アンプのスペック表は、たいてい同じ順番で始まる。
出力。搭載管。そして、チャンネル数。
出力にはワットという単位がある。搭載管には型番がある。どちらも、数えるものが何なのか決まっている。
チャンネル数だけが違う。
この数には単位がない。定義もない。にもかかわらず、比較するときにいちばん先に見られる。3チャンネルの機種と2チャンネルの機種が並んでいれば、前者のほうが多機能だと読まれる。
ところが、メーカー自身が書いた説明書を何十年分か並べていくと、この数が指しているものが一定でないことが分かる。
同じ「チャンネル」という語が、少なくとも5通りに使われている。
しかも、一つの会社が、自社の同じアンプの数え方を後から変えている。
最初のチャンネルは、足で切り替えるものではなかった
いまチャンネルと聞いて思い浮かぶのは、フットスイッチで切り替わる何かだろう。クリーンを踏むと歪む。もう一度踏むと戻る。
その前提が成り立たない時代がある。
Fenderの'65 Twin Reverbは、いまも現行品として作られている。公式の取扱説明書は、この機種を2チャンネルのアンプと書いている。
ではその2つをどう選ぶのか。説明書のコントロール解説を読むと、NORMAL CHANNELの最初の項目も、VIBRATO CHANNELの最初の項目も、まったく同じ一文で説明されている。楽器を接続するための差し込み口である、と。
それだけである。切り替える手段は書かれていない。書かれていないのではなく、存在しない。
チャンネルを選ぶとは、どちらのジャックへプラグを挿すか、という意味だった。
しかも2つは対等ではない。リバーブとビブラートは、VIBRATO CHANNEL側にしか掛からない。高域の出方も同じではなく、VIBRATO側のほうが高い周波数がよく出る、と説明書は述べている。
つまりこの2チャンネルは、「2つの音色を選べる」という機能ではない。入口が2つあり、それぞれに違う後段がつながっている、という構造の記述である。
演奏中に行き来するものとして設計されていない。曲の途中で挿し替える人はいない。
ここが出発点にある。
足で切り替わる音が生まれたとき、Mesaはそれをチャンネルと呼ばなかった
やがて、演奏中に音を変えたいという要求が出てくる。バッキングとソロを分ける。クリーンと歪みを分ける。
その要求に応えた側が、興味深い言葉づかいをしている。
MESA/Boogieの Mark III は、リズム1、リズム2、リードという3つの音を足で切り替えられる。今日のカタログ表記なら、まず間違いなく3チャンネルと書かれる構成である。
だが当時の公式マニュアルは、その節の見出しを「THREE MODES」としている。本文も、足で切り替えられる3つの動作モードを備える、と書く。チャンネルという語を使っていない。
言い換えを避けたのには理由がある。
同じマニュアルは、VOLUME 1 というコントロールについて、これは3つのモードすべてで有効であり、アンプの基本的なゲイン、つまりギターの出力に対する感度を決めるものだ、と説明している。
3つの音が、ゲインの入口を共有している。
これは重要な区別である。3つの音は独立していない。1本の道の途中から枝分かれしていて、根元のつまみを動かすと3つとも同時に動く。
Mark III の取扱説明書には、その帰結がはっきり書かれている。VOLUME 1 には「スイートスポット」があり、そこに置いたときに3つのモードのあいだを最もうまく切り替えられる、と。
つまり演奏者は、3つの音を別々に作り込むのではなく、3つが同時に成立する一点を探すことになる。
これをチャンネルと呼ばなかったのは、正確だったからだと考えるほうが筋が通る。分かれているのは音であって、回路ではなかった。
Mark IVは、どこまで分けたかを自分で線引きした
次の世代になると、共有の範囲が縮む。
Mark IV の公式マニュアルは、TREBLE というコントロールが音色にとって決定的であり、それはすべてのモードで同じだから、この機種は3つのTREBLEを別々に持つのだ、と説明する。
高域は分けた。
いっぽうで、同じマニュアルはこうも書く。リズム1とリズム2が共有するBASSとMIDは、この機種で唯一の共有トーンコントロールである、と。
わざわざ「唯一の」と断っているところに、設計者の意識が見える。どこを独立させ、どこを共有のまま残したか。その線引きを、メーカー自身が説明書の中で申告している。
そしてこの申告は、チャンネル数という一つの数字には入らない。
3という数字は、TREBLEが3つあることも、BASSとMIDが2つのモードで共通であることも、表せない。
にもかかわらず市場では、この機種はふつう3チャンネル機として扱われる。マニュアルはそう呼んでいないのに。
同じ会社が、後から数え方を変えている
もっと分かりやすい食い違いがある。
Mark V の公式マニュアルには、Mesa自身によるMesa史の回顧が置かれている。カスケード接続のプリアンプでハイゲインを世に出した Mark I から始まり、リードとリズムをフットスイッチで切り替える最初のアンプとなった Mark II を経て、Mark III が「3チャンネルのフットスイッチング」という時代を切り開いた、と書かれている。
Mark III である。
当の Mark III のマニュアルは、それを3つのモードと呼んでいた。チャンネルという語を使っていなかった。
同じメーカーの、同じ機種についての、一次資料どうしが食い違っている。
回路は変わっていない。過去の製品だから、変わりようがない。変わったのは呼び方だけである。
なぜ変えたのかは、どのマニュアルにも書かれていない。だから動機を決めつけることはできない。市場の語彙がそちらへ動いたので合わせた、という説明もできるし、Mark V 自身の構成を説明するために過去を同じ尺度へ揃えた、という説明もできる。
確かなのは、チャンネル数が、後から変えられる種類の数字だという事実のほうである。
そして Mark V では、この語がもう一段ややこしくなる。3つのチャンネルがあり、その各チャンネルの中に3つのモードがある、とマニュアルは書く。チャンネルとモードが入れ子になり、音の数は掛け算で数えられるようになった。
同じマニュアルの冒頭には、Mark V はアンプというより複数のアンプの集合体である、という一文が置かれている。
Marshall JVMでは、チャンネルが記憶の単位になった
掛け算の数え方は、他社でも同じ時期に現れている。
MarshallのJVMシリーズの公式マニュアルは、4チャンネルの各チャンネルが3つのモードを持ち、合計で12通りの音が選べる、と説明する。
4×3で12。数字としては分かりやすい。
ただし同じページは、マスターセクションについてこう書いている。フットスイッチで切り替えられるマスターボリュームが2つあり、それに加えてマスターのレゾナンスとプレゼンスは、4つのチャンネルすべてに共通して働く、と。
低域の出方と高域の出方を決める2つのつまみは、全チャンネル共通である。
12通りの音は、12個の独立した回路ではない。共通の土台の上に立っている。
さらに面白いのは、モードの説明の仕方である。マニュアルは、同じチャンネルのボタンを押すたびにグリーン、オレンジ、レッドとゲインのモードが巡回し、各モードは自分が前回使ったエフェクト、リバーブ、マスターの設定を覚えている、と書く。
そして別のチャンネルから戻ってきたときは、そのチャンネルで最後に使っていた設定が呼び出される。
ここでのチャンネルは、回路の本数ではない。設定を保持している枠である。
踏むと回路が切り替わるのではなく、踏むと設定一式が読み出される。プリセットに近い。
同じ「チャンネル」という語が、Fenderでは差し込み口を指し、Mark III では共有ゲイン下の音色を指し、ここでは記憶の単位を指している。
スイッチ1つが、チャンネルを生むこともある
数え方の幅がいちばんよく見えるのは、少ない側である。
Peaveyの6505は、リズムとリードの2チャンネル機として知られている。5150として始まった系列の後継にあたる。
その公式マニュアルに、こういう説明がある。リズムチャンネルは、CRUNCHスイッチを入れることで「2つ目のチャンネル」へ変換できる、と。
さらにCRUNCHスイッチ自体の項目では、これはリズムチャンネルのゲインを持ち上げて「2つ目のリードチャンネル」を作るものだ、と書かれている。
スイッチである。
新しい増幅段が生えるわけではない。既存のリズムチャンネルのゲイン構造が変わるだけである。それをメーカー自身がチャンネルと呼んでいる。
この一台で、三役はそろう。クリーン寄りのリズム。クランチ。リード。
多くのバンドが必要とする三つの役割が、公称2チャンネルの機種で成立している。
だからここには、はっきりした反例がある。チャンネル数が多いほど機能的に上、という読み方は成り立たない。
三役に必要なのはチャンネルの本数ではなく、必要な場面で必要な音が出ることであり、その解き方は一つではない。
完全に分けた側の答え
では、いちばん多く数える側は何をしているのか。
DiezelのVH4は4チャンネル機である。公式マニュアルは、この機種が4つの異なる、完全に独立したプリアンプを備えている、と書く。
独立している、と明言している。ここまで言い切っている説明書は多くない。
4つのチャンネルは、各チャンネルストリップの上にある赤いボタンで手動でも選べるし、MIDIのプログラムから呼び出すこともできる、とマニュアルは続ける。
注目したいのは、選択手段が2通り示されていることである。
手で押しても、MIDIで呼んでも、チャンネルはチャンネルである。つまりVH4の設計では、切り替え方はチャンネルの定義に含まれていない。何が独立しているかだけが定義になっている。
これは、Fenderの差し込み口と、意外なところで似ている。どちらも「選ぶ手段」ではなく「分かれている経路」を数えている。
あいだに挟まる Mark III や JVM のほうが、選び方や記憶の仕組みを数に含めている。
歴史は一直線に進んでいない。
チャンネル数は、どこに線を引いたかの宣言である
ここまで並べると、同じ語の使われ方が5通りあることになる。
差し込み口の数。
ゲインを共有したまま足で切り替わる音の数。
一部のEQだけを独立させた操作系の数。
設定を覚えている枠の数。
物理的に別々のプリアンプの数。
これらはどれも間違っていない。どれも、メーカーが自分の製品について正直に書いた説明である。
間違うとすれば、これらを同じ物差しで比べたときである。
3チャンネルの機種と3チャンネルの機種が並んでいても、片方は3つのEQを持つだけでゲインは共通かもしれないし、もう片方は3つの独立したプリアンプかもしれない。数字は同じで、構造は別物である。
そう考えると、チャンネル数は仕様というより宣言に近い。
この製品では、ここまでを分けました。ここからは共有しました。その線引きを、一つの整数へ圧縮した結果が、あの数字である。
圧縮なので、情報は落ちている。落ちているのは、たいてい「何を共有したか」のほうである。
数字の代わりに読むもの
だから、スペック表のチャンネル数を見たあとに、もう一つだけ見る場所がある。
そのアンプが、何を共有しているか。
ゲインの入口は共通か。EQは何系統あるか。マスターは1つか2つか。レゾナンスとプレゼンスは全チャンネル共通か。エフェクトループはチャンネルごとに切り替わるか。
これらはすべて、メーカーの説明書に書いてある。チャンネル数という数字には入らないが、書かれていないわけではない。
そして、この共有関係こそが、弾いたときの手応えを決める部分である。
ゲインを共有しているアンプでは、クリーンを整えると歪みが動く。歪みを追い込むとクリーンが痩せる。だからそのアンプを使う人は、3つが同時に成立する一点を探すという作業を覚える。Mark III のマニュアルが「スイートスポット」と呼んだ、あの一点である。
完全に独立したアンプでは、その作業がいらない。かわりに、4つを別々に作り込むという別の作業が発生する。
どちらが優れているという話ではない。設計者が引いた線の位置が、そのまま演奏者の手順になる、という話である。
長く使われた名機に、公称チャンネル数の少ないものが多く残っているのは、たぶんそのためだろう。共有部分が多いアンプは、覚えることが少ない。一点を見つけてしまえば、あとは足で踏むだけになる。
演奏者は、メーカーが数字に圧縮しきれなかった部分を、手で覚えていた。
スペック表の整数を読むより、その手応えのほうが、そのアンプが何であるかをよく説明している。
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