ギターアンプの歴史には、いま存在しないメーカーの名前が大量に出てくる。
Sunn。Acoustic。Norlin 期の Lab Series。Sound City。Bedrock。90年代のブティック勢の多く。ブランド名だけが別の会社に買われ、中身がまったく違う製品に付けられている例も珍しくない。
製品自体は、中古市場に残っている。壊れれば修理もできる。回路図が出回っているものも多い。
では、何が失われているのか。
なぜその設計になったのか、という判断の連なりである。
製品は残るが、判断は残らない
一台のアンプには、無数の判断が積み重なっている。
なぜこの球を選んだのか。なぜトーン回路をこの位置に置いたのか。なぜこの定数なのか。なぜチャンネルを二つにして、三つにしなかったのか。なぜこの筐体サイズなのか。
これらの多くは、回路図を見ても分からない。
回路図が示すのは、結果である。その結果に至るまでに、どんな選択肢が検討され、何が却下され、どういう理由で残ったのか。それは設計者の頭の中と、社内のやり取りの中にしかない。
会社がなくなれば、それが全部消える。
現物は残る。だから音は再現できる。分解して測定すれば、何をやっているかも分かる。
だが「なぜ」は復元できない。
これは、他の工業製品でも起きることではあるが、楽器の場合はやや事情が違う。楽器の設計判断には、音楽的な意図が含まれているからだ。
どんな音楽で使われることを想定したのか。どんな演奏者を思い浮かべていたのか。それが分からなくなると、その製品を正しく評価する軸まで失われる。
消えた側にも、独自の判断があった
具体名で見ると、失われたものの大きさが分かりやすい。
Sunn は、60年代から70年代にかけて大出力機で存在感を持っていた。ベース用として始まり、ロックの大音量化の一翼を担っている。ブランドは後に他社へ渡り、現在は当時とは無関係の位置にある。
Acoustic Control Corporation も、独特の設計思想を持っていた。ソリッドステートで大出力を実現し、ベースアンプの分野で確固たる地位を築いている。あの世代の音を作った機材だが、会社としてはすでにない。
Norlin 期の Lab Series も、この系譜に入る。Gibson と同じ資本の下で作られたソリッドステート機で、当時としてはかなり先進的な回路を持っていた。設計に電子楽器の分野の技術者が関わったとされることもあり、一般的なギターアンプの発想からは外れた作りをしている。
前に書いたとおり、Allan Holdsworth が長く使っていたのがこの L5 である。当時「安価な代用品」と括られていたカテゴリの中に、まったく別の意図で作られた製品が混ざっていた。
Bedrock のように、90年代のブティック勢として短期間だけ存在したメーカーも複数ある。
これらに共通するのは、当時の主流とは違う判断をしていたことだ。
そして主流でなかったからこそ、市場から退場した。退場したから、その判断が検証される機会も失われた。
残ったのは、主流の判断ばかりである。
「使いにくい」の意味が分からなくなる
具体的な例で考えると分かりやすい。
古いアンプを触って「使いにくい」と感じることがある。ノブの効きが極端だったり、チャンネル間の音量差が大きかったり、ゲインの適正範囲が異様に狭かったりする。
これを設計の未熟さと解釈するのは簡単だ。
だが実際には、当時の使用状況では合理的だったという場合がかなりある。想定していた音量が違う。想定していたギターの出力が違う。想定していた弾き方が違う。
その前提が伝わっていないと、判断を欠陥として読んでしまう。
前に書いた Ampeg や Peavey の設計にも、同じ問題がある。当時の文脈から切り離して現代の基準で測ると、独自の判断が全部「変わった仕様」に見えてしまう。
メーカーが存続していれば、この前提は多少なりとも受け継がれる。後継機種があり、社内に設計の系譜があり、その延長として現行製品がある。
途切れると、参照先が消える。
中古市場は、思想の順位を並べ替える
もう一つ、消滅したメーカーの製品には特有の現象が起きる。
評価が価格で決まるようになる。
現行製品なら、新品価格と仕様が並んでいるので、比較の軸がある。消えたメーカーの製品にはそれがない。残っているのは中古相場だけである。
そして中古相場は、音の質よりも、有名な誰かが使ったかどうかで大きく動く。
結果として、同じメーカーの中でも、たまたま有名な使用例がある機種だけが高騰し、他は忘れられる。設計として面白いかどうかとは、ほとんど関係なく。
以前「売れなかったアンプは失敗作なのか」という話を書いたが、消滅したメーカーの場合、この歪みはさらに強くなる。市場に情報がないので、価格が唯一の指標になってしまう。
思想の順位が、価格の順位に置き換わる。
ブランド名だけが生き残るとき
消滅の形として、もう一つ厄介なものがある。
会社は消えたが、名前は残るというパターンである。
商標は資産なので、売買される。買った側は、その名前が持つ知名度を使って製品を出す。中身は、当時の設計とは無関係であることが多い。
ギターアンプの世界では、これが何度も起きてきた。かつて特定の性格で知られたブランドが、まったく違う価格帯と設計思想の製品を出している例は珍しくない。
買う側にとって、これは判断を難しくする。名前は知っている。だが、その名前が指していたものと、いま売られているものが同じかどうかは分からない。
そして中古市場では、逆の混乱も起きる。復活後の製品と、当時の製品が同じ名前で並ぶ。どちらを指しているのかが曖昧なまま、評価だけが共有される。
名前が残ることは、必ずしも救済ではない。
設計思想が消えたあとに名前だけが流通すると、かえって元の判断が見えにくくなる。
こう考えると、記録という行為の対象がはっきりしてくる。記録すべきなのはブランド名ではなく、その名前が実際に何を作っていたかの方である。
相続されるものと、されないもの
とはいえ、全部が消えるわけでもない。
設計者が別のメーカーへ移れば、判断の癖は持っていかれる。ギターアンプの世界では、これがかなり頻繁に起きている。あるブランドの音の性格が、まったく別のブランドの製品に現れることがあるのは、そのためだ。
回路の系譜も相続される。Fender から Marshall へ、Marshall からモディファイ勢へ、そこからブティック勢へ。回路は写せるので、形としては残る。
残らないのは、その形を選んだ理由の方である。
そして皮肉なことに、理由が失われた回路は、次の世代にとっては「伝統」になる。なぜそうなのかは分からないが、そうなっているのが正しい、という扱いになる。
ギターアンプの設計が数十年ほとんど変わらない部分を持ち続けているのは、この構造も関係していると思う。理由が失われた判断は、検証されないまま引き継がれる。
修理できるかどうかが、寿命を決める
現物が残る、と書いたが、これにも期限がある。
アンプは消耗品を含む機械である。電解コンデンサは経年で劣化し、真空管は消耗し、可変抵抗器は接触不良を起こす。定期的に手を入れなければ、いずれ動かなくなる。
汎用部品で構成されていれば、修理は続けられる。だが独自設計の部品が使われていると、そこが尽きた時点で終わる。
専用のトランス。カスタム仕様のIC。独自のスイッチ機構。モーター駆動やデジタル制御を持つ機種では、制御用の部品が入手できなくなる例もある。
皮肉なことに、独自性が高い設計ほど、修理の継続が難しい。
汎用部品で作られた平凡な設計は、50年後も直せる。独創的な設計は、部品が尽きた時点で沈黙する。
メーカーが存続していれば、補修部品の供給がある。消えれば、それも消える。
だから消えたメーカーの製品は、二段階で失われていく。まず判断が失われ、次に現物が失われる。
記録という行為に、何ができるか
では、失われるものに対して何かできるのか。
完全には無理だと思う。設計者の頭の中は、本人が語らない限り復元できない。そして多くの場合、語られないまま終わる。
ただ、できることはいくつかある。
一つは、現物を残すこと。判断の結果としての音は、実機がある限り確認できる。分解や測定によって、何をやっているかは後から読み取れる。
もう一つは、当時の文脈を一緒に残すこと。どんな価格帯で、どんな競合の中に置かれ、どんな用途を想定していたのか。この情報があるかないかで、同じ実機から読み取れることが大きく変わる。
そして三つ目に、評価を価格から切り離しておくこと。有名な使用例がないという理由で忘れられた設計を、設計として見直す作業には意味がある。
歴史に残る機材は、たいてい売れた機材である。だが売れなかった機材の中に、後から見て筋の通った判断が残っていることは珍しくない。
メーカーが消えるとき、失われるのは会社ではない。
その会社が持っていた、音楽に対する一つの立場である。
それが誰にも相続されないまま消えていくのは、たぶん機材の世界の損失としては、思っているより大きい。