Marshall JCM900 SL-X 2500。1994年に作られた50Wヘッドである。
この一台を、「JCM900」という三桁の数字だけで語るのは、どこか正確ではない気がしている。
JCM900という名前のもとには、設計の方向が異なる複数のモデルが同居している。SL-Xは、その中でも単チャンネルのハイゲイン機という、はっきりした性格を持つ一台だ。
この記事は、その一台を入口にして、90年代のMarshallがどこへ向かおうとしていたかを確かめ直す、その最初のメモである。スペックの紹介でも、名機の発見報告でもない。一台のアンプを通じて、ある時代を整理していく試みだ。
JCM900という名前に、素直になれなかった
正直に書くと、JCM900という名前に、長いあいだ素直になれなかった。
理由ははっきりしている。記憶の側に、引っかかりがあったからだ。
日本でバンドをやっていた人間にとって、JCM900は「選んで使ったアンプ」ではないことが多い。リハーサルスタジオに、最初から置いてあったアンプである。
JC-120か、JCM900か。多くのスタジオで、選択肢は実質その二つだった。
そして、そこで鳴らしたJCM900の記憶は、必ずしも良いものばかりではない。
ボリュームを上げきれない部屋。何年も酷使され、真空管もスピーカーもくたびれた個体。音を出すたびに、「Marshallのはずなのに、なぜか気持ちよくない」という感触が残った。
その記憶が、JCM900という三桁の数字に、うっすらとした不信をまとわせていた。
だが、その記憶はアンプ本体の評価なのか
ここで立ち止まる必要がある。
あのときの「気持ちよくなさ」は、本当にアンプ本体の設計から来ていたのか。それとも、置かれていた環境と、個体の状態から来ていたのか。
この二つは、分けて考えなければいけない。
くたびれた真空管。へたったスピーカー。音量を出せない部屋。複数のバンドが日替わりで叩き続けた筐体。
これらは、アンプの設計とは別の話である。どんな名機でも、同じ条件に置けば本来の音は出ない。
つまり、JCM900への評価には、アンプそのものの音と、日本のリハスタ文化の記憶とが、分かちがたく混ざっている可能性がある。
その混ざりを、いったんほどいてみたい。そのとき、確かめる対象としてふさわしいのが、SL-Xという一台である。
SL-Xは、いわゆるJCM900とは別の文脈にある
ひとくちにJCM900と言っても、中身は一枚岩ではない。
JCM900という名前のもとには、Dual Reverb、MkIII、そしてSL-Xという、設計思想の異なるモデルが同居している。
スタジオに置かれていた記憶のJCM900は、その多くがDual Reverbだった。リバーブを備え、二系統のゲインを持つ、汎用的な常設機としての顔である。
SL-Xは、それとは別の方向を向いている。
SL-Xは「2500」という型番が示すとおり、単チャンネルのハイゲイン機だ。リバーブを持たず、チャンネル切り替えもない。マスターボリュームを備えた、一本気な高ゲインMarshallである。
だから、SL-Xを「あのスタジオのJCM900」と同じものとして語るのは、たぶん間違っている。
名前は同じでも、設計が見ている方向が違う。SL-Xは、悪い記憶のJCM900とは別の文脈で確かめるべきアンプではないか。そう考えた。
ここで注意しておきたい。SL-Xを「だから名機だ」と持ち上げたいわけではない。量産されたMarshallの一機種であり、荒さも癖もある。過度に神格化はしない。ただ、別物として一度フラットに鳴らしてみる価値はある、ということだ。
6100LMという、もう一つの90年代Marshall
SL-Xを確かめる意味は、比較できる対象があることで、さらにはっきりする。
Marshall 6100LM。同じ90年代のMarshallでありながら、SL-Xとはまったく違う性格を持つアンプである。
6100LMは、Marshallの30周年を記念して作られた、いわば「全部入り」のMarshallだ。複数チャンネルを持ち、クリーンから高ゲインまでを一台でこなそうとする、多機能な記念碑的モデルである。
その6100LMのリードチャンネルと、単チャンネル機であるSL-Xのハイゲインは、同じ90年代Marshallの高ゲインでありながら、立ち位置が異なる。
多機能アンプの中に整理して収められたリードなのか。一台まるごとがリードアンプとして作られた高ゲインなのか。
この違いは、音を聴く前から面白い。同じメーカーが、同じ時代に、違う答えを二つ出していたということだからだ。
SL-Xという一台を起点にすると、その二つの答えを並べて確かめられる。これは、一機種だけを単体で見る以上の意味がある。
5881仕様という、時代の痕跡
このSL-Xには、もう一つ確かめたい点がある。
パワー管が、5881仕様であることだ。
Marshallといえば、多くの人がEL34を思い浮かべる。あの中域の押し出しと、歪んだときの粘りは、EL34という真空管の性格と強く結びついている。
だが、90年代のMarshallには、5881を採用した個体が存在する。今回取り上げる一台もそれにあたる。
5881は、もともとアメリカ系のアンプでよく使われてきた系統の真空管だ。一般に、EL34と比べると、硬さや締まり、低域の出方に違いが出ると言われる。
つまり、5881仕様のMarshallは、「Marshall=EL34」という思い込みの外側にある。90年代のMarshallが、どこか少しアメリカ的な質感に触れていた、その時代の痕跡とも言える。
この個体が、EL34的な中域とどう違って聞こえるのか。硬さや締まりが、SL-Xの単チャンネル高ゲインとどう噛み合うのか。それは、実際に鳴らして確認していくしかない。
ひとつだけ条件をはっきりさせておく。ここで確かめたいのは、くたびれたスタジオ常設機の音ではない。真空管もスピーカーも健康に整えられた状態の一台を、音量を出せる環境で鳴らしたときの音である。あの記憶を検証するには、まずこの条件を揃える必要がある。
CSLとして、この一台をどう位置づけるか
CSL(Chuuni Sound Lab)は、実機の真空管アンプを、定めた条件で収録し、Kemperプロファイルとして記録している。
その立場から見ると、SL-Xは興味深い位置にいる。
PlexiやJCM800といった、すでに語り尽くされ、収録例も豊富なMarshallとは違う。かといって、無名のアンプでもない。Marshallという強い文脈を背負いながら、まだ評価が定まりきっていない。
そういう「少し外れた」一台こそ、記録する意味がある。
ここで一つ、はっきりさせておきたいことがある。CSLが残したいのは、「これがベストなJCM900だ」という主張ではない。
個体差はある。同じSL-Xでも、年式や状態で印象は変わるだろう。だからこそ、CSLは「最良の一台」を主張するのではなく、その時点で整えられ、実際に鳴っていた一台を、条件を明示して記録する。
どのキャビネットで鳴らし、どのマイク位置で録ったのか。どんな入力条件で収録したのか。それを示すことが、アンプ名を言うことよりも、ずっと多くを伝える。
SL-Xという一台は、その記録の最初の対象として、ちょうどいい距離にいる。
これから、何を確かめていくのか
この記事は、連載の二本目にあたる。一本目では、JCM900という名前そのものへの悪評を、SL-Xを入口に問い直した。
今回は、その問い直しを、より具体的な比較の枠組みに置き換える。
これから確かめたいことは、いくつもある。
スタジオの記憶にあったJCM900と、健康な状態のSL-Xは、本当に同じ音なのか。
5881仕様のMarshallは、EL34とどう違って鳴るのか。
6100LMのリードと並べたとき、二つの90年代Marshallの差は、どこに現れるのか。
そして、これらの音を条件を揃えて記録したとき、何が見えてくるのか。
確かめようとしているのは、一台のアンプの良し悪しだけではない。90年代のMarshallがどこへ向かおうとしていたか、その方向そのものである。
その確認を、これから一台ずつ、条件を揃えた環境で進めていく。
まとめ
- Marshall JCM900 SL-X 2500(1994年・5881仕様)を入口に、90年代のMarshallがどこへ向かおうとしていたかを確かめ直す。
- JCM900への複雑な印象は、アンプ本体の評価と、日本のリハスタ文化の記憶とが混ざったものだ。その二つを分けて考えたい。
- SL-Xは、スタジオ常設機の記憶にあるDual Reverbとは別の、単チャンネル高ゲインMarshallである。
- 6100LMとの比較、また5881仕様という時代の痕跡として、確かめたいことが多い。
- CSLとしては、「ベストな一台」を主張するのではなく、条件を明示して、その時点で鳴っていた一台を記録する立場をとる。
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