Groove Tubesという名前は、たいてい交換用の真空管として記憶されている。
管を測って選別し、格付けして売る会社。実際そうだった。相互コンダクタンスを揃える従来の方法ではなく、音として歪みが立ち上がる位置で管を並べ直すという方式を作ったことは、以前に別の記事で書いた。
だがこの会社の面白さは、そこで終わらない。同じ発想を、真空管の外へ持ち出している。
1986年、スピーカーを回路として書き下した
1986年7月2日に出願された特許がある。題名は「Emulated guitar loudspeaker」。1990年6月26日に登録されている。
発明者は二人。R. Aspen Pittman と Marshall D. Buck。
要旨はこうである。古典的なロックンロールのギターアンプに駆動されたラウドスピーカーの音を、電気信号として模擬する回路を提供する。その信号を録音卓へ入れるか、質の良いヘッドフォンやモニターで鳴らせば、その音が正確に再現される、と。
やっていることは、スピーカーの置き換えである。
何が書き下されたのか
特許が示す負荷モジュールの中身が、この記事の核心だと思う。
実際のギタースピーカーに相当する複素インピーダンスを、アンプに対して提示する。そのために使われているのは、こういう部品である。
- 10Ω・25Wの抵抗
- 0.9ミリヘンリーのインダクタ。ボイスコイルを模している
- 14ミリヘンリーのコイルと200マイクロファラッドのコンデンサによる並列共振回路
スピーカーは、周波数によってインピーダンスが大きく動く部品である。共振点では跳ね上がり、高域では上がっていく。真空管のパワーアンプは、その動く負荷を見ながら鳴っている。
その「動き方」を、三つの部品の組み合わせとして書き出した。
抵抗一本の負荷では、この動きが再現されない。だからアンプの側の挙動も変わる。ここを共振回路まで含めて写したのが、この特許である。
真空管でやったことと、同じ形をしている
ここで、この会社の一貫性が見える。
真空管の選別で彼らがやったのは、ばらつく部品を、予測できる交換部品へ変えることだった。同じ型番でも個体差がある管を、音の基準で並べ直して、選べるものにした。
スピーカーに対してやったことも、同じ形である。動かせない前提だったものを、書き下して、選べる部品にする。
スピーカーは、それまで「そこにあるもの」だった。大きな音を出さなければ鳴らないもの、部屋を選ぶもの、マイクを立てなければ録れないもの。前提であって、変数ではなかった。
それを回路にすると、前提が変数になる。音量を上げずにパワー段を追い込める。部屋の影響を外せる。
いま当たり前になったロードボックスの考え方が、1986年の出願書類に書かれている。
2008年6月2日
この会社には終わりがある。
2008年6月2日、Fender Musical Instruments Corporation が Groove Tubes の資産を取得した。告知には、FMICがGroove Tubesのブランドを購入したとある。そしてAspen Pittmanは顧問として関与を続けると書かれている。
その告知は、Groove Tubesがアンプ製造を専門としながら、マイクロフォンやアクセサリ、その他の電子機器も作っていた会社だと記している。
だが、どの製品ラインが続き、どれが終わるのかは書かれていない。
その後については、Fenderがブランドを真空管の生産へ集中させ、アンプとマイクの系列を打ち切ったと伝えられている。業務はFenderの施設へ移り、生産はメキシコの工場へ移ったとも言われる。ただしこれは二次的な記述である。
確かなことが一つある。いまGroove Tubesの名前で流通しているのは、真空管である。Fenderのアンプに載り、部品として売られている。
残ったのは、いちばん最初の事業だった
こうして並べると、皮肉な形が見える。
この会社を特徴づけていたのは、同じ設計の発想を、真空管の外へ広げたことだった。負荷を回路にし、録音機器へ展開し、費用のかけどころを組み替えた。
買収後に残ったのは、その展開ではなく、出発点のほうだった。真空管の選別と販売。いちばん商品として分かりやすく、いちばん替えの利く部分である。
ブランドは続いている。だがブランドが指しているものが変わった。
これは善悪の話ではない。事業として何が引き継げて、何が引き継げないかという話である。回路の思想は、資産の一覧に載らない。載るのは、商標と、在庫と、製造の仕組みである。
まとめ
Groove Tubesは真空管の会社として知られている。だが1986年の特許が示すのは、スピーカーという前提を回路として書き下した仕事である。抵抗とインダクタと並列共振回路で、動くインピーダンスを再現している。
真空管の格付けでやったことと、形が同じである。ばらつくもの、動かせないものを、書き出して選べるようにする。それがこの会社の設計の型だった。
2008年にブランドが移り、残ったのは真空管だった。型のほうは、資産として引き継がれなかった。
メーカーを記録するときに残しやすいのは製品名と年表である。だがその会社が何を変数に変えようとしたかは、製品が消えると一緒に消える。
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