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Dimebag Darrellは、なぜソリッドステートを選んだのか。アタックを守るという演奏思想

2026-07-21

真空管が正義とされた時代に、トランジスタアンプで一時代を作った弾き手がいる。Dimebag DarrellとRandall RG100ES。彼がソリッドステートを選んだ理由は、コストでも入手性でもなかった。ピッキングの瞬間を、アンプに丸めさせないためである。同じソリッドステートという選択が、Allan Holdsworthとは正反対の要求から出ている。技術ではなく要求が音を決める、という話。

前回、Allan Holdsworth がソリッドステートアンプを選んだ理由を書いた。真空管のサグやパワー段の圧縮が、彼の作ろうとしていた「時間」を乱すからだった。彼はピッキングの瞬間を、消したかった。

同じ時代に、同じソリッドステートを選び、まったく逆の理由でそうした弾き手がいる。

Dimebag Darrell である。

彼がピッキングの瞬間に求めたものは、Holdsworth の正反対だ。消すのではなく、守る。丸めさせない。アンプに触らせない。

技術が同じでも、要求が違えば結論はここまで変わる。その話をする。

90年代メタルの中心にあった、トランジスタアンプ

Pantera『Cowboys from Hell』が出たのは1990年。あのアルバムのギターの音は、真空管アンプではない。

Randall RG100ES。150W、2チャンネルのソリッドステート・ヘッドである。

ギターテックの Grady Champion によれば、Dimebag はこのアンプをギターコンテストの賞品として手に入れたという。つまり最初は、選んで買ったものですらなかった。

だが彼はそれを手放さなかった。1994年の Guitar World のインタビューで、彼は「俺はずっと使ってきたものを使い続けただけだ。Randall アンプだ」と語っている。『Far Beyond Driven』の時期には Century 200 のヘッドとキャビネットへ移り、90年代を通じて Randall であり続けた。

これは、当時の常識から見るとかなり異様な状況である。

80年代後半から90年代前半といえば、ハイゲイン競争がブティック真空管アンプへ一気に向かった時期だ。Soldano SLO-100 が1987年、Mesa/Boogie Dual Rectifier が90年代初頭、Diezel VH4 が1994年。「良い歪みは真空管でしか出ない」という前提が、ほとんど疑われていなかった。

トランジスタアンプは、その裏で「安い代用品」という位置に固定されつつあった。

その真ん中で、当時最も影響力のあるメタルギタリストの一人が、トランジスタアンプで代表作を録っている。

なぜトランジスタでなければならなかったのか

理由は、彼が求めていた音の性質を並べると見えてくる。

刻みの輪郭が立っていること。ピックが弦に当たった瞬間が、そのまま前に出てくること。低音弦を強く弾いても、頭が潰れて遅れないこと。

つまり、アタックのトランジェントを保存することである。

真空管アンプは、ここで必ず何かをする。整流回路のサグで電圧が落ち、音が一瞬遅れて膨らむ。パワー段が強い入力の頭を潰す。出力トランスが低域の立ち上がりを鈍らせる。

これらは、ロックのアンプでは長らく美点として語られてきた。前回書いたとおり、ハイゲインアンプの設計史はこの時間的なゆがみを「濁らせずに深く取り出す」ための工夫の積み重ねでもある。弾き心地という言葉が指しているものの正体も、多くはここにある。

だが、リフの刻みを主役に据える音楽では、それが必ずしも味方にならない。

一音一音の頭が少しずつ膨らみ、少しずつ遅れる。ゆっくりした曲なら気持ちよさになるが、速い刻みでは輪郭がぼやける。

ソリッドステートは、そこで何もしない。強く弾けば強く、そのタイミングで出る。電源が落ち込まないので、弾いた瞬間の形が変わらない。

Holdsworth がソリッドステートに求めた「奏者の時間制御がそのまま通る」という性質は、そのまま Dimebag にも当てはまる。ただし彼が通したかったのは、伸びていく線ではない。尖った点の方だった。

同じ性質が、正反対の音楽に使われている。

だから「ソリッドステートは硬くて薄い」という一般論は、実はあまり意味を持たない。硬いことが欠点になる音楽と、硬いことが要件になる音楽があるだけだ。

ソリッドステートは、当時も少数派ではなかった

補足しておくと、80年代にトランジスタアンプを使うこと自体は、それほど珍しくはなかった。珍しかったのは、それでハイゲインの代表作を録ったことである。

Roland の JC-120 は、70年代半ばから業界標準に近い位置にあった。クリーンの基準として揺るがず、ジャズからニューウェーブまで広く使われている。前回触れた Norlin の Lab Series L5 も、ジャズ/フュージョン系で確固たる地位を持っていた。

Peavey も、ソリッドステートとハイブリッドの両方で大量の製品を出していた。Bandit や Renown のようなトランジスタ機は、練習と小規模ライブの現場を長く支えている。

つまり、トランジスタは「使われていなかった」のではない。クリーンの担当として使われていたのである。

歪みは真空管、クリーンはトランジスタ。この役割分担が、80年代にはほぼ固定していた。

Dimebag がやったのは、その分担を無視することだった。歪みの側に、トランジスタを持ち込んだ。

そして結果として、90年代のメタルの音を代表する響きになった。分担が固定していたのは、技術的な必然ではなく、単なる慣習だったことになる。

Randall がのちに彼のシグネチャー機を展開し、その後もメタル専用機というカテゴリを持ち続けているのは、この一件が起点にある。

ピックアップから、すでに設計は始まっていた

もう一つ、彼の音を語るうえで外せないのが、アンプより手前の話である。

Dimebag のギターに載っていたのは、Bill Lawrence の L-500 系ピックアップだった。出力が高く、中高域に強い癖を持つ、かなり性格のはっきりしたピックアップである。

これは装飾ではなく、機能的な選択だ。

高出力ピックアップは、アンプの前段をより強く押す。同じアンプでも、入ってくる信号が違えば、歪みの発生の仕方が変わる。ソリッドステートのプリアンプは真空管ほど入力に対して寛容ではないので、この差はさらにはっきり出る。

つまり彼は、アンプで音を作る前に、アンプへ入る信号の側を設計していた

これは現代のメタルではごく当たり前の考え方になっている。高出力ピックアップ、ブースター、低域を削るフィルター。アンプの手前で入力条件を整えることが、音作りの中心に近い位置を占めるようになった。

その考え方が、80年代末の時点ですでに機能していたことになる。

彼の音を「Randallの音」とだけ言うと、半分しか説明できない。あの音は、L-500 が押した信号を、トランジスタのプリアンプが受け、外部EQで整形し、三台に分けて同時に録った結果として出てきている。

どの層を抜いても、同じにはならない。

三台同時録音という考え方

Dimebag のやり方で興味深いのは、アンプ一台で完結させていないところである。

その『Far Beyond Driven』から一曲。

同作について、彼はこう説明している。ギターの信号を三台の Randall へ分け、三台を同時に録って一つのトラックにまとめる。一台は MXR のフランジャーを通した、少し空洞のような音。一台はまったくの素の音。もう一台は素の音とほぼ同じ設定で、少しゲインを足したもの。

これは、単に音を厚くするための重ね録りではない。

素の音がアタックと芯を担い、揺れた音が広がりを担い、ゲインを足した音が密度を足す。役割を分けて、同時に鳴らしている。

一台のアンプに全部を求めると、必ずどこかで妥協が出る。ゲインを上げれば芯が緩み、下げれば密度が足りない。それなら、分けてしまえばいい。

この発想自体は、90年代のラック文化とも通じている。ただ彼の場合、分けた先が「エフェクター」ではなく「アンプそのもの」だった点が違う。

ラックで整えていた時期と、それを捨てた日

もう一つ、彼の機材遍歴には、はっきりした転換がある。

90年代の Dimebag のラックには、Furman のパラメトリックEQ が入っていた。1991年ごろから PQ-4、90年代後半には PQ-3。六バンドのEQも併用していた。アンプの外で、周波数をかなり積極的に作り込んでいた時期である。

ところが後年、彼はそれを全部やめる。

Damageplan の時期、彼は Krank Revolution を使い始め、さらに Krank の設計者 Tony Dow と組んで Krankenstein というモデルを作った。そのときの彼の言葉が残っている。

ラックの中身は全部捨てた。今はギターから直接 Krank へ入れて、そのまま鳴らしている。通すものが少ないほど、音は純粋になる。昔は六バンドEQも PQ-4 も必要だと思い込んでいた、と。

これは、機材遍歴としてはよくある「シンプル化」に見える。だが中身は少し違う。

彼は、EQ でやっていたことをアンプ側の設計へ移したのである。自分でアンプの設計に関わり、外で補正していた特性を最初から内側に持たせた。だから外の機材が要らなくなった。

制御層が外へ出ていく、というのが現代の大きな流れだとすれば、これはその逆を行っている。外に出した制御を、もう一度アンプの中へ戻す動きだ。

ただし、戻した先は既製品ではない。自分の要求に合わせて作らせたアンプである。

外で補正するか、内側に設計させるか。手段は逆でも、目的は同じところにある。自分の要求を、機材の側に持たせたい。

二人の弾き手が、同じ結論に見えて違うこと

ここまで来ると、Holdsworth と Dimebag の比較がはっきりしてくる。

二人とも、真空管が正義とされた時代にソリッドステートを主役に据えた。二人とも、アンプメーカーの設計に口を出した(Holdsworth は Pearce G1 のリードチャンネル、Dimebag は Krankenstein)。二人とも、既製品をそのまま受け入れなかった。

だが、要求はまるで逆である。

Holdsworth は、ピッキングの瞬間を消したかった。音を線として引きたかったからだ。

Dimebag は、ピッキングの瞬間を守りたかった。音を点として置きたかったからだ。

同じ技術が、正反対の目的に使われている。

これは、機材の評価というものの性質をよく表していると思う。ソリッドステートが良いか悪いか、という問いには答えがない。 何を保存したいのかを決めた瞬間に、初めて答えが出る。

真空管かトランジスタか、という議論が長いあいだ噛み合わなかった理由も、たぶんここにある。議論している二人が、保存したいものについて合意しないまま、装置の優劣を話していたからだ。

自分は、どちらを守りたいのか

アンプ選びで迷うとき、スペックや方式から入ると、だいたい遠回りになる。

先に決めるべきなのは、たぶんこちらだ。

弾いた瞬間の鋭さを守りたいのか。それとも、鳴っているあいだの伸びを守りたいのか。

刻みの輪郭が命なのか。フレーズの流れが命なのか。

音を点として置きたいのか、線として引きたいのか。

これが決まっていれば、真空管かトランジスタかという問いは、選択肢の一つに落ちる。決まっていなければ、どんな名機を持ってきても「なんとなく違う」が続く。

Dimebag が賞品でもらったアンプを十年以上使い続けられたのは、彼が守りたいものを知っていたからだ。

機材が先に決まることは、たぶんない。


参考

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