真空管アンプの音量問題は、半世紀以上にわたって解かれ続けている。
パワー段を働かせないと出ない音がある。しかしパワー段を働かせると、音量は部屋にもステージにも大きすぎる。
この問題への回答は、ほとんど同じ場所に置かれてきた。アンプとスピーカーの間である。
抵抗を入れる。疑似負荷を噛ませる。箱に閉じ込める。信号をデジタルの畳み込みへ渡す。置かれる位置は少しずつ違うが、発想は共通している。アンプが作った電力を、スピーカーへ届く前に減らす。
だが2000年代の終わりから2010年代の初めにかけて、まったく別の場所を触った製品が出ている。
スピーカーそのものである。それも、コーンでも箱でもない。磁石を触った。
音量問題は、どこで解かれてきたのか
まず、これまでの解き方を並べてみる。
一番早いのはアンプ側だった。マスターボリュームである。プリアンプで歪ませ、パワー段へ渡す量を絞る。歪みは手に入るが、パワー段とスピーカーが大音量で作る成分は手に入らない。
次に出力そのものを減らす方法がある。出力管の本数を切り替える。五極管接続を三極管接続へ変える。電源電圧を下げて出力段の動作点ごと縮める、いわゆるパワースケーリングもここに入る。
そして、アンプとスピーカーの間へ抵抗性・誘導性の負荷を挿入する減衰器がある。1980年前後のPower Soak以降、この形式は定番になった。90年代のTHD Hot Plateのような製品が広く使われた。
さらに進むと、スピーカーを鳴らすこと自体をやめる方向になる。ロードボックスで電力を受け止め、そこからライン信号を取り出し、キャビネットの応答はIRで足す。実際のスピーカーを鳴らしたければ、箱ごと密閉してしまうアイソレーション・キャビという手もある。
解き方は多様に見える。しかし、共通する前提が一つある。
スピーカーの能率は、動かせない定数として扱われてきた。
アンプの出力を変えるか、スピーカーへ渡す電力を変えるか、スピーカーが出した音を閉じ込めるか。触っているのは常に、スピーカーの手前か外側である。
スピーカーの能率は、なぜ固定なのか
ここで一度、スピーカーが音を出す仕組みへ戻る。
コーンを動かしているのは、ボイスコイルに働く力である。その力は、磁気ギャップの磁束密度と、そこにあるコイルの巻線長と、流れる電流の積で決まる。設計の世界では、磁束密度と巻線長の積をBl(ビーエル)と呼ぶ。この値が、そのスピーカーの「電流を力へ変える効率」を表す。
Blが大きければ、同じ入力で大きく動く。能率が高い。Blが小さければ、同じ入力でも動きが小さい。能率が低い。
そして、磁気ギャップの磁束密度は磁石が決めている。アルニコでもフェライトでもネオジムでも、永久磁石である以上、その値は製造時に確定する。ユーザーが触れる場所ではない。
だから能率は定数として扱われてきた。カタログの感度(dB/W/m)が一つの数字で書かれているのは、そのためである。
ただし、これは物理法則ではない。部品選択の帰結にすぎない。
第二次大戦前後まで、スピーカーの磁気回路は永久磁石ではなかった。フィールドコイル、つまり電磁石だった。当時入手できた永久磁石は弱く、強いものは高価で作りにくかったからである。ギターアンプの初期にあたる30年代から40年代の機体では、この電磁石はアンプのB電源で励磁され、同時に電源のリップルを除くチョークの役目まで兼ねていた。
つまり、磁束が電源事情で決まっていた時代が実際にあった。アルニコが量産に乗ると、この構造は急速に消えた。Jensenの型番でいえば、フィールドコイルのF系列のあとにアルニコのP系列が来て、1960年前後からセラミックのC系列が始まる。
磁束は固定された。固定された結果、能率は仕様表の一行になった。
そのあとで、「もう一度動かしてみよう」と考えた人たちがいる。
電磁石を、もう一度持ち込む
一つ目はFluxToneである。設計者のSteve Careyが取り組んだのは、機材の理屈というより現場の問題だった。演奏者が音量を下げない。下げると音が痩せるからである。
FluxToneが選んだ方法は直接的だった。スピーカーの永久磁石を取り去り、そこへ電磁石を置く。外部の可変電源から励磁電流を送り、ノブでギャップの磁束を変える。同社はこれをVariable Magnetic Technologyと呼んでいる。
減衰量として掲げられている数字は約25dBである。抵抗式の減衰器としても大きい部類に入る。
この方式の主張の核心は、出力トランスとボイスコイルの間に何も入れないという点にある。アンプから見た負荷は、あくまでスピーカーのボイスコイルのままである。減衰器を挿入したときに起きる負荷条件の変化を、原理的に避けられるという理屈になる。
製品としては、Eminenceや Celestionのコーンアセンブリを利用し、外付けキャビネットの形にするか、既存アンプへ組み込む形で提供されてきた。専門誌のインタビューが載ったのは2009年で、その時点で三年ほどのデモ活動を経ていたと語られている。
歴史から見ると、これはフィールドコイルの復活である。ただし目的が違う。戦前の電磁石は、強い永久磁石が無かったから使われた。FluxToneの電磁石は、磁束を可変にするために選ばれている。
同じ構造でも、解こうとしている課題が違えば別の技術になる。
永久磁石のまま、磁束を逃がす
もう一つがEminenceのFDM(Flux Density Modulation)である。発表は2010年9月7日。搭載機種はPatriotシリーズのMaverickと、Red CoatシリーズのReignMakerの二機種だった。
こちらは電磁石を使わない。永久磁石のままである。外部電源も不要で、メーカーはこれを「オールアナログな解決」と説明していた。
では何をしているのか。特許を読むとはっきりする。Eminence Speaker LLCが2010年1月13日を優先日として出願した一連の特許(US8249292、US8848968。発明者はThomas A. James、Kevin E. Parrish、William L. Watts)は、ボイスコイルのギャップを通る磁束そのものを機械的に変える構造を主張している。
中心となる実施例は、ポールピースを動かすものである。ネジ切りされた軸とノブで、ポールピースを軸方向へ移動させ、バックプレートとの間に隙間を作る。磁気回路の一部に隙間ができれば、磁束はボイスコイルのギャップ以外の経路へ逃げる。ギャップの磁束密度が下がる。Blが下がる。能率が下がる。
特許にはこのほかにも、ショートリングやショートバー、追加磁石、可動バックプレートなど、九通りの実施形態が並んでいる。「磁束経路を機械的に触る」という発想を、いくつもの形で押さえにいっている。
製品としてのMaverickは、12インチ、75W、38オンスのセラミック磁石、1.75インチのボイスコイルという構成で、感度は99dB台と公表されていた。販売店の説明では、ノブを最大まで回すと能率がおよそ8dBから9dB下がるとされている。ReignMakerも12インチ75Wで、英国系の音色を担当する側だった。
背面のノブを回すと、アンプの設定を何も変えないまま、音量が下がる。減衰器を買い足す必要も、ラックの一段を空ける必要もない。
理屈としては、かなり筋が良い。
「音量だけが下がる」わけではない
ただし、ここは慎重に見る必要がある。
Blを下げるという操作は、能率だけを下げる操作ではないからである。
Blはスピーカーの制動にも効いている。磁気回路が強いほど、コーンの共振は電磁的に抑えられる。この抑えの弱さを表すのが総合Q値(Qts)である。Blが下がれば、Qtsは上がる。
米国の技術誌audioXpressに載ったVance Dickasonによる測定は、この点を実測で確認している。FDMのノブを絞っていくと、音圧とBlが下がり、Qtsが上がる。近接測定では、音量を下げるほどドライバーのQが上がり、明るさが減って暖かい方向へ寄る。
メーカー自身の説明も同じ方向を向いている。発表資料には、減衰を深くすると暖かい音になり、浅くすると音量と明るさが戻る、と書かれている。隠していない。むしろ音色可変の機能として売っている。
一方でFluxToneは、音・タッチ・フィールを変えずに音圧だけを25dB下げる、と説明している。
同じ「磁束を弱める」という物理に対して、宣伝上の位置づけが正反対である。片方は音色が変わることを機能として提示し、片方は変わらないことを価値として提示する。
ここで結論を急ぐ必要はない。実装が違えば、どこまで応答が動くかも違う。独立した比較測定を見ないかぎり、どちらの主張がどの範囲で成り立つかは決められない。
むしろ有益なのは、この対立が「減衰は透明であるべきだ」という前提そのものを照らしている点である。
抵抗式の減衰器でも、アンプから見た負荷の性質は変わる。ロードボックスなら、スピーカーのインピーダンス曲線を模擬するかどうかで結果が変わる。マスターボリュームなら、そもそもパワー段が動いていない。
音量を下げる操作で、音が変わらないものは一つもない。 違うのは、どこが変わるかである。
磁束を触る方式は、その変化の場所が「スピーカーの制動」という、普段は仕様表の裏側にある領域に来る。それだけの話とも言えるし、それが決定的とも言える。
なぜ標準にならなかったのか
FDMは現在、通常のラインナップとしては流通していない。販売店の表記も生産終了扱いになっている。搭載機種は事実上二機種と、同じボイスコイル径を持つ他モデルへのカスタムオーダーに留まった。
終了の時期と理由について、メーカーの公式な説明は確認できていない。演奏者コミュニティでは、設計と作りは良かったが売り方が弱かった、という見方がよく語られる。ただしこれは推測であり、ここで断定はしない。
その上で、構造的に不利だった点はいくつか挙げられる。以下はCSL側の整理であり、検証済みの結論ではない。
一つ目。スピーカー交換は、可逆性の低い買い物である。減衰器なら気に入らなければ外せる。スピーカーは取り付けてしまえば、比較のために戻すのが面倒になる。新しい機能に賭けにくい商品カテゴリだった。
二つ目。スピーカー市場は「音色」を買う市場である。交換用スピーカーの選択は、Greenback系かV30系かEV系か、といった音の性格で語られてきた。機能で選ぶ習慣が薄い。可変機構は、この選び方の語彙に乗りにくい。
三つ目。4×12では四つ必要になる。ノブも四つになる。合わせる手間が増え、しかも合っているかどうかを耳で確認しにくい。
四つ目、そしておそらく最大の理由。同じ時期に、別の解が市場を丸ごと取っていった。ロードボックスとIRである。音量を下げるのではなく、スピーカーを鳴らさずに録るという解決は、宅録という文脈と完全に噛み合った。深夜でも録れることの前には、8dB下げられることは小さく見える。
技術が消える理由は、技術が劣っていることとは限らない。解こうとしていた課題そのものが、別の場所で先に解かれてしまうことがある。
可変であることと、記録できることは両立しにくい
もう一つ、記録する側から見た論点がある。
可変能率のスピーカーは、同じ型番でありながら、ノブの位置によって別の応答になる。感度が変わり、Qが変わり、アンプとの相互作用も変わる。
そして、ノブの位置は写真には写らない。IRのファイル名にも、プロファイルの名前にも残らない。
これは欠陥ではない。演奏者にとっては、その日の部屋に合わせて能率を選べるという素直な利点である。
ただ、音を後から再現したい立場から見ると、条件が一つ増えたことになる。しかも、増えたのは目に見えない条件である。
機材に可変要素を足すことは、いつでもこの取引を含んでいる。選べる範囲が広がるほど、「あのときの音」を指し示す言葉は増える。アンプのノブ位置を記録するのと同じ精度で、スピーカーのノブ位置まで書き留める習慣は、結局定着しなかった。
まとめ
真空管アンプの音量問題は、長いあいだアンプとスピーカーの間で解かれてきた。その裏には、スピーカーの能率は動かせないという暗黙の前提があった。
戦前のフィールドコイルを思い出せば、その前提が絶対でないことはすぐ分かる。磁束が電源で決まっていた時代は実際にあった。
FluxToneは電磁石を戻して磁束を電気的に可変にし、Eminence FDMは永久磁石を残したままポールピースを動かして磁束を機械的に逃がした。どちらも、発音体そのものを可変にすることで音量問題を解こうとした。
測定は、この操作が音量だけを下げるものではないことを示している。Blが下がればQが上がり、音は暖かい方向へ寄る。それを機能と呼ぶか、副作用と呼ぶかは、売り手によって違った。
そして、この分岐は主流にならなかった。おそらくは、技術の優劣より先に、市場と課題設定の方が動いてしまったからである。
こういう「採用されなかった解」を見ておくと、いま自分が使っている解決策が、何を前提にして選ばれたものなのかが見えやすくなる。標準になった方法だけを並べても、その理由までは分からない。
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