Magmaの『Mëkanïk Dëstruktïẁ Kömmandöh』(以下MDK)は、よくCarl Orffの『Carmina Burana』からの影響として語られる。
巨大な合唱。同じ型を繰り返す低音。祝祭のような、同時に威嚇的でもある響き。たしかに似ている。だから多くのレビューが、MagmaはOrffを下敷きにしてMDKを書いた、という順序で説明する。
だが、作曲者のChristian Vander本人は、違う話をしている。
似ていると最初に言ったのは、ピアニストだった
Vanderは、MDKを作曲していた時点でCarl Orffを聴いたことが無かった。
当時のMagmaのピアニスト、Faton Cahenが「これはCarl Orffという作曲家にとても似ている」とVanderに告げ、初めてOrffを聴かせた。
Vander自身の言葉はこうである。
「それまでCarl Orffを聴いたことが無かったから、彼の音楽があの作曲に実際に影響を与えたわけではない」
聴いた後の感想も残っている。
「ああ、これはMagmaにとって理想的なオーケストラだ。こういう編成があったら本当にいいだろうな、と思った」
つまり、似ているという事実と、影響を受けたという因果は、順序が逆だった。Orffはあとから発見され、あとから評価された。作曲の材料にはなっていない。
本人が言う影響は、ジャズだった
では、Vanderが公言する影響は何か。
「ずっとジャズを聴いていた。特にコルトレーンを」
Vanderは、プログレッシブ・ロックよりもジャズのミュージシャンから学んだことの方が多い、という趣旨の発言を繰り返している。John Coltraneのカルテットが作る脈動するリズムは、本人が名指しする数少ない影響の一つである。
同じ反復を繰り返しながら強度を積み上げていくMDKの作り方は、合唱付きのクラシック音楽よりも、コルトレーンの演奏が辿った道に近い、と読める。
新しい編成で、1973年に録音された
MDKは、1973年4月、オックスフォードのManor Studiosとパリのaquarium Studioで録音され、同年5月6日に発売された。プロデューサーはGiorgio Gomelsky。
メンバーは、ヴォーカルのKlaus BlasquizとVander本人を除いて、ほぼ総入れ替えだった。
ベーシストのJannick Topがここで加入する。Vanderの音楽に「完璧に噛み合った」演奏だったと、Magma公式は振り返っている。Stella Vanderも、このアルバムで初めてバッキング・ヴォーカル隊に加わった。
ブラス主体の短い曲が、7楽章の全曲版になった
MDKには、全曲版の前段がある。
Vanderは以前、ブラスセクションを主体にした短いバージョンを作り、45回転のシングルとして発表していた。
Magma公式は、このアルバム版を、そこから「Magmaの芸術的な運命を完全に自分の手へ握った」バージョンへの発展として位置づけている。短い曲は、7楽章から成る長編の演奏システムへ組み直された。
架空言語コバイア語で歌われる歌詞もここで本格化する。アルバム自体が『Theusz Hamtaahk三部作』と呼ばれる神話群の一部で、「Zeuhl Wortz」はコバイア語で「あらゆるものを包み込む力の音楽」「天上の音楽」を意味すると説明される。Magmaが自らのジャンルを指すときに使う「Zeuhl」という語も、ここから来ている。
似ているのに、影響ではない
ここまでをまとめると、妙なことになる。
MDKは、Carl Orffに影響されて書かれたのではない。ジャズの反復から出発し、新しい編成、短縮版からの発展、架空言語という自前の材料だけで組み上げられている。
それでも、完成した音は、Orffを聴いたことのある人には「Orffのようだ」と聞こえる。Vander自身もそう感じて、あとから「理想的なオーケストラ」と呼んだ。
別の場所から出発して、同じような形へたどり着いている。似ていることと、影響を受けていることは、同じではない。MDKはその区別を、作曲者自身の証言という形で残している。
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