パンクは技巧を否定した、という説明がある。三つのコードがあれば始められる、という話として語られる。
だが実際の演奏を聴くと、そう単純ではない例がいくつもある。Toy Dollsもその一つで、ギターのオルガ(Michael Algar)は、二次資料で顎が落ちるほど速いピッキングと評されている。
パンク=下手、という前提の反例に見える。
ところが本人に聞くと、話が逆になる。
本人は、速弾きを嫌うと言っている
2006年のインタビューで、オルガはこう述べている。
好きなギタリストにはコードしか弾かない人が何人もいる、ラモーンズの人、Steve Jones、Pete Townshend。自分は、見せびらかしの速弾きというものにあまり興味がない、と。
「widdly widdly」という言い方をしている。指板の上を細かく動き回る、あの音である。
ただし彼は、ソロを全否定しているわけではない。曲を補うソロは好きだ、と続けている。例に挙げているのはJeff Beckの「Hi Ho Silver Lining」で、そのうえでソロを必要としない曲もたくさんあるとも言う。
否定されているのは技巧そのものではない。技巧の見せ方である。
道具からして、標準ではない
もう一つ、本人が語っていることがある。
自分はギターピックを使っていない。使っているのは自作の妙なもので、指にテープで貼りつけている、と。
これは冗談ではなく、演奏の前提そのものである。ピックの握り方、角度、深さ。速弾きの技術体系は、ふつうピックを持っていることを前提に組み立てられている。そこから外れている。
そして同じ人物が、公式サイトに自分の運指練習とスケールの動画を置いている。「OLGA - FINGER EXERCISES - SCALES」という題である。独学だとも述べている。
見せびらかしの速弾きを嫌う人が、運指練習の動画を公開している。この二つは、矛盾ではないと思う。
影響源をたどると、一つの系譜に着く
オルガが最初に挙げる初期影響は、Dr. Feelgoodである。次にChuck Berry。
Dr. FeelgoodのギタリストはWilko Johnsonだった。そしてWilkoの奏法には、はっきりした出どころがある。
Wilkoの弾き方は、Mick Greenを写し損ねた結果として生まれた、とされる。Mick Greenは Johnny Kidd & the Pirates のギタリストで、Wilkoが強く敬愛していた人物である。
そのMick Greenが何をしていたかというと、リードとリズムを同時に弾くことだった。この能力が後続の英国ギタリストに影響し、そこにはPete Townshendも Wilko Johnson も含まれる、と記録されている。
つまり線はこうつながる。オルガ → Dr. Feelgood → Wilko Johnson → Mick Green。
Wilkoはピックを使わず指で弾き、リズムとリフやソロを同時に鳴らして、打楽器的な音を作った。写し取ろうとして失敗し、別のものになったという点も、記録に残っている。
オルガの「指にテープで貼った自作のピック」も、この系譜の変形として読める。ただしこれは並べて見えることであって、本人がそう説明しているわけではない。
難しいのに、難しく見えない
ここが、この系譜の性質だと思う。
リードとリズムを同時に弾くというのは、やってみると難しい。左手は和音の形を保ったまま単音を動かし、右手は止まらずに刻み続ける。分業すれば簡単なことを、一人でやっている。
だがこれは、聴いても見ても、難しそうに見えない。速いパッセージのように「いま難しいことをしています」という信号を出さない。刻んでいるように聞こえる。
権威性は、たぶんそこに宿る。難しく見えることに宿る。指板を駆け上がる音は、聴く側に「これは自分にはできない」と伝える。伝えるように出来ている。
リードとリズムの一体型は、その信号を出さない。技巧を持っていながら、技巧の権威を帯びない。
なお、これは聴取と資料からの解釈であって、オルガ本人の言葉ではない。
笑いは、軽さではない
もう一つ、誤解されやすいところがある。
Toy Dollsは、クラシックや他ジャンルの曲を極端な速度で演奏することがある。ハチャトゥリアンの「剣の舞」もその一つである。
こうした曲は、技巧を冗談として提示しているように聞こえる。弾けることを見せるのではなく、弾けることを笑いの材料にしている。
だが本人は、笑いを軽さとして扱っていない。2023年のインタビューで、自分たちは常に非常に真面目な人間で、題材の多くは深刻な出来事に基づいている、ただ明るい側を見ているだけだ、と述べている。
深刻な出来事の、明るい側を見る。これは、深刻さを避けているのではない。見る角度を決めているという話である。
まとめ
パンクは技巧を否定した、という説明は、Toy Dollsには当てはまらない。
オルガは速く正確に弾く。そして見せびらかしの速弾きを嫌うと明言する。この二つは矛盾しない。彼が捨てたのは速さではなく、速さが帯びる権威のほうである。
影響源をたどると、リードとリズムを同時に弾く系譜に着く。難しいのに、難しく見えない技法である。技巧を持ちながら、技巧の看板を掲げない。
そして笑いは、技巧を隠す装置ではなく、技巧を別の場所へ着地させる装置として働いている。速く弾けることが、権威ではなく冗談として提示される。
技巧を否定したのか、という問いの立て方が、たぶん粗い。否定されたのは技巧ではなく、技巧が持っていた偉さのほうだった。
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