Rushを初めて聴いたとき、別々に作った部分を無理につないだように聞こえることがある。
リズムが急に変わる。曲の性格が、区切りごとに入れ替わる。どこがつなぎ目なのか、はっきり分かる。
ところが何度か聴くうちに、その感じが消える。消えるというより、つなぎ目そのものが「このバンドの言い方」として聞こえ始める。
よくある説明は、慣れた、である。
間違いではない。ただ、慣れたという言葉は、何が起きたのかを何も説明していない。最初は異物だったものが、どうして語法になるのか。
もう一つ、逆向きの例を置く。
1970年代前半のKing Crimsonは、舞台の半分近くを即興で埋めていた。調も、コード進行も決めていない。それでも、演奏がばらばらに崩れたようには聞こえない。
こちらは、あらかじめ決めた規則が無いのに、まとまって聞こえる。
Rushは、作ってある曲に継ぎ目がある。King Crimsonは、作っていない音楽に筋が通る。
この2つを同じ軸に並べると、音楽の整合性というものが、音の中に最初から置かれている性質なのかどうかが見えてくる。
YYZは、寄せ集めだと本人たちが言っている
1981年の『Moving Pictures』に、「YYZ」というインストゥルメンタル曲がある。
YYZは、トロント・ピアソン国際空港の識別コードである。空港の無線標識は、この識別子をモールス信号で送っている。曲の冒頭は、そのY-Y-Zのモールスを、編曲を変えながら繰り返し鳴らす。
アルバムは1981年2月11日、発売とほぼ同時に、地元トロントのラジオ局で初めて通して放送された。その番組でGeddy Leeは、この曲の成り立ちを説明している。
主にNeil Peartと自分が書いた。自分たちの周りに漂っていた、たくさんのリズムの案があった。それをまとめて何か作りたかった。
そして、空港の気分のいくつかの違いを強調するために、小さなものをたくさん投げ込んだ、と言う。
冒頭については、とても奇妙なリズムで始まるが、それはYYZのモールス信号をベースとドラムとギターに移しただけだ、と答えている。
聞き手が、この曲に筋書きはあるのかと尋ねると、Leeは否定した。空港というのは、たくさんの場所へ通じる扉のようなものだ、と。
Peartも、同じことを別の言い方で語っている。この部分はこれを表す、という対応は無かった。ただ、行き交う慌ただしさと、空港というものが持ちうる中間部の大きな感情はある、と。
つまりYYZは、作った本人たちの説明の上では、ばらばらのリズムの案を集めた曲である。
ここで大事なのは、集めた素材どうしを結びつけているのが、音楽上の規則ではないことだ。
空港である。
空港は、多くの場所への扉である。到着と出発、別れと再会が同じ建物のなかで起きる。性格の違う部分が隣り合っていることに、主題の側が理由を与えている。
ただし、主題は聴き手に説明されない。曲はインストゥルメンタルで、題名は3文字の識別コードでしかない。
だから、最初に聴いた人には継ぎ目だけが残る。
奇妙なリズムは、繰り返されて規則になる
では、継ぎ目はどうやって語法に変わるのか。
YYZの冒頭は、その答えを曲の中でやっている。
モールス信号で、Yは長・短・長・長、Zは長・長・短・短である。拍の上に自然に乗る形ではない。Lee自身が「とても奇妙なリズム」と呼んだのは、そのためである。
曲は、この奇妙な形を1回で終わらせない。編曲を変えて、何度も鳴らす。
1回目は異物である。2回目には、さっきのあれだと分かる。3回目には、次に来る形を待てる。
その時点で、奇妙なリズムは曲の規則になっている。聴き手は、楽典の規則ではなく、この曲がその場で教えた規則を学んだことになる。
反復が聴き手に何をするかについては、音楽心理学に分かりやすい実験がある。
音楽心理学者のElizabeth Hellmuth Margulisは、Luciano BerioとElliott Carter、20世紀を代表する難解な作曲家2人の作品を使って実験をしている。
どちらも、初めて聴いただけでは構造をつかみにくい。Margulisは、この種の抜粋に一つだけ手を加えた。曲の中の短い箇所を、そのまま機械的に繰り返しただけである。元の作品には無い、挿入された反復である。
それを音楽理論の専門家に聴かせると、反復を入れた版のほうが好まれた。そして、人間が意図して作曲したものだと判断される度合いも上がった。
繰り返されたものは、意図されたものに聞こえる。
偶然そこにあったものが、2回目に現れた時点で「狙って置かれたもの」へ変わる。YYZの冒頭で起きているのも、同じ種類のことだと考えられる。
そしてこれは、曲の中だけで起きるのではない。
同じ曲を何度も聴けば、曲全体が一つの反復になる。最初に継ぎ目だと感じた箇所は、2回目の再生では「ここで変わる」と分かっている箇所になる。分かっている変化は、もう断絶ではない。
最初に感じた「無理につないだ」という印象と、何度か聴いた後の「これがRushの言い方だ」という印象は、同じ音に対する、学習の前と後である。
同じアルバムに、真っすぐなロック曲がある
ここで、Rushとは継ぎはぎのバンドである、とまとめたくなる。
それは違う。
同じ『Moving Pictures』のすぐ次の曲が「Limelight」である。Alex Lifesonは、この曲について、これも早くできた曲で、本当にただの真っすぐなロック曲だ、と言っている。
同じバンドの、同じ時期の、同じアルバムである。継ぎ目の目立つ曲と、目立たない曲が並んでいる。
この時期のRushは、書き方そのものを変えようとしていた。Leeは、片面を丸ごと使う長い組曲をそれまで何度も書いてきたが、それがほとんど背負う十字架のようになり、自分たちのなりたいものを制限しかけていた、と振り返っている。
もっと簡潔に、もっと同時代的なやり方で考えを伝えたかった、とも言う。
そしてLifesonは、同じアルバムの「Red Barchetta」を一番好きな曲に挙げ、その理由として、部分の編み合わさり方が好きだ、変化が好きだ、と語っている。
継ぎ目は、Rushにとって隠すべき失敗ではなかった。部分がどう組み合わさるかは、バンドの中で意識された評価の軸だった。
だから、ある曲では継ぎ目を見せ、ある曲では見せない。それは曲ごとの選択である。
もっとも、Limelightが滑らかに聞こえること自体も、先にRushの語法を学んでいたからかもしれない。滑らかさは曲の性質であると同時に、聴き手の履歴でもある。この区別は、最後まで付けきれない。
King Crimsonの即興には、規則が一つしかなかった
次に、逆側を見る。
1972年から1974年のKing Crimsonは、Robert Fripp、John Wetton、Bill Bruford、David Crossを中心にした編成である。最初の数か月は打楽器のJamie Muirもいた。
この時期の即興について、Wettonはこう説明している。
規則は一つだけだった。どのメンバーもいつでも主導権を取れる。残りのメンバーはそれに従う。ただし、拠り所になる調の中心もコード進行も無い。完全に開いていた、と。
別のインタビューでは、もう一歩踏み込んでいる。
誰かが思い切って前へ出たら、残りはついていく。それだけのことだ。この規則を当てはめれば、いつもうまくいく。誰であっても、残りがついていけば、全員がやるべきことをしているように聞こえる。
舞台で演奏したものの40〜60%は即興だったという。どこで即興が始まり、どこで終わるのか、メンバー自身にも分からなかった、とWettonは笑っている。
ここで言われていることは、かなり正確である。
整合性は、先に決めた調やコード進行から生まれているのではない。誰かが出て、残りが従う。その応答の連鎖が、その場だけの規則を作る。
そして聴き手の側では、それが「全員がやるべきことをしている」ように聞こえる。
やるべきことは、演奏の前には存在していない。従った結果として、後から「やるべきことだった」ように聞こえるのである。
Trioで、ドラマーは叩かないことを選んだ
その応答が、音を出さない形をとった例がある。
1973年11月23日、アムステルダムのコンセルトヘボウ公演。この夜の即興のひとつが、「Trio」と名付けられて翌1974年の『Starless and Bible Black』に収められた。
Muirは同年2月にバンドを離れており、このときは4人編成である。
Brufordは、Trioのあいだずっと、スティックを胸の前で交差させたまま、入る瞬間を待っていた。そして、自分がいないほうが曲はうまく進んでいる、と気づいた。
最後まで、打楽器を一切加えなかった。
バンドの残りのメンバーは、この叩かないという判断を決定的な選択とみなした。Brufordは作曲者としてクレジットされた。1975年の編集盤『A Young Person's Guide to King Crimson』の演奏クレジットには、Brufordの貢献として「見事な自制」と書かれている。
同じ曲で、Wettonは別の仕事をしている。FrippがMellotronを弾いていたので、自分がベースでコード進行を示した、と言う。
ギタリストが和音楽器へ回り、ベースが和声の枠を示し、ドラマーは待ち続けて入らない。
前もって決まっていた配役ではない。その夜、その場で、互いの音を聴いて決まった配役である。
Wettonの言う「残りが従う」は、同じ音型に合わせることだけを意味しない。前へ出た音楽に対して、何をしないかを選ぶことも、従うことに含まれている。
そしてバンドは、その「しなかったこと」を作曲として数えた。
作曲とは、音を置くことだけではない。この曲がそうなるように決めた判断すべてである。Trioの作曲クレジットは、その考え方を1行で記録している。
論理の人と、状況を退ける人が同じバンドにいた
では、この時期のKing Crimsonは、ただ自由だったのか。
そうではない。
Muirは、Frippについてこう書いている。論理と機能を強く気にかける人で、ソロはいつも弾く前に組み立てていた。自分は即興にあまりに深く入り込んでいたので、彼にとっては少し手に余ったと思う、と。
Muir自身の考え方は、正反対の方向にある。演奏のなかで、まだ見つかっていないものを見つける方法は、状況を識別したとたんに、すべて退けることだ、と述べている。
分かったと思った瞬間に、その分かり方を捨てる。
片方には、前もって組み立てる人がいる。もう片方には、組み立てが見えた瞬間に壊す人がいる。
King Crimsonの即興は、無秩序だったのではない。規則を前もって置く態度と、規則を置いたそばから退ける態度が、同じ編成の中で拮抗していた。
「一人が出たら、残りが従う」という一つだけの規則は、その両方を同じ場に置くための仕組みだったと読める。
Brufordは、Muirから教わったこととして、自分は音楽に仕えるために存在するのであって、音楽が自分に仕えるために存在するのではない、と書いている。
Muirが去った後のTrioで、Brufordは音楽のほうを優先して、叩かなかった。本人がMuirから受け取ったと書く考え方と、あの夜の判断は、同じ方向を向いている。そうつなげるのは筆者の読みだが、少なくとも矛盾はしない。
即興は、レコードになった時点で作曲と同じ聴かれ方をする
もう一つ、見落とされやすいことがある。
『Starless and Bible Black』は、多くがライヴ録音で、スタジオ録音やオーバーダブと編集でつながれている。拍手は、できる限り取り除かれた。
即興で生まれたTrioは、レコードの1曲になった。
そうなると、聴き手はそれを何度でも再生できる。1973年11月23日の夜に一度だけ起きた応答の連鎖が、繰り返し聴かれる固定された音になる。
ここで、RushとKing Crimsonの話がつながる。
YYZは、作った曲である。ばらばらのリズムの案を、空港という主題でまとめ、冒頭の奇妙な形を繰り返して規則にした。聴き手は反復のなかで、その規則を学ぶ。
Trioは、作っていない曲である。その場の応答が、その場だけの規則を作った。だがレコードになった後は、聴き手はやはり反復のなかで、その規則を学ぶ。
入口は逆である。片方は作曲から、片方は即興から入る。
だが聴き手の側に届いた後は、どちらも同じ仕組みで整合性を得ていく。何度も聴かれ、次に来るものが分かるようになり、分かっている変化が断絶ではなくなる。
整合性は、音の中にあらかじめ置かれているのか
ここまでの話を整理する。
音楽がまとまって聞こえる理由は、少なくとも3つの層に分けられる。
一つ目は、聴き手がすでに知っている規則に合っていること。調性、拍子、よくある曲の形。
二つ目は、その曲が聴き手に教える、その曲だけの規則。YYZの冒頭の反復が、ちょうどこれを作っている。
三つ目は、演奏者どうしの応答が、その場で作る規則。Trioは、ほぼこれだけでできている。
一つ目だけで整合性を考えると、Rushの継ぎ目は欠点になり、King Crimsonの即興は崩壊に見える。
二つ目と三つ目を入れると、見え方が変わる。整合性は、作品にあらかじめ埋め込まれた性質というより、演奏者と聴き手が、出来事を同じ一つの音楽として受け取れるようになるまでの、時間のかかる作用に近い。
そう考えたとき、2つのバンドがそれぞれ手に入れたものがはっきりする。
Rushが手に入れたのは、筋書きを持たないまま、性格の違うリズムの案を1曲に同居させる自由である。まとめる役を主題と反復に任せたので、素材どうしを滑らかにつなぐ必要がなかった。
King Crimsonが手に入れたのは、調もコード進行も決めずに舞台へ上がる自由である。まとめる役を「残りが従う」という一つの規則に任せたので、何を演奏するかは毎晩その場で決めてよかった。そして、演奏しないという判断まで作曲として数えることができた。
どちらも、整合性を捨てたわけではない。整合性を作る場所を、楽譜の外へ移した。
まとめ
初めて聴いたRushの継ぎ目が、何度か聴くうちに語法に変わる。それは、慣れという曖昧な言葉で片づけるより、曲が教えた規則を聴き手が学んだ、と言ったほうが正確である。
YYZを作った本人たちは、その曲をリズムの案の寄せ集めだと説明している。寄せ集めをつないだのは、空港という主題と、冒頭の奇妙な形の反復だった。
King Crimsonの即興では、規則は一つしかなかった。誰かが出たら、残りが従う。その応答が、その場だけの規則を作り、1973年のアムステルダムでは、一打も叩かなかったドラマーを作曲者にした。
継ぎ目が文法になるのは、音の中に最初から答えがあるからではない。繰り返し聴かれ、あるいは互いに応答されるうちに、出来事が一つの世界として受け取れるようになるからである。
だから、最初の一回で継ぎ目に引っかかった曲ほど、もう一度聴く価値がある。二回目に聞こえているのは、同じ音ではなく、学び終えた後の音である。
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