アンプの信号は、最後にスピーカーへ届き、空気の振動になる。長いあいだ、そこが音の「終わり」だった。
ロードボックスとIRは、この終わり方を変えた——と、ひとまず言える。だが「スピーカーという変数が、そっくりデジタルに置き換わっただけ」と要約すると、いちばん面白いところを取りこぼす。実際には、信号のチェーンは一箇所で切られ、手前は生きたアナログのまま残り、切り離された先の一部だけが計算に置き換わり、そして一部は取り逃されている。この記事は、その「どこを残し、何を失ったか」を掘る。
スピーカーは、最後の、そして非線形なアナログ段だった
まず、スピーカーが何をしていたかを正確に押さえる。
スピーカーは、電気信号を空気の振動に変える変換器だ。ただし、正確な変換器ではない。特定の帯域を強調し、箱と共鳴し、そして——ここが重要だが——大音量では非線形に振る舞う。コーンは限界で崩れ(コーン・ブレイクアップ)、ボイスコイルは熱でコンプレッションを起こし、入力のレベルによって応答そのものが変わる。歪んだ信号が「アンプの音」として耳になじむのは、この非線形な最終段を通った後だ。スピーカーは、音を色づけるだけでなく、信号の大きさに応じて動的に変形させる、生きたアナログ段だった。
まず来たのは、アッテネーターとロードだった
歴史を追うと、いきなりデジタルになったわけではない。
最初の動機は、単純に「音量」だった。パワー段を追い込むと良い音がするが、それには大音量が要る。そこで、パワー段の出力を受け止め、スピーカーへ届く前に音量だけを落とす装置が生まれた。1970年代末の Tom Scholz による Power Soak、90年代の THD Hot Plate などが初期の代表だ。やがてこれが発展し、Fryette Power Station、Suhr Reactive Load、Two Notes の Torpedo、Universal Audio の OX Amp Top Box のようなロードボックスになる。パワー段を鳴らしきったまま、スピーカーを大音量で駆動せずに信号を取り出す機材だ。真夜中でも、100Wを追い込んだパワー段の音を録れるのは、この系譜のおかげだ。
ロードボックスは、「変数のデジタル置換」ではない
ここが、要約では見えない肝心な点だ。
ロードボックスは、スピーカーをデジタルに置き換える箱ではない。信号のチェーンを、パワー段の直後で切る箱だ。だから、真空管パワー段の歪み、出力トランスの飽和、電源のサグ——アンプの「らしさ」の大きな部分を占める挙動は、アナログのまま生きて残り、そのまま抜き取られる。
しかも、その残り方には質がある。スピーカーのインピーダンスは、周波数によって大きく変動する(低域の共振点や高域で持ち上がる)。パワー段は、この変動する負荷と相互作用して音と弾き心地を作っている。だから、ただ抵抗で受けるレジスティブ・ロードでは、パワー段が「感じる」負荷が実物と違い、音も手応えも変わってしまう。これに対し、スピーカーのインピーダンス曲線を模したリアクティブ・ロードは、その相互作用まで保つ。近年のロードボックスがこぞってリアクティブなのは、切り離してもなお、パワー段とスピーカーの関係を残そうとしているからだ。置き換えたのはスピーカーの「音響変換」だけで、パワー段の挙動は置き換えていない。
IRは、線形のスナップショットにすぎない
では、切り離されたスピーカーの音響は、どこへ行ったのか。IR(インパルス応答)だ。
IRは、あるスピーカーとキャビとマイクが信号にどう反応するかを、一つの線形フィルターとして記録したものだ。周波数特性と位相——つまりスピーカー+マイクが作る「色」を、忠実に畳み込みで再現する。Celestion が公式IRを配布しているように、いまや無数のキャビ×マイクの色がデータ化されている。ここまでは、実によくできている。
だが、IRが捉えているのは線形な色だけだ。先に書いた、スピーカーの非線形な振る舞い——大音量でのコーンの崩れ、ボイスコイルのコンプレッション、入力レベルで変わる応答——は、静的な線形フィルターには入りきらない。IRは、ある一点の「色」を写した写真であって、大きさに応じて動的にたわむスピーカーの生々しさは、そのままには残らない。実際にマイクで録ったキャビと比べて、素のIRがどこか平面的に聞こえることがあるのは、この取り逃しのためだ。近年は、複数レベルを捉えて動的な挙動を近づける手法も出てきたが、静的なIR一枚が線形の近似である、という原理は変わらない。
だから、問いは「物理かデジタルか」ではない
こう分解すると、話は「スピーカーが物理からデジタルに置き換わった」ではなくなる。
チェーンは、三つの層に分かれる。①パワー段の挙動(ロードボックスがアナログのまま残す)、②スピーカー+マイクの線形な色(IRがよく再現する)、③スピーカーの非線形な動特性(線形IRが取り逃す)。ロードボックスとIRがやったのは、スピーカーという一つの変数を丸ごとデジタルにしたことではなく、この三層を切り分け、それぞれ別の扱いにしたことだ。何が生きて残り、何が近似され、何が失われるか。終わり方が変わったのではなく、終わりが複数の層に分解された、と言うほうが正確だ。
では、CSLの記録は、IRと何が違うのか
ここで、正直に認めるべきことがある。CSLは最終的に、鳴らした音を Kemper のプロファイルにする。そして Kemper プロファイルは、突き詰めれば IR の親戚だ。
Kemper のプロファイルは、アンプの非線形な部分(歪みの作り方)はモデルとして捉える。だが、キャビとスピーカーの部分は、IR とほぼ同じく線形的な応答として扱われる。だからこそ、Kemper 上で別のキャビに差し替えたり、外部IRを重ねたりできる。つまり、CSLが実際の Marshall 1912 をマイクで録っても、それをプロファイルに落とし込んだ時点で、③のスピーカーの生の非線形——大音量でのコーンの崩れやコンプ——は、IR と同じように凍結され、線形に近い形へ畳み込まれる。「実キャビで録るから、IR が取り逃す生の物理まで残せる」わけではない。ここは、はっきりさせておきたい。Kemper がプレーンなIRに足しているのは①アンプの非線形であって、それはロードボックス経由でも同じく得られる。スピーカー層に関しては、CSLのやっていることも、実質 IR と変わらない。
では、CSLが実キャビとマイクにこだわる意味は、どこにあるのか。それは「生の非線形を保つ」ことではない。実在した一つの状態を、まるごと一体で凍結することにある。汎用のDIに、誰かが別に測った汎用のIRを後から掛け合わせるのではなく、「この実アンプが、この実キャビ(1912)を、この設定で、SM57とGT-67で実際に鳴らした」——その一体の結果を、素性ごと写し取る。パワー段と実スピーカーが実際に相互作用した、その瞬間の音だ。違いは、物理を live で残せるかどうかではなく、記録の出どころにある。汎用部品の組み合わせか、実在した特定の状態の写しか。CSLが売るのが「最高の音」ではなく「実際にあった音の記録」だという立場は、ここでも一貫している。
まとめ
ロードボックスとIRは、スピーカーという最終段を切り離した。だがそれは「変数がデジタルに置き換わっただけ」ではない。リアクティブ・ロードはパワー段の挙動をアナログのまま残し、線形のIRはスピーカーの色をよく再現するが、非線形な動特性は取り逃す。終わりは、置き換わったのではなく、三つの層に分解された。
そして——ここが肝心だが——Kemper のプロファイルもまた IR の親戚で、スピーカー層はやはり線形的に凍結される。だからCSLが実キャビと実マイクで録るのも、生の物理を live で残すためではない。残せるのは、実在した特定の状態の、素性ごとの写しだ。音がどこで、どう「終わる」かは、いまや設計と選択の対象であり、そのどれもが——IRも、モデラーも、CSLのプロファイルも——程度の差はあれ「凍結」である。違いは、何を凍結の元にしたか、その正直さにある。