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Tom Morelloは、何を固定して何を自由にしたのか。制約が創造性を移した場所

2026-08-13

Tom Morelloの独自性は、機材が少なかったことではない。アンプ・キャビネット・基本ペダル・ノブの位置を不変条件として固定し、その代わりにピックアップセレクター、二つのボリュームの差、トレモロ、Whammy、ワウ、ディレイ、ケーブル、フィードバックを演奏中の操作子へ変えたことにある。制約は選択肢を減らしたのではなく、創造性を製品選択から身体操作と作曲へ移した。

「機材を減らせば創造性が上がる」という言い方がある。

その例としてTom Morelloの名前が挙がることが多い。アンプは一台。ペダルは数個。設定は何十年も動かしていない。だから発想が鋭い、という説明である。

だが、この要約は半分しか説明していない。少ない機材で長くやってきた人は他にもいる。少なさそのものは、あの音を説明しない。

Morelloの場合、重要なのは減らした量ではない。何を不変条件として固定し、その代わりにどこへ変数を移したかという配分である。

彼はアンプ、キャビネット、基本ペダル、そしてノブの位置を固定した。音を探す作業を、ある時点で打ち切っている。そのうえで、ピックアップセレクター、二つのボリュームの差、トレモロアーム、Whammy、ワウ、ディレイ、ケーブル、フィードバックを、演奏中にリアルタイムで動かす操作子へ変えた。

創造性が増えたのではない。製品を選ぶ場所から、手を動かす場所と曲を書く場所へ、移動した。

この記事では、Morelloの機材史をそう読む。

固定される前に、理想の音を探していた時期がある

先に確認しておきたいことがある。Morelloは最初から制約主義者だったわけではない。

1980年代の彼は、当時のロック/メタル・ギタリストの標準的な道を歩いている。速く弾けるようになるための練習をし、理想のトーンを追いかけていた。

その象徴が、後に「Arm the Homeless」と呼ばれることになるギターである。1986年にハリウッドのPerformance Guitarでオーダーした一本で、当初はストラトキャスター型のボディ、Performance製ネック、Seymour Duncan JBを二基、Floyd Rose式のトレモロという構成だった。

そして、これがうまくいかなかった。

Morello本人は後年、あれは自分が弾いた中で最悪のギターだった、と語っている。彼はネックを替え、ピックアップを替え、電装を替え、トレモロを替え、数年かけて理想へ近づけようとした。

現在のスペックは、その改造の到達点である。ネック側にハムバッカーの外形を持つシングルコイル的なEMG H、ブリッジ側にEMG 85。コントロールはボリューム二つとトーン一つ。ダブルロッキング式のトレモロ。

重要なのは結末のほうだ。Morelloは、この改造をどこかでやめた。理想の音へ到達したからではない。到達しないまま、目の前にあるものを自分の楽器として受け入れた。

理想音の追求が終わる、という出来事が最初にある。制約の設計は、そのあとに来る。

1988年、選んだというより残った組み合わせ

アンプの側でも、同じ順番の出来事が起きている。

1988年、機材を盗まれた彼が代わりに手当てしたのが、Marshall JCM800 2205とPeaveyの4×12キャビネットだった。JCM800 2205は50Wのチャンネル切り替え機で、いわゆる「JCM800」の代表格として語られる2203/2204のシングルチャンネル機とは別系統にあたる。

この組み合わせが、以後数十年の基本リグになる。

ここで押さえておきたいのは因果の向きである。彼はこの音を理想として選び取ったのではない。事故のあとに手元へ来た組み合わせを試し、決定的な不満がない地点で設定を止め、そこから先を変えないと決めた。

伝えられている設定は極端に安定している。Presenceを最大近くまで上げ、Midを絞り、Gainは中ほどで止める。歪みの量そのものは、同時代のハイゲイン機に比べれば控えめな部類に入る。

キャビネットについては、資料によって内部スピーカーの記述に差がある。Peavey製の4×12であること、長期間同じ個体系統を使い続けたことは複数の資料で一致するが、全時代の中身を一つの型番で断定はできない。

ここは事実として押さえ、断定しないでおく。

設定を止めると、何が変数になるのか

アンプの設定を固定すると、普通は「音の幅が減る」と考える。

実際には、別のことが起きる。どこを動かせば音が変わるのかが、一意に決まる。

歪み量が固定されているなら、音量と密度の変化はピッキングの強さとギター側のボリュームでしか作れない。EQが固定されているなら、帯域の印象はピックアップの選択とワウの踏み位置でしか作れない。空間の距離感はディレイの有無でしか作れない。

つまり、固定は選択肢を消す作業ではない。残した操作子に、意味を一つずつ割り当て直す作業である。

これは、多チャンネル・多プリセットの発想とちょうど裏返しになっている。プリセット方式では、曲の場面ごとに完成した音を呼び出す。呼び出す行為が音を決めるので、演奏中の手は音色に関与しなくてよい。

Morelloの構成では逆になる。音色は呼び出されない。演奏の途中で作られる。だから、彼の演奏を見ていると、右手がピッキングと同じ頻度でスイッチとノブとアームへ伸びる。

音を選ぶ操作が、演奏動作の中へ入っている。

ギターを、音を出す道具から操作子へ変える

その中心にあるのが、ギター本体の配線である。

Arm the Homelessは、ボリュームが二つある。ピックアップごとに独立したボリュームを持ち、三点式のセレクターで切り替える構成だ。

片方のボリュームを0にしておく。すると、セレクターを倒すだけで音が完全に切れる。戻せば鳴る。つまりセレクターが、ピックアップ選択器ではなく開閉スイッチになる。

いわゆるキルスイッチである。リズミカルに倒せば、鳴っている音が機械的に断続する。持続音が、打楽器的なパターンへ変わる。

この発想は、後年の他のギターにも引き継がれている。ドロップDを担当する1982年製のTelecaster「Sendero Luminoso」、ストラトキャスター型の「Soul Power」など、彼の主要機は用途で分かれているが、トグルをスイッチング奏法へ回す設計思想は共通している。

ここで起きているのは、機能の再定義である。セレクターは本来、音色を選ぶための部品だ。それを、音の有無を時間方向に刻むための部品として使い直している。

新しい機材を買ったわけではない。既にある部品の役割を変えただけである。

DJという再定義――音符以外の入力を作曲する

Morelloの語彙が決定的に他と分かれるのは、この操作子群をターンテーブルの比喩で運用した点にある。

1990年代初頭のRage Against the Machineは、ヒップホップのリズムと構造を持つバンドだった。そこにDJはいない。代わりにギターが、スクラッチ、サイレン、ヘリコプター、機械音のような役割を担った。

使われている道具は、それほど特殊ではない。DigiTechのWhammyによるピッチシフト。Dunlop Cry Babyのワウ。BossのデジタルディレイとMXR Phase 90、Ibanez DFLのフランジャー。ソロの音量を持ち上げるDOD FX40Bのイコライザー。どれも同時代に広く流通していた製品である。

違うのは、それらを何のために踏むかだ。

ワウは、歪んだリードを甘くするための道具ではなく、フィードバックの倍音を掃引して唸りの高さを変えるためのフィルターとして使われる。

Whammyは、ソロを1オクターブ上げるための道具ではなく、踏み込む速度そのものをリズムとして聴かせるための装置になる。

ディレイは、空間を広げるためではなく、一回の入力を反復パターンへ変える発振器として使われる。

さらに、楽器から外れた入力が混ざる。弦を擦る。ピックガードを叩く。ケーブルを抜き差しする。アンプの前で角度を変えてフィードバックの周波数を選ぶ。

これらは「効果音」ではない。彼の場合、フレーズとして構成され、決まった小節に決まった順序で置かれる。操作の順序とリズムが、そのまま作曲されている。

ソロで鳴っているのは、音階ではない。踏み込みと切り替えの速度が、そのままフレーズになっている。

だから、プリセットとして保存できない。保存できるのは音色であって、手順ではないからだ。

同じ語彙を、別のバンドの構造へ置き直す

固定したリグが「一つのバンド専用の音」でないことは、その後のキャリアが示している。

Audioslaveでは、基本リグをほとんど変えないまま、Chris Cornellの声と、より歌もの寄りの構造の中へ入った。ここで前に出るのは、スクラッチ的なノイズよりも、トレモロで刻まれた分散和音や、静かなアルペジオである。

Prophets of Rageでも同じことが起きる。機材は同じ。置かれる場所が違う。

つまり彼のシステムは、特定の曲を再生する装置ではない。操作の語彙であって、語彙は文章が変われば別の並びで使える。

近年のAtlas Undergroundを冠した一連の作品では、外部のプロデューサーや電子音楽側の作家との協働が増えている。そこでもギターは、コード楽器としてよりも、他人のトラックへ差し込む信号イベントとして扱われることが多い。

固定されたリグが、外部の制作環境へ持ち出せる語彙になっている。

Nightwatchman――電気リグは、唯一の声ではない

もう一つ、彼の作者性を「特殊な奇音」へ還元しないための重要な事実がある。

2003年以降、彼はThe Nightwatchmanという名義で、アコースティック・ギターと歌による活動を続けている。Ibanez製のナイロン弦ガット・ギター「Whatever It Takes」、スティール弦のGibson J-45「Black Spartacus」。エレクトリックのリグは、そこにはない。

Morello自身、Nightwatchmanのカタログの多くをそのナイロン弦の一本で書いたと語っている。ピックアップが付いていてどこでも鳴らせたから、という理由も含めてだ。

ここで前景化しているのは、政治的なメッセージと歌詞である。

そして2011年前後には、Nightwatchman名義の作品にエレクトリックを持ち込み、二つの活動を一つの作品の中で統合してもいる。

電気リグの固定は、彼にとって表現手段の限界ではなかった。必要になれば、リグごと横に置ける。制約が信仰になっていないことが、ここで確認できる。

「四つのペダルだけ」という要約を、事実にしない

ここまでの読み方には、いくつか留保が要る。

第一に、「使っているのはペダル四つだけ」というのは本人の要約である。年代と曲によって、イコライザー、トレモロ、追加のディレイ、フェイザー、フランジャー、外部のマルチ・エフェクトが登場する。少数機材の神話を、厳密な台数の事実として扱わないほうがいい。

第二に、JCM800とPeaveyの固定は、設計思想として最初から選ばれたものではない。事故と妥協から始まっている。結果として得られた制約が有効に働いた、という順序を逆にしないほうがいい。制約は、あとから思想として整理されている。

第三に、彼の音を奇抜な操作だけで説明しないほうがいい。あのバンドの重さを作っていたのは、Brad Wilkのドラムの後ろ寄りのタイム、Tim Commerfordのベースの位置、Zack de la Rochaの声である。ギターのノイズは、その配置の中で意味を持った。同じ操作を単独で行っても、同じようには聴こえない。

第四に、彼のリグは静止していない。近年のシグネチャー製品やプラグイン化を含め、道具の側は更新されている。固定されているのは物理的な機材そのものというより、音を探す作業を打ち切るという判断のほうである。

固定と自由を、どこで切るか

Morelloの事例から一般化できることがあるとすれば、「機材は少ないほうがよい」ではない。

問うべきなのは、次の二つだと思う。

自分は何を不変条件にしたのか。そして、残った変数を、どれくらい身体化できているか。

不変条件がないと、音が気に入らないときの原因が特定できない。アンプを疑い、ギターを疑い、ケーブルを疑う。原因が動き続けるので、経験が積み上がらない。

逆に、不変条件を決めれば、残った操作の意味が学習できる。ボリュームを2下げたときに何が起きるか。ピックアップを切り替えると、どの帯域が消えるか。踏む速さを変えると、リズムがどう変わるか。

制約の価値は、選択肢の少なさそのものにはない。同じ条件を繰り返せることで、操作と結果の対応が身体に入ることにある。

これは、機材を買い足す行為を否定する話ではない。増やしたあとで、どこを止めるかを決めていない状態が長く続くと、演奏のほうへ経験が溜まらない、という話である。

まとめ

Tom Morelloを「機材が少ない人」として読むと、いちばん重要な部分が落ちる。

彼は理想の音を追いかけ、途中で追うのをやめた。1988年に手元へ来た組み合わせを受け入れ、設定を止めた。そのかわりに、ピックアップセレクター、二つのボリュームの差、トレモロ、Whammy、ワウ、ディレイ、ケーブル、フィードバックを、演奏中に動かす操作子へ変えた。

音色を呼び出すのではなく、演奏の途中で作る。だから彼の演奏は、プリセットとして保存できない形をしている。

そしてNightwatchmanの活動が示すように、その固定は信仰ではない。必要なら、丸ごと横へ置ける。

固定と自由は、対立していない。何を固定するかを決めて初めて、どこが自由なのかがわかる。


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