Orangeの4×12キャビネットに、PPC412HP8という型番がある。
見た目は、通常のPPC412とほとんど変わらない。オレンジ色の外装。額縁型のグリル。底に渡した2本の木の板。
違いは中身にある。
2012年から2016年にかけてのOrangeの製品ページは、このキャビネットをこう紹介していた。もともとはThunderverb 200というギターヘッドに合わせて作られたもので、巨大な低域の反応と、きわめて締まった音を持つ。あなたのドロップ・チューニングが、これほど良く鳴ったことはないだろう、と。
低域のための4×12である。
ところが、搭載スピーカーの仕様表を見ると、話が少しずれる。
HP8に入るのは、Celestion G12K-100が4基。通常のPPC412に入るのは、Vintage 30が4基。Celestionの公式仕様では、G12K-100の周波数範囲は80Hzから5500Hz。Vintage 30は70Hzから5000Hzである。
低域側の下限は、G12K-100のほうが高い。
低域を売りにしたキャビネットが、カタログの数字の上では、より低いところまで出ないスピーカーを選んでいる。
これは矛盾なのか。
そうではない、というのがこの記事の答えになる。ただし、そのためには「低域」という言葉を二つに分ける必要がある。
200Wのギターアンプは、ベースアンプでもあった
まず、HP8が相手にしたアンプから見る。
Thunderverb 200は、2006年の夏にOrangeが発売したギターヘッドである。2チャンネル、オール真空管、出力200W。パワー管は6550を4本使う。
ギターアンプとしては、かなり大きな出力である。
Orangeの技術責任者Ade Emsleyは、同社の歴史ページでこのアンプの狙いを説明している。
Thunderverbは、プリアンプで多くの歪みを作りたいギタリストのためのアンプだった。彼らはパワーアンプをあまり酷使したくなかった、とEmsleyは述べている。
そのうえで、使い手の像が具体的に書かれる。
ひどく重い音を出すギタリストの一群がいて、彼らは1×15と4×12を使う。そしておそらく7弦ギターも。彼らには出力と、プリアンプの歪みと、たっぷりした低域が要る。Thunderverbは、その人たちのために作ったアンプである、と。
もう一つ、Emsleyは重要なことを書いている。
このアンプはベースアンプとしても、リードアンプとしても、その両方を組み合わせても使える。ベースは30Hzまでクリーンに出る。
製品ページも同じことを言う。拡張された音域のおかげで、このアンプはベースヘッドとしても使える。
ギターアンプとして売られ、ベースにも使える200W。
想定された使い手は、4×12の隣に15インチのキャビネットを置いている。
ここで、15インチという口径に注意しておきたい。ギター用の4×12に15インチを足すのは、もっと低いところを鳴らすためである。Emsleyが描いた使い手は、最初から、一番低い帯域を4×12だけに任せていない。
箱は、変えなかった
では、Orangeはこのアンプのために、どんな4×12を用意したのか。
2016年の製品ページで、HP8と通常のPPC412の仕様を並べてみる。
素材の欄は、まったく同じ文面である。18mmの高密度バーチ合板。2系統のパラレル入力。紙の織物のグリルクロス。スキッド型の足。
寸法は、HP8が77×74×36.5cm。PPC412が78×74×37cm。ほぼ同じである。
重量は、どちらも46.5kg。
箱の大きさを変えていない。板も変えていない。重さも変わらない。
変わったのは、次の三つである。
スピーカー。Vintage 30から、G12K-100へ。
許容入力。240Wから、400Wへ。
配線。PPC412は16Ωのモノラル。HP8は16Ωが2系統のステレオ、または8Ωのモノラル。Orange自身が、HP8を大文字でステレオのキャビネットと書いている。
低域を大きく扱うキャビネットを作るとき、まず思い浮かぶのは箱を大きくすることだろう。容積を増やす。奥行きを足す。ポートを開ける。
Orangeはそのどれもしていない。同じ箱のまま、中のスピーカーと配線だけを入れ替えた。
スピーカーの違いは、受け止める電力だった
では、そのスピーカーはどう違うのか。
CelestionのG12K-100とVintage 30の仕様を並べると、驚くほど共通点が多い。
磁石の重さは、どちらも1.42kg。
ボイスコイルの直径は、どちらも1.75インチ。銅の丸線。
本体の重さは、どちらも4.7kg。
違う数字を拾うと、こうなる。
許容入力。G12K-100は100W。Vintage 30は60W。
能率。G12K-100は99dB。Vintage 30は100dB。
周波数範囲。G12K-100は80Hzから5500Hz。Vintage 30は70Hzから5000Hz。
共振周波数。G12K-100は85Hz。Vintage 30は75Hz。
一番大きな差は、許容入力である。60Wと100W。同じ口径、同じ磁石の重さ、同じボイスコイル径のまま、受け止められる電力がおよそ1.7倍になっている。
逆に、低域の伸びを示す数字は、G12K-100のほうが控えめである。周波数範囲の下限も、共振周波数も、Vintage 30より10Hz高い。
ここで注意が要る。周波数範囲も共振周波数も、スピーカー単体の公称値である。箱に入れたときの低域の出方は、箱の容積や構造との組み合わせで決まる。だから「HP8はPPC412より低域が出ない」とは言えない。
言えるのは、もっと控えめなことである。
HP8がスピーカーを替えた理由は、カタログの数字を見る限り、低いところまで伸ばすためではなかった。
「低域」には、二つの意味がある
ここで、冒頭の矛盾に戻る。
キャビネットやスピーカーの説明で「低域」と言うとき、そこには少なくとも二つの意味が混ざっている。
一つは、どこまで低い音が出るか。帯域の話である。
もう一つは、低い音をどれだけ大きく入れても破綻しないか。耐える量の話である。
低い音は、スピーカーのコーンを大きく動かす。同じ音量でも、周波数が下がるほど振幅は増える。ドロップ・チューニングで開放弦が下がれば、スピーカーにかかる負担はそのぶん重くなる。ここに200Wの出力が乗る。
Emsleyの言葉を思い出すと、この組み合わせはさらに意味を持つ。
Thunderverbの使い手は、歪みをプリアンプで作り、パワーアンプを酷使しない。パワーアンプが潰れなければ、低域は形を保ったまま、大きくスピーカーへ届くことになる。しかもベースは30Hzまでクリーンに出る、とEmsleyは書く。
スピーカーにとって、これは楽な相手ではない。
Vintage 30の4基で240W。アンプの200Wと比べれば、数字の上では収まっている。だがHP8は、そこに100W×4の400Wを当てた。
なぜ240Wで足りないと考えたのか。Orangeはその理由を書いていない。ここから先はCSLの読みになる。
低い音を、大きく、クリーンに。この条件では、帯域を広げることより、受け止める量に余裕を持たせることのほうが先に来る。HP8の製品ページの「巨大な低域」は、低くまで届くという意味ではなく、低い音を大きく入れても崩れないという意味で読むと、スピーカーの仕様と矛盾しなくなる。
一番低いところは、15インチに任せる
もう一つ、矛盾を解く鍵がある。
Emsleyが描いた使い手は、4×12だけで鳴らしていない。1×15を並べている。
30Hzまでクリーンに出るアンプの低域を、4×12だけで受け持つ必要はない。一番低い帯域は15インチが担い、4×12は、その上で歪んだギターの帯域を大音量で受け持てばよい。
Thunderverb 200の出力端子は、この使い方に向いている。200Wモードのスピーカー出力は、8Ωと4Ωが1系統ずつ、8Ωと16Ωが2系統ずつ、さらに16Ωが4系統まで並ぶ。複数のキャビネットをつなぐことを前提にした数である。
ただし、HP8と15インチのキャビネットを組み合わせるよう、Orangeが勧めた資料があるわけではない。Emsleyの発言は使い手の説明で、HP8には触れていない。
それでも、二つを重ねると、一つの筋が見える。
4×12に求められたのは、帯域を下へ広げることではなかった。15インチと分業する前提の中で、ギターの帯域を、200Wでも壊れずに鳴らすことだった。
ギター用の箱は、ベースの言葉を借りなかった
HP8の製品ページには、もう一つ読みどころがある。
ベースにも使える、と書かれているのはヘッドのほうである。もともとはThunderverb 200ギターヘッドに合わせて作られた、と書き、括弧の中で、そのヘッドはベースヘッドとしても使えると添える。
キャビネット自身については、ベース用とは書いていない。書いてあるのは、ドロップ・チューニングと、ハイゲインの高出力ヘッドである。
ベースにも使えるアンプの相手として作られながら、HP8はギター用キャビネットの言葉で説明されている。
これは慎重な線引きに見える。
ベース用キャビネットとギター用キャビネットは、求められるものが違う。ベースの基音は、ギターよりさらに低い。ギター用の12インチを4基並べた箱で、ベースの一番低いところまで受け持つ、と約束するのは難しい。
Orangeは、そこまでは約束しなかった。約束したのは、低いチューニングのギターと、大きな出力に耐えることである。
境界をまたぐのはアンプで、キャビネットは境界の手前に立っている。
大きな箱ではなく、強い終端
4×12の歴史を、箱の形で追うことは多い。密閉か開放か。直型か傾斜か。前面取付か背面取付か。容積をどこまで大きくするか。
HP8は、そのどの軸でも新しいことをしていない。
同じ箱に、受け止められる量の多いスピーカーを入れ、配線を2系統に分けた。200Wのギターアンプへの回答は、形ではなく、終端としての強さだった。
これは地味な回答である。外から見ても、ほとんど区別がつかない。
だが、地味だから意味がないわけではない。アンプの出力が上がり、チューニングが下がり、歪みがプリアンプへ移ったとき、キャビネットがまず引き受けたのは、低くまで鳴らすことではなく、低い音を大きく入れても崩れないことだった。
そして、もっと低いところは、別の箱に任せた。
まとめ
PPC412HP8は、200WのThunderverb 200のために作られた4×12である。
製品ページは巨大な低域とドロップ・チューニングを謳う。だが搭載するG12K-100は、通常のPPC412のVintage 30より、公称の周波数範囲の下限が高い。
箱は同じで、重さも同じだった。変わったのは、スピーカーの許容入力と、配線である。
設計者が想定した使い手は、4×12の隣に15インチを置き、歪みをプリアンプで作る人たちだった。
キャビネットの説明に「低域」という言葉を見つけたら、一度立ち止まって分けてみるとよい。低くまで出るという意味なのか。低い音を大きく入れても耐えるという意味なのか。
同じ言葉の中に、違う設計が入っている。
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