モデラーやプロファイラーを買うと、次に出口の問題が来る。
アンプヘッドとキャビネットは、もう要らないことになっている。だがスピーカーは要る。何かで空気を動かさなければ、部屋で音は鳴らない。
そこで出てくる言葉がFRFRである。Full Range, Flat Response。帯域を全部再生して、色を付けない。すでにキャビネットとマイクの応答が信号へ入っているのだから、出口は何も足さないのが正しい、という理屈になる。
そして実物を見ると、たいてい2ウェイである。低域を受け持つ12インチのウーファーと、高域を受け持つコンプレッション・ドライバー。その間を、クロスオーバー回路が分ける。PAのパワード・モニターと、構成そのものは同じである。
理屈としては筋が通っている。ただ、この構成でなければならないのかどうかは、別の問題である。
Jensenは2019年に、そうではない答えを出した。紙のコーンが一枚だけ入っている12インチで、クロスオーバーは無い。
その信号には、すでにキャビネットが入っている
まず、出口に何を渡しているのかを確認しておく。
IRやプロファイルには、キャビネットとマイクの応答が含まれている。マイクの前でスピーカーが鳴った結果を測っているのだから、当然である。
つまり、モデラーの出力をギターキャビネットへ突っ込むと、キャビネットの音が二回かかる。信号の中で一回、部屋で一回。
これは抽象的な心配ではない。メーカー自身が明文化している。Celestionは、従来のギタースピーカーが強く駆動されるほど倍音的な共振を多く生むように、意図してそう作られていると書いている。そのうえで、この性質が、プロファイリング/モデリングのリグがすでに行っている仕事を損ないうる、としている。
作った側が「うちの製品の長所は、この用途では邪魔になりうる」と言っている。ここが出発点である。
だから出口を平坦にする。FRFRという発想は、ここから出てくる。
ただしCelestionは、同じ文章の中でもう一つ書いている。汎用のプロ用スピーカー——パワード・ステージモニターのようなもの——は平坦な再生を提供するが、やや臨床的な鳴り方で、ギタリストが求める有機的で即応的な反応に欠ける、と。
臨床的(clinical)。この言葉が、以降の話をずっと引っ張ることになる。
Jensenは、クロスオーバーに頼らないと書いた
Jensenのウェブサイトには、D Seriesという一群がある。C12DとN12D。フェライト磁石版とネオジム磁石版である。
メーカーの説明は明快である。この二つは、デジタル、モデリング、プロファイリング、IRベースのギター・システム、およびアコースティック楽器用アンプの「準フルレンジ」出力信号を増幅するための12インチである、と書かれている。
注意したいのは、「フルレンジ」ではなく、引用符付きの「準フルレンジ(quasi full range)」という書き方であることと、その語がスピーカーではなく、鳴らす対象の信号にかかっていることである。完全な平坦を主張していない。
構造はこうである。両モデルとも、軽量なセルロースのコーンと一体型の紙エッジという、従来のギタースピーカーの核となる要素を保っている。そのうえで、ボイスコイルの前方に専用開発したホーン状の負荷を備え、これによって周波数特性が12kHzを大きく超えて伸びる、としている。
そして、方式についてはこう書いている。D Seriesの有機的でフルレンジなトーンは、複雑で高価な2ウェイ方式とクロスオーバーには頼らず、綿密に調整された音響設計と指向特性によるものである、と。
ここで名指しされているのが指向特性(directivity pattern)である。覚えておいてほしい。
数値も見ておく。ボイスコイルは2インチ、定格150W。能率は1W/1mで、8Ω版がC12D 99.6dB、N12D 99.8dB。重量はC12Dが4.6kg、N12Dが2.4kg。磁気回路がフェライトかネオジムかで、倍近い差が出ている。
伸ばした高域を何に使うのかも書かれている。デジタル・エフェクトのディテールと、マイク録りされたギターキャビネットの倍音成分を再生するためである、と。
つまりこのスピーカーは、入力にすでにキャビネットが含まれていることを前提にして設計されている。
なお、Jensenは自社ページに使用者の声として「モデリング・アンプをPAへ通すと搬入は楽になったが、従来のリグでステージ上に持っていた手応えとコントロールを失った」という文を掲載している。個人名の無いメーカー掲載文なので、事実の根拠としては扱えない。メーカーが想定した購買動機の証拠として読むにとどめる。
Jensenは公式サイトのVideosにもSound SamplesにもD Seriesの音を置いていない。以降で比較する他社については、メーカー公式チャンネルの音を並べる。
仕様書には「従来のエレキギター用アンプには推奨しない」と書いてある
D Seriesで最も重要なのは、おそらく製品ページではなく仕様書のほうにある。
C12Dのスペックシートには、従来のエレキギター用アンプには推奨しない、と明記されている。
これは、かなり踏み込んだ書き方である。
見た目は12インチの紙コーンのギタースピーカーである。磁石も、フレームも、コーンも、そう見える。にもかかわらず、ギターアンプの終端に使うなと書いてある。
ギタースピーカーの外形をしているが、ギタースピーカーではない。ここが、この製品の性格を決めている。
従来のギタースピーカーは、アンプの出力を受けて自分も音を作る部品である。高域を落とし、駆動されれば共振を足し、コーンの分割振動で味を付ける。その振る舞いを込みで「アンプの音」と呼んできた。
D Seriesは、そこを降りている。降りたうえで、紙コーンと紙エッジという材料だけを残した。
この二つを同時に成立させようとしているのが、D Seriesの立ち位置である。
Celestionは、同じ問題をクロスオーバーで解いた
時系列としては、Celestionのほうが先である。
F12-X200は2018年1月25日に発表された。問題設定は、前述のとおり「汎用のプロ用スピーカーは平坦だが臨床的」「従来のギタースピーカーは即応性を精度と引き換えにしている」という両にらみである。
解き方は、Jensenとは逆だった。高域はCelestion製のコンプレッション・ドライバーが担当し、高品質なクロスオーバー回路とともにスピーカー・アセンブリへ統合されている、と書かれている。
つまり、PAが使っている2ウェイの構成をそのまま採る。ただし、それを一個のギタースピーカーの形へ畳み込む。
では「手応え」はどこから出すのか。Celestionはこう書いている。プロ用スピーカーと比べて、より直線的なコーン側面と、軽い可動質量である、と。
可動質量とコーン形状。Jensenが名指しした指向特性とは、別の物理量である。
仕様は60Hz–20kHz、200W、8Ω、能率96dB。上限が20kHzであることに注目しておく。
Celestion自身も、クロスオーバーを使わない解を併売している
ここは、Jensenの独自性を語りすぎないために書いておく必要がある。
Celestionは同時に、F12M-150 Triple Coneという別の製品も出している。こちらは二個目のドライバーを使わず、メインコーンの中央に置いた一対のツイーター・コーンで高域を出し、周波数レンジを12kHzまで伸ばすと説明されている。より単純で軽い解決である、と自社で書いている。
つまり、「クロスオーバー無しの単一ユニットで広帯域を出す」という方向は、Jensenだけのものではない。同じ会社が、両方の解を並べて売っている。
では、Jensenは何が違うのか。
違いは手段と、程度の主張にある。Celestionのトリプルコーンはコーン中央に小さなコーンを二枚追加する。Jensenはボイスコイル前方のホーン状の負荷で伸ばす、と書いている。そして到達点を、Celestionは12kHz、Jensenは「12kHzを大きく超える」と書き分けている。
同じ「クロスオーバー無し」でも、やっていることは同じではない。
Line 6は、スピーカーを箱から切り離してモデル化した
三つ目の答えが、Powercabである。112と112 Plusは2018年4月11日に発表された。Celestionの発表から3か月後である。
Line 6の説明は、専用の同軸スピーカーと高域用コンプレッション・ドライバーによって、FRFRの利点を持ちながらギタースピーカーの速い過渡応答も持つ、というものである。結果として、より本物らしく、馴染みのある手応えになる、と。
過渡応答(transient response)。三社目にして、三つ目の物理量が出てきた。
Powercabがもう一つやっているのが、Speaker Modelingである。Line 6は、優れたアンプの音は他の構成要素と同じくらいスピーカーによるものであるのに、これまで誰も、箱から独立させてスピーカー・ドライバー単体をモデル化したことはなかった、と書いている。
ここは慎重に扱いたい。「これまで誰も」はメーカーの宣伝文であり、先行例の有無をこちらで検証していない。「世界初」として読まない。
読むべきなのは、そこではない。キャビネットのモデルでもIRでもなく、ドライバー単体をモデル化の単位に切り出したという発想のほうである。
信号の中にキャビネットが入っているなら、出口は平坦であるべきだ——というFRFRの論理を、Line 6は少しずらしている。信号の中に入れるのはアンプと部屋とマイクまでにして、スピーカーは出口の実体に返す。Flatモードは70Hz–20kHzで持ったまま、その隣にSpeaker Modelingを置く。
Kemperは、直線化してから放射を狭めた
四つ目が、2020年3月24日に発売が告知されたKEMPER KabinetとKEMPER Koneである。
Koneは、Celestionが Kemper 専用に設計した12インチのフルレンジ・スピーカーである。そしてメーカー説明によれば、専用のDSPアルゴリズムによって、PROFILERのDSPが超直線的(フルレンジ)な周波数特性へ駆動する。
スピーカー単体を平坦に作るのではなく、送り出し側のDSPで直線化する。ここまでは、FRFRの論理の延長にある。
問題は次の一文である。従来のフルレンジ・システムの考え方とは対照的に、KEMPER Koneの放射パターンは、古典的なギタースピーカーのシャーシの物理へ向けて狭められている、と書かれている。
平坦にしたうえで、わざと狭める。
放射パターン。Jensenの指向特性と、これは同じ方向を向いている。四社目にして、初めて二社が同じ物理量を名指しした。
さらにKemperは、スピーカー・インプリントという機能を持つ。これはプロファイルに含まれるマイク録りのキャビネット・シミュレーションとは別物で、古き良き「アンプ・イン・ザ・ルーム」の音を取り戻すためのものだとしている。CabOff機能でフルレンジ・モードからインプリント・モードへ切り替わる、と同じページにある。
つまりKemperは、キャビネットを含む信号と、キャビネットを外した信号を、スピーカー側のモードで受け分けている。出口が二種類の入力を待っている、という設計である。
業界誌の記事によれば、Koneには「Sweetening」と「Directivity」という調整用パラメーターがある。放射の性質を使用者が触れるようにしてある、ということになる。この記事は、その名称が置かれていること自体を各社の対比に使い、作用の中身へは踏み込まない。
「手応え」の原因が、各社で一致していない
並べる。
Celestionは、可動質量とコーン形状だと書いた。 Line 6は、過渡応答だと書いた。 Jensenは、指向特性だと書いた。 Kemperは、放射パターンだと書いた。
四社とも、出発点の不満は同じである。平坦なPA箱で鳴らすと、何かが足りない。臨床的だ。手応えが無い。
その「何か」の正体として挙げている物理量が、揃っていない。
これは些細なことではない。原因が特定できていれば、測って、比較して、優劣を決められる。実際には、各社が違う場所を指差している。
素直に読めば、これは「手応え」がまだ一つの量へ還元されていない、ということである。振動系の質量も、立ち上がりの速さも、どの方向へどれだけ音が飛ぶかも、どれも実在する差である。どれか一つが正解で他が間違い、という話ではない。
そして、どれを原因と見なすかで、製品の形がそのまま変わっている。
質量とコーン形状だと考えれば、コーンを作り直して高域は別ドライバーへ渡す(F12-X200)。 過渡応答だと考えれば、同軸にしてドライバー単体をモデル化する(Powercab)。 指向特性だと考えれば、単一コーンのまま前方の負荷で伸ばす(D Series)。 放射パターンだと考えれば、DSPで直線化してから意図的に狭める(Kone)。
設計思想が製品の外形になっている、という言い方ができる。だがここでは、もう一段手前を見ておきたい。そもそも何を直そうとしているのかの合意が無い。合意の無いまま、四つの実装が同時に走った。2018年1月、2018年4月、2019年1月、2020年3月。二年余りの間である。
「フルレンジ」という言葉も、上限が揃っていない
もう一つ、資料を並べると出てくる食い違いがある。
Celestion F12-X200は20kHz。Line 6 PowercabのFlatモードは70Hz–20kHz。Celestion F12M-150は12kHz。JensenのD Seriesは「12kHzを大きく超える」「準フルレンジ」。
同じ「Full Range」という語が、20kHzまでを指す場合と、12kHz前後を指す場合に割れている。
ギターの信号にとって12kHzより上にどれだけ意味があるかは、また別の議論である。ここで指摘したいのは、製品名やカテゴリ名に使われている「フルレンジ」が、比較可能な定義を持っていないということのほうである。
スペック表の数字を並べれば比較できる、という前提が、この語については成り立たない。
2ウェイ側が「手応えを持たない」とは、誰も書いていない
ここは反証として置いておく。
この記事の入口は「FRFRは2ウェイでなければならないのか」だった。だが、その逆——「2ウェイだと手応えが無い」——を主張したくなるなら、それは行き過ぎである。
2ウェイのFRFR製品は、自分たちの言葉で手応えを謳っている。たとえばHeadRush FRFR-112は、専用に調整した12インチ・ウーファーと高域用コンプレッション・ドライバーが、人工的な色付けなしに全帯域で精密かつ充実した応答を届けると書いている。同時に、空気を押すスピーカーの手応えも訴求している。
つまり、各社がそれぞれの言葉で、同じ価値を主張している。方式が違っても、目指しているものの名前は同じである。
そのうえで、手応えの原因として名指しする物理量だけが食い違っている。
ここまでで確定していないこと
この記事は、どの方式が良いかを判定するものではない。
Jensenが公開しているのは「ホーン状の負荷」という名称と到達点だけで、図も断面も添えられていない。位相プラグ状なのか、コーン形状の工夫なのか、ダストキャップ周辺の構造なのか。メーカーが書いていない以上、この記事は構造を推測で描写しない。
周波数特性についても、公式が示すのはグラフであって数値表ではない。だから上限は「12kHzを大きく超える」というメーカーの表現のまま扱う。
つまり、この記事が言えるのは各社の説明を並べ直したところまでである。そこから先——どの物理量が実際に「手応え」を説明するのか——は、測定の領域であり、まだ開いている。
開いていることを閉じたように書かないほうが、この話は面白い。
出口が変わると、記録するものの範囲も変わる
一つだけ、記録の側の話をしておく。
Kemperがスピーカー側のモードでキャビネット込みの信号とキャビネット抜きの信号を受け分けている、というのは、保存の単位がどこで切られているかという問題そのものである。
アンプの歪みは非線形で、入出力の関係をモデルとして推定するしかない。一方、キャビネットとマイクの応答は、線形時不変系として同定できる範囲が大きい。IRがどの形式にも載るのは、そこが線形だからである。
だから「どこまでを信号に入れ、どこから先を実体に返すか」は、技術的に選べる。入れれば再現性が上がり、返せば部屋での実体感が戻る。Line 6はスピーカーを実体側へ返した。Kemperは両方受けられるようにした。Jensenは、返された実体の側を、単一コーンのまま引き受けようとしている。
どれが正しいという話ではない。どこで切ったかを言えることのほうが重要である。切り方が書かれていない音は、後から比較できない。
まとめ
FRFRは2ウェイでなければならないのか。答えは「そうではない」である。
Jensen D Seriesは、紙コーンと紙エッジを残したまま、ボイスコイル前方のホーン状の負荷で12kHzを大きく超えると説明している。クロスオーバーは使わない。仕様書には、従来のエレキギター用アンプには推奨しないと書いてある。ギタースピーカーの形をした、ギタースピーカーではない何かである。
ただし、クロスオーバー無しの単一ユニットという方向はJensenの専売ではない。Celestion自身がF12M-150で同じ方向を出している。Jensenの固有性は、手段(前方のホーン状負荷)と、到達点の書き方(「12kHzを大きく超える」)にある。
そして、四社を並べると本題が出てくる。「手応え」の原因として名指しされる物理量が、可動質量とコーン形状、過渡応答、指向特性、放射パターンへ割れている。不満は共有されているのに、原因の特定は共有されていない。だから実装が四通りに分かれた。
「フルレンジ」という語すら、20kHzと12kHzの間で揺れている。
出口を選ぶとき、スペック表の数字だけでは決まらない理由がここにある。数字が同じ意味を持っていない。各社が違うものを測って、違うものを直そうとしている。
だとすれば、選ぶ側にできるのは、自分が何を失ったと感じているのかを先に言葉にすることだろう。重さなのか、立ち上がりなのか、音の飛び方なのか。そこが決まれば、どのメーカーの説明が自分の不満に対応しているかは、意外とはっきりする。
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