JCM900という名前には、どこか歯切れの悪い印象がついて回る。
名機として語られるわけでもない。かといって、はっきり否定されるわけでもない。 「あまり良くないMarshall」という曖昧な評価のまま、長く置かれてきたアンプである。
その印象が、実機の音をどれだけ正確に映しているのか。 ここで一度、立ち止まって考えてみたい。
CSLに、Marshall JCM900 SL-X 2500がやってきた。 このアンプを入口に、JCM900という名前への評価を、もう一度確かめていく。
「JCM900は良くない」という印象は、どこから来たのか
日本でギターを弾いてきた人にとって、JCM900は記憶の中のアンプであることが多い。
リハーサルスタジオに、よく置かれていた。 ローランドのJC-120と、MarshallのJCM900。その二択だった時期がある。
JC-120はクリーンの基準として信頼できる。 だから歪ませたいとき、多くの人はMarshallのほうへ手を伸ばした。
ところが、その音が必ずしも気持ちよくなかった。 Marshallのはずなのに、芯がぼやけて聞こえる。歪みが粉っぽく感じられる。 音量を上げきれない環境も重なって、「Marshallなのに、思ったほど鳴らない」という体験が積み重なった。
この記憶は、かなり多くの人に共通している。 そして、その記憶がそのまま「JCM900は良くない」という評価になった。
ただ、ここで分けて考えたいことがある。 その体験は、本当にアンプ本体の素性だけが原因だったのか、という点である。
スタジオの常設アンプは、酷使される。 真空管はくたびれ、スピーカーも箱もへたっていく。 誰のものでもないアンプは、誰も整備の責任を持たない。
そういう個体を、音量も上げられない部屋で鳴らした音。 それが「JCM900の音」として記憶に残っているとしたら、評価の土台そのものが揺らぐ。
個体の状態と、設置された環境。 このふたつを切り離さないまま、機種全体の評価が固まってしまった可能性がある。
JCM900は、ひとつのアンプではない
もうひとつ見落とされやすいのが、JCM900という名前が指す範囲の広さである。
JCM900は、単一のモデル名ではない。 いくつかの異なる構成を含んだ、シリーズ全体の呼び名である。
大きく分けると、性格の違う系統が同居している。
ひとつは、Dual Reverbと呼ばれる2チャンネル機の系統。 もうひとつは、MkIIIと呼ばれるマスターボリューム系の系統。 そして、ここで扱うSL-Xがある。
Dual Reverbは、クリーンと歪みを切り替えて使う、汎用的な作りのアンプである。 リバーブを備え、幅広い用途に対応する。 スタジオに数多く置かれていたJCM900の記憶は、多くがこの系統に結びついている。
リハスタで「気持ちよくなかったMarshall」として覚えられているのは、 たいていこのDual Reverb系の、くたびれた個体だった可能性が高い。
一方でSL-Xは、同じJCM900の名前を持ちながら、設計の狙いがはっきり違う。 リバーブを持たず、チャンネル切替もない。 歪みに振り切った、単チャンネルのハイゲイン機である。
つまり、「JCM900は良くない」という言葉でひとくくりにされるとき、 実際に語られているのは、その中の特定の系統の、特定の状態の音であることが多い。
JCM900という名前は同じでも、Dual Reverbの記憶でSL-Xを評価することはできない。 名前の印象と、目の前の実機は、必ずしも一致しない。
SL-Xは、何をしようとしたアンプなのか
ではSL-Xは、何を狙ったアンプなのか。
その前に、Marshallの基準点をひとつ確認しておきたい。 80年代のMarshallを代表する一台に、JCM800 2204がある。 シンプルなシングルチャンネルのマスターボリューム機で、 ロックのリズムとリードを支えてきた、ひとつの基準である。
このJCM800は、CSLの所有機材ではない。 ここでは、あくまで歴史的な比較の基準点として名前を出している。
JCM800は良いアンプだったが、80年代の終わりには、その歪み量では足りない場面が増えていた。
プレイヤーは、もっと深い歪みを求めるようになった。 ブースターを前に置き、アンプを改造し、より多くのゲインを引き出そうとした。 SoldanoのSLO-100のような、最初から深く歪むアンプも登場していた。
Marshall自身も、この流れに応える必要があった。 SL-Xは、その文脈の中に置くと見え方が変わる。
SL-Xは、JCM800をそのまま進化させた後継機ではない。 JCM800的なシングルチャンネル構成の素直さを残しながら、 歪み量を大きく引き上げた、90年代Marshallなりのハイゲイン回答である。
チャンネルを増やして器用にするのではなく、 ひとつの歪みの方向に深く踏み込む。そういう作りになっている。
だから音も、整然としているわけではない。 直線的で、やや荒い。中域が前に出て、押し出しで聞かせる。
この荒さを、洗練の不足と見るか、量産Marshallらしい素っ気なさと見るか。 評価が割れるのは、ここである。
ただ、少なくとも「気持ちよくないJCM900」という記憶の中身とは、狙いが別物である。 SL-Xは、深く歪ませて前へ出すことを目的に設計された、単チャンネルの高ゲインMarshallだった。
6100LMと並べると、SL-Xの位置が見えてくる
SL-Xの性格は、別の90年代Marshallと並べると、より分かりやすくなる。
CSLには、Marshall 6100LMもある。 これは、Marshallの30周年を記念して作られた、多チャンネルの「全部入り」アンプである。 クリーンから高ゲインまでを一台でこなし、リードチャンネルも備えている。
6100LMのリードチャンネルは、よく整っている。 歪みは深く、それでいて破綻せず、扱いやすくまとまっている。 多機能アンプの中に組み込まれた、洗練されたリードサウンドである。
SL-Xは、ここが違う。 多機能アンプの中の一機能としての歪みではなく、一台まるごとが歪みのためにある。
6100LMが「全部入りMarshallの中のLead」なら、 SL-Xは「Leadのためだけのアンプ」と言える。
同じ90年代Marshallの高ゲインでも、立ち位置がはっきり分かれる。 器用にまとめた音か、単機能に振り切った音か。
この違いは、優劣ではない。 6100LMの整い方には整い方の価値があり、SL-Xの荒さには荒さの個性がある。 どちらが正しいわけではない。ただ、向いている使い方が違う。
並べてみると、SL-Xを「不出来なJCM900」とまとめるのが、いかに雑な整理かが見えてくる。 これは、ひとつの設計判断の結果として、こう鳴っているアンプである。
5881という、もうひとつの手がかり
このSL-Xには、もうひとつ時代を映す特徴がある。 パワー管に、5881が使われている個体である。
Marshallといえば、EL34という管のイメージが強い。 あの中域の張り出しと粘りは、EL34の性格と結びついて語られてきた。
ところが90年代のMarshallには、5881を積んだ仕様が存在する。 5881は、どちらかといえばアメリカのアンプで使われてきた系統の管である。
同じMarshallでも、5881仕様は印象が変わる。 中域の出方が少し違い、低域が締まり、硬さやレンジ感が表に出てくる。
これも、SL-Xを単純に語れない理由のひとつである。 「Marshallらしいかどうか」という物差しだけでは、この個体の音を捉えきれない。
5881仕様のMarshallをどう聴くかは、それ自体が掘り下げる価値のある主題なので、 ここでは深入りしない。 ただ、目の前のSL-Xが、教科書的なMarshall像から少しずれた個体であることは、記しておきたい。
健康な一台を、自分の環境で鳴らすということ
ここまで、名前の印象と実機を分けて考えてきた。 最後に残るのが、状態と環境の問題である。
CSLにやってきたSL-Xは、1994年製。 ヤマハが正規に輸入した100V仕様の個体で、ショップで整備を受けている。 フットスイッチは欠品しているが、本体の状態は整っている。
これは、リハスタで酷使されてきた個体とは、出発点が違う。 くたびれた管でも、へたったスピーカーでもない。 整えられた状態の一台を、自分の管理下で鳴らせる。
この条件は、評価をやり直すうえで決定的である。
スタジオの記憶は、状態の悪い個体を、鳴らしきれない音量で聴いたものだった。 そこで固まった印象を、健康な個体で、自分の環境で確かめ直す。 それで初めて、アンプ本体の素性に近いところへ手が届く。
もちろん、これで「SL-Xは名機だった」と言いたいわけではない。 そういう結論を先に置くつもりはない。
整った個体でも、荒いものは荒い。 単チャンネルゆえの不便さもある。フットスイッチがなければ、できないこともある。 そうした事実を消さずに、そのうえで音を確かめていく。
過度に持ち上げず、不当に貶めもしない。 ひとつの個体の、いまの状態を、できるだけ正確に聴き取る。 それが、このアンプに対してできる、いちばん誠実な向き合い方だと考えている。
CSLで記録する意味
CSLが残したいのは、「これがJCM900の正解音だ」という結論ではない。
JCM900という名前には、長い時間をかけて積もった印象がある。 その印象は、状態の悪い個体や、特定の系統の音や、鳴らしきれない環境と結びついていた。
だからこそ、目の前の一台を、条件を明示して記録する意味がある。
どの系統の、いつの個体か。Dual ReverbでもMkIIIでもなく、SL-Xであること。 どんなパワー管で、どんな状態か。5881仕様で、整備された1994年製であること。 どんな環境で鳴らしたか。
こうした条件を添えて記録すれば、その音は「JCM900一般の音」ではなくなる。 「この条件で鳴っていた、この一台の音」になる。
評価をひとくくりにしてしまうのは、条件を書かないからである。 逆に言えば、条件を丁寧に残すことは、雑な評価から一台を救い出すことでもある。
CSLが収録条件にこだわるのは、そのためである。 名前の印象ではなく、実機の状態を記録に残す。 そこから先の判断は、聴く人に委ねればよい。
まとめ
JCM900は、「失敗作」という一言で片づけられがちなアンプである。
その印象の多くは、リハスタに置かれたDual Reverb系の、くたびれた個体を、 鳴らしきれない環境で聴いた記憶から来ている。
しかしJCM900は、ひとつのアンプではない。 Dual Reverb、MkIII、そしてSL-Xでは、設計の狙いが違う。
SL-Xは、JCM800の純粋な後継ではなく、 90年代のハイゲイン需要に応えるために作られた、単チャンネルの高ゲインMarshallである。 6100LMの整ったリードとは別の、一台まるごとを歪みに振り切った荒い個性を持つ。
そして、目の前にあるのは5881仕様で整備された、健康な1994年製の個体である。 スタジオの記憶ではなく、この一台を、自分の環境で確かめ直せる。
SL-Xを名機として持ち上げるためではない。 名前の印象と実機を切り離し、ひとつの個体の音を正確に聴くために、ここから記録を始めていく。
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