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「既存の歪みを模倣しない」と書いた会社は、なぜ名機の再現で主流になったのか。Source Audioの20年

2026-08-24

Source Audioの技術資料には、既存の歪みを複製・モデリング・エミュレートするつもりはなかった、とはっきり書かれている。ところがこの会社が主流の選択肢になったのは、名機のディレイを写した機種と、スプリング・リヴァーブの再現からだった。20年の年表を、製品の並びではなく「疑った場所」と「主流化のとき何を変えたのか」で読み直すと、変えられたのは処理の中身ではなく、ペダルボードの文法のほうだったことが見えてくる。

メーカーの歴史は、たいてい成功した製品の並びとして語られる。

年表があり、名機があり、そこへ至る改良の線が引かれる。読みやすいが、その線に乗らなかったものは消える。

Source Audioという会社は、その点で少し珍しい資料を残している。20周年に合わせて公開された自社史が、売れなかったこと、批判されたこと、在庫を切らして数か月作れなかったことまで書いているからだ。

そして同じ会社の技術資料には、次のような一文がある。

このエフェクターを作るにあたって、既存のいかなる歪みも複製・モデリング・エミュレートするつもりはなかった。設計者のBob Chidlawは、マルチバンド歪みの解説の冒頭にそう書いている。

ところが、この会社が「主流の選択肢」になったのは、そこからではない。

世界中の名機ディレイの癖をDSPへ写した機種と、Fenderの外付けスプリング・リヴァーブの音を再現した機種からだった。

矛盾しているように見える。だが、年表を製品の並びではなく「何を疑ったか」と「主流化のとき何を変えたのか」の二軸で読み直すと、この会社が変えたものと、変えなかったものが分かれて見えてくる。

半導体の側から来た四人

まず、この会社がどこから始まったかを押さえておきたい。エフェクター・メーカーとしては、出自がかなり変わっている。

Source Audioの創業は2006年。母体はマサチューセッツの二つの企業である。

ひとつはAnalog Devices。信号処理用の半導体を作る大手で、楽器の世界ではSHARCというDSPで知られる。自社史は、あなたが知っているハイエンドのデジタル・エフェクターは基本的にどれもこれを積んでいる、という言い方をしている。

もうひとつはKurzweil Music Systems。シンセサイザーのメーカーである。

創業者のRoger SmithとJesse Remignantiは、Analog Devicesの技術者だった。Smithは、社内で開発中だったSigma DSPというプロセッサをギター用エフェクトへ使えると考えていた。Remignantiのほうは、加速度センサーを使ってエフェクトを操作するという別の着想を持っていた。

二人は2006年の夏に会社を出る。ただし、古巣と縁を切ったわけではない。

そこへ、経営側としてHunter Bollが、音の設計者としてBob Chidlawが加わる。ChidlawはKurzweilの主任技術者のひとりで、K2000というシンセの開発に関わっていた。オシレーター、フィルター、シェイパー、DSPブロックを任意の順番で組み上げられる可変アーキテクチャで知られた機種である。

四人のうち二人が半導体、一人がシンセの音源設計、一人が経営。ペダルの回路を長年いじってきた人が独立した、という成り立ちではない。

だから、彼らが最初に作ったのはペダルではなかった。

最初に作ったのは、ペダルではなくチップだった

Analog Devicesを出た直後、SmithとRemignantiは古巣と共同で専用のチップを設計している。SA601。Sigma DSPの楽器用派生版で、公式には「ギター・エフェクトのための最初のシステム・オン・チップ」と説明される。

システム・オン・チップというのは、アナログ入力からデジタル処理を経てアナログ出力へ戻るまでの信号経路を、一枚のシリコンに全部載せてしまう作り方である。

なぜそうするのか。ADIとSmithの連名による技術資料が、理由を四つほど並べている。

部品点数が減れば長期的な信頼性が上がる。同じシリコン上で作られた回路は、別々の部品では再現できない精度で特性が揃う。半導体として出荷前に広範な特性試験を通るので、個体ごとのばらつきが残らない。外部との接続はアナログ入力一本と出力一本で済み、基板が小さくなる。

そして最後に、チップが一つで済めばコストが下がり、製品の売価を下げられる、と書いてある。

ここで注意しておきたいのは、この四つが全部「音がよくなる理由」ではないことだ。信頼性、ばらつき、実装面積、原価。工業製品としての条件のほうである。

チップそのものの性格も、同じ方向を向いている。

Chidlawの手による別の技術資料によれば、SA601は1秒あたり4800万回の乗算を行う。語長は28ビットで、必要な箇所では56ビットの累算器を使って精度を確保する。浮動小数点ではなく固定小数点。固定小数点はシリコン上で安く実装できるが、値が小さくなりすぎて精度を失ったり、大きくなりすぎて飽和したりしないよう、書く側が常に気を配らなければならない。

さらに、このチップには除算命令がない。割り算が避けられない場面では、逆数の表を引いて補間する。三角関数や指数関数も表引きで済ませる。

つまりSA601は、潤沢な計算資源を持つ贅沢なプロセッサではない。安く作れる範囲で、音のために必要なところだけ精度を確保したチップである。

土台がこの性格だったことは、後の製品の性格にそのまま効いてくる。

一つ目の発明は、足で踏まない操作だった

2006年末に出た最初の製品が、Hot Hand Motion Controlled Wah Filterである。

指輪に加速度センサーを入れ、手の動きでフィルターを動かす。10種類のフィルターを積んでいる。

Remignantiによる技術資料は、この設計の動機を、既存の操作手段への不満として説明している。エクスプレッション・ペダルには二つの限界がある。動かせる速度に上限があること。そして床に固定されていることだ。使おうとすれば、奏者はステージの特定の場所に縛られる。

センサーの側の説明も具体的である。

加速度センサーが測るのは速度でも位置でもなく加速度で、したがって重力も測る。指輪を弾く手に付ければ、前腕が地面と平行なときy軸の出力はゼロになり、そこからの肘を支点にした角度が三角関数で算出できる。測定範囲は±5gまで。手の動きで生じる加速度は3gを超えることも珍しくない、と書かれている。

同じセンサーで、ゆっくりした傾きと、素早い一振りの両方が拾える。これがHot Handの核心だった。

翌2007年にはワイヤレス版が出る。最初は有線だったが、ステージでは現実的でないとすぐ分かったから、と自社史は書いている。

そして、売れなかった。

会って話した相手はみな良い着想だと言った、しかしギタリストの世界は、これほど新しい技術に金を出す用意がまだなかった――自社史の記述はそういう調子である。創業から数年は期待したほどうまくいかなかった、とはっきり書いてある。

この発明が売れ始めるきっかけは、2011年に外から来る。

Berklee音楽大学の学生だったベーシストが、Hot Handとエンヴェロープ・フィルターを組み合わせて、Skrillexの曲をバンド編成で演奏する動画を公開した。当時はコンピューターのプラグインで作るのが普通だった、うねるような低音の動きを、ロック・バンドの中でやってのけた映像である。

自社史によれば、その動画は数時間で数千回、翌朝には数十万回まで再生数が伸びた。倉庫のHot Handは三週間で尽き、次のロットができるまで数か月かかったという。

技術の説明ではなく、使い道の実演で売れた。発明と普及のあいだにある距離が、そのまま出た話だと思う。

二つ目の発明は、帯域を分けて歪ませることだった

もうひとつの発明は歪みのほうである。

2008年のNAMMで発表されたSoundbloxシリーズに、Multiwave Distortionという機種があった。着想の出所は自社ではない。Electronic Musician誌の共同創刊者であるCraig Andertonが提案していた、ギターの信号を4つの帯域に分けてそれぞれ別の歪み回路へ通す、という構想である。Chidlawはこれを最大10帯域まで押し広げた。

なぜ帯域を分けるのか。相互変調歪みという現象への回答である。

歪み段に複数の音を同時に通すと、元の周波数だけでなく、その和や差にあたる周波数が新しく生まれる。この新しい音は、元の音と倍音関係にあるとは限らない。音数が増えるほど関係のない周波数が積み上がり、結果は聴き分けのつかない塊になる。

複雑なコードが強い歪みと相性が悪いのは、演奏の問題でも好みの問題でもなく、これが理由である。

Multiwaveは入力を複数の帯域へ分け、帯域ごとに独立に歪ませ、最後に足し合わせる。この手順を踏むと、コードを弾いたときの音の分離が残る。何本かの弦を鳴らしっぱなしにしたまま、その上でメロディを弾くこともできる。複数の音を同時にフィードバックさせることさえ可能になる。

Chidlawの資料は、これをフロア型ギター・エフェクターの市場において相互変調歪みが実質的に低減された最初の例だ、と位置づけている。

もうひとつの独自の処理がフォールドバックである。

通常の歪みでは、入力電圧が上がると出力も上がり、やがて頭打ちになって最大値で潰れる。フォールドバック曲線では、入力がある値を超えると出力が下がりはじめる。もっと強くかけると、下がったあとでまた上がる。最も強い設定では、増加と減少が何度も入れ替わる。

高い周波数の成分が大量に増え、入力レベルによって音の性格が大きく動く。オクターブと5度だけで構成された和音とは相性がよく、それ以外の音程では奇妙な音になる、とも書いてある。奇妙だが必ずしも望ましくないわけではない、という但し書き付きで。

この処理が広く受け入れられたかというと、そうではない。伝統の枠から外れすぎていて普遍的な評価は得られなかった、と自社史は認めている。

一方で、初期に採用した名前は並んでいる。Adrian Belew。The CureとDavid Bowieで弾いたReeves Gabrels。Porcupine TreeのSteven Wilson。John LennonとDavid Bowieで弾いたEarl Slick。

発明された処理は、少数の作り手にはすぐ届き、多数には届かない。届き方が非対称なのである。

主流になるとき、変えられたのは音ではなかった

ここからが、この会社の20年でいちばん面白い部分だと思う。

2008年から2015年までのあいだ、Source Audioが解いていた問題を順に並べてみる。

2009年のSoundblox Proでは、3つのフットスイッチで6つのプリセットを呼べるようにし、8バンドのグラフィックEQとMIDIを載せた。

2013年のSoundblox 2では、筐体を金属に変えた。自社史が挙げるそれまでの批判は、大きい、プラスチックである、そしてはっきり言って格好悪い、というものだった。音への批判ではない。

2014年のSoundblox Hubは、Soundblox 2がMIDIに対応していなかったことへの答えである。最大5台を接続し、1つのプログラム・チェンジで5台分の設定をまとめて切り替えられる。

2015年のOne Seriesでは、筐体をより一般的な形へ寄せた。それでも変わった見た目だという評価が残っていたこと、そして入出力がモノラルだったことが理由として挙げられている。リヴァーブではステレオが当然になりつつあった。

代わりに、失われるはずだった調整の自由度はNeuroというアプリへ移された。ペダルの面につまみを20個足すようなものだ、と自社史は表現している。

そして2016年、ディレイであるNemesisと、iOS・Android・macOS・Windowsのすべてに対応したNeuroが出る。この年に本当の意味で主流の成功を手にした、と自社史は書いている。

並べ直してみると、2009年から2015年に解かれた問題は、筐体の寸法、材質、見た目、プリセットの数、ステレオ対応、MIDI、フットスイッチの数である。

ひとつも音の話が入っていない。

処理の独自性は最初からあった。足りなかったのは、それをギタリストの運用に載せるための形式のほうだった。ペダルボードに置ける大きさか。踏んで切り替わるか。他の機材と同期できるか。ステレオで送れるか。

これは妥協ではなく翻訳である。ただし翻訳には代償がある。

何が受け継がれ、何が薄れたのか

受け継がれたものから見ていく。

マルチバンドの歪みは消えていない。2021年のUltrawaveは、Multiwaveの発想を作り直したもので、帯域分割の歪み、オクターブ、フォールドバックに加えて、帯域ごとに独立して揺れるトレモロを持つ。分けた帯域を歪ませるのではなく揺らす、という発想の延長にある機能である。

自社設計のチップも効いている。2017年のVentrisはSA601を二基積み、二種類のリヴァーブを直列・並列・左右分割で同時に走らせ、プリセット切り替え時に残響を途切れさせない。当時のペダルでは一般的でなかったが、その後ほかのメーカーにも広がった、と自社史は書いている。

Kurzweil由来の系譜も残っている。2019年のC4 Synthは、オシレーター、フィルター、シーケンサー、ピッチ関連の処理を任意に組み合わせる構造を持つ。K2000の可変アーキテクチャがここへ来ている、という筋書きは自社史が自分で書いていることでもある。

Neuroは十数万人規模の利用者と、一万を超える公開プリセットを抱えるまでになった。2025年に追加されたSoundCheckという機能に至っては、ペダルを持っていなくてもアプリの中で各機種の処理を鳴らし、つまみを動かして音の変化を確かめられる。

では、薄れたものは何か。

事実として言えるのは、公式の20年史に登場するHot Hand関連の新製品が、2012年のHot Hand 3で止まっていることである。以降の年表に、身体の動きで操作する新製品は出てこない。

代わりに増えているのは、再現の仕事のほうだ。

2018年のTrue Springは、Fenderの外付けスプリング・リヴァーブ・ユニットである6G15の音を対象にしている。ブリキのバケツに水滴が落ちたような、あの立ち上がりの癖まで含めてである。2016年のNemesisは、世界中で求められてきたディレイ機の細かな癖をDSPへ写す仕事だった。2022年のZIOは4種類のプリアンプ回路を積む。2024年のArtifaktは、ヴィンテージのレコード、テープの飽和とふらつき、ビット数の削減といった、過去の劣化を集めた機種である。

そして2025年について、自社史はこう書いている。ヴィンテージ機材の音を取り戻そうとする取り組みを一時的に控え、目を上へ向けることにした、と。

自分たちの重心が再現の側にあったことを、自分で認めた一文だと読める。

ただし、これを衰退と読むのは早い。

同じ2025年の製品であるEncounterには、壁も天井も床もない部屋の反響を想像した、という説明のリヴァーブが載っている。直接的な反射が一切なく、あらゆる方向から戻ってくる残響。Chidlawが「まだ聴かれていない音」と呼んできた路線は、消えてはいない。

主流化したこと、利用者の層が広がったこと、品質が上がったこと。これらは公式の記録に残る事実である。一方で「昔のほうが尖っていた」という感覚は、聴き手や使い手の評価であって、市場の事実ではない。この二つを混ぜて語ると、たいてい話が雑になる。

再現と発明は、同じ技術者の中に同居する

もうひとつ、混ぜてはいけないものがある。再現と発明を、別の会社や別の時代の話として切り分けてしまうことだ。

Chidlaw自身の技術資料が、それを許さない。

彼はマルチピークのフィルターについて、パラメーターが膨大にあり、可能な音の全域は探索しきれていないが、かなりの部分は見た、と書いている。評価は完全に主観的なもので、開発中は多くのミュージシャンを呼んでアルゴリズムを試させ、好みで点をつけてもらったという。最低点と最高点の両方がついたアルゴリズムがいくつもあり、最終的な取捨選択は非常に難しかった、とも。

ところが同じ資料の中で、「クラシック」なワウについてはまったく違う書き方をしている。あれは元の回路の周波数特性をそのままデジタルで実装したもので、何が正しく響くかという問題ではなく、数学の練習に近かった、と。

同じ技術者が、耳で選ぶ仕事と、測って写す仕事を、別のものとして扱っている。

彼はデジタル特有の問題にも触れている。デジタルの歪みが生む倍音は、サンプリング周波数の半分を超えて上へ伸びていき、超えた分は折り返して低い周波数として現れる。元の音と何の関係もない音程になって戻ってくる。アナログには対応するものがない種類の劣化である。

そのうえで、彼はこう書く。アナログ回路に必ずある微小な歪みが、どこまで聴き取れて、どこまで望ましいのかは、まだ開かれた問いである。デジタルのアルゴリズム全体にアナログ的な歪みを足していけば計算量は膨れ上がる。その精度が、追加の計算コストに見合うかどうかは、結局のところ主観的な評価に戻ってくる、と。

再現の完全さを、正義ではなく費用の問題として扱っている。この態度は、安く作れるチップから出発した会社の性格とよく合っている。

CSLがメーカー史をこう読む理由

製品年表を上から下へ読むと、ほとんどのメーカーは「だんだん良くなった」に見える。

そうならない読み方が二つある。ひとつは、その会社が最初に疑った場所を特定すること。もうひとつは、広く売れるようになった時点で何を変えたのかを見ることである。

Source Audioの場合、疑った場所は歪みの成り立ちと、エフェクトの操作手段だった。そして主流になるために変えたのは、筐体と、切り替えの手順と、接続の作法だった。

音の設計と、使用の設計は、別々に動く。この二つを分けて記録しておかないと、後から「この会社は変質した」あるいは「進化した」という粗い話にしかならない。

条件を確定させてから音を語る、という考え方は、収録の現場だけの話ではない。メーカーの歴史を読むときにも、同じ分解が要る。

まとめ

Source Audioは、既存の歪みを写すつもりはないと明記した資料を持つ会社である。

実際、帯域を分けて歪ませるという発想も、指輪の加速度センサーで操作するという発想も、当時の市場に対応物がなかった。

だが、その二つは最初、ほとんど売れなかった。売れ始めたきっかけは、外部の演奏家が使い道を実演した動画であり、その後の躍進を支えたのは、名機の癖を丁寧に写した機種のほうだった。

2009年から2015年に解かれた問題を並べると、答えははっきりしている。この会社が主流になるために変えたのは、処理の中身ではなく、ペダルボードの文法だった。

発明した処理は、いまも製品の中に残っている。同時に、再現の仕事が製品群の重心に来た時期もあり、それは自社史が自分で書いている。

新しい音を作ることと、すでにある音を写すことは、対立する態度に見えて、同じ技術者の中に矛盾なく同居する。片方だけを「本物の革新」と呼びたくなったときは、その技術者が両方を別々の仕事として扱っていたことを思い出したほうがいい。


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