先に断っておく。この記事は、会場で聴いた話ではない。
フジロックの配信を、Amazon Prime Videoで見ていた。だから以下の音の印象は、PAと配信ミックスを通した音についてのものだ。会場の空気そのものではない。この前提は、最後まで効いてくる。
その配信を見ていて、あるステージのアンプに目が留まった。Mogwaiのステージに、JCM900があった。
小さな気づきだった。だが、そこから一つの問いが開いた。複数のギターが同時に鳴る音楽で、アンプは何をしているのか。
JCM900は、なぜ「90年代の音」に見えるのか
JCM900は、Marshallが1990年代に展開したシリーズだ。ハイゲイン競争のただ中に置かれた一台で、多くの人にとって「90年代のロックの音」のイメージと結びついている。
だから、ステージにJCM900を見つけると、つい「あの時代の音だ」と象徴的に読み取りたくなる。
ただ、ここは慎重にいきたい。JCM900的な音像そのものは、90年代に突然可能になったわけではない。象徴と、技術的な可能性は、分けて考えたほうがいい。この点は後半でもう一度戻る。
まずは、目の前の二組が実際に何をしていたかを聴く。
Mogwai――歪みを、壁として背景に置く
配信で聴いたMogwaiの歪みは、前へ突き出してくる単独の音、という感じではなかった。
塗られた壁のように、背景を一面に満たしている。そして、その壁の前を、クリーンの線が抜けていく。これが観察だ。歪みが主役として飛び出すのではなく、面として奥に置かれ、前景に別の音が通る余地を残していた。
Mogwaiの機材については、取材資料がある。2014年のPremier Guitarの取材では、Stuart BraithwaiteがSilverface期のFender Super ReverbやTwin Reverb、Orange、そして複数の歪み・ディレイペダルを使うと語っている。同じ取材では、当時のギタリストJohn Cummingsが1970年代のMarshall Super Baseと、Joe Satrianiシグネチャー仕様のJCM900を使っていたことも記録されている。
ここで型番を一つずつ愛でたいわけではない。注目したいのは役割分担だ。
Braithwaiteは、静かな音楽であってもアンプを大きく鳴らす価値を語っている。2021年には、Reuss Effectsとの共同設計でPlasmatronというシグネチャー・ペダルも作っている。Danelectro Fab Tone系の太いフルレンジ歪みと、op-amp Big Muff系のファズを組み合わせたものだ。
つまりMogwaiでは、歪みそのものはかなりの部分をペダルで作ってきた系譜がある。ではアンプは何をするのか。ペダルで作った濃い歪みを受け止め、密度のある背景として鳴らし、性格の違うアンプを重ねて全体の厚みと輪郭を分担する。歪みの発生装置というより、歪みを配置する場所としてアンプが働く。
この役割分担は、Braithwaite本人が説明している。2018年の取材では、ライブでMarshallとTwinを同時に鳴らし、Fenderをよりクリスプに前へ切り込む音、Marshallをその音を太さで丸める別の音色だと語っている。2025年の解説はさらに具体的で、同じ歪み信号を2台へ送り、Twin Reverbを通常のレンジ、JCM900 4100をローエンド用に振り分けている、という。
つまりこの構成でJCM900には、壁の低域と太さ、そして角の丸みを受け持つ役割が割り当てられている。歪みを作るのはペダル、その歪みに「切り込むレンジ」と「太い低域」という別々のbodyを与えるのが二台のアンプ、という分担だ。ここまで来ると、アンプが「音を配置する場所」だという見立ては、もう仮説ではなく本人の設計そのものになる。
ただし線は引いておく。ここでの「丸み」や「低域」は、JCM900という機種に固定された特性の話ではない。この二台併用の構成でJCM900に割り当てた役割として、Braithwaiteが説明したものだ。しかもこれは2018年と2025年の説明であって、2026年のフジロック当日の設定値そのものを示すものではない。当日ステージにJCM900があったことは映像と写真で確認できるが、当日の各アンプへの信号分配や設定まではここでは踏み込まない。
American Football――爆音でも、クリーンの線を残す
同じ配信で、American Footballはずいぶん違う設計に聴こえた。
主役はクリーンだ。だが、単純な一本のクリーンではない。複数のギターが、それぞれのアタック、開放弦の響き、違うボイシングを持ったまま、潰れずに層になっていた。これも観察である。音量は決して小さくないのに、線が団子にならない。
Mike Kinsellaは、2024年のGuitar Worldの取材で、American Footballの通常のバックラインがFender Twinだと語っている。ボリューム3.5から5あたりの、クリーンにわずかなグリットと押し出しが乗る領域を好むこと。ピッキングの強さで大きくも小さくも弾けること。Keeley CavernsやEarthQuaker Avalanche Runを使っていること。
高いクリーンのヘッドルームを確保し、歪みで塗り込めるのではなく、弾く強さと音色の置き方で複数の線を保つ。American Footballの解法は、こちら側にある。
当日のFenderは、断定しない
ここで正直に線を引いておく。
American Footballの、フジロック当日のアンプの型番は、写真からは特定できなかった。映像の印象ではFenderの12インチ2発コンボが有力に見えるが、断定はしない。
先に挙げたTwin Reverbは、あくまでKinsella本人が2024年に語った通常のバックラインである。それを当日の機材へそのまま遡って当てはめることはしない。事実と、確からしい推測は、分けておく。
わかっているのは、当日のクリーンが層を保っていた、という聴取の印象までだ。その手前で止めておく。
クリーンと歪みは、切り替えるものではなく、同時に対比するもの
二組を並べると、共通する発想が見えてくる。
どちらも、クリーンと歪みを「チャンネルで切り替えるもの」として扱ってはいない。異なる音色を、同時に、対比として鳴らしている。
Mogwaiは歪みの壁を背景に敷き、その前へクリーンを抜けさせる。American Footballはクリーンの層同士を、アタックとボイシングで前後に分ける。どちらも、一台のアンプの中で音を切り替える話ではなく、複数の音色をどこに配置するかという話だ。
ここにトレードオフがある。大音量のクリーンは輪郭を保てるが、硬さや耳に痛い高域、低域の回り込みを、演奏側とPAで管理する必要がある。歪みの壁は背景を満たせるが、低中域とアタックを占有しすぎると、クリーンや旋律を覆ってしまう。
前景と背景を編成する、というのはこの管理のことだ。アンプは、その配置を担う道具の一つになる。
70年代に、不可能だったわけではない
では、これは新しい発明なのか。そうとは言い切れない。
複数のアンプを使うこと、クリーンとファズを対比させること、スタジオで多重録音して層を作ること。こうした手段は、70年代にも技術的には可能だった。だから「90年代になって初めてできた音」と象徴化しすぎるのは、正確ではない。
変わったのは、可能かどうかではなく、それが音楽の主題として前景に出てきたかどうかだ。
80年代末から90年代にかけて、オルタナティヴ、シューゲイズ、スロウコア、マスロックといった複数の系譜の中で、この前景と背景の配置が、様式そのものを支える言語になっていった。これは仮説であり、二組だけでジャンル全体を代表させることはできない。あくまで、同じ配信でたまたま並べて聴けた二例である。
分離は、アンプだけが作るのではない
ここで、自分の見立てにブレーキをかけておく。
配信で聴こえた前景と背景の分離を、アンプ固有の特性だけに帰してはいけない。分離を作っているのは、演奏のレンジ、コードのボイシング、マイキング、PA、そして配信ミックスでもある。
とりわけ今回は、会場ではなく配信で聴いている。PAとミックスという二重のフィルターを通した音だ。だから「このアンプだからこう聴こえた」と単純に結論づけるわけにはいかない。
アンプは、前景と背景の編成に効く。しかし、編成の主語はアンプだけではない。この記事の主張は、「アンプが分離を決める」ではなく、「アンプもまた分離を担う道具の一つとして聴ける」だ。
アンプを、アレンジの装置として聴く
こうして聴くと、アンプの評価軸が一つ増える。
単体で鳴らしたときの音色や、歪みの気持ちよさ。それはもちろん大事だ。だがそれとは別に、複数のギターが同時に鳴る場で、密度、輪郭、前後関係をどう分担するか、という軸がある。
JCM900も、Fenderのクリーンも、その軸で見ると違って見えてくる。良いか悪いかの一次元ではなく、どの役割を引き受けるか、という配置の問題になる。
配信の画面の隅にJCM900を見つけただけの、小さな気づきだった。だが、そこから音楽の聴こえ方が少し変わる。アンプを、音を作る箱としてだけでなく、音を置く場所として聴く。そういう聴き方が、多層のギターにはよく似合う。