Chuuni Sound Lab

#バンド

9 本

ドラマーが書いた曲は、ドラムのために書かれていない

Univers Zeroの1981年作『Ceux du dehors』の冒頭曲「Dense」は、ドラマーのDaniel Denisが書いた12分の曲である。Denisは、曲をドラムから書いたことはほとんどなく、いつも他の楽器から書き始めると述べている。録音でも、ドラムは他の楽器を録り終えてから最後に重ねてきたという。木管や弦の音を覆わないよう、ドラムはオーケストラの打楽器のように使う。複雑な拍子は数えずに、基本の4/4と同じように感じて演奏する。ドラマーが率いるバンドで、緊張を組み立てていたのはドラム以外の楽器の側だった。

機械のように繰り返すバンドは、回数を数えていない

Baltimoreの4人組Horse Lordsは、純正律のためにフレットを打ち直したギターとベースで、異なる周期の反復を重ねる。ポリリズムはゆっくり弾いた和音だと彼らは言い、旋律は数式の再帰アルゴリズムから作る。批評は機械のようだと書く。だが、何度も繰り返すその反復の回数を、バンドは数えたことがない。全員が感じて分かっているだけで、代役のドラマーが入ったときに初めて形式化が必要になった。機械に聴こえる精度は、時計ではなく、何百回もの演奏で共有された感覚から来ている。

Orangeのキャビネットが板で床に立つのは、キャスターがガタついたからだった

Orangeの4×12は、脚でもキャスターでもなく、底に渡した2本の木の板で床に立つ。創業者Cliff Cooperの回想では、この板は耐久性のために付けたもので、音が良くなったのは結果だった。その結果は、のちに製品ページで設計の目的として語られるようになる。床から浮かせる台を売る会社もある。二つの説明を並べると、床がキャビネットの一部であることが見えてくる。

バンドの同一性は、メンバーの総和ではない。前任者が「劣る」ではなく「違う」と言った理由

ボーカルが替わったバンドは、たいてい良いか悪いかで語られる。だが交代を経験した当事者の言葉を並べると、別の軸が出てくる。Robert Frippはグループをメンバーとは別の存在として定義し、Tommy Leeは前任者の曲を後任が歌うことを「カバーのようだ」と言い、AnthraxのJoey BelladonnaとIron MaidenのBruce Dickinsonは、それぞれ自分の後任を「劣る」ではなく「違う」と位置づけている。バンドの同一性を、固定されたメンバーではなく、何を変えてよいかという許容領域として読み直す。

Andy Summersは、なぜ三人編成を音で埋めなかったのか。和音を短く発音し、時間へ渡すという設計

三人編成のギターは、音を厚くして穴を埋めるのが定石とされてきた。Andy SummersはThe Policeでそれをしなかった。三度を抜き、五度を並べ、九度を足した広いヴォイシングを短く発音し、コンプレッサー、モジュレーション、エコーへ渡して時間の方向へ広げた。弾いていない瞬間にも色が残るため、Stingの声とベース、Stewart Copelandの細かなリズムを塞がずに済む。『Walking on the Moon』のDm11、『Don't Stand So Close to Me』のGR-300、2007年の再結成リグまで、機材史を編曲内の役割配分として読み直す。

『In the Court of the Crimson King』は、一度録り直されている。成功した制作手法が、次の音楽と噛み合わなかったとき

『In the Court of the Crimson King』のクレジットには「Produced by King Crimson」とある。だがその前に、成功したプロデューサーとのセッションが一度捨てられている。降ろされたのは無能な人物ではない。別の音楽で完成していた録音手法だった。積み上げる方法と、まず捕まえる方法。二つの前提がぶつかった事件として読み直す。

一人で良い音は、なぜバンドで消えるのか。帯域を分け合うという発想

一人で弾いて最高だった音が、バンドに入った途端に聴こえなくなる。この現象は腕でも機材の質でもなく、帯域の取り合いで説明できる。低域はベースとドラムが、高域はシンバルとボーカルが占めている。ギターに残された場所はどこか。中域が嫌われてきた理由、Vの字設定が成立する条件、そして録音とライブで最適解が違う理由まで。合奏を前提とした音作りの考え方を整理する。

ジャンルがアンプを作ったのか、アンプがジャンルを作ったのか。因果は両方向に流れる

メタルがあったからハイゲインアンプが生まれたのか。ハイゲインアンプがあったからメタルが生まれたのか。この問いは、どちらか一方では答えが出ない。歪みの発見、大出力化、マスターボリューム、多段ゲイン、そして低いチューニング。音楽と機材は、要求と可能性を交互に渡しながら進んできた。因果が双方向に流れるという前提で、ギターアンプの60年を読み直す。

100Wヘッドの時代はなぜ終わったのか

100W真空管ヘッドはかつてプロ用・本格派の象徴だった。音量、重量、メンテナンス、会場とPAの変化、宅録需要によって日常の道具からは外れたが、電源部とトランスの余裕という物量には今も記録対象としての価値がある、という整理。

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