Frank Zappaは1981年、ギターソロだけを集めた3枚組『Shut Up 'N Play Yer Guitar』を出した。
歌は無い。入っているのは、数年分のライヴ録音から抜き出したソロである。
なぜ新しく録らなかったのか。翌1982年、Guitar Player誌の連載の初回で、Zappaは、スタジオで弾くのはとても難しいと答えている。録音スタジオで良いソロを弾けたことは、どんな種類のものであれ一度もないと思う、とも書いている。
ギタリストとして知られる人が、スタジオでは弾けないと言っている。
では、アルバムに入っているギターはどこで弾かれたのか。
答えは、ほとんどが舞台の上である。そして、舞台の上で弾かれたのはソロだけではなかった。
スタジオでは、弾くものを磨く時間が無い
Zappaは理由を二つ挙げている。
一つは気分である。スタジオではその感じがつかめない、と言う。
もう一つは費用である。自分のスタジオを持つまでは、1時間に100ドルから200ドルかかる商業スタジオで作業していた。そこには、何を弾くかを座って磨いていく余裕が無い。
その代わりにZappaが持っていたのは、テープだった。数年にわたって録りためたテープがあれば、それを聴き直して、狙いどおりの演奏を見つけられる。Zappaはそう説明し、自分にはそのテープがあると付け加えている。
ソロを良くする方法は、スタジオで何度も弾き直すことではなかった。たくさん弾いて録っておき、その中から選ぶことだった。
ソロは短くするだけで、弾き足さない
翌1983年2月号のインタビューで、Zappaは選んだ後の扱いも説明している。ライヴのテイクなら、気に入ったソロを見つけて編集する。弾き足すことはしない。曲の中で収まるべき長さに合わせて、短くするだけだという。
スタジオのソロについては、めったに弾かないと言う。
例外として挙げているのが、1982年のアルバム『Ship Arriving Too Late to Save a Drowning Witch』に入った「I Come from Nowhere」である。このソロはスタジオで録った。ふさわしい音を作るのに2時間ほど、弾くのに20分ほどかかった。録っては気に入らずに全部消し、一部を直した、とZappaは振り返っている。
舞台では一度で済むことが、スタジオでは2時間以上の仕事になる。
15都市をつないだ「Drowning Witch」
同じアルバムに「Drowning Witch」という12分ほどの曲がある。
速く、複雑な、譜面に書かれたパートが続く曲である。Zappa自身が、全員が正しく弾くのはとても難しかったと言っている。
インタビュアーが、別々の公演の演奏をどうやって一つの曲にまとめるのかと尋ねたとき、Zappaはこの曲を例に出した。「Drowning Witch」には編集が15か所ある。この曲の土台は、15の違う都市の演奏でできている、というのである。
編集の中には、2小節しかないものもある。
ときどき誰かが当たりを引くことはあった。だが、通しで完璧だった公演は、どの都市にも無かった。
そこでZappaは、ツアー1本分のテープを全部聴いた。この曲のすべての演奏を聴き、それなりに正しく弾けている部分を一つずつ拾い、つないで土台を作った。残りの編曲は、その上にスタジオで足した。
つまりこの曲には、もとになった「ある夜の演奏」が存在しない。
ライヴ録音は、ふつう、ある晩に起きたことの記録として聴かれる。だがこの曲の土台は、15の晩から少しずつ集めた、どの晩にも起きなかった演奏である。
つなげられるのは、毎晩同じに弾いているから
別の都市で、別の晩に録った演奏を、2小節単位でつなぐ。
これが成り立つには条件がある。テンポと音の高さが、どの晩も同じでなければならない。
テンポについて、Zappaの答えは短い。まず、よく練習を積んでテンポを保てるバンドがいる。そのバンドは、あるテンポで曲を覚えたら、毎晩同じように弾く。
音の高さについて、インタビュアーは食い下がっている。公演ごとの音程のずれはどう処理したのか。
Zappaは、ずれが聞こえるかと問い返した。テープの速度を変えて音程を合わせることは、どの区間でもしていないと言う。ツアーでは基準を決めていて、全員がヴィブラフォンに合わせる。ヴィブラフォンの調律はずれないからだ、と説明している。
ヴィブラフォンは金属の板を叩く楽器で、弦のように日によって音が狂わない。バンドはそれを基準にして、全員のストロボ・チューナーを校正していた。それを毎日やる。
毎晩同じテンポで弾き、毎日同じ基準に合わせる。この二つは、良い演奏をするための習慣に見える。
だがZappaの説明では、それは編集の前提でもある。15の都市の演奏は、同じテンポと同じ音の高さで録られていたから、つなぐことができた。
会場の響きは、ギターの側で合わせる
「Drowning Witch」のギターには、フィードバックがずっとかかっている。
どうやっているのかと聞かれて、Zappaは、あれはライヴだと答えた。そして仕掛けを説明している。ギターには、狭く尖ったピークを持つパラメトリックEQが入っている。その部屋でフィードバックが起きる帯域を見つけて、そこを持ち上げる。そうすれば、ギターの音が大きくなくても、その周波数でフィードバックするという。
フィードバックは、アンプから出た音がギターの弦を揺らし、それがまたアンプに戻ることで起きる。起きやすい音の高さは、会場の形や広さで変わる。
ふつうは音量を上げて起こす。Zappaは、その会場で起きやすい帯域だけを、ギターの中の回路で持ち上げた。
設定はサウンドチェックで決める。ただし、客が入ると会場の響きは変わる。そのときは弾きながら手を伸ばして直す、とZappaは述べている。
Zappaが持っていた小型のストラト型ギターには、もともとこのEQが2系統入っていた。2種類のフィードバックの持ち上げ方を、あらかじめ用意しておくためである。片方はツアー中に壊れ、その跡は銀色の栓でふさがれていた。
会場は毎晩違う。Zappaはその違いを、音量ではなく、ギターについたつまみで吸収していた。
ギターシステムは、どこまでを指すのか
Zappaの機材は、変わったものが多い。EQを内蔵したギター、3台の別々のアンプ、それぞれにつないだデジタルディレイ。
だが1983年のインタビューで、Zappaはこうも言っている。アンプのスイッチ一つだけでツアーに出ても、まったく構わない。そのツアーでは、エフェクターはほとんど使っていなかった。
機材の一覧を作っても、Zappaのギターの仕組みは見えてこない。
ここまでの本人の説明を並べると、ギターの音がレコードになるまでの道筋は、次のようになる。
会場ごとに、フィードバックの帯域をギターの側で合わせる。バンドは毎晩同じテンポで弾く。全員が毎日、同じ基準に調律する。公演は録音しておく。ツアーが終わったら全部聴き、良いところを選んでつなぐ。
このうち、ふつう「機材」と呼ばれるのは最初の一つだけである。
残りはバンドの訓練であり、調律の規則であり、録音と編集の作業である。だが、どれか一つが欠けると成り立たない。テンポが揺れれば、つなげない。調律がずれれば、つなげない。録音していなければ、選べない。
ここから先は読みになるが、Zappaにとってのギターシステムは、ギターとアンプで閉じていなかったと考えられる。舞台は演奏の場であると同時に、素材を録る場でもあった。スタジオは弾く場所ではなく、選んで組み立てる場所だった。
「スタジオでは良いソロが弾けない」という言葉は、弱点の告白に聞こえる。だが、弾く場所と作る場所を分けた人にとっては、当然のことを言っただけなのかもしれない。
なお、この話は1981年から82年の本人の説明にもとづいている。それ以前の時代の制作方法まで、同じだったとは言えない。
まとめ
Frank Zappaは、スタジオで良いソロを弾けたことが一度もないと思う、と書いた。
その代わりに、ライヴを録りため、そこから選んだ。ソロは短くするだけで、弾き足さなかった。
「Drowning Witch」では、ソロだけでなく土台の演奏まで、15都市の公演をつないで作った。通しで正しく弾けた晩は、一つも無かった。
それができたのは、バンドが毎晩同じテンポで弾き、毎日ヴィブラフォンを基準に調律していたからである。
ギターにはパラメトリックEQが入っていて、会場ごとにフィードバックの帯域を合わせていた。
Zappaのギターの仕組みは、ギターとアンプの外まで続いている。バンドの訓練と、調律の規則と、テープの山までを含めて、ようやく一つのシステムになる。