ギター、ベース、ドラムの三人編成には、はっきりした問題がある。
和音を鳴らせる楽器が、ギター一本しかない。ベースは根音を示せるが、和音そのものは出せない。だからギターが刻むのをやめた瞬間、和音を支えるものが無くなる。ピックが弦から離れて音が減衰しきるまでの短い時間が、そのまま穴になる。
だから定石は決まっている。一撃を長く保たせる。歪みを足すと倍音が増え、音量差が圧縮されて、弾いた音がなかなか減衰しない。手を止めても鳴り続けるので、次の一撃までの隙間が埋まる。
持続を前提にすると、和音の形のほうも決まってくる。歪みの中では三度が濁るので、根音と五度だけを残す。パワーコードは、和音を厚くするための選択ではない。歪ませても潰れない形へ削った結果である。厚みは歪みが作っている。
The Policeは、その解き方をしなかった。
Andy Summersのギターは、多くの場面で持続していない。短く発音して、すぐ消える。それなのに、曲はスカスカに聴こえない。
何が穴を埋めているのか。
答えは「別の音色」ではない。埋めているのは、弾き終わったあとの時間である。
弾けなかったのではなく、選ばなかった
まず、この演奏が「パンクのギターが弾けない人の代替案」ではないことを確認しておく必要がある。
Summersは1942年生まれで、The Policeに加わったとき、すでに三十代半ばを過ぎていた。十代でZoot Money's Big Roll Bandに入り、それがサイケデリックなDantalian's Chariotへ変わり、その後Soft Machine、そしてEric Burdon and the Animalsを通っている。
さらに1969年以降、カリフォルニア州立大学ノースリッジ校でクラシックギターと作曲を四年間学んでいる。少年期に地元のレコード店主からジャズを教わり、Wes Montgomery、Kenny Burrell、Grant Greenを聴き込んだと本人が回想している。愛聴盤として挙げるのは『The Incredible Jazz Guitar of Wes Montgomery』である。
つまり、和音の語彙は最初から手元にあった。
本人はこの点をはっきり言葉にしている。Steve Jonesのようなパンクのパワーコードは自分には弾けなかった、だから和音を断片へ削ぎ落とすことで、もっと空間と空気を作ることにした、と説明している。
ここは読み間違えやすい。物理的に弾けなかったという話ではない。あの押し切り方を自分の感覚では選べなかった、という意味である。
同じインタビューで、当時の三人編成では歪んだギターで押し切るのは自分の感性ではなかった、別のことをやりたかった、とも述べている。
代替ではなく、選択だった。
三度を抜き、五度を並べ、九度を足す
では、具体的に何をしたのか。
Summers自身の説明は具体的だ。Stingが持ってきた基本的なコードから三度を抜く。五度を平行に並べる。九度を足す。そのうえでEchoplexを使う。
三度は和音の性格を決める音である。長三度か短三度かで、明るいか暗いかが確定する。それを抜くと、和音は宙吊りになる。彼はこの古典的な機能和声を、古臭い響きとして避けたと説明している。
ここで、冒頭のパワーコードと出発点が同じになる。どちらも三度を抜いている。分かれるのはその次だ。パワーコードは抜いたまま歪ませて、面を作る。Summersは抜いた場所に九度を足して、和音を宙吊りのまま複雑にする。九度は歪ませると濁る音なので、この方向を選んだ時点で歪みは使えなくなる。
削って歪ませるか、削って足して澄ませるか。同じ引き算から、逆の設計が出ている。
そして根音はベースへ渡す。
ここが重要な役割配分になる。Stingは歌いながらベースを弾く。低い音とコードの根拠は、そちらが持っている。だからギターは低域を担当しなくてよい。空いた分を、高い側の広いヴォイシングへ使える。
Summersはヴォーカルとの関係についても明確だ。常に歌に対応することを考えていた、歌とぶつかる音は一音たりとも弾きたくなかった、と述べている。
さらに、Miles Davisから受け取った考え方として、全員が違うパートを弾くべきだ、そこにこそ音楽の緊張が生まれる、という原則を挙げている。
三人が同じ和音を別の厚みで重ねるのではない。三人が別の機能を持つ。
Message in a Bottleの冒頭のアルペジオは、この設計がそのまま形になったものである。add9系の広い形を、押さえたまま平行移動させていく。指板の上では同じ形なので、全部の和音が同じ響きの性格を持つ。しかし機能和声としての意味は、ベースが下で動くことで確定する。
Summersは後年、自分のPolice録音のなかで気に入っているものとしてこの曲の音を挙げ、すべてのパートが歌に対して適切だったと述べている。歌を上回らないが、歌と組んで面白くはある、という言い方をしている。
『Walking on the Moon』は、コード進行では説明できない
この設計がもっともはっきり見えるのが、1979年10月の『Reggatta de Blanc』に入ったWalking on the Moonである。
Summers本人が、この曲の進行を退屈だと言っている。Dマイナー、Gマイナー、Aマイナー。単純で、ただかき鳴らすこともできた、と。
そのうえで彼は、Dマイナー11thの和音に反復するエコーとコーラスをかけたことで、あの曲に特徴が生まれた、聴けば即座にどの曲かわかる、と説明している。
この一言が、この記事の主題をほぼ言い切っている。
曲を識別させているのは、コード進行ではない。ヴォイシングと、その後段の時間処理である。
当時のペダルは少ない。本人が録音時の記憶として挙げるのは、MXR Dyna Comp、Electro-Harmonix Electric Mistress、そしてEchoplexの三つだけである。
三つの役割は、きれいに分かれている。
Dyna Compは、疎な発音の一音ずつに実体を与える。短く弾いても、和音が痩せない。
Electric Mistressはフランジャーだが、彼は掃引の強い設定ではなくコーラス寄りに使っている。ここで音は、幅の方向へ広がる。
Echoplexはテープ・ディレイである。反復が、弾き終わったあとの時間を埋める。
Guitar Worldがこの録音の機材を洗い出した記事では、Echoplex EP-3の設定を、モードはエコー、ディレイタイムは330ミリ秒、反復は一回だけ、原音とエコーの音量比は50対50、と記述している。
同じ記事は、この設定の効果をこう説明している。反復を一回にして、その音量を原音と同じにすると、単純なリズム的効果が生まれる。ただしそれは、二回続けて速く弾くことでは再現できない。原音と反復のサステインが重なり合って共振するからだ、と。
つまり、この曲のギターは、弾いた回数より多く鳴っている。
ここで留保を入れておく。
この曲の音を、一台のペダルへ還元しない。スタジオ側の処理も入っている可能性があり、本人の証言も後年の回想である。接続順やスタジオでの追加処理を確定できる資料は、いまのところ手元にない。
もう一つ、よく流通している説明も保留しておきたい。
The Policeのあの音を「JC-120のコーラス」と一語で説明する言い方がある。
だがPolice期のSummersの主力アンプはMarshall JMPで、Fender Twin Reverbが併用され、JC-120は使った機材のひとつという位置づけである。後期にはMesa/Boogie Mark IIも入っている。そしてコーラスの多くは、アンプ内蔵ではなくRoland/BOSS系の外部機材だった。
先ほどのGuitar Worldの機材洗い出しも、この曲について、1970年代前半のMarshall JMP 1959 Super Leadと、Marshall 4×12キャビネットを挙げている。ゲインの低い側の入力に挿し、ボリュームは5、トレブル6、ベース4、ミドル3、プレゼンス3。歪ませるためではなく、素直に大きく鳴らすための設定である。
冷たいクリーンの代名詞とされるアンプではなく、ロックの標準的なアンプが、歪まない領域で使われている。
アンプ一台に帰属させると、話が単純になりすぎる。
エフェクトは、音を厚くする装置ではない
ここまでを一段抽象化しておきたい。
空間系エフェクトは、しばしば「音を豪華にする装飾」として説明される。コーラスをかけると太くなる。ディレイをかけると広くなる。そう説明される。
しかしSummersの使い方は、そういう足し算ではない。
彼が変えているのは、音の量ではなく、音が占有する時間である。
発音は短い。持続していない。にもかかわらず、弾いていない瞬間にも残響と反復が鳴り続ける。だからその区間は空白ではない。ギターが手を離しているのに、ギターの色が残っている。
これは、音量で押すのとは逆の解き方である。
音量で埋めると、他の楽器の場所を奪う。歌が入る帯域も、ドラムの高い成分も、ギターの面の下に沈む。三人編成の隙間は埋まるが、代わりに三人が同じ場所を取り合う。
時間で埋めると、そうならない。ギターが実際に発音している瞬間は短いので、他の楽器と正面衝突する時間が減る。それでいて、色は途切れない。
Summers本人の言い方はもっと実務的だ。一時間から二時間のトリオ公演で、ギターを広げて、ずっと面白く保つ必要があった、だからエフェクトが自分に合っていた、と説明している。
演奏時間を持たせるための道具だった、ということである。
同じ本人が、原則として、エフェクトは音楽に仕えなければならない、とも言っている。
一人で作った空間ではない
ここで反論を先に置いておく。
The Policeの空間を、Summers単独の発明として語るのは正確ではない。
Stingは歌いながらベースを弾いている。ルートと低域はそちらにある。ギターが根音を捨てられたのは、捨てても曲が立つ相手がいたからである。
Stewart Copelandのドラムも、この配置の一部だ。高い成分の多いハイハットとリム、そして休符の使い方。音数は多いが、帯域としては上に偏っている。だから中域が空く。
三人の役割が重ならないように配られていて、その結果として、それぞれが少ない音で済む。
もし同じ機材と同じヴォイシングを、低域を厚く弾くベースと、中域を埋めるドラムの上に載せたら、同じようには聴こえない。
音は、機材ではなく配置に宿っている。これは特定のバンドの逸話ではなく、少人数編成一般に効く原理として読める。
ギター・シンセは、その延長として入ってきた
1980年10月の『Zenyatta Mondatta』から、Rolandのギター・シンセサイザーが入る。GR-300と、専用のコントローラー・ギターであるG-303/G-808である。
ここでの使い方が興味深い。
Don't Stand So Close to Meのブリッジで鳴っている音について、Summersは、その和音を五度でチューニングし、フランジャー、コンプレッサー、少しのエコーへ通した、そしてボリューム・ペダルでVCFを開いて美しいスウェルを作った、と説明している。
Roland/BOSS側の資料でも、四度と五度にチューニングする方法を見つけたこと、GR-300を二台つないでいたことを本人が語っている。
つまり、新しい音源を手に入れても、通す先の設計は変えていない。
三度を抜いて五度を並べる、という和音の考え方がそのまま持ち込まれている。そして出てきた信号を、これまでと同じくコンプレッサー、モジュレーション、エコーへ渡している。
ギター・シンセは、彼にとって別ジャンルの機材ではなかった。和音を時間と空間へ広げるという、既にある系列の続きだった。
1981年10月の『Ghost in the Machine』でも、Secret Journeyでこの系列の音を使ったと本人は回想している。
発見が、再現システムへ変わる
2007年から2008年の再結成ツアーで、機材の規模は一変する。
オフステージのラックにCustom Audio Electronicsのアンプが入り、ステレオ・エフェクト用にCarvinのパワーアンプが加わる。それぞれが2×12のキャビネットへ送られ、合計四台が鳴る。
足元は二枚に分かれたBob Bradshawのスイッチング・システムである。片側にボリューム/エクスプレッション・ペダルが並び、ラックマウントのLexicon PCM 70やEventide Eclipseを制御する。反対側にメインのスイッチャーとワウが載る。ラックにはTC Electronicのステレオ・コーラス/フランジャー、コンプレッサー、マルチタップ・ディレイが入り、その他にストンプボックスが複数。
1979年に三つのペダルで発見された関係が、二十八年後には、曲ごとに空間を呼び出す装置になっている。
同じ音を目指しているのに、構造は正反対である。
初期は、少ない道具で偶然に近い発見をした。Echoplexはレコーディング先のスタジオにあったものを使ったという話も伝わっている。1979年の初めにはPete Cornishによる特注ボードが組まれ、MXR系のペダルにElectric MistressとMu-Tron IIIが加わった。
再結成期は、その発見をすべて確定させ、任意の順番で取り出せるようにした。
発見と再現は、別の技術である。
そして再現の側では、機材は増える。一つの音を作るのに必要な要素が増えたからではなく、複数の音を切り替えるための機構が増えるからだ。
道具は変わったが、機能は変わっていない
その後の機材も、系譜としては読みやすい。
ソロ期にはMesa/BoogieのTriaxisプリアンプとStereo Simul-Class 2:90、密閉型の2×12キャビネットという組み合わせを使っている。1990年代には、ヘッドストックを持たないKlein Custom Guitarsをほぼ専用に使った時期があり、その後、もう少し木と空気が欲しくなったという理由でGibson ES-335へ戻っている。
近年はRolandのVG-99をアンプを通さず直接コンソールへ入れて録ることもあると語っている。
真空管からモデリングまで移動しているが、変わっていないものがある。
曲ごとにギターの色と距離を変える、という機能である。
Summersは、演奏者は曲を最善のかたちで支えるべきだ、主役は曲であって自分ではない、という言い方をしている。使う機材は、その要求から後付けで決まっている。
この話に含めないもの
いくつか、扱わない論点を明示しておく。
Every Breath You Takeのギター・フレーズをめぐる著作権上の主張と評価は、この記事では扱わない。演奏と編曲の機能だけを見ている。
Police期の主要なTelecasterは、ネックにハムバッカー、ブリッジにシングルコイル、内蔵プリアンプと位相切替を持つ改造個体である。年式は1961年とする資料が多く、Fender Custom Shopのトリビュート機もそれに基づくが、1963年とする機材データベースもある。ここでは確定しない。
Walking on the Moonの録音処理も、前述のとおり単一の機材へ帰属させていない。
埋めないという選択は、引き算ではない
三人編成のギターの話として始めたが、これは編成の大小の話ではない。
音を足すことでしか場所を作れない、という前提を疑う話である。
Summersがしたのは、和音から三度を抜き、根音をベースへ渡し、発音を短くすることだった。どれも、鳴っているものを減らす操作である。減らした結果、余った場所が他の奏者へ回り、余った時間がエフェクトへ回った。
減らしたのに、小さく聴こえない。
自分の演奏で音が足りないと感じたとき、選択肢は二つある。何かを足すか、いま自分が占有している場所を数えてみるか。
後者を試すと、たいてい、思っていたより多くを取っていることに気づく。
まとめ
Andy SummersはThe Policeの三人編成を、持続する厚い和音では埋めなかった。
三度を抜き、五度を並べ、九度を足した広いヴォイシングを短く発音し、コンプレッサー、モジュレーション、エコーへ渡して、時間の方向へ広げた。
根音はベースが持ち、高い成分はドラムが持っていたから、この配分が成立した。空間は一人の発明ではなく、三人の役割配分の結果である。
ギター・シンセが入っても、通す先の設計は変わらなかった。2007年の大規模なスイッチング・システムは、初期の少数のペダルで見つけた関係を、曲別に再現するための機構だった。
エフェクトは、音を厚くするための装飾ではない。発音を時間へ分散させ、少人数編成に余白を残したまま大きく聴かせる、編曲の装置になり得る。
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