ベースのアクティブ・プリアンプには、たいてい真ん中がある。
つまみの中央にクリックがあり、そこでは何も足さず、何も引かない。右へ回せば持ち上がり、左へ回せば削れる。低音、中音、高音。それぞれが自分の帯域だけを受け持つ。
これが、いまのベースのEQの常識である。
ところが、ベースのピックアップとプリアンプで知られるBartoliniが「最初のオンボード・プリアンプ」と呼ぶ回路は、そう動かない。
3つのつまみが、互いに影響し合う。
そして、全部を絞り切ると、音が消える。
壊れているわけではない。そう作られている。Bartoliniは、この回路の効き方を、初期のフェンダーアンプのトーンと同じだと説明している。
ベースの中に、アンプのトーンの癖ごと入れたのである。
なぜそんなものを作ったのか。答えは回路だけを見ても出てこない。この会社が、何から始まり、誰と組んで、何をやめてきたかを追う必要がある。
最初の製品は、4チャンネルと6チャンネルのピックアップだった
Bill Bartoliniは、ピックアップを作る前に、ナイロン弦の楽器の音響を研究していた。
公式の沿革によれば、1973年に磁気ピックアップの製造を始めるまでに、11年間を副業としての研究に費やしている。対象はナイロン弦の楽器の音響、スピーカー・キャビネット、パワーアンプ、そしてポリフォニック・ピックアップだった。
最初の1年に作ったのは、ふつうのピックアップではない。
4チャンネル。
6チャンネル。
弦ごと、あるいは複数系統に信号を分けて取り出すピックアップだけを、「Hi-A」というブランドで作っていた。1本の出力を持つふつうのピックアップが同じブランドで出たのは、その2年後である。
1978年、Hi-AはBartoliniの名に変わった。
この順番は、少し変わっている。多くのピックアップ・メーカーは、既存のギターの音を良くする交換部品から始める。Bartoliniは、弦の振動を電気としてどう取り出すかという、測定と研究の側から入ってきた。
その名残は、のちの仕事にも出ている。
ピックアップのインピーダンス特性を調べるために、矩形波の磁気パルスで試験する方法を取り入れた。弦を機械で弾く装置を、ピックアップの試験に持ち込んだ。1982年には、クラシックやフラメンコのギタリスト、製作家と進めた実験の結果を、弦楽器の音響を研究するCatgut Acoustical Societyの会合で発表している。
IbanezでシグネチャーのピックアップをBartoliniと作ったGary Willisは、追悼に寄せた言葉で、Billはローレンス・リバモア研究所から出発した、本物の科学者だったと述べている。
ベースのピックアップ・メーカーという肩書きの手前に、研究者の来歴がある。
ピックアップの中にプリアンプを入れ、それをやめた
Bartoliniの名に変わったころ、もう一つ早い試みがある。
EVQという、プリアンプを内蔵したピックアップである。公式の沿革は、これを「パラメトリックな帯域強調を備えた、最初の電子式(プリアンプ内蔵)ピックアップ」と書いている。大きなハムバッカーの寸法でハムを打ち消す設計としても、早い部類だったという。
ピックアップと増幅回路を、一つの部品にまとめた。
だが、EVQは廃番になった。
理由について、公式の沿革ははっきり書いている。楽器に載せる独立したプリアンプのほうが、音色の幅が広く、使い道も多かったからである。
ここに、Bartoliniの考え方の芯がある。
ピックアップとプリアンプは、一組で設計する。だが、一つの部品にはしない。
磁気で弦を読む部分と、その信号を整える部分を分けておけば、楽器ごと、奏者ごとに組み合わせを変えられる。いまの公式サイトも、ピックアップとエレクトロニクスを「組み合わせて」奏者の個性を表せる製品群だと説明している。
配線済みのハーネスは、その考え方を部品の形にしたものである。ピックアップの切り替え、つまみ、プリアンプがあらかじめ一体に配線され、楽器に組み込むだけで鳴る。
ベースの電気系を、ピックアップ単体ではなく、系として売る。Bartoliniの位置は、ここで決まっていく。
ベースの中に、アンプのトーンの効き方を入れた
冒頭の回路に戻る。
TCTは、Bartoliniが「伝説的な、最初のオンボード・プリアンプ」と呼ぶモジュールである。つまみは低音、中音、高音の3つ。
公式の製品説明は、このアクティブなトーン回路が、Treble・Bass・Presenceのつまみを持つ初期のフェンダーアンプと同じ応答をすると書いている。
いわゆるFMV型である。フェンダー、マーシャル、ヴォックスのアンプが持つ、受動素子だけで作ったトーン回路の型を指す。
この型には、はっきりした癖がある。
つまみが独立していない。低音を回すと、中音と高音の効き方も変わる。そして、全部を最小にすると、信号がほとんど通らなくなる。TCTも同じで、全部のつまみを絞ると出力がミュートされると、Bartoliniは明記している。
中音のつまみは、300Hzで最大16dBを削る。これも、初期のフェンダーのPresenceのつまみと同じだという。低音と高音は、50Hzと6kHzでおよそ12dBを持ち上げ、削る。
つまり、TCTの中音は、もともと削る方向にしか動かない。持ち上げたい場合は、MCTという別のモジュールを足す。
ここで、一つ意外な構図が見えてくる。
ギターアンプの世界では、受動素子だけのトーン回路がいまも主流である。ベースの世界では、楽器に電池を入れ、アクティブなEQで音を整えるのが当たり前になった。この二つは、よく対照的なものとして語られる。
だが、Bartoliniの最初のオンボード・プリアンプは、アクティブな回路で、受動のトーン回路の効き方をなぞっていた。
アクティブにしたのは、トーンの「型」を捨てるためではなかった。楽器の中という新しい場所へ、アンプの手触りを運ぶためだった、と読むことができる。
これは推論である。Bartolini自身が、そういう意図だったと書いているわけではない。ただ、製品説明がわざわざ「全部絞ると音が消える」ことまで書き、それを初期のフェンダーと同じだと説明していることは、この回路が中立な補正器ではなく、特定の効き方を持つ楽器の一部として作られたことを示している。
TCTの来歴には、もう一つ挿話がある。
いったん廃番になったが、Marcus Millerが使っていることが知られて需要が高まり、復刻されたという。中立なEQの時代に、癖のある最初の回路が呼び戻されたことになる。
NAMMのブースの隣にいたベース工房
Bartoliniがベースの世界で標準になった経路は、大きなメーカーへの納入だけではない。
小さな工房との、専用の設計である。
Pedullaの創業者Michael Pedullaは、その始まりをこう回想している。最初に作ったギターとベースには、1976年の時点ではDiMarzioのピックアップを載せていた。1978年、シカゴで初めてNAMMショーに出たとき、たまたまブースが「High A」、つまりBartoliniの隣だった。
BillとPatのBartolini夫妻は、展示会の作法を教え、試すようにとピックアップを何組か渡した。Pedullaは、それ以来ずっとBartoliniを使っていると述べている。
そして、年を追うごとに、Billが新しいモデルごとに、Pedullaの望む音へ合わせて専用のピックアップとエレクトロニクスを設計したという。
PedullaのフレットレスのBuzz Bassには、Bartoliniのアクティブ・ピックアップか、DiMarzioのパッシブ・ピックアップかを選べる仕様があった。開発に関わったMark Eganは、Bartoliniのほうが温かくパンチがあり、外来ノイズによるハムも少なかったと述べている。Pat Metheny Groupのツアー中に、自分の1958年製Precision BassのピックアップをBartoliniへ交換していたともいう。
同じ構図は、Pedullaだけではない。
Michael TobiasのMTDでは、ピックアップとアクティブ回路が、Bill Bartoliniによる専用設計である。Joe Zonは、1981年からBartoliniと仕事をしてきたと書いている。Gary Willisは、IbanezでシグネチャーのピックアップをBartoliniと作ったとき、最終版に至るまでに26回の試作を重ねたと述べている。
Sheldon Dingwallの言葉は、この関係をいちばんよく表している。Bartolini夫妻は、NAMMのブースの一角を、自分たちのような小さなビルダーに貸してくれた。Ralph Novak、Ken Lawrence、Rob Elrick、Stephen Sukop、Dan Lakin、Bill Conklinといった名前を挙げ、そこで生まれた共同体が生涯の関係になったと述べている。
1978年に隣のブースで展示会の作法を教わったというPedullaの回想と、ブースの一角を小さなビルダーに貸したというDingwallの証言は、同じ振る舞いを別の時期から語っている。
いまの公式サイトの取引ビルダー一覧には、Michael Tobias Design、Zon、Elrick、Conklin、Sukopと並んで、Fender、Gibson、Ibanez、Warwick、日本のATELIER Zまでが載っている。引退したPedullaの欄は消されず、夫妻の引退を祝う一文が添えられている。
ここで注意しておきたい。Bartoliniとこれらのビルダーの関係は、独占ではない。同じ工房が別の会社のピックアップを載せたモデルを出すことは珍しくない。Bartoliniが標準になったのは、契約で囲い込んだからではなく、ビルダーごとに回路を作り分けたからだと考えたほうが、資料の書きぶりに合う。
需要があっても、大きくならなかった
2000年代には、Bartoliniの名はベースの世界ですっかり定着していた。
公式の沿革によれば、中規模から大規模のメーカーが、量産品にBartoliniの設計を使っていた。世界中の製作家が、自分の楽器のための専用ピックアップを頼んでいた。そして、ギターの側からも、もっと製品を増やせという声が高まっていた。
生産能力を広げなければ、需要のごく一部しか満たせない。それははっきりしていた。
BillとPatは、当面は現状のままでいくと決めた。
公式の沿革は、これを2008年の経済危機を前にした幸運な判断だったと書いている。多くの会社が倒れるなかで、設計と製品を出し続けられたからである。
2010年、夫妻は引退を決めた。
買い手の候補はいくつかあった。だが夫妻は、会社がただのブランドになり、既存の顧客と仲間を見失うことを心配した。そこで、設計と製造の相談役として一緒に働いていたClyde Clarkに、引き継ぎを頼んだ。
買収の準備には2年かかり、Clyde Clarkは2012年10月に新しい所有者になった。夫妻が正式に引退したのは2014年である。追悼記事のなかには引退を2014年とするものがあるが、引退の決定、買収の完了、正式な引退が、それぞれ別の年にある。
新しい体制は、カリフォルニア州サンルイスオビスポに工場を開き、生産と品質管理を作り直した。そのうえで過去の製品を見直し、復刻を始めた。
その一つが「b-axis」である。公式は、これを1970年代初めにBillが設計した「Hi-A」の21世紀版だと説明している。
ビルダーのための専用設計を守るために、大きくならなかった会社が、代替わりのあとで最初のブランド名まで遡った。会社の来歴が、製品の形で一周している。
ギターで中心にならなかったことを、どう読むか
Bartoliniは、ベースだけの会社ではない。
1980年からの縦型のハムキャンセル設計には、アコースティック用、ストラトキャスター用の交換ピックアップが含まれていた。翌年には、ニューウェーブやヘヴィメタルのギタリストの要望を受けて、歪ませる音のためのピックアップと、Tube-Itという歪みのエフェクトを作っている。
だから「ギターでは失敗した」と書くのは正しくない。ギターでは、ベースほど中心的な位置を得なかった、と書くのが妥当である。
その理由については、いくつかの説明が考えられる。
一つは、ここまで見てきた経路である。Bartoliniの強みは、ビルダーと組んでピックアップとプリアンプを一組で作ることにあった。楽器に電池を入れ、手元で音を整えることが当たり前になったのはベースのほうで、ギターでは楽器の中に回路を入れる文化がそれほど根づかなかった。系として売る会社にとって、系を必要とする楽器のほうが相性がよかった。
もう一つは、会社の規模である。2000年代にギター側からの需要があっても生産を広げなかったことは、公式自身が書いている。中心にならなかったのは、選ばなかった結果でもある。
逆の見方もできる。80年代から90年代にかけて、小さな工房によるハイエンドのベースという市場そのものが育った。Bartoliniが市場を作ったのではなく、育っていく市場の部品の側にちょうどいたのだ、という読み方である。どちらか一方だけで説明できるとは考えないほうがよい。
ただ、少なくとも、Pedulla、MTD、Zon、Dingwallといった工房の側が、Bartoliniを「部品を買った会社」ではなく「回路を一緒に作った相手」として語っていることは、資料からはっきり読み取れる。
トーンの居場所は、アンプでなくてもよかった
ギターの音作りでは、トーンはアンプにあるものとして扱われることが多い。
プリアンプの中、歪みの前か後か。トーン回路がどこに置かれるかで音が変わる、という話はよくされる。
Bartoliniは、その場所を楽器の中にまで動かした。しかも、アンプのトーンの効き方を、癖ごと持っていった。
楽器の中のプリアンプも、アンプの中のトーン回路も、どちらも「音の通り道のどこで、何を決めるか」という同じ問いへの答えである。プロファイルやシミュレーターで音を作るときに、入力の手前で何が起きているかを気にする理由も、ここにある。
まとめ
Bartoliniは、4チャンネルと6チャンネルのピックアップから始まった。弦の振動をどう取り出すかを、研究の側から考えていた会社である。
ピックアップの中にプリアンプを入れたEVQは、独立したオンボード・プリアンプに置き換えられた。ピックアップと回路は一組で設計するが、一つの部品にはしない。それがBartoliniの系の作り方になった。
最初のオンボード・プリアンプTCTは、初期のフェンダーアンプと同じ効き方をする。3つのつまみは互いに影響し、全部を絞ると音が消える。アクティブな回路で、受動のトーンの型をなぞっていた。
その回路を、Bartoliniはビルダーごとに作り分けた。1978年のNAMMで隣のブースにいたPedullaに始まり、MTD、Zon、Ibanezへと広がった。需要があっても大きくならず、代替わりのあとは最初のブランドの名を持つピックアップを作り直した。
ベースのつまみを全部絞って音が消えたら、それは故障ではないかもしれない。その楽器の中に、昔のアンプの手触りが入っているのである。
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