ギターアンプの歴史を設計の側から追っていくと、ある一つの価値が繰り返し磨かれていることに気づく。
ピッキングと歪みの相互作用だ。
弦を弾いた瞬間に生まれる大きな入力を、歪みがどう受け止め、どう潰し、どう戻すか。Fender Bassman から Marshall のマスターボリューム機、Mesa/Boogie の多段ゲイン、Soldano SLO-100 のゲイン配分、Diezel VH4 の分離まで、系譜は違っても目的地は近い。アタックを気持ちよくすることである。
弾き心地という言葉で語られるものの正体は、だいたいここにある。
では、その価値をまるごと不要と判断した演奏家がいたら、どうなるか。
Allan Holdsworth の機材選択は、そこから読むとすべて筋が通る。
サックスになりたかった、という出発点
Holdsworth は、自分が本当はギターを弾きたかったわけではないと、生涯繰り返し語り続けた人だった。子どものころに憧れていたのはサックスで、John Coltrane、Cannonball Adderley、Charlie Parker、後年には Michael Brecker といった管楽器奏者の影響を公言している。
これは単なるエピソードではない。演奏思想の根っこである。
ギターは、構造上きわめて打楽器に近い楽器だ。弦を弾いた瞬間に音量の最大値が来て、そこから減衰していく。奏者が音に触れられるのは、原則として発音の瞬間だけである。ヴィブラートやベンドで後から手を加えることはできるが、それは減衰していく音を曲げているのであって、音そのものを立ち上げ直しているわけではない。
管楽器は違う。息がある限り、鳴っている音の形をあとから変えられる。強くも弱くも、明るくも暗くもできる。
Holdsworth が生涯かけて取り組んだのは、この差を埋めることだった。
彼のレガートが有名なのは、速いからではない。ピッキングした音と、していない音の区別をなくすためにあの奏法へ行き着いた、という因果の向きが重要である。区別をなくせば、フレーズは打点の連続ではなくなる。一本の線になる。
つまり彼は、ギターという楽器から打点を消そうとしていた。
ここまで来ると、機材の話は自動的に決まってくる。
Marshallを降りるという判断
70年代の Holdsworth は Marshall を使っていた。50Wヘッドと4×12。Soft Machine、Tony Williams Lifetime、Gong、U.K.、Bill Bruford のバンド。初期には Vox AC30 や Hiwatt、英 Burman も通っている。あの時代の彼の音は、おおむね英国製の真空管アンプである。
だが彼はそこから降りた。以後、彼が主役に据えたのは、Norlin 期の Lab Series L5、英国の Hartley-Thompson、そして米国 Pearce の G1 だった。
三つとも、100%トランジスタのソリッドステート機である。
これは当時の常識からすると、かなり異様な選択だ。70年代後半から80年代前半といえば、トランジスタアンプが「安価な代用品」という評価をほぼ固定されつつあった時期にあたる。ハイゲインを求める側はブティック真空管アンプへ向かい、クリーンを求める側だけが Roland JC-120 のようなソリッドステート機に残っていた。
Holdsworth は、その両方に当てはまらない理由でソリッドステートを選んでいる。
Lab Series L5 は Norlin 傘下(Gibson と同じ資本)から出たソリッドステート機で、非常に清潔で、色付けが少なく、臨床的とすら言われる音を持つ。Holdsworth はこれを主にコード用に使い、二台の間に Dynacord のデジタルディレイを挟んで奥行きを作っていた。Hartley-Thompson は同じくトランジスタながら、もう少し温度のある音で、80年代前半にはリードの中心になった。
そして Pearce G1 が、この選択が偶然でないことを決定づける。
1982年に Dan Pearce が出したこの全ソリッドステート機は、コンボの G1a、パワー内蔵ラックヘッドの G1b、プリアンプのみの G1c という構成で展開された。クリーンチャンネルとオーバードライブチャンネルを分け、コンプレッション/リミッティングとマルチバンドのフィルターを内蔵している。
重要なのは、Holdsworth がこのアンプの初期エンドーサーであると同時に、設計へ口を出していたことだ。後年の "1.5 mod" と呼ばれる仕様変更は、リードチャンネルにゲインと低域を足すもので、Holdsworth の要望によるものだったと伝えられている。
つまり彼は、ありもののトランジスタアンプで妥協していたのではない。ソリッドステートであることを前提に、自分の要求へ寄せさせていた。
安価な代用品としてトランジスタを使う、という当時の一般的な文脈とは、動機がまるで違う。
真空管アンプが持っている性質を並べてみると、彼が何を避けたのかが見えてくる。
サグ。整流回路が電流を供給しきれず、強く弾いた瞬間に電圧が落ちる。音が一瞬遅れて膨らむ。
パワー段の圧縮。強い入力ほど頭が潰れ、弱い入力との差が縮まる。
出力トランスの飽和。低域の立ち上がりが鈍り、押し戻される。
これらは全部、アタックの周辺で起きる時間的なゆがみである。そしてロックのギターアンプにおいては、そのゆがみこそが快感の正体として評価されてきた。前回まで書いてきた Soldano や Diezel の設計思想も、突き詰めればこの時間的なゆがみを、濁らせずに深く取り出すための工夫だった。
Holdsworth にとって、これらは少なくとも「勝手に起きられては困るもの」だった。
打点を消したい人間にとって、打点を強調する装置は要らないのである。
ソリッドステートは、入力に対して素直に反応する。強く弾けば強く、弱く弾けば弱く、遅れずに出る。ゆがみが少ないということは、奏者の時間制御がそのまま通るということでもある。彼はソリッドステートを「真空管の代わり」として使ったのではなく、真空管が持っていない性質を目的として選んでいた。
ただし、ここで話を「彼は真空管を捨てた」で終わらせると、後年の彼の機材が説明できなくなる。それは後で見る。
ちなみに、Holdsworth の改造 Hartley-Thompson は、Eddie Van Halen が Michael Jackson「Beat It」のソロで使ったことでも知られている。ハイゲインの象徴のような弾き手が、真逆の思想から生まれたアンプで代表的なソロを録っている。設計の意図と使われ方は、必ずしも一致しない。
歪みの役割が、反転している
ここで、歪みという言葉の意味を一度ほどく必要がある。
ロックの文脈で歪みが果たしている役割は、大きく二つに分けられる。
一つは音色としての役割。倍音が増え、音が太くなり、攻撃的になる。
もう一つは、時間としての役割。歪みは強い音を潰し、弱い音を持ち上げる。結果として音量の変化が小さくなり、減衰が遅くなり、音が長く伸びる。
主流のハイゲインアンプは、この二つを同時に、しかも音色の側を主役にして設計されてきた。歪みの質感が商品価値であり、粒立ちや分離感といった言葉はそこを評価するために使われる。
Holdsworth の使い方は、ほぼ時間の側に寄っている。
彼が求めていたのは、音量の変化が小さく、減衰が遅く、フレーズのどこを取っても均一な太さで鳴り続ける状態だった。管楽器の持続に近づけるには、それが要る。だからゲインは必要だが、攻撃的である必要はまったくない。
後年の彼のセッティングが、その考え方を裏づけている。Yamaha DG-80 112 を二台使っていた時期、片方はクリーン、もう片方はごく浅いクランチにゲインを絞り、そのぶんマスターボリュームを大きく開けていた、と伝えられている。
これは、ハイゲインアンプの一般的な使い方とほとんど逆である。歪ませて音量を稼ぐのではなく、歪ませずに音量を稼ぐ。歪みは音を持続させるぶんだけ足す。
歪みの量に対する価値観が、そもそも違う。
真空管を拒んだのではない。動かれることを拒んだ
ここで、話を単純にしすぎないための材料を出す必要がある。
Holdsworth は、真空管アンプへ戻っている。
80年代後半、彼のラックには Mesa/Boogie が入ってくる。Mark III ヘッド、.50 Caliber、Quad Preamp、Simul-Class 295 パワーアンプ。90年代以降には Dual Rectifier まで使っている。ソリッドステート原理主義者なら、絶対に選ばない機材ばかりだ。
「彼は真空管を捨てた人」という要約は、だから正確ではない。
では何が起きていたのか。答えは、そのMesaたちの出口に付いていた装置にある。
Juice Extractor。Holdsworth が80年代半ばに構想し、後に Rocktron が製品化した、彼のシグネチャー機材である。
中身はリアクティブ・ロードボックスだ。アンプの出力をスピーカーの代わりに受け止め、ラインレベルへ変換する。パワーソークのような減衰器ではなく、スピーカーそのものを置き換える。彼はこれを通した信号を、Carvin などのソリッドステート・パワーアンプへ送っていた。
Holdsworth 自身が語っていた狙いは、はっきりしている。プリアンプの出力だけを取り出したのでは、真空管アンプの音のかなりの部分が失われる。パワー段の飽和と、プリ/パワー間の相互作用が抜け落ちるからだ。それを残したまま、会話ができる音量で録りたい。
つまり彼は、パワー段の非線形性を欲しがっていた。
ここが重要なところだ。彼が拒んだのは真空管ではない。真空管アンプに必ず付いてくる条件の方である。
大音量でなければパワー段が働かないこと。その日の部屋の鳴りが混ざること。同じ音を明日また出せる保証がないこと。
これらは、彼が設計しようとしていた「時間」を外側から乱す要素だ。
だから彼は、パワー段を音量から切り離した。Rocktron 版が誤使用によるアンプ故障を理由に生産中止になったあと、彼は自作を続け、それを「The Harness」と呼んだ。マスターボリュームのある機種向けとない機種向けの二種類まで作っている。
ここで、話を早合点しないための材料がもう一つ要る。
彼はスピーカーを捨てていない。それどころか、ギタリストとしてはかなり異常な水準で、スピーカーとマイクにこだわっている。
The Coffin という、固定するための箱
Holdsworth は、自分用のスピーカー・エンクロージャーを作っていた。本人が「The Coffin(棺桶)」と呼んでいた箱である。
完全密閉の箱の中に、スピーカーとマイクを一緒に閉じ込める。マイクは Neumann U87。バッフルはスライドして抜き差しでき、8インチ、10インチ、12インチ、15インチ、Celestion、Jensen、JBL と、目的に応じてスピーカーを入れ替えられる。マイクスタンドは可動だが、音が決まったらその位置に固定して動かさない。
大きさ違いで三種類まで作っている。持ち運べる小型、やや大きいもの、そして非常に大きいもの。いちばん大きい箱が最も良かった、と彼は語っている。理由は明快で、箱が大きいほど内部の共振周波数が下がり、ギターの可聴帯域より下へ落ちるからだ。そうなればEQで簡単に処理できる。
作った動機も、本人の言葉としてはっきりしている。ギタリストはスタジオでキャビとマイクを動かし回して同じ音を探すことに膨大な時間を使う。それが無駄だ、と。
この箱があれば、車に積んで持っていける。片側にアンプを繋ぎ、反対側をコンソールへ繋ぐ。マイクが同じ位置にある限り、音は同じである。
これは「スピーカーを排除する装置」ではない。真逆だ。スピーカーとマイクという最も暴れる層を、動かないように固定するための装置である。
彼がその固定にどれだけ本気だったかは、2002年の東京録音の顛末が示している。六本木ピットインでのライブ盤『All Night Wrong』の制作時、初日に立てたマイクを、機材の盗難を警戒したスタッフが二日目までに全部撤去してしまった。組み直せば済む話ではある。だが Holdsworth はそれを拒み、「もういい」と言った。
同じ位置に戻せない以上、それは同じ条件ではない。彼にとって、マイク位置は後から調整できる仕上げの工程ではなく、演奏を成立させる前提条件の側にあった。
こうして並べると、Juice Extractor と The Coffin が同じ思想の産物であることが見えてくる。片方は音量を、もう片方は部屋とマイク位置を、変数から外している。
彼はレイヤーを減らしていたのではない。動いてほしくない変数を、片っ端から固定していた。
そして、そこまでして最後に一つだけ自由に残したものが、音の時間である。
これは、単なる録音の工夫ではない。アンプのどこまでを自分の管理下に置くかという線引きの話である。
Rocktron との関係はこれだけではない。90年代、Rocktron はアーティストのプリセットを載せたプリアンプ ProGap を出しており、そのプリセット提供者に Steve Lukather と並んで Holdsworth の名前がある。彼のラックには Intellifex も入っていた。真空管、トランジスタ、デジタル、そして自作。手段の出自にこだわった形跡が、まったくない。
こだわらなかったのではなく、こだわる対象が別にあった。
制御層は、アンプの外にあった
もう一つ、彼の音を決定的に特徴づけていたのが空間系である。
コードを弾いたときの、あの独特の広がり。多くの人が「Holdsworth のトーン」として記憶しているのは、実のところアンプの音色ではなく、この空間の作り方であることが多い。
彼はディレイを、残響を足す装置としては使っていない。
使ってきた顔ぶれも幅広い。70年代の Lab Series L5 二台に挟んだ Dynacord のディレイに始まり、80年代には A/DA の STD-1 ステレオディレイ、Yamaha E-1010 アナログディレイ、Lexicon PCM60、TC Electronic の Spatial Expander、そして Rocktron Intellifex。世代も方式もばらばらだが、やっていることは一貫している。
その到達点が、Yamaha の UD-Stomp だ。Yamaha の黒木隆一郎(Rick Kuroki)氏との関わりから生まれた製品で、Holdsworth 自身の「究極のディレイ機」という構想が出発点になっている。中身は八系統のディレイラインで、それぞれ独立したフィードバックとパンニングを持つ。2004年に生産終了となった後も、彼のファンから探し続けられている一台である。
八本の独立したディレイラインというのは、空間の演出としては過剰だ。だが、一音を八つの時間位置に配るための道具だと考えると、話がまるで変わる。
彼はディレイで、一つの音の時間的な厚みを設計していた。残響ではなく、声部に近い。
同じことは、彼が Yamaha の DG シリーズへ向かった理由にも当てはまる。DG-1000 プリアンプに出会い、後に DG-80 のコンボへ移り、晩年には Hughes & Kettner の ZenTera や Switchblade 100 を Yamaha DG130 のパワーアンプと組み合わせる構成へたどり着いている。UD-Stomp の後継として MagicStomp を使ってもいた。
英国の真空管アンプ。Norlin と Hartley-Thompson と Pearce のトランジスタ機。Mesa の真空管ラック+自作ロードボックス。Yamaha と Hughes & Kettner のデジタル。
四十年で、方式は四周くらいしている。
方式にこだわりがなかったのではない。方式にこだわる理由がなかったのである。
彼が確保したかったのは、アタックの均一さと、持続と、それを配置する空間だった。それが得られるなら、内部が球でも石でもDSPでも構わない。デジタルモデリング機を、有名アンプの音を借りるためではなく、自分の設定を安定して再現するために使う。この態度は、当時のギタリストの平均から大きく外れている。
制御層がアンプの中ではなく外にある、という状態を、彼は80年代の時点でほぼ完成させていた。
発音したあとの音に、触れる権利
そして、彼の思想がもっともむき出しになるのが SynthAxe である。
1986年の『Atavachron』以降、Holdsworth はこのギター型MIDIコントローラーを本格的に使い始めた。生産台数が百台程度しかなかったとされる異形の機材で、彼は数少ない本格的な使い手として知られている。
重要なのは、そこに付いていたブレスコントローラーの方だ。
EWI の発明者である Nyle Steiner が設計したこの入力装置は、息の強さで音量や音色を変化させる。Holdsworth はこれを、SynthAxe の音のアタックとディケイ、ときに音色そのものを制御するために使った。
つまり、すでに鳴っている音の形を、あとから変える手段を手に入れたことになる。
弾いてから、大きくする。小さくする。ヴィブラートを足す。倍音を増やす。すべて発音後に行う。
彼は「息を使うと、自分は管楽器を吹いていると感じられる。本当はそうすべきだったと思っている」という趣旨のことを語っている。ギターという打楽器的な楽器で、三十年近くかけて回り道をして近づこうとしていたものへ、この装置で直接手が届いた。
ここまで見てくると、彼の機材遍歴が一本の線に見えてくるはずだ。
Marshall を降りたのも、Pearce に手を入れさせたのも、歪みを持続の道具として扱ったのも、パワー段を音量から切り離したのも、スピーカーとマイクを箱ごと固定したのも、八系統のディレイを作らせたのも、ブレスコントローラーへ行き着いたのも、全部同じことをやっている。
音が鳴っている時間の中で、奏者が触れられる領域を広げる。
それだけである。
音色を追う人と、時間を追う人
Holdsworth 本人が、自分の音に満足していると語った記録はほとんどない。むしろ逆で、自分の演奏や音についてかなり厳しい評価を口にし続けた人だった。
一方で、世界中のギタリストが「Holdsworth のトーン」を再現しようとしてきた。どのアンプを使えばいいか、どのコーラスとディレイを繋げばいいか、という形で。
だが、彼がやっていたことを機材の型番として写し取るのは、たぶんいちばん遠い道だ。あの音は、Hartley-Thompson が作ったのでも、UD-Stomp が作ったのでもない。まして、彼が固定した条件を再現せずに型番だけ揃えたところで、彼がいちばん重視していた部分が丸ごと抜ける。打点を消し、持続を均一にし、鳴っているあいだの音に手を入れる、という一つの方針が、機材選択の全部を貫いた結果として出てきている。
思想が先にあって、機材があとから決まっている。
これは、ギターアンプの歴史全体を眺めるときにも効いてくる視点だと思う。多くの名機は、ある演奏思想への回答として設計されている。ハイゲイン機がアタックの快感を磨いたのは、そこに音楽的な要求があったからだ。Holdsworth が正反対を選んだのも、別の要求があったからにすぎない。
どちらが正しいわけではない。ただし、自分がどちら側の要求を持っているかを知らないまま機材を選ぶと、噛み合わないことが起きる。
歪みを深くしても弾き心地が良くならない。空間系を足しても広がった気がしない。そういうとき、問題は機材の質ではなく、自分が音色を求めているのか、時間を求めているのかが整理されていないことにある場合が少なくない。
アタックを立てたいのか、消したいのか。減衰を活かしたいのか、伸ばしたいのか。一音を点として置きたいのか、線として引きたいのか。
Holdsworth の機材遍歴が今でも読む価値を持っているのは、彼がそれを一生分の一貫性で示してみせたからだ。
音色は、選ぶものである。
時間は、設計するものである。
参考
- Allan Holdsworth - Wikipedia
- Hartley-Thompson amps / SynthAxe — Allan Holdsworth Information Center
- Allan Holdsworth's Baby – The Story of the Yamaha UD-Stomp Delay Pedal
- Rocktron Juice Extractor — Allan Holdsworth Information Center
- Allan's speakers(The Coffin)— Allan Holdsworth Information Center
- All Night Wrong (album) — Allan Holdsworth Information Center
- Pearce G1 / Pearce amps — Allan Holdsworth Information Center ほか
- Innerviews: Allan Holdsworth
- 本文中の音源: Allan Holdsworth
Metal Fatigue(同名アルバム収録/℗1985 Allan Holdsworth)。 公式チャンネル「Allan Holdsworth - Topic」より。※配信はリマスター版。