Chuuni Sound Lab

#レコーディング

5 本

『Sound of White Noise』は、なぜ突然「現代の音」になったのか。デジタル化ではなく、直前の一年に作られた方法が運ばれてきた

1993年のAnthrax『Sound of White Noise』は、前作から音が突然「現代」へ移ったように聴こえる。だが前作も一流スタジオで録られ、著名なミキサーとマスタリング技師が付いていた。設備が上がったという説明は成り立たない。変わったのは制作チームである。プロデューサーのDave Jerdenは、この作品のギターを直前の一年に完成させた方法でそのまま録ったと述べている。ギターを三台のアンプへ分岐させ、帯域ごとに担当を割り振り、ミックスでフィルターを使って交差点を作る。engineerのBryan Carlstromは、その入口をSM57一本とSummitの真空管機材へ絞った経緯を語っている。音は年代ではなく、人が運ぶ。

『In the Court of the Crimson King』は、一度録り直されている。成功した制作手法が、次の音楽と噛み合わなかったとき

『In the Court of the Crimson King』のクレジットには「Produced by King Crimson」とある。だがその前に、成功したプロデューサーとのセッションが一度捨てられている。降ろされたのは無能な人物ではない。別の音楽で完成していた録音手法だった。積み上げる方法と、まず捕まえる方法。二つの前提がぶつかった事件として読み直す。

『W.F.O.』のベースは、ミックス事故だったのか。『...And Justice for All』と鏡像になる、もう一つの逸脱

1994年のOverkill『W.F.O.』は、ベースがギターより前で鳴る異様なミックスとして発売当時から知覚されていた。同じ時期の『...And Justice for All』はベースをほぼ消した。二作は、標準的なメタルの楽器バランスから逆方向へ逸脱した鏡像である。スタジオ録音は、バンド固有の役割配分を整流すべきか、露出すべきか。事故か記録かを、開いたまま検証する。

『Countdown to Extinction』の巨大さは、足し算ではなく引き算で作られた。同じ四人が、別のバンドに聴こえる理由

同じMustaine/Friedman/Ellefson/Menza編成でも、Rust in Peace、Countdown to Extinction、Youthanasiaはまるで別のバンドのように鳴る。中央のCountdownの巨大さは、特定アンプや過剰な重ね録りではなく、曲・演奏・帯域・空間・編集の誤差を減らす『引き算』で作られた。名盤の音を、機材決定論ではなく制作システムとして読み直す。

マイクプリで、音はどこまで変わるのか。色付けを設計するということ

マイクを立てて録るとき、その信号は必ずマイクプリを通る。プリは音量を上げるだけの装置に見えて、実際には音の質感を左右している。Neve/APIの色付けの伝統から、色を作る回路の中身、そしてCSLが実際に使うSymProceed SP-MP500とSM57/GT-67のチェーンまで、マイクプリで音がどこまで変わるのか、収録でどう固定するのかを具体的に書く。

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