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Rocktronは、スイッチャーにまでノイズリダクションを入れた

2026-10-12

RocktronはHUSHというノイズリダクションから始まった会社である。1984年にはコンプ、プリアンプ、エンハンサー、エフェクト、コントローラーのすべてにノイズリダクションを内蔵し、Bob Bradshawと共同開発したスイッチャーにも左右独立のHUSHを入れた。歪み回路の中に消音の制御を組み込んだGAP、加工前の信号で判断して加工後を消す特許、デジタルのHUSH。やがて自社のデジタル・プリアンプは、自らを「ほぼノイズが無い」と書く。2000年に弦の会社GHSへ売られた後も、同じ発明者名の消音の特許は足元のペダルへ続いた。静けさを、ラックのあらゆる箱に入れて売った会社の歴史を追う。

スイッチャーは、音を作る機械ではない。

ギターの信号を、どのエフェクトへ通し、どのアンプへ送るかを切り替える。中身はリレーと配線である。音色の名前で語られることはまずない。

そのスイッチャーの中に、ノイズリダクションが入っていた製品がある。

左右のチャンネルにそれぞれ独立したスレッショルドのつまみがあり、何もつながなくても、信号は最初からノイズリダクションを通るように配線されていた。作ったのは、ラック・システムの設計者として知られるBob Bradshawと、米国のRocktronである。

Rocktronは、HUSHというノイズリダクションから始まった会社だった。

そしてこの会社は、HUSHを単体の製品として売るだけでは終わらなかった。コンプレッサーにも、プリアンプにも、エフェクトにも、スイッチャーにも入れた。80〜90年代のラックに積まれるあらゆる箱へ、「静けさ」を標準装備として配っていった。

この記事は、その会社の歴史を、製品と特許でたどる。

HUSHは、最初からギター専用に書かれたわけではない

Rocktronの自社史によれば、会社は1983年、Bob WallerとJim Chowningらが長い音楽活動から一歩退いて立ち上げた。

最初の柱がHUSHである。自社史はHUSHを、ギター専用に設計された最初の単端型ノイズリダクションとしている。「最初」はあくまで自社の主張だが、この会社が何を看板にしたかはよく分かる。

単端型というのは、再生側だけで完結する方式のことである。

テープのノイズリダクションとして知られるDolbyやdbxは、録音時に信号を加工し、再生時に逆の加工をかけて元へ戻す。入口と出口が対になっている。ギターの信号にはその入口が無い。ピックアップから出た時点で、もうノイズは混ざっている。だから、後段だけでノイズと演奏を見分けて処理するしかない。

HUSH系の最初の特許は1985年に出願された。発明者はJames K. Waller, Jr.である。

その特許の書き方が面白い。対象として挙げているのは、テープやディスクの録音と再生、ラジオとテレビの放送、そして電子楽器と信号処理である。ギター専用ではない。汎用の単端型ノイズリダクションとして書かれている。

中身は、信号の大きさに応じてフィルターを動かす動的フィルタリングと、小さな信号をさらに小さくする下方向のエキスパンションの組み合わせである。音が大きいときはフィルターを開けて全帯域を通し、音が小さくなるとフィルターを閉じて高域のヒスを削り、さらに小さければレベルごと下げる。

この汎用の技術を、ギターという特定の用途へ持ち込んだところに、Rocktronの出発点がある。

1984年、ノイズリダクションは機能になった

自社史には、1984年の項にこうある。ノイズリダクションを内蔵したコンプレッサー、プリアンプ、エンハンサー、エフェクト、コントローラーを初めて出した、と。

ここで、ノイズリダクションの位置づけが変わっている。

単体のノイズリダクションは、チェーンのどこかに1台挟む箱である。だがRocktronは、それを他の機材の内側へ入れた。コンプレッサーを買えば、HUSHが付いてくる。エンハンサーを買っても、付いてくる。

1989年出願の特許には、この時期の製品名が実際に出てくる。信号処理とノイズリダクションを一体にした既存の構成の例として、Rocktron自身のModel 300AコンプレッサーとModel RX20オーディオ・エンハンサーが挙げられている。

コンプレッサーとエンハンサーは、どちらもノイズを持ち上げてしまう機材である。

コンプレッサーは小さな音を引き上げる。そのとき、演奏の隙間にあるノイズも一緒に引き上げる。エンハンサーは高域を強調する。ヒスはまさに高域にある。

ノイズを増やす機材の中に、ノイズを消す回路を入れる。理屈としては筋が通っている。そしてこれが、Rocktronの製品の作り方の型になった。

歪みの中に、消音を組み込む

ハイゲインの歪みは、ノイズリダクションにとっていちばん難しい相手である。

歪みは音を圧縮する。弱く弾いても強く弾いても、出力の大きさがあまり変わらなくなる。そうなると、後段のノイズリダクションから見て、どこまでが演奏でどこからがノイズかの差が縮む。

Rocktronのプリアンプ、GAP 1とPro GAPは、この問題に別の方向から取り組んだ。

マニュアルによれば、GAP 1はAGX(Automatic Gain Expansion)という仕組みを載せ、ハイゲインの歪みでもノイズの無い動作をすると書く。Pro GAPはプログラム可能なHUSHに加えて、同じAGXを持つ。

AGXと同じ名前の特許が、1988年に出願されている。発明者はやはりJames K. Waller, Jr.である。

特許の内容は、楽器の信号から作った制御信号で、増幅回路のゲインを自動で変えるというものだ。そして、歪みを作る回路は、その増幅器の帰還経路の中に置かれている。

つまり、歪ませた後でノイズを消すのではない。歪みを作る段そのものが、信号が小さくなるとゲインを落とす。消音の制御が、歪み回路の内側に組み込まれている。

自社史は、ProGapにSteve LukatherとAllan Holdsworthのプリセットが入っていたと書く。ハイゲインのリードを長く伸ばす奏者の音を、ノイズの無いプリアンプに収めて売る。HUSHの会社らしい製品の見せ方である。

判断は加工前で、消すのは加工後で

1989年に出願された特許に、Rocktronの考え方がよく表れているものがある。

信号処理の回路を通った後の音を、動的フィルターで処理する。ただし、フィルターを動かす制御信号は、信号処理を通る前の、手を加えていない音から作る。

なぜそうするのか。特許は、ノイズリダクションを信号処理の後ろに置きたい理由を書いている。処理の前から乗っているノイズと、処理そのものが加えるノイズの、両方を減らせるからだ。

だが、処理後の音で判断すると、歪みやコンプで形の変わった信号を見ることになる。前の節で書いた、ノイズと演奏の差が縮んだ状態である。

だから、判断には加工前の素直な信号を使い、実際に消すのは加工後の信号にする。見る場所と、手を入れる場所を分けたのである。

この発想は、後で見るように、この会社を離れた後の特許にも続いていく。

スイッチャーの中にも、HUSHがあった

自社史は1989年の項で、工場生産のBradshawスイッチャーを初めて出したと書く。

Bob Bradshawは、トップ・ミュージシャンのラックとスイッチング・システムを組んでいた人物である。一点ずつ作られていたその仕組みを、量産品にした。RocktronとBradshawが共同開発したRSB-18/12のマニュアルは、伝説的なBradshawのシステムをすべてのギタリストが手にできるようにした、と書いている。

そのスイッチャー、RSB-18Rの中に、左右独立のHUSHがある。

スレッショルドのつまみは左右に1つずつ、マイナス70デシベルから0デシベルまで。そしてHUSHは、何もしなくても信号経路に入るよう、最初から配線されている。

これは、ラック・システムの事情を考えると理にかなっている。

80年代後半から90年代のラックは、箱の数が多い。プリアンプ、複数のエフェクト、パワーアンプ。それらをスイッチャーが束ね、ループで出し入れする。箱が増え、配線が延びるほど、ノイズの入り口は増える。

全部の信号が必ず通る場所が、スイッチャーである。そこに消音を置けば、システム全体の出口でまとめて処理できる。

ノイズリダクションの会社がスイッチャーを作ると、こうなる。Rocktronにとって、静けさは特定の箱の機能ではなく、ラックという仕組み全体に必要な性質だった。

デジタルのHUSHと、「ほぼノイズが無い」と書いたマニュアル

90年代に入ると、Rocktronはデジタルへ進む。

自社史は、1992年のIntellifexを最初の24ビットDSPエフェクト・プロセッサーとしている。1995年のIntellifex LTDのマニュアルには、入力段にHUSHの最初の完全なデジタル実装を載せたとある。アナログ回路で作られていた消音が、演算として書き直された。

1994年のChameleonは、デジタルのプリアンプである。マニュアルは、内蔵のHUSHは最新のアナログHUSHを手本にしつつ、DSPによる完全なデジタル実装だと説明する。スピーカー・シミュレーションも載っていて、15インチ、12インチ、10インチ、8インチ、フルレンジのスピーカーを選べ、マイクの位置をコーンの中心から縁まで動かすパラメーターまである。

そして、同じマニュアルにこういう一文がある。

Chameleonのプリアンプ部はデジタルなので、ハイゲインのモードでも、ほぼノイズが無い。

のちのProphesyのマニュアルにも、同じ文がある。機種名だけが入れ替わっている。

ここは、少し立ち止まって読む価値がある。

HUSHの会社が、自社のプリアンプについて「ほぼノイズが無い」と書いている。ハイゲインの歪みはノイズリダクションのいちばん難しい相手だったはずだ。その歪みを作る段がデジタルになったことで、歪み自体が出すノイズの問題は、少なくとも設計者の言葉の上では小さくなった。

それでもHUSHは外されていない。Prophesyのマニュアルによれば、HUSHはA/Dコンバーターの直後に置かれ、ギターから来るノイズとA/Dコンバーターが出すノイズを減らす。

消すべきノイズの出どころが、変わったのである。

アナログのラックでは、ノイズは高ゲインの段と、箱と配線の数から生まれていた。デジタルのプリアンプでは、ノイズの多くはギター本体と、アナログからデジタルへ変換する入口にある。HUSHの持ち場は、システム全体から、入口の一点へ移った。

弦の会社へ

2000年、Rocktronは弦のメーカーとして知られるGHS Corporationに売却された。自社史によれば、会社はおよそ100マイル離れたミシガン州Battle Creekへ移り、Bob Wallerは売却後も部門のプレジデント兼ゼネラルマネージャーとして残った。

売却の理由を、会社自身は語っていない。

ただ、時期を並べることはできる。ラックの箱を積み上げて、スイッチャーで束ねるシステムは、90年代後半から急速に縮んでいった。デジタルのプリアンプは自分をほぼ無音と書き、歪みと箱の数が生んでいたノイズの問題そのものが小さくなっていた。Rocktronが内蔵して売っていた静けさは、ラックの複雑さとセットの商品でもあった。

ここから先は、CSLの読みである。ラックの衰退が売却の原因だったという証言は無い。だが、静けさをラックのあらゆる箱に入れて売った会社が、ラックの時代の終わりと同じ時期に持ち主を変えたことは、偶然として片付けるには符合が多い。

ブランドとしてのRocktronは、GHSの下で続いた。HUSHのペダルも作られている。

消音の特許は、足元へ降りた

会社の形とは別に、もう一本の線がある。発明者の名前で特許を追うと、それが見える。

HUSH系の特許は、1985年の出願から1994年の出願まで、James K. Waller, Jr.の名前で続き、原譲受人はRocktronである。1992年には自動でスレッショルドを決める回路、1994年には周波数帯域に応じてフィルターの戻り時間を指数的に変える仕組みが出願されている。

売却の翌年、2001年に、同じ発明者名でダイナミクス処理の制御の特許が出願される。こちらの譲受人は個人である。

2005年の特許は、さらに踏み込んでいる。題名に「direct instrument tracking」とある。

この特許は、ギターのプリアンプを極端な歪みまで押し込むと、出力のダイナミックレンジは5〜10デシベルほどにまで縮み、ノイズリダクションが背景のノイズと楽器の信号を区別するのは極めて難しくなる、と書く。そして、ノイズゲートやノイズリダクションをいちばんよく入れる場所はアンプのエフェクト・ループだ、とも。

解決の方向は、歪む前のギターの信号を直接追跡して判断に使うことである。1989年の特許の「判断は加工前、消すのは加工後」と、発想としては同じ線の上にある。

この2005年の特許の中で、発明者は「私の発明」として、Rocktronの時期に出願した特許番号を並べている。会社が持ち主を変えても、技術の持ち主は自分だと書いているわけである。

2019年には、Ear Physics LLCを譲受人として、同じ発明者名の特許が出願された。ISP Technologiesは、ペダル型のノイズリダクションDecimator G String Xを、この特許にもとづく技術として説明している。ギターから直接追跡するので、クリーンからハイゲインへ切り替えてもスレッショルドを調整し直さなくてよい、という。

ISP Technologiesと人の関係については、資料どうしで書き方が揃わない。2007年の業界誌FOHは、ISPのCEOであるBuck WallerをRocktronの元オーナー兼社長とし、弟のJon WallerはRocktronでもISPでもCTOだったとする。いっぽう、Rocktronの自社史は、創業者Bob Wallerが売却後もGHS傘下の部門に残ったと書いている。社史のBob、業界誌のBuck、特許のJames K. Waller, Jr.。資料ごとに呼ばれ方が違い、売却後の立場の書き方も揃っていない。

確かなのは、特許の発明者名と、その本人が書いた特許番号の列である。そこでは、ラックの消音とペダルの消音が、一本の線でつながっている。

静けさを売るということ

ノイズリダクションは、何も足さない機材である。

うまく働いているとき、聴き手には何も聞こえない。音が良くなったとも感じない。ただ、演奏の隙間が静かになる。

Rocktronは、その「何も聞こえないこと」を製品の中心に置いた会社だった。そして、それを単体の箱として売るだけでなく、コンプにも、エンハンサーにも、歪みの回路の中にも、スイッチャーにも入れた。ラックの箱が増えるほど、静けさの必要は増える。その必要の全部に、HUSHで応えようとした。

デジタルのプリアンプが自分をほぼ無音と書いたとき、HUSHは入口の一点へ持ち場を移した。会社はラックの時代と共に持ち主を変えた。そして、消音の技術は発明者の名前と一緒に、エフェクト・ループとペダルボードへ降りていった。

現代のハイゲインの足元にも、たいていノイズ・ゲートがある。エフェクト・ループに挟むか、ギターの直後から信号を分けて判断させるか。その配線の考え方は、80年代のラックの特許の中に、すでに書かれていた。

まとめ

Rocktronは、1983年にHUSHから始まった。

HUSHの最初の特許は、録音や放送まで含む汎用の単端型ノイズリダクションとして書かれていた。Rocktronはそれをギターへ持ち込み、1984年にはコンプ、プリアンプ、エンハンサー、エフェクト、コントローラーに内蔵した。

GAPのAGXは、歪みを作る回路の中に消音の制御を組み込んだ。1989年の特許は、加工前の信号で判断し、加工後の信号を消すという構成を示した。Bradshawと共同開発したスイッチャーは、左右独立のHUSHを最初から信号経路に入れていた。

デジタル化で、HUSHはDSPの演算になった。自社のデジタル・プリアンプは自らを「ほぼノイズが無い」と書き、HUSHの持ち場はギターとA/D変換の入口へ移った。

2000年、会社はGHSへ売られた。消音の特許は同じ発明者名で続き、ペダル型のノイズリダクションへ受け継がれている。

ノイズが無いことは、何も起きていない状態ではない。どこかで誰かの回路が、演奏とノイズを見分け続けている状態である。Rocktronは、その見分ける仕事を、ラックのあらゆる箱へ配った会社だった。


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