新しいスピーカーは、硬い。
ギタリストのあいだでは、昔からそう言われてきた。買ったばかりのスピーカーは高域が尖っていて、低域が出ない。しばらく大きな音で鳴らしているうちに、角が取れてくる。だから新品は、まず鳴らし込め。
この「鳴らし込み」を、工場でやってしまうメーカーがある。
米国の小さなスピーカー工房、Scumback Speakersである。Scumbackは、出荷するすべてのスピーカーを、variac(可変電圧の変圧器)につないで24時間鳴らしてから送り出す。
新品を、新品のまま渡さない。
この記事は、この一手間が何を売っているのかを考える。結論を先に言えば、Scumbackが復刻しているのは、昔のスピーカーの部品でも、昔のスピーカーの挙動でもない。昔のスピーカーが、奏者の手で使われた後の状態である。
Scumbackは、何を復刻しているのか
Scumbackが目標にしているのは、1960年代末から70年代半ばまでのCelestionである。
いわゆる「Pre Rola」期の個体。Marshallの4×12に積まれ、のちに「Greenback」と呼ばれるようになったG12M、その重い磁石版のG12H、そして70年代の「BlackBack」までが対象に入る。
Scumbackのトップページは、12年かけて500基を超える旧Celestionを集め、複数の試作を試してきたと書く。
その成果として並ぶ型番は、旧型の名前をそのまま借りていない。M75、M55、H75、H55。Mは35オンスの磁石、Hは50オンスの磁石。75と55は、旧Celestionのコーンが持っていた低域共振の違い、つまりギター用のリードコーンとベース用のコーンの区別を指している。
型番の付け方からして、Scumbackは旧Celestionを変数に分解して扱っている。磁石の重さ。コーンの種類。ボイスコイルの材料。許容入力。塗布材(doping)。
だから、旧型に存在しなかった組み合わせも作る。
J55とJ75は、40オンスの磁石を積む。Mより5オンス重く、Hより10オンス軽い。Scumback自身が、Celestionが昔作らなかったものとして出している型である。MとHの間に、新しい1点を打っている。
許容入力も、旧型どおりではない。多くの型が25W、65W、100Wから選べる。60年代のG12Mは20Wだった。
それでも、Scumbackは自社のスピーカーを「現行のCelestionで言えばどれに近いか」と問われたとき、ほとんどの場合どれにも当たらないと答えている。比較表は、あくまで目安として置かれている。
「古く聞こえる」ように作る
Scumbackの説明で目を引くのは、次の言い方である。
自社のスピーカーは、箱から出した瞬間から古く聞こえるように作られている。当時どおりのdopingの技法で作り、製造工程の中で慣らしを済ませているので、60年代の個体よりずっと短い時間で鳴るようになる。
製品ページの仕様にも、同じ方向の言葉が並ぶ。
「aged cone」と呼ばれる特別な設計のコーン。小さなダストキャップと、当時どおりのdoping。スパイダーとボイスコイルの公差まで、昔に合わせる。
ここで「古さ」は、二つの層に分かれている。
一つは、材料の層である。コーンに特別な処理を施し、旧来のdopingを塗る。これは製造の段階で、部品そのものに作り込まれる。
もう一つは、時間の層である。組み上がったスピーカーを、出荷前に鳴らす。こちらは部品ではなく、完成品に経過させる工程である。
前者は、ほかの復刻メーカーもやっている。後者が、Scumbackの特徴になる。
24時間、variacで鳴らす
Scumbackはこの工程を「Factory Break In」、略して「FBI」と呼んでいる。
手順は公開されている。
variacの電圧を、そのスピーカーのインピーダンスと許容入力に合わせて設定する。そこから60サイクルの信号、つまり米国の商用電源と同じ60Hzの正弦波を入れる。コーンは約1/4インチ、6mmほど上下に動く。
2時間鳴らして、1時間冷ます。これを8〜9回繰り返す。合計24時間、実際に通電しているのは18時間になる。
Scumbackの説明では、この工程は演奏で慣らすより3倍速く進む。仕上がりは、30〜40Wでステージを40〜50時間こなした状態に相当するという。製品ページのほうでは、ステージ音量で60時間弾いたように聞こえる、という書き方もしている。数字は資料によって揺れているが、どちらも「数十時間ぶんの演奏」を工場で肩代わりする、という主張である。
慣らしを終えると、低域と中低域がよく出るようになり、尖った高域が少し丸くなり、中域が埋まる。Scumbackはそう説明する。冒頭のギタリストの経験則と、同じ方向の変化である。
FBIは、かつては追加料金のオプションだった。Scumbackによれば、その時期でも売上の8割ほどがFBI付きで、リピーターもそれを選んでいた。いまは全品に含まれている。
奏者が、慣らしの時間を買っていたことになる。
同じ古いコーンを、Celestionは「摩耗」と呼んだ
ここで、本家の側を見る。
Celestionは2011年、公式YouTubeチャンネルで、1966年製のG12M Greenbackをリコーンする動画を公開している。
説明文によれば、この個体のコーンは、40年以上ハードに鳴らされた結果、完全に摩耗していた。そこで、Heritage SeriesのG12M用リコーンキットに張り替えた。
Heritage Seriesは、G12MやG12Hといった旧型の名を冠したCelestionの系列である。2012年の製品ページは、1960年代のG12Mを同社で初めてセラミック磁石を使ったギタースピーカーと紹介し、Heritage版の仕様を20W、96dB、磁石35オンス(0.99kg)としている。許容入力は、60年代のG12Mと同じ20Wである。
つまり、メーカー自身にとって、40年使われたコーンは「摩耗」である。直すべき状態であり、新しい部品へ戻す対象である。
Scumbackは、その逆向きに立っている。新品を、使われた側へ寄せる。
ただし、両者が同じ「古さ」を見ているわけではない。
CelestionのG12Mが張り替えられたのは、40年の後である。ScumbackのFBIが与えるのは、数十時間である。少なくともこの工程は、40年の摩耗を作ろうとしていない。作っているのは、新品でもなく、摩耗してもいない、その間の状態である。
「aged cone」の処理が何年ぶんの変化を狙ったものかは、Scumbackは明かしていない。ただ、工程として公開されているFBIの目盛りは、年ではなく時間で刻まれている。
60年代の奏者は、この状態を自分で通過していた。新品のG12Mをリハーサルとギグで鳴らしていけば、数十時間にはいずれ届く。Scumback自身、2か月以内に30Wで40〜50時間弾く見込みがないならFBIを勧める、と書いている。裏を返せば、それだけ弾く奏者なら自分で済ませられる工程である。
そう考えると、後の世代が「Greenbackの音」として聴いてきたのは、多くの場合、すでに弾き込まれた個体の音だったと見てよい。工場から出た直後の音ではない。
Scumbackが目標にしたのは、その「弾き込まれた後」だった。
弱さまで、選択肢として残す
この姿勢は、FBIだけに表れているのではない。
Scumbackには、PVCと名の付く型がある。Paper Voice Coil、つまり紙のボイスコイルである。1967年頃までのGreenbackが使っていた、クラフト紙を巻枠にしたボイスコイルを再現している。
25W版は、1967年の仕様どおりに作られる。Scumbackは、入力が大きすぎると火花を出したり燃えたりする恐れがあると書き、保証も責任も負わない条件で売っている。50Wのアンプには4本、100Wのアンプには8本使うよう、強く勧めている。
同じ型に、耐熱性の高いNomexのボイスコイルを使った65W版もある。Scumbackによれば、音の差はほとんど無い。
それでも25W版を残している。
旧型の音は、旧型の弱さと切り離せないかもしれない。少なくとも、そう考える奏者がいる。Scumbackは、その判断を奏者に委ねている。安全な65Wも、当時どおりの25Wも、どちらも型番の中にある。
ここでも、旧Celestionは「変数の組」として扱われている。磁石、コーン、ボイスコイルの材料、許容入力。そして、慣らしの時間。
時間が、ほかの部品と同じ列に並べられている。
復刻には、もう一つのやり方がある
スピーカーの「復刻」を、これまでいくつかの角度から見てきた。
1986年のCelestion Vintage 30は、旧型と同じ部品を作り直したのではなかった。コーンがどう動くかをレーザー干渉計で測り、その動きを、高耐入力の新しい材料へ移し替えた。部品ではなく、挙動を復刻した例である。
Jensenの復刻は、名前、資料、型番、音のどこを継いだのかを、一つずつ分けて数える必要があった。
Celestion自身のHeritage Seriesは、旧型の名と20Wという許容入力を、新品として出している。
Scumbackのやり方は、これらのどれとも違う。目標にしているのは、当時の新品の仕様でも、測定された挙動でもない。当時のスピーカーが、奏者の手で使われた後に到達していた状態である。
そして、その状態のうち、数十時間ぶんの演奏で得られる部分を、製造工程の最後に置いた。
経年は、ふつう製品の外側で起きる。買われた後に、持ち主のもとで進む。Scumbackは、その一部を工場の内側へ取り込んだ。
工場の24時間は、ステージの数十時間と同じなのか
最後に、言える範囲をはっきりさせておく。
FBIがステージで数十時間弾いたのと同じ状態を作る、というのはScumbackの説明である。相当する時間の数字は、ページによって「40〜50時間」とも「60時間」とも書かれている。60Hzの正弦波で動かすことと、ギターの信号で動かすことの違いも、説明の中では扱われていない。
500基を超える旧Celestionの調査についても、何をどう比べて仕様を決めたのかは公開されていない。旧Celestionそのものも、年代と個体で大きくばらつく。「Greenbackの音」は一つではない。
この記事が扱ったのは、FBIの効果の判定ではない。Scumbackが何を復刻の対象に置いたかである。
その範囲で言えることは、はっきりしている。Scumbackは、新品の仕様を復刻するのではなく、弾き込まれた後の状態を復刻の対象にした。そして、それを出荷前に済ませる工程として、全品に組み込んだ。
まとめ
Celestionは、40年使われた1966年製G12Mのコーンを「完全に摩耗した」として、新しいコーンへ張り替えた。メーカーにとって、経年は戻すべき状態だった。
Scumbackは、出荷するすべてのスピーカーを24時間鳴らしてから送る。ステージで数十時間弾いた状態にしてから渡す、という説明である。経年の一部を、製造工程に取り込んでいる。
二つは、同じ「古さ」を見ていない。Celestionが張り替えたのは40年後の摩耗で、Scumbackが作るのは、その手前の「弾き込まれた」状態である。
60年代の奏者は、その状態を自分の時間で手に入れていた。新品を鳴らし、数十時間かけて自分の音にした。後の世代が憧れた音の多くは、その後の音だった。
Scumbackの奏者は、その最初の数十時間を、工場から受け取る。
新品のスピーカーは硬い、という経験則は昔からあった。Scumbackは、それを我慢の問題として奏者に残さず、製品の仕様の一部にした。最初に鳴らした日から、弾き込まれた後の音で弾ける。それが、この一手間で奏者が得たものである。
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