これまで、いろいろなアンプの音を記録してきた。
最近は、音そのものと同じくらい、その裏にある「考え方」が面白いと感じている。今日は、結論のある話ではなく、そういう興味を少しだけ書いてみたい。肩の力を抜いて読んでもらえたらうれしい。
一台のアンプは、誰かの判断のかたまり
アンプを一台開けてみると、そこには無数の選択がある。
どこでゲインを稼ぐか。どの帯域を、どこで削るか。負帰還をどれだけかけるか。何を制御して、何をあえて残すか。当たり前に鳴っているあの音の裏で、作った人が、いくつもの判断を下している。しかもその判断の多くは、性能表には出てこない。カタログには「ゲイン段2、EL34×2」とだけ書かれ、なぜその構成にしたのか、どんな音を目指してその値にしたのかは、書かれない。だが、その書かれない判断の積み重ねこそが、そのアンプの性格そのものだ。
そう思って触ると、「音が良い・悪い」だけでは見えないものが見えてくる。この荒さは、欠点ではなく、わざと残したのかもしれない。このクリーンの物足りなさは、深い歪みを優先した結果、割り切って捨てた部分かもしれない。この扱いにくい低音は、あるジャンルではむしろ武器になるのかもしれない。良し悪しの手前で、「なぜこうなっているのか」を想像し始めると、一台のアンプが、急に読み物になる。CSLが機材を「レビュー」ではなく「記録」と呼ぶのは、この、判断を読むという姿勢のことだ。
アンプは、数字より「時間の手応え」で決まる
もうひとつ、最近よく考えるのは、アンプの良し悪しは周波数特性の数字だけでは説明できない、ということだ。
同じような帯域バランスに測定される二台が、弾くとまるで別物、ということが実際にある。差はどこにあるのか。時間だ。ピッキングに対して、どう食いつき、どう遅れ、どう崩れていくか。アタックが立ってから歪みが乗るまでの一瞬、音が減衰していくときのコンプの効き方、強く弾いたときにサグでたわむ感触。粒立ち、コンプ感、弾き心地——これらはどれも、周波数の話ではなく、時間の中で起きる手応えの話だ。グラフには写らないが、手には確かに伝わる。
だから、スペック表を眺めるより、弾いたときの「間」を言葉にするほうが、そのアンプらしさに近づける気がしている。そしてこれは、CSLがなぜ「実際に鳴っていた状態」を記録にこだわるのか、という話にもつながる。時間の手応えは、数値のパラメータでは書き写せない。ゲインとEQの値を控えても、あの食いつきは再現できない。鳴った音そのものを、条件ごと丸ごと残すしかない。数字で足りるなら、記録などいらないのだ。
面白いのは、名機より「埋もれた一台」
そしてもうひとつ。惹かれるのは、有名な名機よりも、なぜか忘れられた一台のほうだ。
市場は、ブランドの物語を単純化する。「Marshall といえば JCM800、Fender といえば Twin、Mesa といえば Rectifier」——そんな筋書きができあがると、その周りにあった意欲的な設計や、方向性の違う挑戦(同じメーカーが出した実験的なハイブリッド機や、短命に終わった過渡期のモデル)は、静かに物語からこぼれ落ちていく。売れなかったから、時代が早すぎたから、宣伝がへただったから——理由はさまざまだが、音が悪かったから消えた、という例は意外に少ない。多くは、ただ物語に入れる椅子がなかっただけだ。過渡期の実験作や、一社だけが試みた変な構成のアンプに、面白いものが多いのはそのためだ。
そういう一台には、作り手の判断が生々しく、飾られないまま残っている。誰も名機として持ち上げないからこそ、後付けの神話に覆われず、素のままの設計思想が読める。売れた一台は語り尽くされているが、埋もれた一台はまだ誰も読んでいない。CSLがマイナーなアンプや過渡期の機材ばかり追いかけているのは、たぶんそこが面白いからだ。そして、そういう一台は放っておくと本当に消える。だから、鳴っているうちに記録しておきたい。
これからも、こういう話を混ぜていく
もちろん、これからも音の記録は続けるし、機材の紹介も、プロファイルの話もする。
ただ、そこに時々、こういう「設計の考え方」の話を混ぜていきたい。一台のアンプを、判断のかたまりとして読み、時間の手応えとして聴き、物語からこぼれた面白さとして拾う。この三つの視点は、たぶんこれから書いていく多くの記事の、底に流れる通奏低音になる。大げさな結論を毎回出すつもりはない。一台ずつ、面白いと思った判断を、気楽に書いていく。読み返したときに、ばらばらの記事が、ゆるやかな一枚の地図——ギターアンプという工業製品に、人がどんな音楽観を実装してきたかの地図——になっていたら、それでいい。今日は、その入り口くらいの気持ちで。
まとめ
アンプは、誰かの判断のかたまりだ。その良し悪しは、数字より時間の手応えに出る。そして面白いのは、名機より、忘れられた一台のほうだったりする。
音の記録もレビューも続けながら、時々、その裏にある考え方の話も書いていく。今日は、その入り口くらいの気持ちで。