ギターアンプの歴史を振り返ると、ある時期までは「次のアンプ」がどんな形をしているか、だいたい想像がついた。
もっと歪む。もっとチャンネルが増える。もっと出力が上がる。もっと多機能になる。
進化の方向は、おおむね一本道だった。
その一本道が、2000年代に入って一度はっきりと枝分かれする。
その後のギターアンプは、ひとつの「正解」へ向かったのではない。複数の方向へ同時に散らばっていった。
この記事では、その分岐を整理する。そして、その分岐点にちょうど90年代のアンプが立っていることを確認したい。
90年代まで、アンプ本体が進化の中心だった
真空管アンプにとって、90年代は「まだアンプ本体が主役」だった最後の時代と言ってよい。
音作りの中心は、足元のペダルでも、机の上のソフトウェアでもなかった。アンプそのものだった。
だからメーカーは、アンプの中に機能を足し続けた。
チャンネルを増やす。ゲイン段を足す。マスターボリュームを付ける。エフェクトループを設ける。MIDIで切り替えられるようにする。ラインアウトを用意する。
英国のMarshall、米国のMesa/Boogie、独国のENGL、米国のPeavey。各社が、それぞれの流儀で大型化と多機能化を進めた。
ハイゲイン競争もこの延長にある。Soldanoが提示した整った高ゲインは、各社の設計に影響を与えた。改造Marshall文化も、まだ「アンプをどう作り替えるか」という話だった。
つまり、未来はアンプの内側にあると、誰もが考えていた。
筐体は大きくなり、重くなり、操作子は増えた。それは無駄ではなく、当時の合理だった。会場は広く、PAは前提で、大音量が普通だった。物量には物量の理由があった。
この前提を押さえておかないと、その後の分岐が「退化」や「衰退」に見えてしまう。そうではない。前提が変わっただけである。
2000年代、デジタルと宅録が同時に現実になった
2000年代に入ると、二つのことが同時に現実になった。
ひとつは、デジタルモデリングが「使えるもの」になったこと。
Line 6のPODは、その象徴としてよく挙げられる。アンプを持たずにアンプの音を録る、という選択肢が、一部の実験ではなく、現場の道具になり始めた。
もうひとつは、宅録環境が普通になったこと。
オーディオインターフェイスとパソコンがあれば、自宅で録音ができる。深夜に100Wヘッドを鳴らす必要はない。むしろ、鳴らせない。
この二つは別々の出来事ではない。地続きである。
大音量を出せる場所が減り、録音が個人の手に降りてきた。そのとき、巨大な真空管アンプは「便利な道具」ではなくなった。
ここで、進化の前提が静かに入れ替わる。
それまでは「もっと大きく、もっと多機能に」が正解だった。だが、鳴らせない場所で、一人で録る人にとっては、その正解が重荷になる。
未来は、アンプの内側だけにはなくなった。アンプの外側、つまり録り方や信号の扱い方の側にも、未来が生まれた。
分岐の一方──デジタルと小型化へ
分岐の片側は、軽さと扱いやすさへ向かった。
デジタルモデリングは年々現実的になり、やがてプロファイリングという考え方も現れる。実機の応答を解析して記録し、持ち運べる形にする発想である。
並行して、小型・低出力の真空管アンプも増えた。1Wから十数Wクラスの小さなアンプが、一時期まとまって登場した時期がある。大音量を前提にしない歪みを、小さな筐体で得るための回答だった。
低価格帯のアンプも厚くなった。練習や入門のためのアンプは、デジタルを取り込みながら手の届く価格に下りていった。
この方向の共通点は、「アンプを鳴らし切らなくても音が作れる」ことにある。
物量で押すのではなく、制御と再現で解く。90年代の合理とは、前提がまるで違う。
分岐のもう一方──ブティックと高級化へ
分岐のもう片側は、逆の方向へ進んだ。
軽さや安さではなく、手仕事と密度へ向かう流れである。いわゆるブティックアンプの台頭がこれにあたる。
ここを「もっと歪むアンプを作る話」だけで語ると、半分しか見えない。
たしかに、改造Marshall文化を洗練させた高ゲイン系の流れはある。整ったハイゲインを、少量生産の丁寧な作りで提供するメーカーが現れた。
だが、ブティック化はハイゲインだけではなかった。
ここでMatchlessを挙げておきたい。
Matchlessは、もっと歪ませる方向のメーカーではない。古い回路の美学を見直し、ハンドワイヤードで組み、Vox系・クラスA的な価値観を現代に提示した。
つまり、ヴィンテージ回帰であり、高品質な小規模生産であり、大量生産アンプとは異なる嗜好品としての真空管アンプだった。
この一例があるだけで、ブティック化の意味が変わる。
ブティックアンプとは、「もっと歪む高級機」のことではない。「真空管アンプを実用品から嗜好品へ移す動き」全体のことである。
ハイゲインの洗練と、ヴィンテージの再評価。方向は逆に見えて、根は同じだった。どちらも、大量生産アンプへの不満から出発している。
高級リイシューの流れも、ここに重なる。過去の名機を、当時の作りに近づけて再提示する。これも、アンプを「選んで愛でるもの」として扱う発想である。
真空管アンプは「当たり前」から「選ぶもの」になった
分岐をまとめると、こうなる。
軽さと再現性へ向かう側。手仕事と密度へ向かう側。そのあいだに、デジタル、小型真空管、低価格機、ブティック、高級リイシュー、プロファイリングが並ぶ。
これらは、ひとつの正解を奪い合っているのではない。用途ごとに棲み分けている。
その結果、真空管アンプの位置づけが変わった。
90年代まで、真空管アンプは「とりあえずそこにあるもの」だった。スタジオにも、ステージにも、当たり前のように置かれていた。
2000年代以降、それは「選んで使うもの」になった。
デジタルで済むなら、それでもよい。小型で足りるなら、それもよい。それでもなお大きな真空管アンプを選ぶなら、そこには理由がいる。
この「理由がいる」という状態こそ、分岐の後の風景である。
どれが正しいわけではない。ただ、選択肢が増え、真空管アンプが特別な選択肢のひとつになった。それだけのことが、地味だが大きい。
CSLは、その分岐を実機で追っている
ここまでを踏まえて、CSL(Chuuni Sound Lab)の立ち位置を整理しておきたい。
CSLがやっているのは、実機の真空管アンプを、決めた条件で収録し、Kemperプロファイルとして記録することである。
これは、分岐のどちらか一方に立つ仕事ではない。分岐をまたぐ仕事である。
デジタルの利便を使いながら、対象はあくまで実機のアンプにある。プロファイリングという2000年代以降の技術で、それ以前の真空管アンプの応答を記録する。
つまり、分岐した二つの方向を、ひとつの作業の中でつないでいる。
だからこそ、その音を同じ条件で記録しておく意味がある。
90年代のアンプは、この記録に向いている。
進化の中心がアンプ本体にあった最後の世代であり、同時に、その後の分岐の出発点でもある。評価が定まりきっていない世代でもある。
メジャーすぎる名機は、すでに多く語られ、多く記録されている。むしろ、分岐点に立つ過渡期のアンプにこそ、記録する余地がある。
CSLは、その分岐を、言葉だけでなく実機で追いたい。
まとめ
90年代まで、ギターアンプの進化は一本道に見えた。もっと歪み、もっと多機能で、もっと大きく。未来はアンプの内側にあった。
2000年代に入り、デジタルと宅録が同時に現実になったとき、その一本道は分岐した。
軽さと再現性へ。手仕事と密度へ。デジタル、小型真空管、低価格機、ブティック、高級リイシュー、プロファイリングへ。
Matchlessのようなヴィンテージ回帰の存在が示すように、ブティック化はハイゲインだけの話ではなかった。真空管アンプ全体が、実用品から嗜好品へと位置を変えた。
その結果、真空管アンプは「当たり前」から「選ぶもの」になった。
CSLは、その分岐点に立つ90年代の実機を、条件を明示して記録している。分岐のどちらにも与せず、両方をまたぐ場所から、一台ずつ残していく。
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