後退させていく。
愛された定番に、良かれと機能を足し、値段を上げる。すると、その定番を支えてきた層が、離れていく。この現象は、ギターに限らない。むしろ、それを最も鮮やかに見せてくれるのは、ギターとは正反対の、小さな楽器だ。Teenage EngineeringのOP-1である。
なお、CSLが見ているのは、ギターアンプだけではない。音を作る道具の「設計思想」そのものだ。だから、こうしたシンセや小型機も、同じ土俵で語れる。
先に立場も明かす。以下のTEについては、筆者自身が長く所有し、使ってきた実感が入る。事実(公式仕様)と、観察(使って感じたこと)と、価値判断(好き嫌い)は、なるべく分けて書く。
OP-1――制約こそが、魅力だった
初代OP-1(2011年)は、シンセ、ドラム、シーケンサー、簡易録音、エフェクトを、薄いアルミ一枚の筐体へ収めた携帯型の制作楽器だ。
スペック表だけ見れば「できないこと」が多い。その最大の制約は、シーケンサーにある。録音・シーケンスは基本がリアルタイムのみで、クオンタイズ(タイミングの自動補正)もない。いわば4トラックMTRのデジタル版で、外部と同期して打ち込む発想もなく、一台の中で完結する。だから制作は、OP-1と一対一で向き合うことになる。手で弾き、その場で録り、この箱の中で仕上げる。
そして、これは弱点として嫌われるどころか、むしろ魅力になった。OP-1は発売後、オンラインで熱心なファンを獲得し、Bon Iver、Trent Reznor、Thom Yorkeといった著名アーティストにも使われて、カルト的な定番になっていく。惹きつけたのは「高機能だから」ではない。制約を含んだワークフローそのものが、面白く、やってみたくなったからだ。
もう一台、Pocket Operator(PO)にも触れておく。むき出しの基板に、電卓のような液晶。筐体を省いて原価を中身へ配分した、割り切った低価格機だ。ここで効いたのは、機能の多さではなく、割り切りと、単純に安かったことである。手を出しやすい価格そのものが、入口を広げた。
つまりTEは、制約・単純さ・手頃さで愛された会社なのだ。ここを押さえておきたい。
10年、姿を変えなかったOP-1
注目したいのは、OP-1本体の「時間」だ。OP-1は、2011年の発売から、10年以上も基本設計が変わらないまま売られ続けた。ようやく登場した後継が、OP-1 Field(2022年)である。(その間の2018年に、OP-Zという別系統の意欲作も出たが、これはOP-1を置き換えるものではなかった。)
この「10年、姿を変えない」という感覚には、CSLに近い世界にも例がある。Kemperのプロファイラーだ。2010年代初頭の「トースター」型は、ファーム更新と2018年の小改修を除けば、内部も外観もほぼそのまま――新しい小型のProfiler Playerが出た2024年まで、10年以上、実質同じハードで売られ続けた。完成した設計は、そう簡単には更新できない。あるいは、更新しなくても売れ続ける。OP-1も、その種の「完成してしまった製品」だった。
Fieldは、機能ではなく「値段」でファンを置き去りにした
OP-1 Fieldは、公式には100以上の改善を施した進化とされる。機能としては、確かに前進している。
だが――少なくとも一人の長期ユーザーとしては、素直に乗り換える気になれなかった。理由は、機能ではなく、値段だ。
初代OP-1は、2011年に約799ドルで登場した。対してOP-1 Fieldは、2022年に約1,999ドル。11年で、およそ2.5倍だ。この間のインフレを織り込んでも、説明のつく上げ幅を大きく超えている。実際、Fieldは「ファンの忠誠心を試している」とまで評された。
考えてみたい。もし価格が、10年分のインフレを加味した程度――つまり初代に近い水準――に収まったまま、機能だけが更新されていたら、どうだったか。初代を愛用してきた層に、自然な乗り換え需要が生まれても、おかしくはなかったはずだ。だが実際の値付けは、その乗り換えをためらわせる高さになった。
ここが肝心だ。TEが愛されたのは、制約と、手頃さだった。Fieldは、機能を足すこと以上に、その"手頃さ"という約束のほうを手放した。魅力を失ったように感じられたのは、機能の問題である以上に、値段と対象顧客を、それまでのファンから引き離したことの効果が大きい――というのが筆者の見立てである。
Gibsonが、伝統という約束を裏切って反発されたように。TEもまた、手頃さという約束を手放して、古参を置き去りにした。同じ形の、つまずきである。
三つの層を分ける
ただし、ここは慎重に扱う。「Fieldで魅力を失った」は、あくまで一人のユーザーの価値判断だ。市場全体の失敗や、会社の凋落へは拡大できない。だから三つの層を分けておく。
- メーカー自身の物語 … 公式は、一貫した進化・改善として説明する。
- ユーザーが実機から得た評価 … 長期使用者として、初代の制約設計と手の届く価格に、特別な価値を見る人がいる。
- 市場の評価 … 新しい高級路線を歓迎する層も、当然いる。
この三つは食い違う。どれか一つを「正解」にすると、話を見誤る。「初代が至高」と懐古するのも、「進化だから常に上」と断じるのも、別の層の真実を潰してしまう。
更新は、次の一歩にも、お別れにもなる
まとめる。
愛された製品を更新するとき、本当の危険は、機能を足すことではない。それを愛した人を、価格や位置づけで置き去りにすることだ。Gibsonは、伝統を愛した層を、自動化と値上げで。TEは、手頃さを愛した層を、高機能化と大幅な値上げで。どちらも、つまずいたのは同じ一点――古参が「これは、もう自分たちのための製品ではない」と感じた瞬間だった。
更新は、うまくやれば、次の一歩になる。しくじれば、それまで支えてくれた人への「お別れ」になる。足すことも、値上げも、「愛されたまま、次へ進むこと」とは、同じではないのだ。
最後に範囲を断る。ここで「魅力を失う」と書いたのは、市場の失敗ではなく、一人の長期所有者の価値判断だ。価格・発売年(OP-1=約799ドル/2011年、OP-1 Field=約1,999ドル/2022年、Gibson G Force=2015年)は公表情報・報道で確認した。一方で、OP-Zを「不人気」と断じる根拠は確認できず、扱いを中立にした。GibsonもTEも、それぞれ支持者のいる製品であり、断罪するものではない。だからこれは、批判でも礼賛でもなく、「愛された製品を、どう更新するか」をめぐる一つの問いである。