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Marshallが望まなかった球は、なぜ90年代の音になったのか。EL34の供給難と、5881を積んだ現行機たち

2026-09-23

1990年代のMarshallには5881を積んだ機種がある。公式ハンドブックは5881を選んだ球として説明し、創業者本人は不本意な措置だったと語る。同じ会社の文書が球について三通りの態度を取った時期に、演奏家の側では何が起きていたのかを、Deftones、Rush、Oasisの構成から追う。

1990年代のMarshallには、5881という出力管を積んだ機種がある。

これは改造ではない。工場から、その球で出荷された。

この事実は、たいてい一行で処理される。EL34が手に入らなくなったので代わりに使った、と。そう言われれば筋は通る。実際、創業者本人がほぼその通りに説明している。

ただ、同じ会社が出した公式ハンドブックを開くと、話が合わない。そこでは5881が、やむを得ず使った球としてではなく、理由があって選んだ球として書かれている。

どちらかが嘘をついている、という話ではないと思う。

メーカーが製品の顔として書く文章と、後年に創業者が振り返る言葉は、そもそも違う種類の文書である。そのずれが、1990年代前半のMarshallという特殊な時期には、はっきり見える形で残った。

そして、そのずれの外側では、演奏家がまったく別の問題を解いていた。

公式ハンドブックは、5881を「選んだ球」として書いている

JCM 900シリーズのハンドブックは、このシリーズが5881を使う理由を、その独特の歪みの性質と滑らかな音のためだと説明している。50W機には2本、100W機には4本、という本数まで書いてある。

供給の話は出てこない。

このハンドブックが対象にしているのは、Master VolumeモデルのSL-X 2100とSL-X 2500、そしてDual Reverbの4100、4500、4101、4102、4501、4502である。つまり、その時期にJCM 900の名で売られていた機種のほぼ全域が、5881という球の上に載っていた。

読み手にとっては、これが製品の仕様である。店頭に並んでいて、買えば手に入る一台の中身として、そう説明されている。

ここで一度、音を置いておく。JCM900 4100そのものの鳴り方は、メーカー自身が公式デモとして出している。

創業者は、やらざるを得なかったと言っている

同じ変更について、Jim Marshall本人は別の説明をしている。

EL34が手に入らなくなったからやらざるを得なかった、ただしうれしくはなかった、と彼は述べている。5881にすると音は少しクリーンになる。それはクリーンチャンネルには有利だが、歪みチャンネルには不利だった、というのが彼の評価である。

そして供給が回復すると、MarshallはEL34へ戻した。戻した理由について彼は、この種のアンプにはEL34のほうが良い球で、より良い倍音が得られるからだと説明している。

演奏家の側も動いていた。EL34が見つかると自分で差し替える人が出てきた。ただ、バイアスも変えなければならないことを忘れる人が多かった、と彼は付け加えている。

供給が止まり、仕様が変わり、供給が戻り、仕様が戻る。

ここまでなら、部品調達の話である。ギターアンプに限らず、工業製品ではよくある。

面白いのは、その数年のあいだにMarshallの公式文書が、出力管について三通りの態度を取ったことである。

同じ会社の文書が、球について三通りの態度を取った

一つ目は、いま見たJCM 900のハンドブックである。球の型番を書き、それを選んだ理由まで書いている。

二つ目は、ラック用のパワーアンプ9100と9200のハンドブックである。

この2機種は、2×50Wと2×100Wのステレオ真空管パワーアンプとして、真空管ラック技術の最新の一歩と紹介されている。左右のパワーアンプ部は完全に独立したモノブロックで、これは通常なら高価な真空管ハイファイ・パワーアンプにしかない構成だ、とメーカー自身が書いている。ギター用のラックへ、ハイファイ側の構成をそのまま持ち込んだ製品だという説明である。

仕様表には、9100が1チャンネルあたり5881を2本、9200が4本と書かれている。

問題は、その同じ表に付いた脚注である。

出力管は5881かEL34のどちらかであり得る、そして両者は互換ではないので有資格の技術者に相談するように、と書かれている。

これは、かなり異様な記述である。

メーカーが、自社製品の仕様表の中で、その製品に何が入っているか特定していない。買った人が自分の個体を開けるまで分からない、という状態が公式文書として固定されている。

三つ目は、30th Anniversaryの取扱説明書である。1998年版を見ると、出力段の説明は本数と動作だけになっている。4本でペントード100W、トライオード50W。2本でペントード50W、トライオード25W。

型番が、書かれていない。

そして交換球については、Marshall純正を使えば最適な性能が得られる、という案内になっている。球の型番ではなく、供給元を指定する書き方である。

理由を付けて書く。どちらか分からないと書く。書かない。

同じ会社の、ほぼ同時期の文書である。

供給が戻ったとき、球の名前が製品名になった

そして、ここが1990年代Marshallのいちばん奇妙な転回だと思う。

9100と9200のハンドブックと同じ体裁、同じ1999年1月付で、Marshallはもう一組のラック用パワーアンプのハンドブックを出している。

製品名は、EL84 20/20、EL34 50/50、EL34 100/100である。

中身を見ると、EL34 50/50は1チャンネルあたりEL34を2本、EL34 100/100は4本。左右が完全に独立したモノブロックであることも、同じ文言で書かれている。

つまり、9100と9200と同じ出力、同じ構成の製品が、球だけを入れ替えて別の名前で売られている。そして新しいほうの名前は、型番ではなく球の型名そのものになっている。

9100と9200の仕様表にあった「5881かEL34のどちらか」という脚注は、こちらの表には無い。

出力管が、仕様表の奥にある一項目から、製品名の位置まで出てきた。

これは音の話ではなく、供給の話だと読んだほうがいい。何が入るか約束できない時期には、球は脚注へ引っ込む。約束できるようになった時期には、球は看板になる。

球の型名を製品名にするという売り方は、その球を確実に用意できるという宣言でもある。EL84 20/20、EL34 50/50、EL34 100/100という3つの名前は、供給危機が終わったことを、仕様書ではなくカタログの表紙で記録している。

出力管が現地の事情で決まるのは、初めてではなかった

5881化を「1990年代に起きた例外」として見ると、この時期だけが特別に見える。

ただ、Jim Marshall本人がもう一つ前例を挙げている。

1980年代半ば、北米向けのMarshallは球を入れずに出荷されていた。そして米国の販売会社Unicordが、そちらの市場にはこのほうが良いと考えて6550を挿していた、というのである。

英国で設計され、英国で組まれたアンプの出力管が、輸出先の判断で決まっていた。

そう並べると、1990年代前半の5881は、断絶ではなく反復になる。

Marshallというブランドの音は、設計図の上だけで決まったことがない。誰が何を挿せるかという、その時その場所の条件と一緒に決まってきた。供給難はその条件を一段はっきり見せただけである。

「MarshallはEL34の音だ」という共有された像は、だからやや後知恵でもある。少なくとも製品の側では、それほど一貫していなかった。

演奏家の証言には、出力管が出てこない

では、その時期に実際にそれらのアンプを使っていた人たちは、球をどう扱っていたのか。

当時のインタビューを読むと、まず気づくことがある。出力管の型番が、ほとんど話題になっていない。

Stephen Carpenterは、1997年の『Around the Fur』の録音について、ADA MP-1というプリアンプとMarshall 9200のパワーアンプを使ったと述べている。そしてこれが彼にとって初めてのパワーアンプ導入で、それ以前はJCM800の100Wヘッドを2台使っていた、と続けている。

エフェクトはRocktron Intellifexと、ラックの棚に置いた数個のペダル。Bossのオクターバーとリバーブ、そしてHyper Fuzzだった、というところまで具体的に語っている。

彼が語っているのは、機材の構成である。

ヘッドを2台並べる状態から、プリアンプとパワーアンプを分けて持つ状態へ移った。その切り替えが本人にとっての出来事であって、そのパワーアンプに何の球が入っていたかは、語る対象になっていない。

9200を選ぶということは、1チャンネルあたり4本の出力管を、プリアンプとは別に選ぶということである。そして先ほど見た通り、その4本が5881なのかEL34なのかは、メーカーの仕様表ですら確定していなかった。

にもかかわらず、それは問題として現れていない。

4台に役割を割り振るという解き方

Alex Lifesonの1994年の証言も、同じ方向を向いている。

彼は、Gallien-Kruegerのソリッドステート機を外してMarshallに替えたこと、そして『Counterparts』の録音ではPeavey 5150とMarshallを使い始めたことを語っている。しばらく聴いていなかったもの、温かく丸い音が戻ってきた、というのが本人の言い方である。

そのあとのツアーリハーサルの構成が、さらに具体的だ。

30th Anniversaryの6100ヘッドが4台。それぞれ3チャンネルを持ち、合計8台のキャビネットへ送られている。そして4台の役割が分かれている。2台はエフェクトラックとのセンドおよびリターンを通し、残り2台はクリーンで、Dimension Dを少しだけ足して空間を作っている。

ここでも、球の型番は出てこない。

出てくるのは、台数、経路、そして誰が何を担当するかである。3チャンネル機を4台使うということは、理屈のうえでは12種類の音を持てるということだが、彼はそれを音色の数としては説明していない。歪みとクリーンという2つの系統を、別々のアンプに分けて持つ構成として説明している。

先ほど見たように、30th Anniversaryの公式取扱説明書は出力管の型番を書いていない。ユーザーの側もそれを問題にしていない。文書と使用が、この一点では一致している。

信号を分けて、合流させる

同じ時期のイギリスでは、もっと極端な構成が動いていた。

1996年のKnebworth公演について、Noel Gallagherは自分の信号経路をこう説明している。ギターはVoxのワウへ入り、Bossのペダルを何台か通り、チューナーへ、そしてラインセレクターへ。そこからパッシブのスプリッターボックスへ出る。スプリッターからの1本はBluesbreakerへ。もう1本はさらに分割されて、WEMとJCMへ分かれていく。

JCM900は、この経路のうちの1本である。

Marshall JCM900、WEM Dominator、そして1970年代のBluesbreaker。音は、そのどれか1台から出ているのではなく、分岐した信号が空気中で合流した結果として出ている。

隣ではBoneheadが別の仕事をしていた。俺がリズムをやると自分からNoelに言っていた、と彼は回想している。Noelが押さえる部分と、自分がバレーコードで支える部分を分けていた、という話である。

ここまで来ると、1台のアンプの出力管が何かという問いは、音を説明する変数として小さくなる。

「代用品」という言葉が合わない理由

設計者の側から見れば、5881は妥協だった。Jim Marshallの言葉ははっきりしている。

ただ、その妥協は、演奏家の側では妥協として届いていない。

彼らにとって5881仕様のJCM900や9200は、代わりに我慢して使っていたものではない。その年に店とスタジオにあった、現行のMarshallである。比較対象としての「本来のEL34仕様」は、その場に無い。

そして彼らが解いていた問題は、球ではなかった。

プリアンプとパワーアンプを分けて持つか。ヘッドを何台立てて、どう役割を振るか。信号をどこで分けて、どこで合わせるか。1990年代の前半から半ばにかけて、ギターの音作りの主戦場は、アンプ1台の内側から、アンプとアンプのあいだへ移っていた。

Carpenterが初めてパワーアンプを別に選んだこと。Lifesonが4台に歪みとクリーンを割り振ったこと。Gallagherが信号を分岐させて3系統を混ぜたこと。

これらはすべて、アンプの中で完結しない組み立て方である。

出力管の型番がメーカーの仕様表の中で揺れていられたのは、たぶん偶然ではない。決定の重心が、そこから離れた場所へ移っていた時期だった。

その時期の演奏家が手に入れたもの

だから、この10年を「Marshallが劣化した時期」として整理すると、ほとんど何も見えなくなる。

正確に言えば、Marshallは望まない球を積んだ。それは本当である。

だが同じ時期に、演奏家の側は、アンプを完成品として選ばなくていいという方法を手に入れた。プリアンプを別に選び、パワーアンプを別に選び、台数で役割を分け、信号を分岐させて合流させる。今日ふつうに使われている考え方は、このあたりでほぼ出そろっている。

その方法が広がった時期に、たまたま5881が入っていた。

だから、後年に「5881の音」として記憶されているものの多くは、実際には経路の音である。ADA MP-1と9200の組み合わせの音であり、6100を4台に分けた構成の音であり、WEMとBluesbreakerとJCMが空気中で混ざった音である。球は、その中の一要素として鳴っていた。

そして、そう考えると、供給が戻ったあとにMarshallが球の名前を製品名にしたことの意味も変わってくる。

EL34 50/50という名前は、球を音の主役に戻す宣言というより、買う側が選べる項目が一つ増えたことの表示である。何が入っているか分からない脚注の時代を通り抜けた先で、出力管は、指定できるものになった。

条件を書き残すということ

このあたりを調べていて何度も突き当たるのが、機材の型番だけでは音の履歴が復元できない、という単純な事実である。

同じJCM900でも年式で球が違う。同じ9200でも個体で違う可能性がメーカー自身によって残されている。そして作品の音は、その1台ではなく経路全体から出ている。

型番は、条件の一部でしかない。

だから、後から確認できる形にしておきたいのは、機種名ではなく、そのとき実際に何がどう繋がっていたかのほうである。CSLが収録のたびに条件を確定させて残しているのも、同じ理由による。30年後に「あれは何の音だったのか」と問われたとき、答えられるのは記録だけである。

まとめ

1990年代前半、EL34の供給難でMarshallは5881へ移った。創業者はそれを不本意な措置だったと語り、公式ハンドブックは選んだ球として説明した。ラック用パワーアンプの仕様表は、どちらが入っているか特定しないまま出荷された。30th Anniversaryの説明書は、型番そのものを書かなかった。

供給が戻ると、Marshallは球の型名を製品名にした。EL84 20/20、EL34 50/50、EL34 100/100。危機の終わりは、仕様書ではなく製品名に記録された。

出力管が現地の事情で決まること自体は、1980年代半ばの北米向け出荷にも前例がある。Marshallの音は、設計図だけで決まったことがない。

そのあいだ、演奏家は球について語っていない。語っているのは、プリアンプとパワーアンプの分離であり、台数の役割分担であり、信号の分岐と合流である。

設計者が望まなかった条件の下で、彼らはアンプ1台に閉じない音の組み立て方を身につけた。5881は、その時期に入っていた球である。


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