ギターアンプの歴史には、いくつかの分かれ目がある。
そのひとつが、デジタルモデリングが現実的な選択肢になった瞬間である。
Line 6 PODが登場したのは1990年代の終わりだった。赤いソラマメのような筐体に、いくつものアンプの音が入っている。アンプを持たずに録音できる。当時としては、かなり奇妙な提案だった。
ただ、ここで振り返りたいのはPODそのものではない。
その「直前」である。
PODが当たり前になる前、アンプメーカーはまだ真空管アンプ自体で、すべてに応えようとしていた。もっと歪む。もっと切り替えられる。もっと録音しやすい。その要求に、デジタルではなく真空管と物量で答えようとしていた時代があった。
「全部やる」とは、何をやることだったのか
90年代のギタリストがアンプに求めていたものは、ひとつではなかった。
クリーンが要る。クランチも要る。リードの深い歪みも要る。
足元で踏んで切り替えたい。
ノイズは少ない方がいい。
ラックのエフェクトを綺麗に通したい。
ライブでは大きな音が要る。けれど録音ではラインでも出したい。
これらを一台で引き受けようとすると、アンプはどんどん複雑になる。チャンネルが増える。エフェクトループが付く。EQが独立する。ラインアウトが付く。MIDIで切り替えられるようになる。
つまり「全部やる」とは、演奏の場面ごとにバラバラだった要求を、一台の真空管アンプの中へ詰め込むことだった。
そして、その詰め込み方には各社の個性が出た。
各社が、真空管のまま「全部」を詰め込んだ
この流れは、特定の一社の話ではない。90年代には、ほとんどの主要メーカーが同じ方向へ走っていた。
Marshallは、JCM900でゲインを深くし、エフェクトループとラインアウトを備えた。続く6100シリーズでは、創業30周年記念として多チャンネル化・MIDI対応まで取り込み、Marshallの歴史を一台に詰め込もうとした。
Mesa/Boogieは、もともと多機能の先駆だった。Mark系はグラフィックEQや複数モードを備え、1991年のRectifierでは多チャンネルの大出力ハイゲインを打ち出した。
ENGLは、ドイツらしく機能を増やした。SavageやInvaderの系譜は、多チャンネル・多モード・MIDIを当然のように積み、設定を細かく作り込めるようにした。
Soldanoは、ハイゲインを一から設計する方向を示し、SLO-100が後続の高ゲイン機の基準になった。
Peaveyの5150は、手の届く価格で足元切り替えの高ゲインを広めた。
BognerのEcstasyは、多チャンネルのブティックという形で、改造Marshall的な音を整理して提示した。
英国のLaneyも、VH100Rのように大出力と多機能をひとつの筐体へ詰め込んだ。
並べてみると、設計思想はばらばらでも、向かっている先は同じだ。
真空管アンプ一台で、できるだけ多くの要求に応える。 これが90年代の共通の宿題だった。
詰め込み方には、二つの方向があった
各社の回答を整理すると、大きく二つの方向に分かれる。
ひとつは、単チャンネルを深く掘る方向。チャンネルは増やさず、その代わりに歪みの質と押し出しを突き詰める。Marshall系の高ゲイン単チャンネル機や、Soldanoのような専用設計の高ゲイン機がこれにあたる。
もうひとつは、多チャンネルで覆い尽くす方向。クリーンからリードまでを一台に内蔵し、足元やMIDIで切り替える。Marshall 6100、Mesa/Boogie、ENGLなどがこの極にいる。
どちらが正しいわけではない。
ただ、両方に共通している前提がある。音を作るのは真空管アンプの内側であって、デジタルではないということだ。複数の音色がほしければチャンネルを足す。エフェクトと組みたければループを付ける。録りたければラインアウトを足す。すべて、アナログの回路と物量で解決しようとしていた。
なぜ、デジタルではなく真空管だったのか
いまから振り返ると、ひとつの疑問が浮かぶ。
そこまで複雑にするなら、なぜデジタルにしなかったのか。
理由は単純で、当時はまだ、デジタルで実用的なギターの音を作るのが難しかったからである。
初期のデジタル機材は、音の説得力や反応の自然さで真空管に届かないことが多かった。レイテンシーや質感の問題もあった。
だから、各メーカーは真空管アンプの内側で勝負した。回路を足す。段数を増やす。チャンネルを切り替える。スイッチング素子を足す。トランスを大きくする。
「全部やる」を、アナログの物量で実現しようとした。
その結果が、大きく、重く、複雑な90年代のアンプ群である。
これは無駄な遠回りではない。デジタルが追いつくまでの間、真空管アンプは確かに時代の要求を引き受けていた。その物量には、その時代なりの必然があった。
POD以後に変わった「前提」
そこへPODが現れる。
PODが変えたのは、音の良し悪しだけではない。
「アンプを持つ」という前提そのものを揺らした。
それまで、録音やライブの音作りは、アンプという物理的な箱を中心に組み立てられていた。アンプがあり、キャビネットがあり、マイクがあり、その先に卓があった。
PODは、その箱を持たずに音を出せると提案した。小さな機材ひとつを卓につなげば、複数のアンプらしい音が出る。
最初の音が真空管アンプと完全に同じだったわけではない。
それでも、「アンプを持たない選択肢が現実にある」と多くの人が気づいた。これが大きかった。
ここを境に、真空管アンプの多機能化という競争は、少しずつ意味を変えていく。
一台で全部やる必要は、必ずしもなくなる。複数の音色はデジタルが引き受けられる。エフェクトもデジタルの内側で完結する。
真空管アンプは、「全部やる道具」から「あえて選ぶ音」へと、立ち位置を移していった。
この時代のアンプを、なぜ記録するのか
CSL(Chuuni Sound Lab)は、実機の真空管アンプを決まった条件で収録し、Kemperプロファイルとして残している。
関心があるのは、まさにこの「POD前夜」の世代である。
デジタル化の直前に、真空管と物量で時代に応えようとしたアンプたち。現代の基準では大きく、重く、扱いづらい。鳴らしきれる場所も限られる。
だからこそ、いま記録する意味がある。
残したいのは「最高のアンプ」ではない。その時代に、メーカーが何をしようとしていたかを、実際に鳴っている一台の音として留めることである。
条件を揃えておけば、単チャンネルを深く掘ったアンプと、多チャンネルで覆い尽くしたアンプを、同じ土俵で聴き比べられる。
「全部やろうとしていた」時代の手触りは、スペック表だけでは伝わらない。鳴っている音と、その音が出てくる前提ごと記録して、はじめて後から確認できる。
POD以後の世界に立っているからこそ、その前夜の音を残す意味がある。
まとめ
Line 6 PODが現れる直前、アンプメーカーはまだ真空管アンプ自体で「全部やろう」としていた。
Marshall、Mesa/Boogie、ENGL、Peavey、Bogner、Laney——設計思想はばらばらでも、向かう先は同じだった。単チャンネルを深く掘るか、多チャンネルで覆い尽くすか。いずれも、デジタルではなくアナログの物量で時代に応えようとした回答である。
PODは、そこへ「アンプを持たない選択肢」を持ち込んだ。これを境に、真空管アンプは「全部やる道具」から「あえて選ぶ音」へと立ち位置を変えていく。
その分岐の手前にあったアンプたちには、過剰に見える物量の中に、その時代なりの必然が残っている。だからこそ、実機の音として記録しておく意味がある。
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