ギターアンプのパワーアンプは、真空管からソリッドステートへ、ラックからモデラーへという機材の分類でしばしば語られる。
だがこの記事が追いたいのは、その分類の変遷そのものではない。
パワーアンプに何が求められてきたか、という要求の変化である。
マスターボリュームの無いアンプをフルアップにし、パワー管そのものを歪ませて音を作るという弾き方は、多くのギタリストが知っている。パワーアンプが音色に関わること自体は、今さらの発見ではない。
それでも、パワーアンプという装置に求められる役割は、少なくとも四度、書き換えられている。
Slave Ampが外部化したのは、音色ではなく音量だった
初期のギターアンプでは、パワーアンプは独立した機材ではなかった。プリアンプと同じ筐体の中に収まる、出力段の一つに過ぎない。
その出力段が、最初に外へ出たのは、大規模なステージのためだった。
1970年代、Hiwattのようなメーカーは「Slave」という出力を備えていた。
これは、1台のアンプヘッドのつまみだけを調整すれば、複数のアンプヘッドやスタックを同時に鳴らせる仕組みである。
Hiwattの公式FAQは、Slave用のアンプがプリアンプ回路のほとんどとトーンコントロールを欠いていたと説明している。目的は、複数のアンプやスタックを使いながら、調整するつまみを1系統に保つことだった。
しかもこのSlave出力は、スピーカー出力から直接取り出されている。つまり増設された側のアンプは、親機のパワー段を通過した後の信号をそのまま受け取っていた。
プリアンプとパワーアンプを分けたのではない。パワー段そのものを複製して、会場中に音量を届けていた。
外部化されたのは、音色ではなく音量である。
ただし完全に音色回路が無かったわけではない。Hiwattの回路資料には、Slave機専用の「Slave Preamp」段が別回路として記録されている。パワー段の複製という発想の中にも、最小限の調整余地は残されていた。
ラック時代、パワーアンプは「ギタリスト専用の音色装置」になった
1980年代のラック文化になると、パワーアンプの位置づけがもう一段変わる。プリアンプ、エフェクト、パワーアンプ、キャビネットを、それぞれ別の機材として選ぶという発想が成立する。
Mesa/BoogieのStereo Simul-Class 295は、自社マニュアルの中で、汎用の増幅器としてではなく「ギタリストのためだけに設計・製造したパワーアンプ」として紹介されている。
設計の目的も明記されている。大出力ソリッドステート・アンプの音量を得ながら、その「transistor-ness」、つまりトランジスタらしさを避けること。パワーアンプが、音量の装置ではなく音色の担い手として書かれている。
同じマニュアルは、295にギターを直接挿すことも電気的には可能だとしながら、良いギターの音には音色を作るためのプリアンプ段が必要だとも述べている。パワーアンプとプリアンプの役割分担が、メーカー自身の言葉で書かれている。
姉妹機の50/50も同様である。2Uのコンパクトな筐体の中身を「本物のギターアンプ」と呼び、生々しいパンチ、ギターらしい音色付け、パワー管特有のオーバードライブを売り物として挙げている。
ラック時代のパワーアンプは、プリアンプの後段に置かれた透明な箱ではない。プリアンプと組み合わさって初めて完成する、もう一つの音色回路として設計されていた。
ソリッドステートも、真空管の安価な代用品ではなかった
ソリッドステートやハイブリッド方式のパワーアンプは、真空管の安価な代用品として発展したわけではない。
中には、真空管パワーアンプとスピーカーの間に生じる電気的な相互作用そのものを、製品の中心機能にした例がある。
Rocktronのソリッドステート・パワーアンプVelocity 300は、真空管アンプの出力インピーダンスを再現する可変回路「Reactance」を搭載している。公式マニュアルは、この回路が「真空管アンプの出力インピーダンスを実際に再現する」ものだと説明する。
さらにマニュアルは、この効果を「真空管アンプとギター用スピーカーキャビネットの相互作用によって生じる特性」だと書いている。出力インピーダンスという電気的な量と、相互作用という言葉が同じ段落に並んでいる。
Rocktronは、ギタリスト専用のパワーアンプを1990年代初頭から設計してきたと自称している。この主張自体は自社の言葉であり、第三者による裏付けは取れていない。だが、少なくとも製品の設計思想としては、スピーカーとの相互作用は真空管の模倣という発想より前からそこにあった。
モデラーは、パワーアンプへ新しい役割を求めた
デジタルモデラーの登場は、この歴史をもう一段動かす。
Kemperのようなモデラーは、プリアンプの音色だけでなく、パワーアンプの挙動そのものをデジタル上で再現する。だとすれば、実際に音を出す物理的なパワーアンプに求められる役割も変わる。音色を作ることではなく、できるだけ透明に、大きな電力だけを供給することである。
Line 6のHelixは、各アンプモデルについて、プリアンプ段だけを取り出したバージョンを別に用意している。公式マニュアルは、外部アンプへ信号を送る場合はこちらを推奨するとしている。
同じマニュアルは、キャビネットやIRのブロックを外し、フラットな特性のパワーアンプと実際の木製キャビネットへ送る使い方も、正当な選択肢として明記している。
Kemperも同様の構成を公式に案内している。PROFILERのモニター出力から、外部のパワーアンプでキャビネットを駆動できる。その際、実キャビネットへ向かう出力についてだけ仮想キャビネットを無効化し、PA向けの出力では有効なまま残す、という手順まで公式に定義されている。
Powered版に内蔵されたパワーアンプは、外部設計のClass-Dユニットで、フルレンジスピーカーでもギター用キャビネットでも同じように駆動できる「pristine」な再生器だと説明されている。音色の担い手としては書かれていない。
パワーアンプに求められる役割が、音を作ることから、音を忠実に再生することへ移った。
消えたはずのパワー段が、演奏者とスピーカーの関係を設計する装置として戻ってきた
パワーアンプに求められる役割が「忠実な再生」に絞られた後も、専用パワーアンプという製品カテゴリ自体は消えていない。
実際のキャビネットを鳴らす現場では、フラットで大出力なだけでは足りない何かが、あらためて問題になったからである。
近年の製品は、完全な色付けでも、完全な透明性でもない、もう一つの方向を提示している。モデラーが作った音色そのものは保ったまま、実スピーカーを駆動したときにだけ生じる相互作用や、演奏したときの反応だけを、狙って残すという方向である。
FryetteのLX IIは、フルレンジでフラットな特性の「Linear」モードと、色と生気を加える「Enhanced」モードを、1台の中に持つ。
同社は、デジタルの信号経路ではパワー管とスピーカーの複雑な関係を再現できないと述べている。透明性と色付けのどちらを採るかを、外部化されたスイッチとして提示している。
同社のTwo/Ninety/Twoは、さらに踏み込んでいる。チャンネルごとに、周波数特性を「ギターキャビネット向け」にするか「FRFRシステム向け」にするかを選べるVoicingスイッチを備える。接続先がどちらの世界かを、パワーアンプ側から宣言する設計である。
Power Station PS-100は、可変の負荷装置と真空管パワーアンプを一体化している。アンプの応答を整えたうえでスピーカーキャビネットを駆動するという発想が、製品そのものの構造に現れている。
Seymour Duncanのパワーアンプ、PowerStageも同じ方向にある。ペダルボードやデジタルモデリング機器と組み合わせる前提の製品でありながら、透明なパワーセクションとしても、単体のクリーン・ペダルプラットフォームとしても機能すると説明されている。
透明であることと、色を付けられることが、同じ製品の中で両立する売り文句になっている。
「透明」という同じ言葉が、三通りの基準を指している
ここで一つ、見過ごされがちな食い違いがある。
Fryette LX IIの「Linear」は、フルレンジでフラットな特性という意味である。
同じFryetteのPower Stationが使う「transparent」は、元のアンプの応答をそのまま保つという意味である。
Kemperの「pristine」は、再生器としての無色さ、つまり何も足さないという意味である。
三社とも「色を付けない」という同じ方向を語っているように聞こえる。だが基準にしているものが違う。フラットな周波数特性の話なのか、元の音を保つ話なのか、再生経路の無色さの話なのか。
同じ語が、三つの異なる基準の上で使われている。
大きくする装置から、関係を設計する装置へ
パワーアンプに求められてきたものを、時系列で並べるとこうなる。
音を大きくする装置。
音を作る装置。
音を忠実に再生する装置。
演奏者とスピーカーの関係を設計する装置。
モデラーが仮想化したのは、パワーアンプの「音」である。だが、実際のスピーカーを駆動するという「物理」までは、仮想化しきれなかった。
その残された物理こそが、パワーアンプという地味な箱が、今また注目されている理由だろう。
関連記事
- アンプを分解した時代。ラック・システムが現在のギター機材へ残したもの
- Depthは、低音を足すノブではなかった。スピーカーをどれだけ制動するかの調整である
- アンプは音を作るものから、音を受け止めるものへ変わったのか。ペダルプラットフォームとモデラーの時代
- ハイブリッドアンプは、なぜ主流にならなかったのか