楽器店でEx-proという名前を見る場所は、だいたい決まっている。
ケーブルの棚である。
パッケージに長さが書かれたシールドが何本も掛かっていて、その隣にパッチケーブルがある。だから多くの人にとって、Ex-proは「ケーブルの会社」として記憶されている。
だが、この会社を興した近藤誠は、ケーブル屋として社会人生活を始めた人物ではない。
最初の肩書きは、Ex-proの社長ではなかった
2004年、業界団体が開いたワイアレスマイクのセミナーに、近藤誠は「有限会社イーエクス・プロ代表取締役」として登壇している。
自己紹介として本人が語った言葉が、記録に残っている。
Ex-proの本業を、近藤はこう説明している。ギターなどのストラップに送信機を付けて飛ばす、ギター用のワイアレスを作っているのが本業だと。
ケーブル会社ではなく、ワイアレス会社としての自己紹介である。
その2年前まで遡ると、近藤はまだEx-proの社長ではなかった。
Ex-pro自身の公式ブログに、近藤と長く付き合いのあったベーシスト・寺沢功一が寄せたコメントが残っている。近藤は当時、Guyatone(東京サウンド)の社員だったと述べ、寺沢がGUYATONEのベースアンプを使っていた縁で、よくライブを見に来てくれたと振り返っている。その後、近藤は会社を退社してEx-proを立ち上げた、と続く。
同じ投稿は、近藤についてもう一つのことを述べている。近藤はすでに亡くなっている。
現在のEx-proの代表・長岡裕生は、この投稿の中で「近藤さんの職人気質を引き継いだ」人物として名指しされている。
同じGuyatoneを通り過ぎた、もう一人
近藤が「ロックの現場」に通い詰める社員だったことは、Ex-proの外側からも裏付けられる。
Custom Audio Japanで知られる柳島直行は、自身のキャリアの出発点をGuyatone(東京サウンド)だったと語っている。電気的な知識はそこで叩き込まれたという。
柳島の回想によれば、Guyatoneは当時としては珍しく、規則正しい会社だった。朝にラジオ体操をやり、誰もが定時に帰る。そんな中で一人だけ、アーティスト・エンドースを担当していた「近藤さん」だけが、いつも「ロックな現場」に出入りしていたという。
柳島は、近藤が行くコンサート会場に無断でついて行くようになった。それが咎められるどころか喜ばれ、柳島自身もアーティスト・エンドースの仕事を任されるようになっていく。
柳島はその後Fernandesを経て、現在のオカダインターナショナル社長との縁からアンプ製造に関わり、Bob Bradshawとの仕事を経てCustom Audio Japanへたどり着く。
Ex-proとCAJのあいだに、資本関係も親会社・子会社の関係もない。だが両社の出発点をたどると、Guyatoneの現場で近藤誠が体現していた「アーティストの現場へ足を運ぶ」という姿勢に、別々の道筋で行き着く。
1986年に独立し、翌年に世へ出したのはワイアレスだった
有限会社イーエクス・プロの設立は1986年9月である。
そして、この会社が最初に世へ出した製品はケーブルではない。
Ex-pro自身が、ワイアレス製品のページで「1987年の発売以来、プロ用ワイアレスの定番ブランドとなった」と書いている。設立の翌年である。
支持された理由として、同社は音質だけを挙げていない。安定した性能、トラブルの少なさ、ステージでの実使用時の使い勝手。この3つを、音の良さと並べて書いている。
受信機の形式そのものも動かしている。ワイアレスの受信機はラックかアンプの上に置くもの、という前提を崩し、エフェクターのように足元へ置ける受信機を実現した。Ex-proはこれを「世界初のペダル式ワイアレス」と称している。
無線区間では加工を受け入れ、有線の分岐では拒否する
ワイアレスは、ギターの信号を扱う機材の中でも、もっとも信号を壊しやすい装置である。
電波に乗せられるダイナミックレンジは、ギターが出しているダイナミックレンジより狭い。だから送信側で圧縮し、受信側で伸張して戻す。コンパンダーと呼ばれる回路がそれをやる。
Ex-proのワイアレスも例外ではない。ペダル型の説明には、上級機とまったく同じコンパンダーを積んでいると書かれている。ラック型の仕様表にも、ノイズ・リダクションの方式として圧縮伸張型と明記されている。
つまりこの会社は、信号を必ず加工しなければ成立しない製品から出発している。
同じ製品のもう少し下を読むと、書き手の姿勢がはっきりする。
ラック型10Zシリーズには、チューナーを常時つないでおくための出力がある。そこには専用のバッファーアンプが入っていて、つなぎっぱなしにしてもギターの音質を劣化させない、と説明されている。
無線区間では、圧縮も伸張も受け入れる。通すためには必要だからである。
だが有線の分岐では、劣化を受け入れない。避けられるからである。
原則が無いのではない。原則の適用範囲が、通すために必要かどうかで線引きされている。
同じ言葉が、ケーブル以外の製品にも出てくる
ケーブルのページへ移ると、その線引きが標語になっている。
代表的なシールドケーブルFLシリーズの説明には、「何も加えない、何も損なわない、100%伝送」という一文が見出しのように置かれ、それを絶対テーマと呼んでいる。
Ex-proが具体的なのは、失われるものを一つに特定している点である。長いケーブルでは線間容量によって高域が落ちる。自社素材の採用で、ギター・ベース用として世界最小だとする50pF/mという値を出し、損失の原因を静電容量に名指ししている。
同じ言葉づかいは、ケーブル以外の製品にも反復されている。
スルーボックスのTBX-1は、ジャックとジャックを直接半田付けしたことを売り物にしている。配線材も基板も通さないので、そこで生じるはずの損失が無い。機能を足すのではなく、中身を減らすことが設計になっている。
クリーンブースターの32voltも同じ書き方をされている。増幅回路にICもダイオードも使わず、FETの1段増幅で組んである。理由は音の鮮度である。同社はノイズを「うるさい音」としてではなく、サスティンの短縮、ピッキングの立ち上がりの遅れ、音の荒れ、鮮度の低下として定義し直し、低ノイズ化の目的はノイズ音を減らすことではなくこの4つを起こさないことだと明記している。
減らす側でも、問題の立て方は変わらない
パワーアッテネーターのDM-Xでは、この姿勢がもっとはっきり出る。
アッテネーターは、アンプとスピーカーの間で音量を下げる装置である。目的は減衰そのものだから、ここでは何かを削ることが仕事になる。
にもかかわらず、DM-Xの説明の主役は減衰量ではない。
Ex-proはまず、従来の抵抗式の問題を立てる。アンプとスピーカーの間に直列に入る抵抗は、アンプの内部インピーダンスに加算される。その結果ダンピングファクター、つまりスピーカーを制御する能力が落ちて、音の立ち上がりと立ち下がりが鈍り、ぼやけた音になる。
音量を下げること自体ではなく、下げるために挟んだものが何を奪うか。そこを問題にしている。
トランス式を採る根拠として出てくるのが、直流抵抗の比較である。抵抗式の8Ωに相当する部分が0.1Ωで、抵抗式の80分の1だという。
この8Ωという値は、自社のスピーカーケーブルで1000m以上引き回してスピーカーへつないだのと同等だ、とEx-proは書いている。ケーブルで積み上げた基準が、まったく別のカテゴリーの製品を評価する物差しとして持ち出されている。
信号が通っていない経路から入ってくるもの
残るのが電源である。
ノイズフィルターのNF-2が扱う現象は具体的だ。ギターのボリュームを絞っていて、エフェクターもONにしていない。それでもスピーカーから出てしまうノイズがある。信号経路ではなく、電源回路とグラウンドを回って入ってくるものだ。
このノイズは動画で聴いたほうが早い。Ex-pro公式チャンネルには、ゲインの高いプリアンプと同じパワーサプライからデジタルエフェクターへ給電したときに出るノイズと、そこへフィルターを入れた状態を続けて収めた動画がある。
トランス方式のパワーサプライPT-1についても、Ex-proの言い方は一貫している。きれいな電圧波形を作ることだけが目標ではなく、DC出力どうしが互いに干渉しないことを設計目標に挙げている。
ただし、この原則を自分で外した記録も残っている。電源分配器DP-1では、あえてトランス式ではなくレギュレーター方式のアイソレートを採用したと書いている。トランス方式には電圧低下がつきまとい、ノイズで困っていないエフェクターにまでその方式で給電すると誤作動する可能性があるからだという。
理想の方式を、条件付きで手放している。だが同時に、この会社が何を上位に置いているかがはっきりする一節でもある。方式の純度より、現場で止まらないこと。ワイアレスの説明で、音質と並べて安定性とトラブルの少なさを書いていたのと、同じ順序である。
近藤が出た会社は、2013年に消えた
近藤誠がかつて社員として勤めた東京サウンドは、2013年1月31日に営業を停止している。
帝国データバンクの記録によれば、東京サウンドは1933年創業、1956年に法人改組した老舗の楽器・音響機器メーカーで、「Guyatone」ブランドとして日本のエレクトリックギター史に欠かせない存在だった。1990年2月期には年売上高約10億3700万円をあげていたが、2012年2月期には約1億3000万円まで縮小し、負債約2億2000万円を抱えて営業を停止した。
Ex-pro自身の発信は、近藤を「亡くなられた初代社長の近藤さん」と呼んでいる。
近藤が去った後のEx-proを、現社長の長岡裕生が引き継いでいる。
一人の社員の習慣が、会社の原則になった
近藤誠の経歴を追って分かるのは、Ex-proの「信号を壊さない」という一貫した姿勢が、製品開発の途中で見つかった方針ではないらしい、ということである。
Guyatoneの社員として、規則正しい勤務時間を抜け出し、ロックの現場へ通い詰めていた一人の人物がいた。その人物が、独立後にワイアレスを作り、ケーブルを作り、ブースターとアッテネーターと電源を作った。
現場に足を運ぶという個人の習慣が、後に「信号をどこまで壊さずに運べるか」という会社全体の問いへ変わった、と読むこともできる。
製品ジャンルが雑多に見えるのは、カテゴリーで並べているからだ。人の経歴で並べ直すと、一本の線として見えてくる。
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