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一人で良い音は、なぜバンドで消えるのか。帯域を分け合うという発想

2026-07-29

一人で弾いて最高だった音が、バンドに入った途端に聴こえなくなる。この現象は腕でも機材の質でもなく、帯域の取り合いで説明できる。低域はベースとドラムが、高域はシンバルとボーカルが占めている。ギターに残された場所はどこか。中域が嫌われてきた理由、Vの字設定が成立する条件、そして録音とライブで最適解が違う理由まで。合奏を前提とした音作りの考え方を整理する。

自室で作り込んだ音が、スタジオで他のメンバーと合わせた瞬間に消える。

これは、ほとんどのギタリストが一度は経験することだと思う。

音量を上げても解決しない。上げれば全体がうるさくなるだけで、聴こえ方は変わらない。むしろ他の楽器も音量を上げ始めて、悪化する。

この現象は、腕の問題でも機材の質の問題でもない。

帯域の取り合いという、かなり物理的な話である。

誰がどこを使っているか

バンドの各楽器が主に占める帯域を、大まかに並べてみる。

低い側から、キックドラムとベース。ここは完全に彼らの領域で、ギターが入っていく余地は少ない。入れば混ざって濁るだけになる。

中低域には、ベースの倍音、スネアの胴鳴り、そしてボーカルの太さがある。

中域は、ボーカルの明瞭度が乗る帯域と重なる。人の耳がもっとも敏感な範囲でもあり、ここは競争が激しい。

中高域には、スネアのアタック、ボーカルの子音、ギターのピッキング音が集まる。

高域は、シンバル、ハイハット、各種の空気感。

こう並べると分かるが、ギターだけが専有できる帯域は、実はほとんどない。

どこを使っても誰かと重なる。だから「どこを取るか」ではなく「どこを譲るか」を決める作業になる。

一人で良い音が、なぜ埋もれるのか

一人で弾いて気持ちいい音というのは、たいてい低域と高域が豊かで、中域が控えめな音である。

低域が出ていれば迫力を感じる。高域が出ていれば抜けている気がする。中域は、一人で聴くと「こもった」「箱っぽい」と感じやすい。

だから中域を削る。いわゆるV字の設定になる。

これは、単体で聴く限り正しい判断である。実際、良い音に聴こえる。

だがバンドに入ると、削った中域はボーカルとベースの倍音が埋めてしまう。そして残した低域はベースとキックに負け、残した高域はシンバルに負ける。

自分が強く出している帯域が、全部他の楽器の主戦場だったということになる。

聴こえなくなるのは当然で、その音は他の楽器がいない前提で最適化されている。

逆に、バンドの中で抜けるギターの音を単体で聴くと、かなり中域が強く、少し耳障りに感じることが多い。一人で聴くと良くない音が、合奏では機能する。

この逆転が、音作りをややこしくしている。

音量を上げても解決しないのは、なぜか

冒頭に書いたことを、もう少し詰めておく。

聴こえないときに音量を上げるのは、直感的には正しい対処に見える。実際、少しは聴こえるようになる。

だが根本的には解決しない。理由は二つある。

一つは、重なっている帯域の音量が一緒に上がること。ベースと取り合っている低域も、シンバルと取り合っている高域も、同じだけ大きくなる。取り合いの構図は変わらないまま、全体の音量だけが上がる。

もう一つは、他の楽器も上げることである。聴こえなくなった側が音量を上げれば、全員が上げる。数往復すると、最初と同じ関係のまま、全体が耐えられない音量になっている。

スタジオでよく起きるこの現象は、音量競争と呼ばれることもある。

出口は一つで、誰かが帯域を譲ることである。量ではなく、場所を分ける。

そして帯域を譲るのは、たいてい音量を上げるより勇気が要る。自分の音が細くなったように感じるからだ。

だが合奏の中では、細くなった音の方が聴こえる。

V字設定が成立する条件もある

ただし、中域を削るのが常に間違いというわけではない。

成立する条件がある。

ギターが二本いる場合。両方が中域を主張すると、互いに潰し合う。片方が中域寄り、片方が高域寄りに分かれる方が、全体としては明瞭になる。

ベースが中域を強く出している場合。ベースがギターの帯域まで担当していれば、ギター側は削って構わない。

ボーカルがいない、あるいはギターがボーカル的な役割を持たない編成の場合。中域の競争相手が減るぶん、余裕が生まれる。

そして、録音の場合。録音では、複数のギタートラックを左右に振り、それぞれ別の帯域を担当させられる。一本のギターに全部を持たせる必要がない。

だから「V字はダメ」ではなく、V字が使える編成かどうかの問題になる。

前に書いた Dimebag の三台同時録音も、この観点で読み直せる。役割を分けたアンプを重ねることで、一台に全部を求めなくて済む構成にしていた。

具体的に、どのあたりが問題になるか

帯域の話は抽象的になりやすいので、おおよその目安を書いておく。厳密な数字ではなく、判断の出発点として考えてほしい。

60〜120Hz あたり。キックとベースの基音。ギターがここを強く出すと、リズム隊の土台が濁る。ダウンチューニングでも、ギターの基音がここまで下がることは意外に少ない。削っても、思うほど痩せない。

200〜400Hz あたり。いわゆる「こもり」の帯域。ギター単体では温かさとして感じられるが、複数の楽器が重なるとここが最初に飽和する。バンドで抜けない原因の多くは、ここの過多である。

800Hz〜1.5kHz あたり。ギターの存在感が出る場所。単体では硬く、鼻に掛かったように聴こえることがあるので、一人で音を作ると真っ先に削られやすい。だが合奏では、ここが聴こえるかどうかが分かれ目になる。

2〜4kHz あたり。ピッキングのアタックと、歪みの倍音。ボーカルの子音とぶつかりやすい帯域でもあるので、出しすぎると歌が聴き取りにくくなる。

6kHz 以上。空気感。シンバルの領域と重なる。ハイゲインの場合、ここが多いとノイズも一緒に目立つ。

要点は、一人で削りたくなる帯域と、合奏で必要な帯域が、かなり重なっていることである。

中域を削ると、単体では気持ちよく、合奏では消える。この一点を覚えておくだけで、判断はかなり変わる。

ライブと録音で、最適解が違う

もう一つ複雑なのは、同じバンドでも状況によって答えが変わることだ。

ライブでは、ギターアンプの音は空気を通って客席へ届く。距離が離れるほど高域は減衰し、低域は回り込む。ステージ上で聴こえる音と、客席で聴こえる音は違う。

このため、ステージで少し耳障りなくらい中高域が出ている方が、客席では丁度よくなることが多い。

録音では、マイクが至近距離にある。空気による減衰がほとんどないので、ステージ上と同じ設定では高域が過剰になる。

さらに録音では、後から処理できる。ミックスの段階で帯域を整理できるので、収録時点で完璧なバランスを作る必要はない。むしろ整理しやすい素材であることの方が重要になる。

つまり、

ライブではその場で完成している音が要る。

録音ではあとで加工しやすい音が要る。

同じ「良い音」という言葉で語られているが、要求が違う。

どこを譲るかを、先に決める

実用的な進め方としては、順序を変えるのが効く。

まず、自分のバンドで誰が何を担当しているかを把握する。ベースが太いのか細いのか。ボーカルの声域はどこか。ギターは何本か。

そのうえで、自分が譲る帯域を先に決める

低域はベースに渡す。ならばギター側は思い切って削っていい。単体では痩せて聴こえるが、合奏では低域が濁らなくなる。

高域はシンバルに譲る。極端に伸ばす必要はない。

残った中域から中高域を、自分の場所として使う。

この考え方は、前に書いた「歪みの前で低域を削る」という話とも一致する。低域を先に落としてから歪ませれば、そもそも濁らない。バンドの中では、その方が結果的に太く聴こえることさえある。

削ることで太くなる、というのは直感に反するが、合奏では普通に起きる。

確認する方法は、意外と簡単である

理屈は分かっても、実際にどう確認するかが問題になる。

演奏しながら自分の音を客観的に聴くことは、原理的にできない。自分の耳は、自分のアンプにいちばん近い場所にある。客席やミックスの中でどう聴こえるかは、その位置からは分からない。

だから、録るしかない

スタジオでスマートフォンを部屋の真ん中に置いて、合わせている様子を録音する。これだけで、かなりのことが分かる。

音質は悪い。だが帯域のバランスは、驚くほど正直に出る。ギターが埋もれているか、出すぎているか、ベースと喧嘩しているかは、一回聴けば判定できる。

録ったものを聴くと、たいてい二つのことが起きる。

一つは、自分の音が思ったより聴こえないこと。もう一つは、思ったより低域が多いことである。

この二つは、たいてい同じ原因から来ている。

もっと丁寧にやるなら、メンバーに自分のパートだけ弾いてもらい、自分は客席側で聴く。演奏しながらでは分からないことが、外から聴くと一瞬で分かる。

録音の場合も同じで、ギター単体で判断せず、仮のミックスに乗せてから決める。単体で完璧な音を作り込んでから合わせると、ほぼ確実にやり直しになる。

順序を変えるだけで、無駄な作業がかなり減る。

良い音の定義は、一人では決まらない

こうして整理すると、一つのことが見えてくる。

ギターの音が良いかどうかは、単体では判定できない

判定するには、何と一緒に鳴るのかを知っている必要がある。編成が違えば、正解は動く。同じバンドでも、曲によって動く。

「良いアンプ」という言葉が用途を添えないと意味を持たなくなった話を以前書いたが、音作りにも同じことが言える。

良い音とは、その場所で機能する音のことである。

自室で最高だった音が使えないのは、失敗ではない。単に、想定していた場所が違っただけだ。

そして厄介なことに、多くの人が音作りを行う場所は、その音を使う場所ではない。

そのずれを意識しておくだけで、スタジオでの落胆はかなり減る。

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