フットスイッチを踏む。
一瞬、音が消える。
マルチエフェクターやモデラーを使う人なら、たいてい一度はこれに引っかかる。曲の途中でプリセットを替えたら、ディレイの尾が切れた。リードに移る瞬間に、最初の一音が欠けた。
この現象は「音切れ」と呼ばれ、デジタル機材の弱点として語られることが多い。
だが、音が切れることは、いつも欠陥だったわけではない。
ある時期までは、音を切ることが、きれいな切り替えのための設計そのものだった。この記事では、音色の切り替えが「無音」から「連続」へと評価の軸を移していった経緯を、二台のアンプ、多チャンネルの真空管アンプ、ラックとデジタルのマルチ、現在のモデラーの順に追う。
二台のアンプは、どちらも鳴りっぱなしだった
いちばん単純な切り替えから始める。
アンプを二台並べ、足元のスイッチでギターの信号をどちらへ送るかを選ぶ。ABYボックスと呼ばれる装置である。
RadialのBigShot ABYの説明書は、この装置を、ギターの信号を2台のアンプのあいだで切り替える、あるいは両方を同時に鳴らすための足元の機器、と説明している。
ここで大事なのは、切り替えの前後で、どちらのアンプも電源が入ったまま、温まったまま待っていることである。
アンプA。
アンプB。
二つの状態は、最初から同時に存在している。スイッチは、どちらの出口を開くかを選ぶだけである。
それでも、この方式に問題がないわけではない。同じ説明書は、静かな設計ではあるが、アンプを切り替えるときにわずかなクリックが聞こえることは珍しくない、と書く。完全に消すにはバッファとオプトカプラを使ったアクティブな切り替え器が要る、と。
同じRadialのSwitchboneは、パッシブな切り替え器につきもののポップを消すために、フォトセルで信号を立ち上げてノイズのない切り替えにする、と説明されている。
ここでの問題は、雑音である。
音が途切れることではない。
二台目のアンプは、すでにそこで鳴っている。ディレイやリバーブを各アンプの後ろに置けば、前のアンプの残響も、そのまま減衰していく。二台並べるという構成は、連続性の問題を最初から持っていなかった。
その代わり、二台ぶんの重さと、二台ぶんの電源と、二台ぶんの運搬がついてくる。
一台に押し込めると、回路を組み替える瞬間が生まれる
その荷物を一台にまとめたのが、多チャンネルのアンプである。
複数の音色を一つの筐体に収め、フットスイッチで呼び出す。ただし、二台のアンプとは事情が違う。複数のチャンネルは、電源も、出力段も、多くの場合プリアンプの一部も共有している。
共有しているものを切り替えるには、信号の通り道そのものを組み替えなければならない。
その組み替えを担ったのが、リレーである。
1999年6月に出願された米国特許US6621907B1は、この部品の扱いにくさを正面から書いている。発明者はRandall C. Smith。題は「Mute circuit for use with switching relays」、リレー切り替えのためのミュート回路である。
特許はまず、ギターアンプで最も広く使われていた切り替え素子として、LEDと光で抵抗値が変わる素子を一つの包みに収めたLDRを挙げる。そしてその欠点を並べる。高価で、単純な入り切りしかできず、現代の多機能アンプなら2ダース以上必要になることもある。何より、完全にオンにも完全にオフにもならない、不完全なスイッチである、と。
リレーはこれらの問題をすべて避けられる。オンの抵抗はほぼゼロ、オフはほぼ無限大で、扱いも組み立ても試験もしやすい。
ただし、一つだけ大きな弱点がある。
「ポップ」である。
リレーは接点を瞬時に切ってつなぎ直すので、はっきりと聞こえる破裂音が出る。特許は、リレーの後ろに大きな利得がある回路では、そのポップが手に負えない音量まで増幅されうる、と書く。ハイゲインのアンプほど、切り替えの音が大きくなる。
特許の答えは、ポップを消すことではなく、隠すことだった。
リレーのコイルが切れる瞬間に生じる電圧を引き金にして、トランジスタとFETで信号を短絡させる。ポップが出ているあいだだけ、信号を地面に落とす。
つまり、意図的な無音である。
このときの無音の長さについて、特許は時定数で自由に決められると書き、その目安を示している。不要な雑音を消すには十分で、演奏者に「ドロップアウト」と気づかれるほどは長くない、一秒に満たない長さ、と。
ここに、この時代の考え方がよく出ている。
一台に押し込めた以上、切り替えの瞬間には回路が組み替わる。組み替わる瞬間の音は、聞かせてはいけない。だから、聞こえないほど短く、音を消す。
音切れは欠陥ではなかった。設計された解決策だった。
なお、デジタル側からの比較として、Fractal Audioは自社のAxe-Fxがアンプのチャンネルを19ミリ秒で切り替え、これは典型的な真空管アンプと同程度だ、と説明している。真空管アンプのチャンネル切り替えも、一瞬で済むわけではない、という前提に立った比較である。
前の残響は、重なってはいけないものだった
同じ特許には、もう一つ、いま読むと目を引く記述がある。
ミュートの時間を一秒未満ではなく、2〜3秒に設定する使い方である。
その目的として特許が挙げるのは、前のモードの残響の減衰が、新しく選んだモードに重なるのを消すことだった。
これは特許が示した選択肢の一つで、製品の仕様として書かれているわけではない。ただ、この選択肢が挙げられていること自体が、当時の「きれいな切り替え」の像を示している。
新しい音は、前の音を引きずらずに、単独で現れるべきである。
クリーンのリバーブがまだ尾を引いているところに、ハイゲインのリードが入ってくる。その重なりは、整理されるべき濁りとして扱われていた。
ここは覚えておいてよい。
現在の機材が「スピルオーバー」と呼んで売りにしている現象は、この特許の文脈では、消す対象として名指しされていた。
プリセットは、回路ではなくプログラムを積み替える
ラックの時代に入ると、切り替えの対象はアンプのチャンネルだけではなくなる。
MIDIで、プリアンプ、エフェクター、パワーアンプの設定を一度に呼び出す。複数台のラック機材を一つの「音色」として扱う運用である。
ここでも、切り替えは一筋縄ではいかなかった。
TC ElectronicのG-Forceは、エフェクトを任意の順に並べられるラック機である。この機種について、利用者が作った解説サイトは、任意の接続順を許すことと引き換えに、プリセットの切り替えを常に途切れなくすることはできず、接続順や下位アルゴリズムの似たプリセット同士で切り替えるのがよい、と書いている。大きく違うプリセット間で弾きながら切り替えると異音が出ることがあり、それを避けるために、切り替えの一瞬だけ音を消す機能がソフトウェア1.12以降に用意されていた、とも。
自由に並べられる箱ほど、切り替えのときに整理しなければならないものが増える。整理のあいだは、やはり音を消す。
デジタルのマルチエフェクターとモデラーで、この構図ははっきり言葉にされる。
Line 6のHelixの取扱説明書は、Helixのような強力なマルチエフェクターでは、プリセットを切り替えるには今のプリセットのDSPブロックを降ろし、新しいプリセットのDSPブロックを読み込む必要があり、その結果として小さな可聴の途切れが生じる、と書く。HX Effectsの説明書はもっと率直で、ここまで動的にモデルを割り当て、接続を複雑にできる箱では、プリセットの切り替えに小さな途切れが必ず生じる、それが高度なデジタル信号処理の仕組みだ、と言い切っている。
Fractal Audioの説明も同じ方向を向いている。接続を自由に組める機器では、ミュートし、切り替え、ミュートを解く、という手順を踏まなければならず、それには時間がかかる。そうしないと、位置を移したブロックの音が大きなポップや異音を生む。接続が固定されている製品は、ブロックを並べ替えなくてよいぶん速く切り替えられる、と。
さらに、アンプのモデリングについての説明が興味深い。
モデルが細かいので、アンプモデルが変わるたびに「仮想の回路」を組み直す必要がある。速く切り替えることはできるが、組み直しのせいでクリックやポップが出ることが多い。だからアンプブロックをしばらく無音で走らせ、落ち着いてからミュートを解く。聞こえているのはこのミュートの時間だ、と。
そして、ほかの多くの製品は固定のアルゴリズムで入出力のEQとゲインを変えているだけで、それならクリックもポップもなく速く切り替えられるが、もちろんリアルさと細部は得られない、と続ける。
これは、1999年の特許と同じ構図である。
回路を組み替えれば、組み替えの音が出る。それを隠すために、一瞬消す。違うのは、組み替えているのが物理的な接点ではなく、プログラムとパラメーターだということだけである。
モデルが実機の回路に近づくほど、切り替えの振る舞いまで実機の回路に近づいていく。
途切れずに切り替える方法は、三つあった
では、途切れない切り替えはどう作られたのか。
現在の機材の答えは、大きく三つに分けられる。この三つは、仕組みがまったく違う。
一つ目は、接続を変えないことである。
Fractal Audioは、チャンネルを個々のブロックのためのプリセットのようなものだと説明する。ディレイのブロックは、4つのプリセットを持った単体のディレイペダル、あるいはラックの機材だと考えればよい。シーンは各ブロックのオン/オフとチャンネルを記憶する。シーンとチャンネルを使えば、1曲を、1ステージを、ショー全体を一つのプリセットでまかなえる。接続を変えなくてよいので、速く滑らかに切り替わる、と。
Line 6はこれをスナップショットと呼ぶ。2019年の公式ブログは、別々のプリセットを切り替えると途切れることがあるが、スナップショットの切り替えは即座で、ディレイやリバーブの尾も切り替えのあとで鳴り続けられる、と書いている。
この方式は、二つの状態を同時に走らせているわけではない。
一つのプリセット、つまり一つの接続を固定したまま、各ブロックのオン/オフと値だけを持ち替えている。前の音と次の音は、同じ回路の上の二つの設定である。だから組み替えが要らず、組み替えの音も出ない。
その代わり、一つのプリセットに収まる範囲でしか音色を変えられない。
二つ目は、二つ目の状態を並行して走らせることである。
ここで、Helixの歩みが分かりやすい。ファームウェア3.00より前、Line 6のHelixのFAQは、ディレイやリバーブのスピルオーバーはあるかという問いに、ディレイ、リバーブ、FXループはバイパスしたあとも鳴り続けられるが、プリセットを替えたときのスピルオーバーは今のところない、と答えていた。
2020年11月のファームウェア3.00で、Helixは「True Preset Spillover」を新機能として加えた。
その代償は、取扱説明書の手順にそのまま表れている。機能をオンにしようとすると、画面に「スピルオーバーを有効にするためにパス2を削除しますか」と出る。スピルオーバーがオンのあいだ、パス2は隠され、信号は送られない。説明書の言葉では、Helixの2基のDSPのうち1基を差し出す覚悟があれば、ディレイとリバーブの尾まで含めた本当のプリセット・スピルオーバーが得られる、となる。
空いた1基のDSPは、前のプリセットを鳴らし続けるために使われる。
前のプリセット。
次のプリセット。
二つの状態が、同時に存在している。
Fractal Audioは、同じことを逆の側から書いている。完全に独立したスピルオーバーには2倍の処理能力が要るので対応していない、と。言い方は違うが、どちらも、前と次を同時に鳴らすには演算資源を二重に持たなければならない、という同じ事実を指している。
マルチエフェクターのメーカーが出願した特許にも、同じ発想が出てくる。InMusic Brandsが2018年に出願した米国特許US11423870B2は、プリセットをメモリから取り出してDSPに必要なデータを渡すには時間がかかり、その間に可聴の途切れが入りうる、と書く。そして、尾を残す機能が有効なら、新しいプリセットで処理を始めると同時に、前のプリセットのパラメーターで前の信号の処理を続ける構成を示し、それぞれを別のコアや別のプロセッサで走らせる形まで挙げている。
三つ目は、前と次を重ねて受け渡すことである。
KemperのProfilerの取扱説明書は、たいていのデジタル機器はプリセットを替えると信号に不快な途切れを生むが、Profilerは前のリグと今のリグのあいだでクロスフェードを行い、継ぎ目のない滑らかな移行を作る、と説明している。
切り替えの一瞬、前と次が重なる。スイッチで出口を選ぶのではなく、片方を下げながら片方を上げる。
ただし、重ねるにも演算の余裕が要る。Kemperの公式フォーラムでは、ある利用者のリグでスピルオーバーが途切れる症状について、サポートが再現したうえで、特定のリバーブとディレイの組み合わせがCPUに負荷をかけすぎ、スピルオーバーを確実に提供できない、と回答している。そのうえで、ディレイとリバーブの組み合わせが必要なら、一つのリグの中でモーフィング機能を使って変化させることを勧めている。
結局、一つ目の方法、接続を変えない方式へ戻ってくる。
同じフォーラムには、こんな投稿もある。自分の解決策は、2台目のKemper Stageを買い、ABスイッチャーでギターを片方からもう片方へ送り替えることだった。完璧なスピルオーバーの極みだ、と。
冗談めいた書き方だが、構造としては正確である。
最初の章のABYボックスに、そのまま戻っている。
連続は、二台目を内側に持つことで手に入れている
三つの方法を並べると、一つのことが見えてくる。
途切れない切り替えを手に入れるには、どこかで「二つ目」を持たなければならない。
接続を変えない方式は、二つ目の回路を持たない代わりに、一つの回路の中に複数の設定を抱え込む。並行して走らせる方式は、二つ目の回路を演算資源の中に持つ。重ねて受け渡す方式は、短い時間だけ二つを同時に鳴らす。
二台のアンプを一台にまとめたことで、機材は軽く、小さく、呼び出しやすくなった。そのとき手放したのが、二つの状態が同時に存在しているという、二台構成なら何もしなくても得られていた性質だった。
現在のモデラーは、それを取り戻している。
ただし、外に二台目を置くのではなく、内側に二台目を置き直すことで、である。Helixで言えば、2基のDSPの片方。Fractalで言えば、2倍の処理能力。その値段は、重さではなく演算で支払われる。
Fractal Audioは2023年10月20日、Axe-Fx IIIのファームウェア23.00の公開ベータで、プリセット、シーン、チャンネルの切り替えが途切れなくなった、と告知した。いっぽうで同社の説明は、プリセットがCPUを多く使っている場合には余裕が足りずに途切れなくならないことがある、部屋鳴りまで含む長いIRは読み込みに時間がかかるので対象外になる、といった条件を並べている。
途切れない切り替えは、今も無条件ではない。
演算に余裕があるときにだけ買える性質である。
何を「きれいな切り替え」と呼ぶかが変わった
ここで、最初の特許へ戻る。
1999年の特許は、ポップを隠すための無音を、演奏者に気づかれない短さに抑えようとした。そして同時に、前のモードの残響が次のモードに重なるのを、数秒消す使い方を挙げていた。
無音は、隠すための道具だった。
前の残響は、整理すべき重なりだった。
いまのマルチエフェクターとモデラーでは、評価がちょうど逆になっている。無音は「音切れ」として嫌われる。前の残響が次の音へ流れ込むことは「スピルオーバー」と名前を与えられ、DSPを1基空けてでも手に入れる性質になった。Line 6のFAQで「今のところない」と答えられていたものが、ファームウェア3.00で新機能として加わった。
なぜ逆になったのか。
ここからは、この記事の読みである。
二台のアンプを使っていた人にとって、スピルオーバーは問題にならなかった。何もしなくても、前のアンプの残響は前のアンプの後ろで鳴り終わっていた。一台にまとめ、さらにすべてを一つの箱の中のプログラムにしたとき、初めて「前の音がどこで鳴り終わるのか」が設計の問題になった。
設計の問題になったものには、名前がつく。名前がつけば、仕様の比較表に載る。比較表に載れば、ないことが欠点になる。
つまり、スピルオーバーという価値は、機材を一台にまとめた結果として、あとから発見されたものだと読める。もともと二台構成の中に、名前のないまま含まれていた性質である。
もう一つ、演奏の側の変化もあるかもしれない。1曲の中で何度も音色を替え、その継ぎ目を曲の一部として聴かせる弾き方では、前の音の尾は濁りではなく、つなぎの素材になる。ただ、これは機材の資料からは言えないことで、ここでは可能性としてだけ置いておく。
まとめ
音色の切り替えの歴史は、途切れを減らしてきた歴史として語られがちである。
実際には、もう少し入り組んでいる。
二台のアンプは、途切れの問題を持っていなかった。一台にまとめた多チャンネルアンプは、回路を組み替える瞬間のポップを、短い無音で隠した。前の残響は、場合によっては数秒かけて消す対象だった。デジタルのマルチとモデラーは、物理的な接点の代わりにプログラムを組み替え、同じように一瞬音を消した。そして現在の機材は、接続を固定する、二つ目を並行して走らせる、前と次を重ねる、という三つの方法で、二台構成が持っていた同時性を内側に取り戻そうとしている。
フットスイッチを踏んだ瞬間の一瞬の無音は、その箱が何を一つにまとめたかの痕跡である。
そして、そこで鳴り続ける残響は、その箱が内側にもう一台ぶんの余裕を持っていることの証拠である。
次に足元で音が切れたら、あるいは切れなかったら、その箱の中に「二台目」がいるかどうかを考えてみると、機材の設計が少し違って見えてくる。
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